上田昌文
●紙おむつの普及
赤ちゃんのケアに欠かせない「おむつ」。従来「布」だったものが1980年代半ばから急速に「紙」にとって代わられ、今では紙おむつのシェアは約90%です。飛躍のきっかけは吸水力と保水力を著しく高める高分子吸収剤(主にポリアクリル酸塩で、白色〜淡黄色の無臭の粉末)の開発でした。紙おむつがコンパクトになり、尿の漏れや逆戻りも少なく、装着感も向上したのです。働く女性の数が80年代から急増してきたことに呼応して、家事の省力化のために様々な技術が開発されましたが、紙おむつは、まさに時代の流れに乗った、育児の省力化のヒット商品でした。
紙おむつは、赤ちゃんにとっての快適性が強調される商品でありながら、その実、布おむつを使うことの面倒さから親を解放して快適にするためのものです。その不快を快に変えたのは「使い捨てができる」点です。90%というシェアは、紙おむつの便利さが世の親たちにいかに歓迎されているかを端的に示しています。しかし、便利さを実現した技術にいつも付きまとうだろう問題がここでも浮上します。ケアを受ける赤ちゃんにとって、紙おむつの快適性とは何を意味するのでしょうか? そして快適性を求める個々の親たちの行為がマスとして集積する場合に、社会にとって無視しえない問題を生んではいないでしょうか?
●排泄行為の社会化
おむつの使用とそこからの離脱は、ヒトの生育過程での“生物機能の社会的適応”の一例です。生き物である以上必然の行為である排泄を、私たちは「トイレ」という形で社会に馴致させています。赤ちゃんへのおむつとおむつ離れ(トイレトレーニング)は、その社会化のためのケアです。このケアは、「排泄物を不快なものと自分で認識して、自力で(周りにも不快を与えないように)対処できるようにする」という、かなり高度でやっかいな能力を身に付けさせる点に特徴があるように思えます。
犬や猫よりもずっと人間に近い動物であり、ヒトとの意思の疎通がしやすいはずのサルがペットとして普及しない大きな理由は、トイレのしつけができないからだと言われています(森林の樹上生活で移動中に自由に排泄するという習性を変えることは難しいのです)。授乳期の子犬や子猫は母親が排泄物を舐めて処理していますが、この時期の子犬・子猫は母親の舐める刺激がないと排便も排尿もできません。母親のこの行動は巣穴の中を汚さない(そして、それを子どもたちに覚えさせる)大切な習性にもなっています。
おむつを排泄行為の社会化のためのケアの一環としてとらえるなら、「不快な排泄物をいかに快適に処理するか」という利便性の追求を、改めて見直すことが必要だと思われるのです。
●おむつ離れの“高齢化”?
現在の紙おむつが抱えている問題の一つは、それがあまりにも“快適”であることでしょう。抜群の吸収力のために「おしっこをしても気持ちが悪くない」と赤ちゃんに感じさせているとしたら、はたして赤ちゃんは「おしっこを漏らしてはいけない」「おしっこはトイレでしなければいけない」ということをうまく学べるのでしょうか?
確かに大脳の発達に伴って、尿意の自覚とそのコントロールがある程度自然に促されることは想定できます。しかし、おむつの時期に適切な“不快刺激”がなくなってしまうことがどう影響するかは、慎重に探ってみなければならない重大な問題でしょう。明確な統計は見当たりませんが、おむつ離れの“高齢化”や排泄行為のコントロール能力の低下が起こっていて、幼児や学童の間にいろいろな問題が生じているかもしれません。ただし、こうした問題は個人差がきわめて大きく、また「紙おむつの使用→おむつ離れの高齢化→問題行動の派生」という単純な単純な決めつけをしてはならないのは言うまでもありません。
子育て全般に通じる問題なのですが、子どもにとっての「よいもの」「悪いもの」は確かに親が判別していく他はないとはいえ、そのときどきに良し悪しを決めかねるものが世の中には少なくありません。そして「わが子を“よいもの”で満たさなければいけない」と思い詰めると、結局、自分も子どもも苦しいところへ追い込まれてしまうものです。
おむつの問題も、それだけを切り離して考えるのではなく、赤ちゃんへのケア全体のなかに位置付けて、できるだけおおらかに受け止めるべきでしょう。
●“蒸れ”がもたらすものは?
快適性と関係してはいるもののいまだに決着がついていない事柄に、「おむつかぶれ」があります。吸収力と保水力が高まったからといって通気性も同様に高まるわけではありません。もともと紙で布と同様の通気性を確保するのはむずかしいはずです。
赤ちゃんが頻繁に排便するのにあわせて頻繁に取り替えを余儀なくされる布おむつに比べて、吸収機能の向上によって取替えの回数を減らしてしまう紙おむつの場合、いくら水分を吸収するとはいえ、おむつの内側では温度は高く熱が放出されにくいでしょうから、おむつかぶれにつながるような“蒸れ”の状態が生まれやすいと言えるかも知れません。紙おむつメーカーは布おむつと比較した“蒸れ”の実験データなどをもっていると思えるのですが、おむつかぶれは他の要因も関係してくるので、使用状況と症状の出方を細かくチェックしないと結論が下せない、むずかしい問題です。
●紙おむつのコストとベネフィット
紙おむつには紙パルプ、プラスティック、高分子吸収体、そのほかの化学物質や香料が含まれていますから、原則的には燃える成分と燃えない成分を分離すべきですし、排泄物のことを考えれば感染性のある医療廃棄物と見なすべきでしょう。しかし膨大に出てくるゴミを前にそんな手間隙はかけておられず、現実には、一般廃棄物の「家庭ゴミ」として扱い、焼却炉で燃している自治体がほとんどです。
紙パルプの浪費、ゴミ処理に伴う有害物の排出など、ここ20年で使用量が激増し年間生産量が34万トン(2000年)に達していることをふまえて、「使い捨て」を見直さなければならない理由はいくつもありますが、何らかの対策がとられたという話は聞きません。(ゴミとして同じような問題を抱えているものに女性の生理用ナプキンがありますが、こちらは圧倒的な普及のために今では代替品を想像することさえ難しいと言えるでしょう。)
また、布おむつを使った場合でも、ウンチの処理の仕方によっては環境にダメージを与えているはずです。布おむつの使用を推奨する保育園が、おむつのレンタル業者と提携しておむつ洗いの煩わしさを軽減したという例もありますが、はたしてその業者はウンチをどう処理していたのでしょう?
紙おむつが割高だということは誰もが感じていることですが、では実際に、赤ちゃん一人を育てる場合に紙と布ではどれくらいのコスト差を生じるものなのでしょうか。イギリスの場合では、総額8万円ほどになったという試算があります。確かに紙おむつ使用によって生まれる時間や心のゆとりは貴重なものかもしれません。それが8万円ほどの出費で得られるものならば……という選択もあり得るでしょう。
●紙おむつが問いかけるケアのあり方
少子高齢化社会を迎えて、介護のための大人用紙おむつの使用が年々増加し、今では紙おむつ全体の4割を占めています(2001年の市場規模は推定で500億円)。高齢者の場合、病院などでは一定時間ごとの看護師の巡回時や在宅独居でもヘルパーの訪問時にしかおむつを替えてもらえず、当人がどのようなつらい思いをしているのかが顧みられていないケースもあるのではないでしょうか。(大人用の紙おむつを着用して排尿排便体験をしてみた人は、はたしてどれくらいいるのでしょうか?)
個々人の選択は、それが束ねられることで社会の選択となります。多くの人々が紙おむつを使っていることは、「多少の出費があろうとも不快感の回避や便利さには代えられない」という価値観の現れでしょう。
ケアといい、子育てといい、あえて“不快”や“不便”を引き受けるという側面のある営みにおいて、利便性をどうとらえて生かしていけばよいのか――紙おむつは興味深い問題を提起していると思います。■
(『家族ケア』2003年7月号所収)
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