「企業の環境対策−消費者はどう見る?」

連続講座・シンポジウム「科学技術は誰のために?」

事前インタビュー(その3)「企業の環境対策−消費者はどう見る?」

辰巳菊子さん
(社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルティング協会(NACS) 常任理事)


Q)この組織がどういうことなさっていて、辰巳さんその中で主にどんなお仕事なさっているかっていうことからお聞きします。

――1988年設立の社団法人で、日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会という名前です。メンバーは消費生活アドバイザーの資格か、消費生活コンサルタントの資格のどちらかを持っています。そういう人が個人で加入している団体です。経産省の管轄下にあって、現在約3,970名のメンバーがおります。全国に7つの支部があって、消費者問題専門家の日本で一番大きな集団だと、自分たちでアピールしています。


Q)全国のコンサルタントとアドバイザーのほとんど全員が入ってらっしゃる感じですか。

――いえ、アドバイザーの資格を持っている人だけで1万人を超えていますのでそうではありません。企業で働いていてアドバイザーの資格を取っている方が多いのですが、おそらくそういう方が加入されていないのかなと思っています。ただ、企業をリタイアした人は結構入ってくださっています。基本的に社団法人であり、市民団体とは違いますが、経費は全部会員の会費と事業収入です。ただ、活動はほとんどボランタリーベースだと言えるでしょうか。


Q)アドバイザーとコンサルタントの業務内容や目的は?

――消費者と企業の間をつなぐ架け橋というのが、双方の資格です。消費者と企業の間のギヤップから、いろいろなトラブルが起こっているわけです。消費生活アドバイザーの資格が発足して28年、消費生活コンサルタントはもう45年以上たっています。みんな結構専門的な分野で活動しています。

たとえば金融関係でいうと、金融関連事業者からの投資の情報などで、消費者がだまされるっていうこともあるし、あるいは小口のお金を借りて返せなくなって破産しなければいけない人たちもいたりします。それは情報が足りないせいでそういう問題に行き着いてしまうのでしょうから、それを未然に防止するための教育が一つです。それに起こってしまったトラブルの解決のためのサポートというこの両面ですね。金融関連の問題は一例ですが、消費者問題と言われる問題すべてを手広く対象にしています。私はたまたま古くから環境問題にかかわっていて、環境においても同じように両者にギャップがあるなと思っていたので、今はその分野を中心に活動をしています。


Q)環境と消費者というテーマで辰巳さんが主に扱っていらっしゃる具体的な問題はどういうものがあるのですか。

――環境というのは暮らしすべてであり、非常に範囲が広いのですが、今、私たちは、企業と消費者のギャップというところに着目していますので、企業が発信する情報にかなり特化して活動をしています。情報が消費者にきちんと行き届いていないことや、消費者が環境に配慮したものを選択できるようになっていないというようなこともあるので、企業が発信する環境情報におけるギャップを埋められればと。広く言えば環境コミュニケーションをテーマにやっていると言えます。


Q)そうしますと最近のCSRがらみの情報、環境報告書といったものを分析されて、消費者にとってもっといい形の提供の仕方を探っていらっしゃるわけですか。

――ええ。消費者団体って言われるものが日本にいくつかありますが、その中でこういう環境情報に着目して活動しているのは、NACSしかないので、私たちも責任を感じています。社会に発信するからには責任があるということで、あまり広げず環境情報に特化して活動をしております。だから環境報告書をみんなで読んでみようとも勧めています。私たちの側はどういう情報を望むかということでずいぶんと検討をしました。

1999年から委員会として始めましたが、その頃はちょうどISOで環境ラベルの規格を固める時期でした。日本の環境ラベルのJIS化も2000年から順次できましたが、そのちょっと前だったもので、ちょうどそれに合わせて私たちも勉強し、それにコミットしていけたらいいなという気持ちもあってやってきました。その後、環境ラベルを勉強していく中で、ある商品の環境情報だけがよくなっても、企業の姿勢がわからないねという話になり、5年くらい前から、みんなで環境報告書のチェックも始めました。環境報告書はまだまだ発行する側も試行錯誤の中で発行しておられて、いろんな企業の方たちともインタビューをしたりされたりしながら今に至っています。

一方、消費者、消費者団体、学生、NGOなどの方々にもいろいろとヒアリングを重ね、現在少なくともある程度環境に関心のある人は、こんなことを、要求しているというかニーズがあるということで、それでまとめたのがこの冊子です。環境ラベルと報告書は、当初は別々にやってきましたが、やる中でやっぱり私たちの考え方のベースは一緒なのだということで、それを整理したものが、この「グリーンコンシューマーが望む環境情報9原則」なのです。望ましい環境情報のあり方を、内容と表現と企業の姿勢という3つの柱に分けています。そして、環境ラベルを見るときにはこのような、環境報告書だったらこういうところというチェック項目も作っています。


Q)なるほど。ここに使われているグリーンコンシューマーっていう言い方なんですけども、たとえば消費者自身がこういうものを使うことによって、自分自身の意識を高めたり、取り組みをさらに促進させたりっていう側面がありますよね。もう一方ではこういうことを作るプロセスを通じて、あるいは消費者に答えてもらうことによって、今度は企業の方にインパクトを与えていくっていうそういうのありますよね。その辺の言ってみれば両方をつなぐような仕事をされていると理解したらいいんでしょうか。

――まさにそうなのです。私たちが誰に向けて発信しているかというと、グリーンコンシューマーになろうということで、消費者を対象にしています。ところが、私たちはそのつもりでいるのですが、事業者の側からすれば、消費者がそういう勉強をし、ニーズを出すなら、自分たちの側の報告書も見直さなきゃいけないということで、結果的には両方に対して発信することになるという状況にあります。どちらかというと、企業の方の方が、関心が強いというイメージですが。


Q)もう1点お聞きしたいのは、企業と言っても非常に幅広くて、消費者ももちろん家電製品など実にいろんなものを購入する世の中ですよね。そうしますとその環境報告書を出している企業と言えども、もちろんその内容にちょっとでも立ち入るとかなり専門的なものが入ってきているとか、単位ひとつ理解するのも難しかったりとかするのがありますよね。その辺はどんな感じで乗り越えてらっしゃるんですか。

――そうですね。私たちは、もし分からなかったら、相手にわからないという声を伝えましょうって言っています。そうすることによって、消費者はこういうことに関心をもってくれているのだ、ここをこう改良しなきゃいけないのだというのが、企業側にわかってもらえると思います。分かりにくいのであれば、わかりにくいことを声にして形にしないと、ワンウェイのコミュニケーションになってしまいます。コミュニケーションはツーウェイでなければと、いつも勉強会などでお話しています。


Q)消費者がそういう勉強会に参加することで、自分自身の購買行動が変わったとかいう具体例はありますか。

――それは残念ながら分からないです(笑)。


Q)よく言われる例ですけども、トヨタがハイブリット車を出ても、高いから買えないっていうような面もありますよね。それから、冷蔵庫なんかでも最近は省エネ型なんかも出てきていて、きちんと計算すれば、たとえば10年使えばもとが取れるということが分かっていながら、今買い替えるかなっていうことで悩んでしまっていることが結構ありますよね。そういう実際の行動に、どれくらい影響を持つことができるだろうかっていう観点からはどうですか。

――そうですね。その考えが少し柔軟にならないかなと期待して活動をしています。いつもグリーンコンシューマーを16%以上にしようと言っています。なぜ16%かと言うと、アメリカの社会学者のM・ロジャーズ氏が、ものの普及に関しての論文を、1962年に発表しています。それによると、初期に目新しいものにぱっと飛びつく人がいて、その人が口コミなどからオピニオンリーダーに育つとマスコミなどが取り上げ、そういった人たちが16%に達すると一気に広く普及するという理論なのです。その理論はいろんなところで今までに証明されてきているので、16%っていうのは重要なキーワードなのです。マーケティングなどでもよく使われています。だからその16%にするために、何をするかということですね。そういう話をすると、今グリーンコンシューマーは何パーセントだっていう人がいるんですよね(笑)。どう思いますか?


Q)難しいですね(笑)。私たちはNPO活動をしていますから、それなりに意識の高い人集まってきますけども、それでもあなたの家の冷蔵庫はちゃんとチェックしているっていうようなことになると、そこまでいっていないことがありますね。

――難しいですよね。だけど、少なくとも社会の風は変わってきていますので、私としては、やっぱり言い続けるというのが役割だと思っています。それが間違ってなければ、時間はかかっても必ず定着していくだろうと思っています。ただ、価格の話になってくると、それを乗り越える工夫が必要だとすごく思います。メーカーの責任だけを問うのでなく、買いやすい社会システムを、みんなで工夫していくということが大事だと思います。

たとえばエネルギーの話は、非常に明確ですよね。だから車の燃費や家電の省エネであれば、ガソリンの消費や消費電力量が下がるわけだから、明らかに違うというのが数字で見えますよね。だけどそれ以外の資源の話などは、難しいですね。たとえば環境税というとみんなぴりぴりしてしまうのですが、やっぱり環境にいいものを買う人にインセンティブを与えるような方策については、私たちが言っていかなくてはと思っています。


Q)そうですね。私は、今の日本の消費者や生活者にとって、見えやすいものと見えにくいものがあると思うんです。つまり、身の回りのもので、自分のお金で選択をすれば確実にね、そのグリーンになっているという風に自分で確信できるものもあれば、非常に遠い存在のように見えて自分だけでそれをしたってどうにもならないんじゃないのっていう、なんか距離感みたいなものがありますよね。その辺はどういう風にお考えですか。

――そうですね、やっぱりわかりやすい情報提供だと思います。よく、私一人、なにかしたって何も変わらないよという人がいますよね。でも、たとえば山本良一先生の本の『一秒の世界』にあるように、たった1秒のことでも、世界中ではあんなに大きなことになるのだよ。だから、世界で同じように考える人がいたら、こうなるんだよっていうようなことを見える形で紹介し、ちょっとずつでもやることに意味があるんだっていうことを分かってもらうのがいいんじゃないでしょうか。それと、企業にとってもインセンティブになるような政策を取っていかないと、企業も環境配慮型の製品を作ろうという気が削がれてしまうと思います。


Q)そうですね。開発している人から取れば、環境配慮型のものを作るために革新的な技術を開発しようとがんばっているわけですよね。ところがそれが一端商品化されると、市場メカニズムにさらされて、そこでうまくいかなくなる。そこを乗り越える政策的なメカニズムが何かあればいいということですよね。

たとえば、福祉の分野でもいくら少数者であったとしても、障害者を差別してはならないという原則のもとに、いろんなユニバーサルデザインのものが開発されて普及しつつありますよね。それと近いような発
想で、環境への配慮っていうのは、言ってみれば公共性をどうやって確保していくかっていう問題になりますよね。そこをどういう風に消費者・生産者をつなぐものの問題として位置づけるかっていうところが、多分重大なのかなっていう気がしますけれども。

――本当にそう思います。  

 
Q)それともう1点、こんど消費者から見てトラブル、いろんな問題で私たちの単純な思いでは、世の中にいろんな技術が出てくれば出てくるほど、場合によっては非常に対処するのが困難な商品のトラブルっていうのが、起こりがちかなっていう気がします。その辺りについてはいかがですか。

――NACSでは、商品の安全性っていうことに関しては、設立当初から取り組んでいます。消費者にとって、品質や安全性というのはベーシックな問題ですから。最近は、私たちの日常の暮らしが、科学技術に取り込まれすぎている気がしますよね。シンプルなものもありますが、すごく複雑で理解しがたい科学技術の話もありますよね。

一方、人の暮らしを見てみたら、いったい暮らしってなんなのだろうなと思いますね。私は環境の話をするときに、「くらし」と平仮名で書いて、くらしって何でしょうねっていう話からします。辞書をひくと、くらしというのは、暮れるっていう言葉がもとで、だから暮れるまで一日を過ごすことをくらしと言うのだと書いてあります。じゃあ、生活するって一体なんなのかと思うと、生活するっていうのは生きることだって書いてあります。生きるっていうのは命を守ることで、ですから命をずっとつないでいくことが、生活であり暮らしなのだろうなと思っています。それは、おそらく4000年前の昔の人も、今の人もそんなに変わりがない。ようするに食べて新陳代謝をして、何かに満足をして、でまあ命が尽きたら死ぬと。それがくらし、生活かなって思っているんですよね。これからどうしたいのかっていうと、ずうっとつつがなく安心できる生活っていうものをだれしも望んでいるのかなと思います。

そうしたときに、ふっと自分の生活を見たら、たとえば資源やエネルギーの問題とか、食糧の問題、南北差の問題など安心できないことがいっぱいありますね。そういう意味で環境問題というのはすごく重要で、ベーシックな話だと思っています。でも、今のくらしは昔とはまったく違い、科学技術で出来上がったものに取り囲まれてくらしている気がしますね。シンプルなものなら、自分たちのもっている常識だとか、五感で感じることができても、新しいものはそんなもので感知できるものではない、そういう社会になっていますよね。ただボタンを押すだけで電気がついて、暖かくなるけれど、その裏でその機械がどういう仕事をしているかなんて、たいてい分からないですよね。だからこそ、その安全性っていうのは非常に製品を提供する側には重要だし、確実にやって欲しいと思っています。

一方、使い方というのもあり、使い方に不注意があって事故が起こっていると、いま結構言われていますよね。作る側からすればどんな使い方をされるか想像つかないわけですよね。使う側にすれば、当たり前だと思って使っているのが、予想外のことをしているということが起こりうるわけですからね。これはさっきの環境コミュニケーションと一緒で、情報をやりとりしないといけないなって思っています。それを事故や過去から学ぶってこともあるだろうし、私たちのような一応消費生活の専門家といわれる人たちが、勘を鋭くしてこんなこと起こらないだろうかとか、リスク管理を考えるということも必要かもしれないですね。あらゆる人たちの知恵を交換し合いながら、やっていかなければならないだろうなって思っています。


Q)なるほど。そういうあたりで前々から気になっていることがありまして、たとえば、家の中では合成洗剤は使うべきじゃないという考え方ってありますよね。でも、企業は未だに合成洗剤をたくさん開発しています。一方でそういうものを何の疑問もなく購入する人もいれば、他方で私は石けんしか使わないということで、徹している人もいます。消費生活アドバイザーという立場からすれば、その双方に対してはどのようにお考えですか。

――この問題は、昭和40年代にかなり論争があった話ですよね。その当時の合成洗剤はABSを使っていて、確かに難分解性であわ立ちがよく、排水で魚が死ぬこともあったと思います。分解性からは大きな問題だったと思いますが、それが改良されて今のLASになっていますよね。また、富栄養化で問題となったリンは今使われず、当時に比べ、分解性も含めずいぶん良くなってきていると私は思います。一方、石けんの場合ですが、石けんだったら絶対にいいのだということでも私はいけないと思っています。石けんだって水に含まれる金属と反応すれば金属石けん(石けんカス)を作るし、難分解なものになりま
す。

だから両方とも適正な使い方というのがあると思います。合成洗剤は絶対バツだとは言いませんし、石けんが絶対いいとも言えません。出来れば使わないに越したことないじゃないですか。どちらでも使えば地球を汚すんだから。だからできるだけ使わなくって済むことをまず考えましょうっていうのが私の考え方です。たとえば食器を洗うにしても、汚れたまま洗剤できれいにするのではなく、へらなどでこそげとったり紙でふき取ったりして、洗剤は最低限の量で済むように使いましょうよと。また、使うときには適正な量で、使い過ぎないようにする。たとえば洗濯の合成洗剤にしても、規定量よりやや少なめに使っても十分汚れが落ちます。今は洗濯機がどんどん大きくなって、9キロっていうのもありますよね。容量が大きくなるとどんどん洗えると思い、バスタオルなどを1回使っただけで洗うような、そういう変な生活スタイルになってしまっています。バスタオルは体の水を吸い取るだけだから、家族は共用したり、干したりすれば毎日は洗う必要がないですよね。洗濯の回数が減れば、洗剤も少なくてすみます。そういう話をよくするんです。


Q)それは私も、共感できます。たとえば、消費者にとって大事な発想の1つとして、50年前はどうしていたんだろうみたいな発想がいると思うんです。つまり、技術に囲まれれば囲まれるほど、無意識のうちに、技術がなかったら生きていけないみたいな気持ちになっちゃっていますよね。でも、実は50年や60年前はそんなのがなくても生きていたっていうのがありますよね。だから、たとえば洗剤や加工食品もそうですし、いろいろなものをそういう論理で見ることが出来るなあと思っていまして。だから、使わなくて済むものだったら出来るだけ使わないようにしようっていうのが、基本のような気がします。

――環境に気をつけている人は「暗い」ってよく話題になりますよね。理由は、「なになにしちゃいけない」とか「やめましょう」とか「江戸時代に戻りましょう」とかそんな話になりがちなのでね。私は決してそうじゃないと思っています。肩の力を抜いて、自分がやれることをやっていればいいのではないかと思います。こうしなきゃいけないとは言わないと。

たとえば洗濯も、洗剤の使う量をよく考えるとか。それはまさに環境マネジメントで、家庭の暮らしマネジメントなのです。企業の人は、少ない量で同じ効果を出せるかっていうのをいつもやっているわけですよね。それなのに、なんで私たちが暮らしマネジメントをしないのかと思いますね。だから、ケチ臭く使わないっていうのではなくて、賢く得する方法だよっていう風に、考えていくべきだと私は思います。暮らしマネジメントをするのが当たり前になれば、暮らしが楽しくなるだろうなって私は思っているのですけども。


Q)なるほど。非常に共感できますね。

――最近、人間の「勘」が鈍くなっているなあってすごく思っています。1つの例として、たとえば食品について、みんな日付の表示だけを見て、期限が切れたから捨ててしまう。だからごみの中に消費されていない手つかずの食品が増えています。でも、ふたを取って鼻で、大丈夫かなってやってみる、そういうことが大事ですよね。においがすることはいけないことだっていうことで、消臭剤が売れていますが、科学技術に頼りすぎていますよね。それが、私たちの勘を鈍らせている。でも、においがするっていうのはすごく大事で、私は「においはセンサーだ」って言ったりすることもあります。人間が本来持っているセンサーを、科学技術が場合によったら鈍らせてしまっているなという気もしますね。そういうセンサーをなくしたがゆえに、危険に対する予知もできなくなっているような、そんな気もしますね。


Q)なるほど。消費者がたとえば今おっしゃったような意味合いで自分なりにマネジメントしていき、それで企業の情報を、ある程度読み取れてあちこち選択していこうと。そうやってたくさんの人が同時に起こってくれば、非常に世の中前進するとは思っているんですけども、なかなか1人ではできないっていうときに、1つ大きな力になるのは、たとえば地域や職場や学校の取り組みですよね。その辺に関して何かポイントになりそうなことってありませんか。

――本音を言うと、そんなこと考えている暇ないよっていう人が多く、そうだろうなという気もします。ごみのことをずっとやってきていても、市民団体で意識ある人たちのところから、なかなか広がらない。さっきの16%にいつ到達できるのかなという気がするし、あと、人は忘れやすいですね。過去の事故や経験を生かすっていうのは大事だけれども、忙しくて忘れてしまうっていうのかな。だから役立つ経験が身についていないなっていう気がしますね。

私たちも今、環境教育という分野でも、活動をしています。NACSは、もともと消費者問題の未然防止っていうのが大きな活動の柱なので、学校教育は設立時からずっとやってきておりまして、それはすごく評価されています。教育というのはすごく重要な1つの柱だと思いますよね。ただ、猫も杓子も教育だ、教育だって教育の方向に行っちゃうと、教育される側がパニックになりますよね。でも、毎日の暮らしの中でちゃんと身に着けられるような教育ってどうすればいいんでしょうね。


Q)そうですね。私も別に答え持っているわけではないんですけど、1つ思うのは、生活があまり人工化すると、自分の生活力が低下していくみたいな気がしています。

――同感です。さっきのにおいの話とかもみんなそうですよね。あれは生活力ですから。


Q)そうすると学校で、あれしなさいこれしなさい的な教えよりも、むしろ自然の中にほったらかした自分はどういう風に生きていくんだろうかみたいな気がしますね。

――サバイバル力ですね。


Q)そうですね。なんか広い意味の教育がいるなっていう気がします。

――それは、経験があって初めて工夫ができるんだと私思うんですよ。だって何もしらない赤ちゃんが、野原に放られたら死んじゃいますよね。だから、いろんな体験を暮らしの中で一緒に培う、つまり体得するってすごく重要だと思います。体で覚えたことは、どっかで応用ができると思うんですよね。それは学校の教育も同じことだと思います。学校で習ったことは社会で役に立たないなんて言われることがありますが、そんなことなくて、いかに暮らしと結びつけた教え方をするかという、教え方ですよね。学校以外の場所での、いろんなチャンス1つ1つも教育だろうなって思います。

過去に雑誌で読んですごく印象に残っている話があります。日本の小学校5年生くらいの子どもに夕陽を見たらどう思うかって聞いたら、感動的なものだとは思わない子がものすごく増えたという話です。夕日がきれいだと思う感情がどこで培われるのかっていうと、それは小さいころに、たとえばお母さんと歩きながら夕陽がきれいねって話し合うその一言で、子どもが、ああ、あの夕日をきれいって言うんだなと覚えるんですって。それが、今はそういう風に育てられる子どもがとっても少なくなっているから、夕陽をきれいと思わない子が増えているそうです。3年か4年前くらいに読んだ話ですけどね。へぇ、面白い話だなと強く思いました。夕陽の歌を歌うだけでも、夕日を想像し、涙を流す人たちがいっぱいいるから、自然と誰もがそう思うのかと思ったらそんなの大間違いで、親と「きれいだ」という感情を共有することによって体得し、育てた感情なんだそうです。そうやった感覚を共有するということが大事ですよね。


Q)そうですね、それは本当に科学技術の問題とすごく深いところで結びついていると、私は見てるんです。というのも、科学技術ってものすごく普遍的じゃないですか。つまりどこででもこの技術は使えるよっていうことが売りなんですね。でも、今おっしゃった話っていうのは、地域とかその場の空気とか、その場に生きている人たちの人間関係とか、そういうものが言葉にはなってないけれども、ちゃんと存在しているということの中に、存在するんですよ。でも、そういうものを度外視して、こういうものは成り立つから、だから、私たちの周りが科学技術で埋め尽くされればされるほど、今まで無意識に培ってきたつながりとか共感っていうものが、実は横に知らないうちに押しやられていくっていう傾向がどうしてもあると僕は見ているんです。ですから、たとえば子ども達は、コンピューターの画面を見て、ものすごくきれいな自然な情景を見るかもしれない。親は逆にそれを教育に使って小さい時から見せるかもしれない。だけど絶対それでは養えないものと思いませんか。そういう話って。

――思います。子供と一緒に歩いていて、水のきれいな小川が流れていたときに、「お水がきれいだね、お魚いるね」とか、そういうのが大事だと思っています。


Q)暮らしっていうのも、おそらくそういうところに根があって、そこが切れちゃうと、もうその技術とそれを扱う人間だけになっちゃうみたいなところがあるので、そうじゃなくて暮らしっていうのは、さっきおっしゃったように命なんですね。そうすると命っていうのは、今言ったように言葉にできない部分とか、その土地が消えてしまったらもう即座に消えてしまうものっていうのはいっぱいあって、そういうものをどうやって科学技術と共存させていくかっていうのは、すごく大きな課題としてあると思っているんですね。

ですからそういう意味で消費者っていうのは、自分の暮らしを自分でマネジメントしていくっていうことで言えば、その暮らしってなんなのかっていうことをね、もう一回自分の立場から見直していくっていうことが、すごく重要になっていると思います。だからこそ何を買ったらいい、何を買ってはいけないということだけじゃなくて、それを買うことの意味、それを生活の中に取り込んで、自分の生活はどうなるんだろうかっていう発想が、絶対いると思うんですよ。

――そうですね。あちこちでいろいろな問題が起こってくれば、絶対それをブレイクスルーする何かがあって、意外とああ、こういうことだったのかなって、きっとなると思うんですけどね。今非常にもがいていますよね、子どもたちの教育問題だってそうですしね。


Q)私たちもつい最近、「あなたの子どもに携帯電話を持たせますか持たせませんか」っていう、アンケートやったんですよ。そうしたらやぱりすごく親が迷っている事態が浮き彫りになりました。

――それって典型ですよね。


Q)そうなんですよ。親は今こういう世の中だから、セキュリティのために持たせたいと。だけどもその子どもが持つことによって、自分が予想もしないことに使ったりすることもありえるわけでしょ。ジレンマなんですよ。

――携帯電話が存在しなければ、そんな心配もないんですけどね。あるが故に、科学技術が発達したが故に、そういう問題が起こってきてしまっている。でも科学技術って人が作ったものですよね。人間が自然の中で暮していて、自然に支配されて生きてきたものが、そうじゃないものに支配されて生きるっていう話になっているのです。自然は人をだまそうとは決してしないですよね。人に支配されるっていうことは、意図的なトラブルもありうる。たとえばITが非常に便利になったが故に、それを悪用してだますといったような。かたや情報がない人にとってはだまされるという不幸が起きて、安心できない社会っていうのがあると思います。科学技術は誰のためにというのが課題で、人類のためというのは分かっていても、正に薬と毒ですよね。ダイナマイトを発明した人は、人類のために発明したつもりでも、場合によっては戦争に使われるっていうこともありうるわけです。ようは昔から言われてきているように、使う側がどのように賢く使っていくかということなんですね。


Q)そうですね。私たちは、自分で購入して買えるものを一応商品として位置づけていますけども、実はこの世の中にはたくさんのインフラもあり、目に見えないところで、実にたくさんの技術とかものが投入されて動いているっていう現実がありますよね。賢い消費者って言ったときに、ただ単にたとえば自分にとって必要なものを買うっていう選択をやっていける人間として位置づけているのか、それとももう少し広く見渡して、何がこれから物としてなきゃいけないのかとか、暮らしの中で本当に必要なものと必要でないものを見るって言う目をやっぱり養っていくべきだと思うんですけども、どういう風にしたらそういうものが少しでも、私たちの判断から出てくると思いますか。

――基本的にはやはり個人の判断でしょうが、重要なのは個人が判断するときに、どういう知識なり情報なりを持っているかということでしょうね。グリーン購入の基本原則の最初は、必要性を十分に考慮して買うとなっています。やはりそれが一番の基礎です。ただ、必要性の考慮っていうのは非常に重要だけれども、じゃあその考慮をどんな基準でするかっていう話はこれもまた難しいですよね。


Q)そうなんですよ。たとえば、私たちが調べていることに、今増えてきているオール電化住宅っていうのがあるんです。買う人にとって見れば、そっちの方がいいだろうと思って買っているわけですよ。でも、エネルギー的なことを考えたりとか、あるいはIHの電磁波のこと考えたりとかいろいろなことがありますよね。そういうものをじゃあどうやって、熟慮する方向に持っていったらいいかということなんですね。たとえば辰巳さんと出会ってそういう問題をね、相談しているうちにそれの判断がね形成されるならまだいいんですよ。でもね、たいていの人はインターネットを見たりとか、それからメーカーのパンフレット見たりとかして選んでますよね。そういう環境が大半を占めている場合に、グリーン購入をどうやって促していけるんだろうかっていう問題がありますよね。

――消費者をだます無益な情報だって場合によってはありますね。こちらがいいからこちらを買うようにというそういう情報が果たして正しいかどうかという判断ですよね。難しい問題だというのは間違いないですね。消費生活アドバイザーという資格は、いいものの選択だとか、いい情報の選択というのをアドバイスするのが仕事なのです。企業に対しても消費者に対してもね。でもアドバイスや情報提供をしたとしても、結論は本人なんですよね。

一つ重要なのは、さっきの共有じゃないけれど、共感するあるいは出来る情報を上手に与えるというのはすごく大事なポイントかなと思います。同じことを聞いたとしても、この人から聞いたことは信頼するけれど、この人から聞いたことは信頼しないということは、あるかもしれない。それは人によるかもしれないし、その内容によるかもしれないけれど。2000年頃、環境ラベルの調査の中で、どういう情報を信頼しますかっていう調査をしました。結構高かったのが口コミ情報でした。ただ、口コミと言っても、信頼する人からの口コミということだと思いますね。逆に情報を操る人にとってもポイントかもしれないですが。


Q)それはかなり言えると思います。運動している側って、正しいことを言えばみんなついてくると思っているんだけど、実はそうじゃなくってっていうのがありますよね。だからそういう意味でも共感をどうやって作りだすかっていうのがポイントですね。

――そう。誰が、どういう風に、ですね。企業が出す情報を私たちが信頼できるかどうかという話では、過去の消費者はできないとずっと言ってきましたよね。だけど、いまは、ほとんど企業からの情報しかないですよね。誰かが咀嚼して、それを公平に比較して、こうだよというような情報提供はほとんどないじゃないですか。過去にあった暮らしの手帳やたしかな目などもどんどんそういう情報を減らしてきていますしね。結局、企業から出される情報だけを自分で見比べなきゃならない時代になっていますよね。そうすると企業にとっては、企業の信頼性を高めるということが最重要マターになると私は思います。本当なら今言った企業の情報を集めて咀嚼して比較して提供できるような、そのような所が育たないといけないなという風に、それはすごく思いますよね。


Q)そうですよね。海外の商品テストなんか見ましても、規模がすごく大きいですよね。

――日本でも過去にはあったのに今すたれてきたのは、消費者が出されている情報を有効活用できていなかったということもあると思います。十分な情報を出していたのかというのは一つありますけれど、そういう商品比較テストなどの予算を国もカットしてしまったのです。でも、その辺りの話は、なにか抜け道というか、行く方向としては、大事だろうなと思っています。

で、もう一方は、企業が本当に信頼できる情報を出してくれれば、それはそれでまた利用できるわけですから、そちらもとても大事だと思います。私、最近の日本の大きな企業は、信頼できる情報を出そうとはしているのではないかと思っているのですが、どうですか。結局、どこまで私たちが情報を見分けられるかという話になってしまいますね。


Q)そういう意味では本当は消費者教育っていうのは、たとえばその今ぜんぜん理科教育などと関係ないなんていう風にね、見られていますけども、私そういう風にはぜんぜん思っていなくて、すごくリンクしていると思うんですよね。

――そうですよ、暮らしは生活科学なんだもの。暮らしはすべて科学。そう思っています。


Q)ですよね。この間郡司さんっていう、食品問題のことでインタビューしていて、すごく面白いことをアドバイスしてくださって、たとえばある二つのね、加工食品があるとします。それで、後ろの表示を見てもぴんと来ないときはどうしたらいいですかっていう話なんですけど、そういう同じようなものに見えるけども、値段の高いものと低いものをね、こう突合せなさいと。そうすると、どっちかで余計ななんか、ぜんぜん聞いたこともないようなものが、ぴょこっと入っていることがありますと。それがたとえば安い方だとすると、それはかなり怪しいですからみたいなね。

そういうのって、学校で教えてもいいと思うんですよ。なんていうか、一種のサバイバルですよね。自分の知らない情報に敏感になるっていうのは、そういうところからできると思うんですよ。だから、そういう感じの教育がね、やっぱりすごく足りなかったんだなあという気がしていまして。

――そうですね。でもなかなかそういうのは先生もわからないですね。学校の先生の教える範囲というのは、狭いっていうか、社会の方がはげしく動いていますものね。学校も、最近はかなり外とのネットワークが広がって、変わっているようですが、少し前までは外部からのよけいな話はシャットアウトでしたよね。今も頭の固い先生もいらっしゃいますし、そうすると、そんな情報を集められるのですかね。過去に習ったことだけを教えるだけの伝道者でも通用しますしね。さっきおっしゃったように暮らしというのは、毎日、どんどん、どんどん変わっていくのに、学校の中では、何年も同じことを教えていていいのかなと思いますね。


Q)私たち3年くらい前から「リビングサイエンス」っていう名前をつけて、活動しているんですね。

――まさに家政学ですね。


Q)ええ。家政学みたいなものをある意味でいい形で復活させようっていうのが私たちの狙いでして、いくつかのところに手をつけていて、たとえば子ども料理科学教室っていうのをやっています。

――そんなことをやっておられると聞いたので、うちのメンバーが参加させていただいたことがありますね。NACSでは、東日本支部には古くからの食の部会がありますが、全体としては、食はそれほど活動が出来ていませんもので、食の研究会が2年前位から活動を始めました。ただ、NACSですので、やはり食関連でも、さっき言った企業と消費者のつなぎ手をするという意味での食の研究会です。ちょうど活動を始めたばかりの頃でしたが、子ども料理科学教室の情報をお聞きし、去年ですよね、参加してみたらどうかと勧めまして参加させていただきました。多分、今も関心を持って活動に取り入れているんじゃないでしょうか。


Q)子どもたちは、学ぶ力は持っていますからね。

――確かに。生活と結びつけて、ああこれってお母さんが言っていたな、とかね。買い物に行ったときもね、あそこで聞いたこととこれがつながるわって、そういうつなぎ方をちゃんとしてあげないとね。でもこれって、場所を設定して来てもらうじゃないですか。これがネックですね。学ぶ人を集めないといけないのよね。これが難しい。


Q)だから学校みたいな場があれば、本当はいいかなと思うんですけども、いかんせん私たちの作っているプログラムが学校のプログラムと合わなくって、学年も教科も超えていますからね。だからなかなか学校に持っていくのは難しいなっていうのもありますね。

――最近は少しずつ学校も窓口が広がってきているので、可能性がなくはないと思っていますがね。環境教育でも、私たちは消費者対象の出前講座をやっていますが、結局、関心のある人が来る。関心のない人にどうしたら広げられるかっていうのが、これがもう大問題。だから早く16%まで引き上げ、関心のある人を増やさなきゃしょうがないって思っているんですけどね。


Q)一歩でも二歩でもその辺探っていけたらと思いますね。あと、何か言い足りないことがあれば遠慮なくどうぞ。

――私が思っているのは、肩肘張って、何々しないとねってなると、どうしても継続しませんよね。だから、自然にああ良かったなとかありがたいなとか、そういう風な気持ちで人間が動けると、すごくいいなっていう風に思っているんですけどね。


Q)今まで一人で新しいことにチャレンジするってちょっと大変だけども、一緒にやってみるとなんのことはないみたいなね、そういうのって結構あるかなと。私たちここ最近ね、食べ物の話になりますけども、3年間お味噌作りっていうのをやっているんでね、地域の人で20〜30人集めてやっているんですけど、まあいったん自分で自分のお味噌を作れば、こんなにおいしいものはないって、本当に手前味噌ですよ(笑)
――でもそうなってきますよね。愛情ですね(笑)


Q)本当にそうなんですよね。しかも素人でもおいしくできるっていうものですから、何でこれを日本人は手放したんだろうって不思議に思うくらいです。

――その中に科学的なメカニズムが入っているんですよね。発酵だとか言ってね。


Q)まったくそのとおりで。だから理科がいかに身近にあるかっていうことなんですよね。やっぱりそういう意味では暮らしは本来面白いものです。

――私は人類が長い歴史の中で培ってきた知恵ってすごいなぁと思っています。お味噌だって誰が考えたのか知らないけれど、発酵させておいしいものにうまくもっていく過程で、きっと亡くなった人もいるでしょうね。そこで毒物が発生してしまって、変な菌ができて腐敗して、それを食べちゃってね。そうすると、その経験を次の糧にし、ああしたら駄目だからこうしようというその試行錯誤の結果、現在があるのですよね。だから過去の知恵とか経験というのは、すごく大事だと思っています。ボタン1つでことが済むのはむしろ不思議だよなと思ってくれなきゃいけないのにね。

この前、子どもに環境教育をしている人からおもしろい話をお聞きしました。自転車を止めたままこいで、電球のあかりをどのくらいの時間つけられるか競争させたら、すぐに子どもたちはへたってしまったそうです。そして、こんな小さなあかり1つつけるのにもこんなに自分の体のエネルギーを使うのだって気がつき、じゃあ教室の電気などは、どれだけのエネルギーをつかっているのかと考えさせる授業をやったという話ですが、すごくおもしろいなって思いました。電気を作るのは大変だから節約しなさいというのではなく、身体で覚える。これを体験した子供はきっとずっと忘れないと思います。体で覚えるきっかけを作ってやることで、エネルギーに関心を持ってくれるだろうなと、この話を聞いて、思いましたね。でも理科の授業ではいきなりワットだとかアンペアだとか、すぐ科学の電気の話の方にいってしまいますよね。そんなこと言われると、電気って見えないし、いったいなんだか分からないよなとなりますよね。


Q)また暮らしはそういう入り口がいっぱいありますもんね。

――ありますね。科学技術のおかげで、私たちは本当にいい生活をさせてもらっているなと思っています。だから科学技術の発展はすばらしいと思います。でも、置き去りにされる消費者のことを考えると、やっぱりすばらしいとだけ言っていていいのかどうか。私たち消費生活アドバイザーは、新しい情報を理解し、伝えていかなければいけないのですが、それも限度があり、分からないこともいっぱいあります。私なども、たとえば今の携帯電話、ワンセグだとか言われても、もう何のことという世界です。でもそれでも暮せているのです。


Q)やっぱり物あふれる社会で翻弄されているわけですよね。

――そうですよね。でも、少しずつやらざるを得ないですね。


Q)長時間どうもありがとうございました。

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