小寺昭彦
前回までの連載で、スウェーデンが環境先進国といわれる背景には、持続可能な社会に関する明確なビジョンと、それに基づいた政策や地方自治があることは御理解いただけたのではないだろうか。こうしたスウェーデンの取り組みについて話をすると、これを支える市民に対する環境教育はどのようにおこなっているのか、という質問がよくでる。その一つの答えとしては、4,5歳児を対象におこなわれる森のムッレ教室というプログラムについて説明すると良いだろう。このプログラムでは、自然の中ではたとえば蜘蛛やミミズの様な生き物にも役割があるということや、自然の循環には組み込まれていないプラスチックゴミなどの人造物は捨ててはいけないというマナーなどについて、森にすむ妖精ムッレとのふれあいを通じて無理なく身につけることができるしかけになっている。野外生活推進協会という組織の実行するこのプログラムは40年間続いていて、これを受けた人はスウェーデン800万人のうちの何と200万人を越えるのである。彼らにとって自然と親しみ、蟻から鹿まであらゆる生き物や環境を大切に行動するという習慣は、子どもの頃から身に染みついているのである。
もう一つの答えとして、今回の視察時訪問した、ヨーロッパ各地にある持続可能なセンターの一つである「エコセントラム(ekocentrum:スウェーデン語のEco-center)」を紹介したい。スウェーデン第2の都市 イエテボリ市の郊外にある「エコセントラム」(写真1)は、廃止された病院の施設を再利用して1993年に開館したスウェーデン最大の環境学習施設である。この施設は、企業、自治体、学校のそれぞれに向けた教育プログラムが組まれ、専任の環境問題のエキスパートによる恒常的なレクチャーが実践されている教育の場である。それと同時に、グリーン建築向けの建築資材や環境に優しい商品などの常設展示場(写真2)の役割も持っている。さらにコンポストやリサイクルなどといった技術的なアドバイスや具体的な情報を入手することができる環境情報センターでもある。こうした様々な機能を持つエコセントラムは、自治体と企業の共同出資により第3セクター方式の運営形態をとる「NPO組織」なのだそうである。常設展示場の企業コーナーへの出展料や、様々な教育カリキュラムの授業料、施設の利用料などの収入により専属のスタッフ7名,これに加えてボランティア10名,が勤務している。
ここでは、企業、自治体、地域、学校における環境活動を推進させるための教育の機会が幅広く提供されている。内容としては講義を受けながら施設内の展示を巡回する形式が中心で、個別のリクエストに応じてテーマを設定しての1時間半・1回完結の講演会から、半日程度の環境に関する基礎知識のコース(筆者はこれを受講した)、あるいは10日間全日制のセミナーまで対応する。また、イエテボリ環境評価委員会が中小の企業、団体向けに環境認定証(一種の簡易版ISO14001)を発行する際には、全従業員対象にエコセントラムが実施する半日の環境認定に関するプログラムを受講することを推奨している。さらに中等教育を対象とした「宇宙船地球号」「流通教室」などといった体験学習のプログラムも備えていて、訪れる生徒達に知識と未来への信頼を与える体験を提供している。このほかにも、「エコセントラム」では、イエテボリ地区の「環境地図」の作成に携わっている。この地図には、環境認定証を受けた優良企業、団体についての説明と所在地が記されているほか、現在最も先進的と見られる100の事例の中から「エコセントラム」の推奨する事例を10と、イエテボリ市の環境プロジェクトのベスト10に選ばれたものを挙げて、そのプロジェクトの説明、地図上での所在地、連絡先も記載している。
施設内には、持続可能な社会の実現のための知識とヒントを与える製品やシステム、プロジェクトが包括的に展示されている。展示室は、「アジェンダ21」、「エネルギー」、「経済」、「流通」、「建設」、「運輸」、「生活環境」、「環境に配慮したオフィス」、「地球保全実験装置(仮称)」の9室に分かれている。通常のプログラムで最初に入室する「アジェンダ21」の部屋(写真3)には、地球のモデルが真ん中に置かれ、壁面には自然の循環、火力水力原子力風力といった方法毎のエネルギー使用の推移を示すグラフ、ナチュラル・ステップの4つのシステム条件などが記載されている。この部屋では地球温暖化、酸性雨、オゾン層破壊といった地球規模の環境問題と地域のアジェンダ21の繋がり、環境に関する基本的な知識・原則を理解するための講義を受けることができるほか、再生可能エネルギーのデモンストレーションとして、太陽電池により分解した水素を用いて燃料電池により発電を行なうといった実演(写真4)も見ることができる。(これはなかなか良いなぁと思っていたら、先日同じような実演を日本科学未来館でも見受けた。)
「エネルギー」の部屋では風力発電用のタービンの展示や、暖房機器の歴史的な推移を展示しながらファクター4、ファクター10といった環境効率に関する概念の具体的な説明がなされるほか、「建築」の部屋にはソーラーパネルを備えたエコ住宅のモデルを展示することで持続可能な社会に向けての実例を見ることもできる。「流通」の部屋では、有機農法の製品を示す「KRAVマーク」、スウェーデンおよび北欧諸国のいわゆる「エコマーク」、あるいは南北問題に関連する「フェアートレード(公正取引)マーク」について説明してグリーン購入を推進するほか、「生活環境」の部屋では、雨水利用のシステムの紹介や水処理をする際の具体的な(例えば下水に絵の具を流すと有害な重金属が混入するといった様な)注意がなされるなど、市民が行動するための実践的な情報提供も行われている。他にも、コンポスト化するために分別できるトイレ(写真5 ちなみにこいつも同じようなものを北九州博覧会で展示していた。)、タクシーにGPSを連動化させて顧客のいるところに直ぐに車を配車することで無駄なエネルギー使用を削減する交通システム、手回しでも太陽電池でも(乾電池でも)使用可能な防災用ラジオ付きの懐中電灯など、環境に関するさまざまな展示がある。
もちろん、こうした環境教育をおこなうセンターは日本でも最近はよく見られるようになってきた。そして一つ一つのコンテンツを見れば、特に新しい施設のそれはスウェーデンに比べて勝るとも見劣りする物ではない。しかし、大事なのはコンテンツそのものではないのであろう。「エコセントラム」の展示はそのコンテンツを使う手法や、地域との定着度合いなどにしっかりしたものを感じるのである。これはムッレ教室にも通じることなのであるが、恐らくこうした環境教育における違いは、日本のそれが事象を教えることを重視しているのに対しスウェーデンでは関連やつながりを教えているという点、そしてそれにも増して日本では知識を身につけさせがちなのに対してスウェーデンでは行動をうながすことを重視しているという点なのであろう。環境問題に関する意識調査をおこなったときに、知識は豊富で関心度も高いにも関わらず行動が伴わないといわれるのが日本の市民である。こうした環境教育の実践を日本でも進めていくことが必要であろう。
さて、これまで6回にわたり欧州の環境先進地域で視察してきたことを報告してきた。ここでもういちど最初の問いかけに戻ってみよう。「なぜヨーロッパなのだろうか。本当にヨーロッパは環境に優しいのだろうか。もし本当に見習うべき点があるとすればどこをどの様にして日本に取り入れるべきなのだろうか。」 あえて答えを出すとすれば、今の時点で単純に比較すればやはりヨーロッパの方が日本よりも環境に優しい地域なのであろう。私には、この違いは恐らく歴史的な経緯とそれによる民主主義や地方自治を重視するという社会の成熟度によって支えられているもののように感じられた。とすると環境に優しい、持続可能な社会へと日本の舵をきるためには何が必要なのであろうか。これについては二つの答がある。一つは、二者択一の踏み絵型ではない許容力のある合意形成をおこなって長期的なビジョンを作成することである。原子力発電所への取り組みにせよ、2021ビジョンにせよ、その向こうにはどういう社会をつくるという目標が見えている。そしてそのビジョンに対して取り組み、自分たちの結果に責任をとるというスタンスが重要であろう。従ってもう一つの答は、その社会に向けて私たち一人一人が未来を選択する意志と行動をもつことである。ヨーロッパで学んだ私なりの二つ答えを提示した上で、結びとして次の言葉を引用したい。「未来は予測するものではない、選び取るものである(ヨアン・ノルゴー)」(了)■
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