ケアと科学の狭間で 第4回 出生前診断を診断する(その1)

上田昌文

●命の誕生を扱う医療の特殊性

身体の具合が悪くなったときにあなたは医者を訪れ、診察を受ける。たいていは何らかの検査を経て診断が下され、病名が確定する。病からの回復に向けて治療とケアが施される――というのがごくありふれた診療の姿ですが、人の誕生に関わるいくつかの医療にはこのあたりまえの姿からかなりはずれているように思えるものがあります。

そもそも出産は病気ではありませんから、病院での出産が至極当然になっていること自体が(助産院や自宅での出産は全体の1%以下)、考えてみればかなり奇妙なことでしょう。産婦人科と小児科に分けられていますが、「産む」までを前者が扱い、「生まれる」と直ちに後者の扱いになるという具合に割り振られているのも、ケアの観点からみれば、母子ともに困惑させられる事柄でしょう。お産と人工妊娠中絶という、一方が「生」(命が生まれること)に向かい、他方が「死」(命を絶つこと)に向かう、背反した二つの行為を同じ医療者が担わねばならないという特殊性もあります。この観点からみるなら、生殖医療技術は「産むため」の不妊治療と「産まないため」の避妊・中絶、そして「産む・産まないを選ぶため」の出生前診断に類別できるでしょう。

出生前診断は、胎児の先天的な異常を見つけ出し、治療がかなわないので中絶に向かわせる手段として機能している点で、通常の「診断」とは性格を異にするものです。診断の結果を受けて中絶するにせよ産むにせよ、それそのものが非常に重い選択ですから、事前のカウンセリングなりアフターケアなりが施されるべきだと思えるのですが、出生前診断はこの点についてもかなり手薄なのではないでしょうか。

今回と次回の2回で、ケアのあり方からみた出生前診断の問題点を探ってみます。

●出生前診断とは

出生前診断は、胎児の健康状態や異常を検査して、主に染色体異常などの遺伝性の疾患を持っている可能性があるかどうかを検査・診断することですが、大きく分けて、(1)画像診断法(X線、超音波、MRI)、(2)胎児から細胞を採取して検査する方法(羊水、絨毛、臍帯血)、(3)母体血を使用して検査する方法、(4)胎児鏡を用いる方法、(5)体外受精した受精卵の1細胞を用いる方法(着床前診断)といった方法があります。とくに最近は、遺伝子工学的技術のめざましい発展を反映して、絨毛や羊水中の胎児細胞の染色体やDNAを診断したり、細胞の酵素活性を測ったりして、胎児異常の有無を直接診断できるようになってきています。

出生前診断は、胎児の異常を早期に発見し、早期に治療を開始したり、治癒できない場合でも出産方法や出産後のケアの対応を事前に準備しておくことを目的とするものなのですが、妊娠22週未満であれば、中絶と言う選択もあります。その場合、胎児の異常を理由に中絶することは堕胎罪により禁止されていますので、“表向き”は、母体保護法に基づいて、経済的理由などほかの合法的な理由により中絶をしたという解釈になります。この “合法的な理由”が問題なのですが……。

これまでの出生前検査(羊水検査・絨毛検査・胎児血検査など)は、お腹の上から針を刺したり、また経膣的に検体を採取しなくてはならないため、流産などの恐れもあり、また、出生前診断の是非について国や医師会でも見解がまとまっていなかったため、誰にでも受けられる検査ではありませんでした。高齢出産では、ダウン症などの染色体異常の疾患を持つ子どもが産まれる確率が高くなることが知られていますが、このような高齢出産の妊婦、あるいは赤ちゃんに遺伝性疾患の発現頻度が高いことが予想される場合にのみ行われていたのです。

現在普及しつつある母体血清マーカー試験(血液検査)は、普通の採血検査で血中のある特定のタンパク質を調べる、確率的なスクリーニング検査です。手軽に検査が出来るようになり、発現頻度が高いと予想される妊婦さん以外にも、普及しはじめています。従来のトリプルマーカーに加え4番目のマーカーを併せて使う「クワトロテスト」が商品化されています。このスクリーニング検査は、もし国が妊婦へのケアとして何らかの理由を付けて後押しするなら(極端な場合は義務化するなら)、あるいはそうした政策がなくても事実上検査を受けるのがあたりまえになるなら、「マス・スクリーニング」として機能するようになります。英国や米国はこの途上にあります。

日本では、母体血清マーカー試験に対し、「本検査には、(1)妊婦が検査の内容や結果について十分な認識を持たずに検査が行われる傾向があること、(2)確立で示された検査結果に対し妊婦が誤解したり不安を感じること、(3)胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があることといった特質や問題点があること等から、医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はなく、本検査を勧めるべきではない」(平成11年7月21日厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会「母体血清マーカー検査に関する見解」)との国の見解があるために、商業ベースの無節操な普及にはいたっていないのですが、妊婦さんの不安・希望が強い場合には応じることになりますから、流動的です。

●母体血清マーカー試験の実際

妊娠15〜18週の時期に母体の血液を普通に採血して、血液中のホルモンや蛋白質の値を調べて、胎児が異常を持っている可能性を確率で表します。調べる疾患は、ダウン症候群・18トリソミー・神経管奇形(二分脊椎)です。このうち、発生頻度が高いのはダウン症ですから(通常の妊娠では、20代では1/1200〜1500の頻度ですが、30代後半になると1/300、40代前半になると1/100ほどの割合だと言われています)、マーカー試験は“ダウン症の診断試験”のように思われている面があります。では実際にどのように判定していのでしょうか。

判定には「陰性」「陽性」という言い方が使われていますが、これが誤解を招くもとではないかと思えるのです。15週前後に採血したマーカーの値を、過去に検査されたダウン症児等を妊娠した多数の妊婦のマーカーの値と比較し、これに年齢のリスクを加味して、計算式によりダウン症児の生まれる可能性を確率で示します。ある確率(約1/300)以上に高まっている場合を「陽性」と判断します。この1/300というのは35歳の女性がダウン症の子を妊娠しているおおよその確率です。「陽性」と出た場合、それを確定するためには羊水検査となり、羊水検査を受けるかどうかの遺伝カウンセリングを行うことになります。しかし、検査の性格上、「陰性」と判断された中にもダウン症児の生まれる可能性もありますし、あるいは「陽性」と判断されて羊水検査を行っても異常のない場合も当然多いのです。こうした確率のみで示される結果に対し、たとえしっかりした説明を受けたとしても、どう判断すべきか迷うことになるのが、この検査の問題点の一つと言えるでしょう。羊水検査を受ける場合のことを考えると、羊水検査は結果が出るまで最低2〜3週間はかかるため、中絶限界となる21週までの期間が短く、異常が判明したときに大変慌しく選択を迫られることも問題です。

●出生前診断を“診断”するために
 
さて、問題は含みつつも、このように手軽に検査できるようになってきた出生前診断について、あなたはどう判断しますか?

妊婦自身の自己決定を尊重し、十分なインフォームドコンセントやカウンセリングなどのケアの体勢を整えるのなら、容認すべきものではないか。実際に障害児を授かったときの親の精神的ショックの大きさを思うと、それを回避する手段はあってしかるべきではないか。「健やかな子どもがほしい」というのはごくあたりまえの願いであり、障害者に対する公的支援が十分とは言えず、経済的にも負担が大きく、社会的にも差別や偏見にさらされる状況を想定すると、親にも子ども本人にもダメージは大きので、中絶という選択もやむを得ないのではないか……。

次回は、「命の選択」を促す技術の是非を、「障害」という概念をみつめなおすことで考察してみたいと思います。■

(『家族ケア』2003年9月号所収)

コメントを投稿