ガバナンス(政府の政策や大学・民間でのマネジメントのあり方)−ナノテク未来地図インタビューより

政府の競争的資金が増えたことによって逆に弊害も多くなっている。成果を求められるような研究ばかりになり、研究成果捏造や、必要でないお金をもらって使い切れないという無駄が起こる。必要な人に必要なだけのお金が行くシステムができていないというのが一番の問題である。研究とは英単語を覚えるのとは違って、時間をかければ着実に成果があがっていくものではない。いつになったら、その問題が解決できるか予想がつかないものなのである。時に予想外の結果が得られて、その方が世の中の役に立つ発明につながることも多い。リスクが高い研究でも将来必要な技術であれば細く長くサポートできる体制が必用である。十年・二十年先を目指した研究はたとえば大学の運営交付金のようなものによって、なんのオブリゲーションもなく自由にやらせてもらった方が本来は良い。NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究などはターゲットが三年と短すぎるので大学がやるのには適していない。また研究目的の変更ができないのも成果があがらない原因である。
(渡辺敏行さん)

化粧品など身体に直接塗るものや、医薬にはならないが健康食品になるものなどの審査が甘いものがあり、問題だろう。今までμmサイズという細胞の大きさだったものが二桁小さくなって数nmになったとき、金属・プラチナなど本当に身体に大丈夫だとは言い切れなくなるのではないか。薬も拒絶反応を見るために、今でも最終的にはヒトに対して反応を見なければならない。粒子が小さくなると基本的に炎症を起こしやすくなる。そういうものに対するアレルギーを測る標準規格を作る必要があろう。化粧品にしても「ナノ」という表示についての基準が定められていない。原子力ではないが、一回危険だという認識が広まると怖い。風評が立って市場が衰退する、ということもあるかもしれない。
(阿尻雅文さん・梅津光央さん)

ナノテクに限ったことではなく、利害関係や特許、条約などの絡みもあるが、国レベルでの倫理というものを十分議論しておくことが必要である。日本人としての考え、宗教もあるだろうが、イスラム教徒や在外中国人などから独自の考えを学ぶべきである。政治は一極的に誰かが支配するというものではなく、古代ギリシャのポリスに近い何かがあってしかるべきだ。
(山本健二さん)

医療関係では、新しい分子が出てきたときにその毒性を調べる。現在の日本では臨床研究で有効性が確認されれば認可しているが、外形標準など新たな科学の方法論とともに、今後そうした許認可制度を変えていかなければならない。
ナノ粒子の労働被曝についてであるが、目に見えない曝露がある。煙と同じような感じで被曝するのもある。アスベストでの過ちを繰り返さないようにしなければならない。ただ、厚生労働省にはこうした労働環境についての目配りをするだけのキャパシティがない。また予算を獲るときが問題であり、目に見えないような話については財務省がOKを出さない。アスベストの時も、健康被害の問題が起こったらどうすると一部の研究者が数十年前から指摘してきた。ナノについても一部の研究者は指摘している。だが、慢性的に起こる症状、何十年も追跡しなければいけないようなものに対して研究することは非常に難しい。こうした将来のリスクに対しての研究を進めるには研究者の自発的な活動に任せるのではなく、まず助成金のあり方を見直すべきであろう。政府や政策研究者が全体像というものをきちんと分析し、研究費のあり方を変えることで研究者に対してこうした問題に取り組ませる形がいいのではないか。
(鈴木和男さん)

ナノテクの問題点の一つとして、国と国との格差が広がってしまうのではないかという問題があるが、産業界としてどうしようもない面がある。ナノテクは技術の進歩の当然の帰結であり、情報の共有化である程度は格差拡大を防げるが、安全性の検討ができる組織・機関は限られている。ナノテクに取り残された国は追いつけないという方向がどんどん明確になってくると、国際的な安定という面では問題だとの指摘もある。どういう組織が議論するかを含め、この話はボディブローのように効いてくる可能性がある。先端技術をどういう形で使っていくかというのがこれからの課題であるだろう。たとえばフラーレンで環境負荷の少ないもの、それをどう普及させるかなどは日本の今後の課題になるだろう。われわれも本来はそこまでの意識がないといけないのだろう。フラーレンがエネルギー問題や環境問題の解決になるということが社会に見えてくるといいとは思うのだが、まだまだである。
(村山英樹さん・木下隆代さん)

科学技術基本計画はかなり良いが、予算的にはもうちょっとあってもいいかなと思う。優先順位としては国内の産業振興が一番にあって、それをやった上で、その技術の中から世界をリードできる技術は世界にどんどんアピールしていく、ということを外交戦略としてやっていくべきだろう。今まで経産省、NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)や文科省などは、ナノテクに関しては良くやっている。ただ、ある程度ナノテクの中で優先分野、地域振興、アジアへの貢献につながるようなものに絞っていいのではないかと思う。環境のように世界的な関心事で日本の技術をアピールできるものがあれば、それを優先すべきではないか。とにかく日本の産業界、ものづくりメーカーがもう少し元気が出るやり方・施策を国が考えなければならない。他国にはない、日本のオリジナル技術のアピールを日本の国家戦略としてやってもいいのではないか。
(甕秀樹さん)

「DDSは言われるほど進んでいない」と言われるが、化学系の実験より時間がかかるのは仕方がない。粒子の設計、作成、最適化から、細胞、血中、生体での毒性を含めた評価までいろんな段階がある。CNBIのような連携組織があると、他のグループでのいろんな工夫を一堂に集められ、互いにやり取りしながら早く進められる。CNBIでは年2回班会議というものを全体で開催している。泊まり込みで情報交換をしたこともある。ここでは基礎的な科学が共通言語になっているものの、お互い完全に分かり合うのは難しい。ただし、違ったアイデアが出てきて、ナノテクでよく言われるボトムアップとトップダウンがまさしく融合している感じがする。医学部と工学部などは昔はつながりがほとんどなかったようだが、変わってきている。
基礎研究は大事であるが、基礎の殻に閉じこもられても困る。われわれのナノバイオ拠点では、共同研究に力点を置ける人、特許が取れる人、という視点でも評価をして研究者を連れてきている。そうでないと拠点がただお金をばらまくだけになってしまう。そのため、全体を設計する人のビジョンが非常に大事である。それがないと、個々の成果としてはあるがプロジェクト全体としては何も残らない、ということになりうる。ただ、このプロジェクトも5年しか期間がなく、もう少し時間が必要だと思う。
ナノテクの食品などへの応用を考えた場合、作り込んだものは高価になるので、結局は単純なナノテクを使ったものになる。そのため、こうしたものへ応用したときのリスク評価は、最初のうちは単純なものに限ってもいいのではないか。ただし、サンプル処理の仕方一つで結果が変わるので、技術全体に精通している人が評価を行わなければ、研究者は誰も信用しなくなる。評価をするのであれば、きちんとやらなければお互いに不利益になる。評価の標準化は重要だろう。どこかの機関がイニシアティブをとってくれないと、自分の研究成果につながるものでもないので個人の研究者でロビー活動をやる人はいない。われわれも協力はできるが、先導してやれるかというと難しい。
(岸村顕広さん)

ナノチューブの標準化の動きも去年ぐらいから始まったと言われている。ナノ物質は扱い方次第で大きく変わるので、考えようがあると思う。ナノテクの研究開発体制については、大型の予算をつけて誘導するというのも必要であるが、的確なロードマップを作れるかが重要。もしそれがきちんとできないのであれば、自由な研究に任せた方がいい。現状と将来を予測できる体制が必要。議論してコンセンサスを形成していける場がある中で研究開発が誘導されるのであれば良いが、上から決定が降ってくることが本当に正しいかというのはちょっと分からない。
(野田優さん)

日本では文科省が中心で研究助成をしているが、科学の成果を社会に還元すべきという流れが科学研究に目標指向型と基盤研究の混在を加速させてきた。科学者は、目標指向型研究の実現が遠い先で予測がつきにくいにもかかわらず、今すぐに実現できるかのように申請し、研究費を稼がなくてはならない時代となった。しかしすべての科学技術は光と影の両者を兼ね備えており、大学の研究はリスクを含めてもっと基礎研究に立ち返る必要がある。また米国のようにいろいろな性格のファンドを作り、多様な科学研究を進めていく必要がある。目標指向型研究に関連していえば、技術の評価には企業の技術研究経験者の声をもっと反映させるべきではないかと思っている。ただ、特に日本の企業は情報を出したがらないので、企業の技術開発の実態は極めて見えにくい。公的資金を使う技術開発には基礎研究とともに商品化コンセプトも念頭に入れた開発システムの構築が必要であるという技術経営の専門家の意見も取り入れる必要があろう。
科学の先端研究は不確実であるが、長い間、人類が蓄積してきた熱力学の法則や質量保存の法則など普遍的な確かな科学知識の蓄積もある。そういう流れをきちっと見た上で、全体を見るということをしないといけない。技術の枝葉だけを見て、不確実だと主張し不安をあおるケースもあり、実は環境によいといわれるある科学技術が見方を変えると、環境を悪化させるケースもある。蓄積された科学のコアの部分に基づく冷静な判断も社会に求められている。
(五島綾子さん)

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