上田昌文
●国民の7割が使う携帯電話
ここ数年で爆発的に普及した携帯電話。最新の統計によれば、全国の携帯電話とPHSの契約者数は合わせて8218万で、国民の7割弱が使用していることになります(『平成14年度版 情報通信白書』)。私たちの社会が情報通信ネットワークに大きく依存している以上、それへのアクセスが可能になる端末を一人一人が常時携えていられることのメリットは明らかです。子どもからお年寄りまですべての階層に普及した技術としては、携帯電話はパソコンを凌いでテレビに匹敵すると言えるかもしれません。
しかし周知のように、携帯電話は、電車内など公共の場所での迷惑使用、“出会い系サイト”がからむ犯罪、電子機器の誤作動など、様々なトラブルや社会問題を引き起こしていますし、電磁波の人体への悪影響など長期的にみた場合に懸念される要素もあります。広く普及してはいるものの、社会はいまだにその適切な使い方を見出せずにいる、というのが現状でしょう。
●ケアの現場での携帯電話のメリット
ケアの現場において携帯電話はどのようなツールとして位置づけられようとしているのでしょうか。少し考えてみるだけで、携帯電話には確かに他では替え難い有用なツールとなりえる点があることがわかります。
第一に、緊急時の連絡手段として。災害で通信網が寸断された際に、携帯電話で助けを求めることができるかどうかで生死が決まる場合も確かに想定できます。これは災害時に限りません。周囲に固定電話がなく助けてくれる人もいないところで発作に襲われたり事故に遭遇したりする場合も同じでしょう。医療スタッフが病院内でPHSを持ち歩くのも、緊急時に迅速な対応ができるようにとの狙いがあるからです。塾通いで夜が遅くなるわが子に親が携帯電話を持たせるのも、「何かあってもいつでも連絡がとれる」という安心感を持っておきたいがためです。
第二に、コミュニケーションを容易にし、密にする手段として。介護や看護をうける人は基本的に他者とコミュニケーションをとる機会が少なくなりがちです。たとえば“寝たきり”の人にどうやって外界への興味を失わないようにしてもらうかという点に、看護する人は気を遣うと言います。病院のベッドから動けず、病棟の公衆電話を使うこともままならならず、面接者も少ない……といった場合は看護師がこまめに声をかける以外によい対策を思いつきませんが、携帯電話はこの悩みをある程度解消してくれるかもしれません。入院患者にとって家族と“ホットライン”でつながっていることの安心感は大きいでしょう。具合が悪いときほど連絡を密にとりたい、身近な人の声が聞きたいという心理も頷けます。
第三に、将来的に医療サービスのIT化の中核を担う機器として。病院の受診予約、カルテやレセプトに記される情報へのアクセス、リアルタイムの動画(テレビ電話)や写真メールを活用しての遠隔診察、GPS(衛星を使って全地球規模で物や人の位置、場所を特定するシステム)を使った“徘徊老人”“徘徊患者”の把握、診察料の自動支払い……等々、医療のIT化は携帯電話の特性を生かしたシステムを構築しながら次々と進んでいくことでしょう。
●病院内での携帯電話は解禁の動き
ところが、一見このようなメリットが想定できるにもかかわらず、大半の病院では院内での携帯電話の使用を禁止しています(医療スタッフが携帯するポケベルやPHSを除いて)。理由は単純です。飛行機の中で携帯電話が使えない理由と同じで、携帯電話の電源が入っていると医療用電子機器が誤作動する可能性があるからです。これは、総務省の「不要電波問題対策協議会」が1997年に策定した「医用電気機器への電波の影響を防止するための携帯電話端末等の使用に関する指針」に基づいています。すなわち、(1)ペースメーカー装着者は携帯電話を装着部位から22センチ以上離して使用する、(2)ペースメーカー装着者と近接する可能性がある満員電車などでは電源を切る、(3)手術室、集中治療室などには携帯電話を持ち込まない、(4)検査室、診療室、病室および処置室などでは携帯電話の電源を切る、(5)待合室など医療機関側が携帯電話の使用を特に認めた区域でのみ使用する、といったことが、携帯電話使用禁止の根拠となっています。
しかし、この病院内で“常識”の携帯不使用”に対して、解禁の動きが現れています。
例えば、名古屋市の聖霊病院では2003年5月から個室の病室、病棟の面談室や総合受付近くの待合室の一角で携帯電話の使用を認めることになりました。2003年7月10日付の『朝日新聞』によると、この病院では独自に院内の医療機器への影響を調べ、そのデータをもとに病院の職員らにアンケートし、9割の賛成を得て条件付解禁に踏み切ったそうです。そのデータとは「点滴の量を管理する輸液ポンプや人工呼吸器など6品目のうち、携帯電話を30センチ以内に近づけたとき、4品目6台が誤作動し、医療機器から遠ざけると誤作動しなかった。電子メールの送受信の影響も調査したところ、1品目の輸液ポンプが5回に1度、誤作動した」といったものですが、あなたが病院の職員であれば、これを安心の材料とみなすでしょうか、あるいは不安の材料とみなすでしょうか。
東京都のNTT東日本・関東病院や三井記念病院でも解禁、その動きは、今後、徐々に広がっていくかもしれません。
●携帯電話の落とし穴
実は、私は、このような解禁の動きにいくらか危惧を抱いています。
まず、医療電子機器の誤作動がいついかなる場合に生じるかを個々の病院で厳密に事前にチェックすることは大変むずかしいのです。病院内で電子機器がさかんに使われるようになればなるほど、携帯電話からの電波が思わぬ悪さをする頻度も高まると考えねばなりません。確かに、患者や来院者に携帯電話・PHSの使用を認めなくても、すでに病院内に電波が飛び交っているのは事実です。職員が連絡用にポケベル(ページングシステム)やPHSを携帯し、心電図モニターも電波でナースステーションへ飛ばしているところも多いですし、最近ではコンピュータネットワークのために無線LANが導入されることもあるようです。しかし、こうした環境は電波の挙動をしっかり検証した上で成り立っているものではないことを忘れてはなりません。
意外な落とし穴がありそうです。例えば、電車内での携帯電話の使用を緩和しようという動きがあります。最近よく耳にするようになった「優先席付近では電源をお切りください。それ以外では通話はご遠慮ください」という言い方は、もう車内で既成事実と化してしまった携帯メールの送受信を容認しようとするものです。しかし、実は、車内で多数の人が同時に電波を発すると車体に反射して波の重複が生じることから強い電磁波が発生することがわかってきています。メールの“解禁”に警鐘を鳴らす事実だと言えるでしょう。
●携帯電話の逆説
携帯電話の利便性の裏にある逆説的なマイナス面は他にもあります。
大規模な災害が発生すると、被災地へ安否確認などの電話が一斉に集中しますが、そのために著しくつながりにくい状態になってしまうこと(阪神淡路大震災、今年5月の宮城県沖地震など)。また、携帯電話でいつでも連絡できる安心感が、かえって危険に対する無防備さを生んでしまうこともあります。ITに依存しすぎる社会がシステムダウンや個人情報流出などの危うさを抱えていることは言うまでもないのですが、携帯電話にも同じ問題がつきまといます。
コミュニケーションのとり方も問題をはらんでいます。若年層のかなりの割合が“携帯電話依存症”に陥っているように思えますが、この光景に一抹の不安を覚える人は多いでしょう。ケアの現場ではまた事情が異なる点もありますが、やはり生身の人が向き合ったコミュニケーションが基本であり、携帯電話はあくまで補助的なツールだと理解すべきではないでしょうか。
電磁波の人体影響のことで言うなら、携帯電話は端末使用者に電磁波被曝をもたらすだけでなく(特に若年からの長期間使用者に脳腫瘍などが発生しないかが心配されます)、システム上不可欠な携帯タワー(携帯基地局)からも微弱ながら恒常的に電磁波が出ていて周辺の住民に不安を与えている点を見逃すわけにはいきません。全国でその数約6万基。あなたの住まいのすぐ近くのマンションやビルの屋上といった身近なところにごく当たり前に建っています。その電磁波が有害なのか無害なのか、まだ決着はついていないのですが、携帯電話を使うたびに自分の知らない他者を被曝させているという点がとてもやっかいです。
携帯電話は適正に使用するルールが確立されないままに非常に急速に普及しました。それがもたらしている様々な問題を正確に知り解決をはかっていくことは、技術に振り回されない社会を望む人々にとって大変興味深い、しかも真剣な課題だと言えるでしょう。■
(『家族ケア』2003年11月号所収)
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