■ルンド大学サマースクール参加報告■「国境を越え、分野を越えて」

住田朋久(大学院生、科学館PJ・電磁波PJ)
版はこちら

 6月はじめの2週間、大学の授業を休んでスウェーデンでのサマースクールに参加してきた。場所はヘルシンボリ。この町はスウェーデンの南部に位置し、デンマークのコペンハーゲンに近い。6月3日(金)にコペンハーゲンの空港に着いて電車で北にむかうと、隣に座った若い男性がおもむろにノートをとりだし、人物画を描きはじめた。いよいよ外国だ。そして20分間フェリーに乗る。夕方のフェリーはデッキにあがると誰もおらず、スーツケースに座りながらひとり潮風にふかれていた。

○ 受講料無料のサマースクール

 ここ20年ほどで、ヨーロッパなどでは実にさまざまなサマースクールが開催されているらしい。国を越えて、学生や一般の人々が交流する場になっているという。

 今回のサマースクールはスウェーデンのルンド大学が主催し、約30か国から学生と先生が80人ほど集まった。ヨーロッパの国々からが多かったが、アメリカからも来ていたし、支援を受けてロシアなどからも熱意のある学生が参加していた。ほとんどの学生はすでに夏休みに入っていて、サマースクールの前後にスウェーデン周辺でのバカンスをあわせているようだった。授業が始まる前の週末には、食事会が何度も催され、学生どうしや先生たちとの交流の機会になった。周囲は博士論文を書いているような人たちばかり。まだ修士論文のテーマもおぼろげなぼくは、聞く一方だった。でも、みんなつたない英語にも耳を傾けてくれて、ありがたかった。30代や40代の学生もたくさん見かけた。建築家や臨床心理士、看護士などの仕事をしながら、大学院生として論文を準備しているのだという。参加者は英語圏からだけではないので、自己紹介をしても、すぐに名前を発音できないことが多かった。文字を見ても自信がもてない。"Giorgos" はギリシア語でヨーゴスと読むのだそうで、堂々と呼べるようになるまでに数日かかった。その点、"Tomo" は発音しやすかったようだ。いろんな人が名前を呼んでくれて、両親に感謝。 

○ 「変わりゆく世界における学問」

 今回のサマースクールの強みは、さまざまな分野の学生を受け入れられる内容を準備していたことだ。全体のテーマは "The Sciences and Humanities in a Changing World" という。研究環境もそれを取り巻く社会も変化しつづけている。学問はそのなかで、どのように、どんな役割を果たしうるだろうか。

 午前に3つの講義。ひとつは「20世紀心理学をつくった人びと」"The Makers of 20th Century Psychology"。心理学者9人の人となりと研究について簡潔にまとめられた。取り上げられた人物のなかには、単に心理学者とは呼べない人も多く含まれている。数学者でコンピュータのモデルを考案したチューリング、哲学者のヴィトゲンシュタイン、教育学のブルーナーなど、9人それぞれに、業績だけでなく、人生も特異なものだった。やはり波乱万丈な人生が優れた学問を生み出すのだろうか。心理学は人間についての研究を次から次へと吸収していく、総合的な学問だとわかった。

 ふたつめは「社会科学の哲学」について "Philosophy and Social Sciences"。社会科学、あるいはより広く学問が、どのように知識を生み出すべきかを考えている。人間を合理的に判断するものとして記述する「合理的選択論」から始まり、「解釈」が重要だ、とか、全体の「構造」が重要だとか、さまざまな立場が紹介された。こうした分野は、いわゆる科学哲学から発展していったもののようだ。実際、講師のジェレミー・シェアマー Jeremy Shearmur は、科学哲学でも有名なポパーの弟子だったという。確かに、英語の "science" には、社会科学の意味も入りうるらしい。そう考えると、「市民科学」についても、社会科学などをふくめた広い意味でとらえることで可能性はさらに広がりうるだろうと思った。

 そして最後に、「知識人」について "The Public Intellectual"。学問にとどまるのでない、社会のなかでの研究者のあり方、さらに言えば、一般的に発信者としてのあり方はどうあるべきか。講師であるスティーヴ・フラー Steve Fuller 自身の最近の著書を基にしている。「知識人」は単なる哲学者とはちがい、厳密な真理だけを追求するのではなく、ある対象に関しての真理全体を見ようとする、だとか、ビジネスプランが必要だとか。これについてはいずれ紹介されるだろうし、邦訳も出版されるはず。ガリレオがおもちゃみたいな小型望遠鏡(spyglass)で奇妙なことを言い出したのにも意味がある、ソクラテスよりも説得の技術を磨いたソフィスト(詭弁家)のほうが知識人としては立派であった、など気になる話題がもりだくさんである。

○ 世界を誇る先生たちと

 心理学のロム・ハレ Rom Harréはすでに78歳。現在もイギリスのオックスフォード大学とアメリカのジョージタウン大学で教えている。ある夜、トルコから来たレヴェントが、ハレ教授に言葉と歌の起源について相談に行く予約を取った、と言ったのを聞いて、翌日、ぼくもそのあとの時間をねらってオフィスを訪ねてみた。突然行ったのに、快く中に入れてくれた。

 日本でも「脳科学と教育」について動きがあって、という話から始めて、特に心理学の教育への貢献を軸に議論することができた。ハレ教授の見解は、脳科学の発展はめざましいとはいえ、まだまだ教育を変えるほどのものではない、ということだった。とはいえ、まずはソヴィエトの心理学者ヴィゴツキーから始めるとよいのでは、と教えてもらった。ハレ教授は青山学院大学で何度か教えており、日本が好きらしい。彼のような先生から「教師を批判しなさい」と何度も言われたのは印象的だった。また、フラー教授もシェアマー教授も、ちょっとした立ち話のときに「どんな研究をしているの?」と聞いてくれ、いろいろなアドバイスをくれた。サマースクールのような機会のほうが、先生たちを独占できるようだ。

○ 2週間を共にすごす

 宿泊したホステルでは、15人ほどが毎朝顔をあわせていた。 ホステルのみんなは、毎晩のようにバーに行ったり、食堂で飲んだりしていた。毎日誘ってもらっていたのに、1週目は予習をしないと授業についていけなかったので、「来週また」と断らざるをえなかった。2週目に入って授業にも慣れ、「復習は日本に帰ってから」と思えるようになって、合流し始めた。何度かバーにも行ったが、騒がしいのと酒が入っているのとで、やはり英語が難しい。でも、ちょっといっしょに踊ったり歌ったりするだけで、意気投合できるようになるのがうれしかった。2週目になると、みな疲れ始めていたが、毎日同じ時間を過ごしただけあって、自然と波長が合っていくのがわかった。

○ 日本の文化

 そうした学生たちとの会話では、日本人が4人いたこともあって、日本についての話題も多かった。

 シンガポールのベントンが持っていたペットボトルのロゴは日本語の「お〜いお茶」だった。ベントンはこれに水を入れて2週間使い続けていた。ホンダの2足歩行ロボット「ASIMO」も実に多くの人が知っていた。日本というと、まずはそうした製造物で世界とつながりをもっているのだと思った。さらに、20代のぼくらはアニメ文化を共有していた。中国出身のスーが「ドラえもん」を知っているのは不思議ではないし、日本のアニメはヨーロッパにも進出していた。ポーランドのピョートルは「聖闘士聖矢」や「キャプテン翼」を見ていたという。翼のライバルチームに若島津という「空手ゴールキーパー」がいて、その得意技は、ゴールポストを両足で蹴ってボールをさえぎるという「三角飛び」。ピョートルとぼくは、子どものころ、この三角飛びをともに練習して、そしてともに失敗していた。一方、ギリシアのヨーゴスが見ていたという「キャンディキャンディ」は、ぼくは歌しか知らない。「あれは女の子も男の子もみんな見るものなんだ」と主張されてしまった。こんなふうに、子どものころに見ていたアニメの話で盛り上がるというのは、大学入学で東京に来たときとまったく同じだった。いろいろな地域から集まってきた新入生で盛り上がる話題といえば、漫画やアニメだった。

 多分に楽観的な見方かもしれないけれど、日本の文化はことさら強調する必要もないくらいに、こんなふうに世界に認められているのではないかと思った。中国のスーからは、日本と中国とは友だちにはなれない、と初めに断言されてしまったが(この2週間で、彼の日本人に対する印象もだいぶ変わったようだ)、それでも日本の文化が世界の国々に認知され、浸透しつつあることは実感した。

○ サマースクールは終わってから

 英語での生活と授業についていくことに時間のかかったぼくにとっては、この短い2週間というあいだで、なにか深い知識が身についたわけではない。しかし、3人の熱心な講師の先生に加え、多くの学生にふれることによって、現在の学問の広がりを感じることができたことだけでも、これからの勉強の励みになった。どう見てもぼくより年上に見える24歳のピョートルは、すでに大学で授業をもって、学生に教えている。日本では院生が教えるということはそれほど一般的ではないが、自分の勉強になるやり方で、勝手に周りの学部生を集めて、半ば授業のような勉強会をやってみようかと考えた。

 また、せっかくいろいろな地域に友人ができたのだから、どんどん議論していきたい。ベントンと一緒にメーリングリストも作ったので、英語でなにかを書く機会があれば、きっと何人かはコメントをくれると思う。そうそう、8月末にはドイツのクリスティーネが東京に遊びに来るという。ドイツ語も話せるようにならなくちゃ。

 サマースクールは終わってからこそが本番なのだと思う。これから、特にこの夏休み、いかにすごすか。夏はまだまだはじまったばかり。

参考:サマースクールのHP
http://www.icomm.lu.se/summerschool/
講義の参考資料が充実している(“courses"から)。特に、「20世紀心理学をつくった人々」はおそらくハレ教授の準備している著書からの抜粋で、かなり読みごたえがある。

コメントを投稿