ナノテク未来地図インタビュー−岸村顕広さん(東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻助教)

・ナノテク(ナノ粒子・ナノチューブ)とは何か?

われわれとしては相手が生体なので必ずしもそれほど小さいサイズでなくてもよく、それよりはいろいろなコンポーネントを組み合わせてやりたいことができるか、ということが問題である。数nmの微粒子のみにこだわる必要はなく、場合によってはマイクロサイズでもよい。コンポーネントとして使うものがナノサイズであればナノテク、と言って差し支えないのではないか。そういう意味では、われわれのスタンスは今までと変わらず、化学の一分野にすぎない。研究者レベルで「ナノ、ナノ」と騒いでいても仕方がないが、一般の人との歩み寄りという意味でなじみやすい言葉というのは大事である。だから、「ナノテク」のようなちょっと浸透してきた言葉をネガティブなイメージがつかないように大事に使ったらいいと思う。


・ナノテクに関する取り組み

東京大学ナノバイオインテグレーション研究拠点(CNBI)は、理学部、工学部、薬学部、医学部、農学部、及び東大病院などの横のつながりを中心に異分野融合を進め、ナノテクノロジーの医療への応用を目指す学内を基本とする連携組織である。ナノテクについてこうした組織ができたのは日本では初めてであり、規模も随一である。また、欧米の似たような組織と連携を取って世界的に情報をやり取りしている。

われわれの研究室はDDS(ドラッグデリバリーシステム)を目標にやっており、ナノスケールのものを作り込んで最終的に人体に応用するところまで考えている。ガンの場合はターゲットにしやすいところがあるが、他の疾患でもいろいろと試している。われわれは材料屋なので、作るところからこだわりを持ってやっており、理論的な設計図から作っている。たとえば、内側に制ガン剤が閉じ込められて外側はポリエチレングリコールで覆われている粒子というのを開発し、生体適合性を持たせて、臨床試験までおこなっている。制ガン剤に使うものは50〜100nmぐらいの粒子である。サイズがいろいろな意味を持っており、あまり大きなものはどこかにトラップされて排泄されてしまうし、あまりに小さなものは血中内のどこかに吸収されてしまう。ちょうどいい大きさで生体適合性のあるものであれば、タンパク質にトラップされたり、どこかに行って排出されるということはない。

医学系の研究者との共同研究をおこなっているが、彼らにはお医者さんならではのアイデアがあり、原因の方からアプローチして非常に話がスムーズに行く。こうした出会いがあるとブレイクスルーが結構出たりする。


・将来像

DDSで臨床でやっているものに関しては投与量を減らせる、というところに近づきつつある。ターゲットが多く、治すべき病気がいっぱいあるので、それぞれによって変わってくるところがあるが、ガンならガンで一つ開発できればそれに続くものが開発できるだろう。今のところの問題として、認可が出るのが遅いというのもあるが、手術で治るものは手術でやった方が良いというのがある。だからDDSと手術の両方を併用するという可能性がありうる。しかし今のところは、他に手だてがなくなったという人以外、DDSを入れてくれないのではないか。単純なDDSを効かせるだけでもまだ難しい段階であり、テーラーメイド医療への適用はもう少し先の課題だろう。DDSは普及してくれば一個人に対して使う量は抑えられるので、薬剤の価格自体は下げられると思うが、それよりも大きくかさんだ開発コストの回収が問題だろう。


・ガバナンス(政府の政策や大学・民間でのマネジメントのあり方)

「DDSは言われるほど進んでいない」と言われるが、化学系の実験より時間がかかるのは仕方がない。粒子の設計、作成、最適化から、細胞、血中、生体での毒性を含めた評価までいろんな段階がある。CNBIのような連携組織があると、他のグループでのいろんな工夫を一堂に集められ、互いにやり取りしながら早く進められる。CNBIでは年2回班会議というものを全体で開催している。泊まり込みで情報交換をしたこともある。ここでは基礎的な科学が共通言語になっているものの、お互い完全に分かり合うのは難しい。ただし、違ったアイデアが出てきて、ナノテクでよく言われるボトムアップとトップダウンがまさしく融合している感じがする。医学部と工学部などは昔はつながりがほとんどなかったようだが、変わってきている。

基礎研究は大事であるが、基礎の殻に閉じこもられても困る。われわれのナノバイオ拠点では、共同研究に力点を置ける人、特許が取れる人、という視点でも評価をして研究者を連れてきている。そうでないと拠点がただお金をばらまくだけになってしまう。そのため、全体を設計する人のビジョンが非常に大事である。それがないと、個々の成果としてはあるがプロジェクト全体としては何も残らない、ということになりうる。ただ、このプロジェクトも5年しか期間がなく、もう少し時間が必要だと思う。

ナノテクの食品などへの応用を考えた場合、作り込んだものは高価になるので、結局は単純なナノテクを使ったものになる。そのため、こうしたものへ応用したときのリスク評価は、最初のうちは単純なものに限ってもいいのではないか。ただし、サンプル処理の仕方一つで結果が変わるので、技術全体に精通している人が評価を行わなければ、研究者は誰も信用しなくなる。評価をするのであれば、きちんとやらなければお互いに不利益になる。評価の標準化は重要だろう。どこかの機関がイニシアティブをとってくれないと、自分の研究成果につながるものでもないので個人の研究者でロビー活動をやる人はいない。われわれも協力はできるが、先導してやれるかというと難しい。


・リスク

DDSの制ガン剤は、普通に薬を大量に投与するよりは副作用が低減されている。特にわれわれが使うコンポーネントは基本的に有害にならないものを使っている。ポリエチレングリコールはもちろん無害であるし、疎水性や親水性に使っているブロックは基本的にアミノ酸を重合したものであり、分解しても単にアミノ酸が出てくるだけである。人に使うので、認可が下りるようなものでなければ話にならない。

安楽死のために薬物を注射することと同じように、DDSなど人に投与するものは毒にも兵器にもなりうる。DDSを利用したドーピングのような問題はどうしても出てくるだろう。人工血液や人工赤血球などを研究している人がいるが、スポーツ選手に使ったらどうなるか、という問題には個人的には関心がある。薬の場合、どうしても治らないから使うのでリスクを引き受けてもらいやすい部分があるが、これからナノ診断デバイスなど健常者が使う技術が出てきたらどうするか。デバイスを使って気分が悪くなったらどうするのか。安全性という面できちんと評価する必要がある。


・社会とのコミュニケーション

CNBIでは広報活動としてニュースレターを発行しており、自分も編集に携わっている。一般の人には難しいかもしれないが、少しでも研究に携わっている人、異分野の人でも大学院生レベルであれば面白く読めるだろうものを作っている。

ナノテクについて、煽動的なデータばかりハイライトされて嫌なイメージがつくというのは、それが障害となって進歩が妨げられ全体としては利益にならない。マスコミも好意的に分かろうとする人もいるがそうでない人もいる。そういう人たちが歩み寄れればいいのではないか。科学についての市民講座や一般向けの成果報告会のようなものには年配者の参加が多いが、本当はもっと若者にも来て欲しい。だが彼らは忙しく、平日昼には来るわけがない。休日でもよほどのことがないと来ない。サイエンスカフェのように草の根活動で関心を広げていかなければならないと思う。

社会的影響が研究者の間で話題になるとすれば、自分たちの研究のアウトプットに関したところまでだろう。しかしこういうシナリオマップがあると、思いがけず今までにないような特別な機能を持った材料を作ってしまった場合に「こういうことに使える」と早い段階で分かるかもしれず、無駄なくシーズをつみ取る役に立つように思う。

(2007年8月3日インタビュー)

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