・ナノテク(ナノ粒子・ナノチューブ)とは何か?
「ナノテク」の言葉自身の範囲が非常に大きすぎる。ナノテクノロジーは基盤技術であり、それのみで出口としてあるものでなく、バイオ、IT、環境等とも関係した裏方のテクノロジーである。今の産業をナノにする、ナノを産業にする、という二つの方向があり、最初の方は既にあった。ハードディスクドライブもナノの塊である。顔料、研磨剤もナノ粒子。色材など人間はナノを使ってきた。ナノテクノロジーというものは全く新しい物ではなく、人間の認識が新しくなったという方が真実に近いだろう。ナノ粒子、ナノ素材がどういう影響を与えるかを見るのは今までは非常に大変だった。たとえば空気中にナノ粒子がどのくらいあるかを計測するのは非常に大変だった。計測技術ができて初めてわかることもある。従来素材、従来技術を見直して反映していくというのは考え方としては妥当だと思う。
・ナノテクに関する取り組み
弊社はカーボンブラックの製造技術をベースにしてフラーレンの大量合成に成功し、安価で製造できるようになった。産業としては初期段階であり、フラーレンの実力が出てくるのはまだまだこれからであると考えている。弊社では今はコンポジット及び半導体関連材料や各種有機デバイス等のアプリケーションに向けた化合物としてのフラーレン誘導体といったアプリケーションに注力している。短期的に注力している分野では、CFRP(carbon fiber reinforced plastic)など樹脂の添加剤、潤滑用途がある。中長期では誘導体。われわれは一次素材である生のフラーレンを提供するだけでなく、顧客が使いやすい誘導体を作るところまで仕上げる。たとえばフォトレジストや有機太陽電池等の用途である。
またアプリケーションと同時に、予期しないいろいろな効果が出るのではないかということで、インプリケーションまで含めて全体のことを見ることが強い社会要請としてあり、重要である。われわれだけではできないことも多いので、公的機関や大学に共同研究や委託研究をお願いしながら進めている。最近は化学物質管理のあり方がヨーロッパを中心に変わってきており、われわれも素材を提供して終わりというわけにはいかなくなっている。どのように使われてどのように廃棄されるかについてまで、顧客と最初から議論していこうとしている。今の段階でナノ粒子の安全性がすべて分かっているわけではなく、まだまだデータを集めなければならない。そのため、顧客の希望があれば何でも提供するわけではなく、使い方も聞いた上で出している。MSDS(material safety data sheet)を付けて、現時点でのベストプラクティスという形を取っている。
・将来像
フラーレンは新しい基本分子であり、本質的で根源的な新素材だと思っている。少なくとも今世紀終わりにはあちこちで使われていると信じている。三次元的な空間をデザインする新しいアプローチであり、フラーレンをスターティングマテリアルにすることでこれまでできなかったことができるようになるだろう。一方で、省エネルギー、省資源、新エネルギーを考えると、フラーレンは非常に向いている。CFRPもそうだが、フラーレンをわずかに加えるだけで機械的な強度を改善するため、多量の材料や高い材料を使わなくて済む。フラーレンを構成する炭素はありふれた元素である。インジウム、プラチナなどと比べて日本の元素戦略を考える上でも、炭素を使うのは本筋である。世界的に見ても、ありふれた材料を使って機能を発現できるシステムこそが社会に永続的に必要とされる技術だと思う。フラーレンは燃焼すれば最後はきれいになくなってしまう。今後のわれわれの生活の快適性・安全性・持続性といった流れにマッチしている。
・ガバナンス(政府の政策や大学・民間でのマネジメントのあり方)
ナノテクの問題点の一つとして、国と国との格差が広がってしまうのではないかという問題があるが、産業界としてどうしようもない面がある。ナノテクは技術の進歩の当然の帰結であり、情報の共有化である程度は格差拡大を防げるが、安全性の検討ができる組織・機関は限られている。ナノテクに取り残された国は追いつけないという方向がどんどん明確になってくると、国際的な安定という面では問題だとの指摘もある。どういう組織が議論するかを含め、この話はボディブローのように効いてくる可能性がある。先端技術をどういう形で使っていくかというのがこれからの課題であるだろう。たとえばフラーレンで環境負荷の少ないもの、それをどう普及させるかなどは日本の今後の課題になるだろう。われわれも本来はそこまでの意識がないといけないのだろう。フラーレンがエネルギー問題や環境問題の解決になるということが社会に見えてくるといいとは思うのだが、まだまだである。
・リスク
リスクに関しては、2001年弊社設立の検討過程でフラーレンの安全性についてもその当時分かっていることをできる限り調査した。そこで特徴的だったのは、安全性については日本が一番検討が進んでいたということ。また、2004年夏以降開始された、ナノテクノロジーの標準化に関するいろいろな議論に当初から参加させてもらっている。そこでまず感じたのはナノ粒子の毒性懸念に対する問題を真剣に考えなければならないということ。ナノ粒子は表面積が大きいので普通は凝集しやすい。これを分散させるのには高度の技術がいる。その調整法や実際に分散させたもののキャラクタリゼーションが大変重要であり、透明性がある形でいろいろな評価方法を確立し、議論していかないといけない。これは時間がかかる作業だがきちんとやらない限りは社会からの理解は得られないだろう。長期戦になるだろうという意識はある。しかし、フラーレンは基本的には純粋な炭素なので、筋がいいと思う。処理の方法も、たとえば埋め立てするにしてもCFRPからフラーレンが溶出することはほとんどないことを確認した。万が一溶出したときでも、今年1月に発表された論文ではフラーレンが土壌細菌には影響ないことが示された。また、フラーレンは薄い濃度だが実は自然界に広く存在していることも報告されている。
・社会とのコミュニケーション
われわれの取り組みや技術的優位性は、かなり宣伝してきたつもりだが、まだ日本でもあまり知られていない。フラーレンとナノチューブの区別がつかない人も多い。また、フラーレンは特殊な物質でまだまだ高いというイメージが一般的にある。産業界がナノテクを社会に受容してもらおうとするときには、透明性や説明責任が大事だと思う。理解してもらうためにはきちんと説明できなければならない。ただ、説明を聞いてもらうときにはリテラシーが重要である。こちらの説明はわれわれの立場からの説明になってしまい、聞く方が重要でないと思ったらいくら説明しても聞いてもらえないし、ナノテクノロジーが危ないのではないかと最初から思い込んでいる場合にはそもそも聞いてもらえなくなってしまう。そのコミュニケーションの取り方は非常に重要であるが、産業界が慣れていない。優れたサイエンスライターが一定数必要で、社会と産業界の間でうまく情報をやり取りしたり、社会の懸念をすぐに産業界に投げ返したりしてくれるようなことがこれから重要だと思う。
日本でもサイエンスカフェなどの動きがあるが、サイエンスカフェにくるのはリテラシーの高い人であり、普通の人と違うので、それだと足りない気がする。マスに訴える手段を考えなければいけないと思う。われわれはナノ素材だからということでフラーレン事業をやっているわけではなく広い分野で貢献できる新素材であることから実用化を目指しているという状況であるが、ナノという一面は避けて通れない。仮に何か他のことででもナノで事故が起きた場合、横並びで拒否感が起きるのは心配である。危険性が実態以上に懸念として伝えられると問題。担当が熱意を持ってやっていても経営者がリスク回避をすると、われわれとしては死活問題である。自信を持って対応していくという筋道が必要。
ナノテクノロジーでこういう社会になるという具体的なイメージでアウトプットができればいいと思う。経産省も第三期科学技術基本計画でできるだけ具体的な姿を示そうとしており、重要な観点だと思う。遺伝子組み換え作物でコミュニケーションがうまくいかなかったのは、企業側がベネフィット、消費者がリスク、と分けて見なされたことが原因のひとつだと思う。ナノテクはどちらかがということではなく、技術が必ず進んでいく過程でリスクとベネフィットを一緒に考えていかなければならない。そういうリテラシーがあるかないかで議論がずいぶん違ってくる。どういうふうに使いこなすかを議論すべきであって、使うか使わないかという議論は、今後の社会を考えるにあたり実態と整合性がとれない懸念がある。
(2007年7月6日インタビュー)
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