討論会の要約的報告

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 今回の討論会「日本の戦後民主主義とアメリカ」は多くの関心を起こした。当日多くの方々の参加者(34名)があり、活発な議論・討論がなされた。その議論・討論の様子をすべからく、私なりに要約して再現しておきたい。

 まずはじめに、9・11の同時多発テロ事件以後、「非戦」を目標に具体的な活動をやっている小林一朗氏(CHANCE!呼びかけ人)は、非戦の運動を実現する日米の若い仲間たちとの実践的平和運動、アフガン難民問題支援運動などを紹介した。また、米国議会でただ一人、アフガン報復攻撃に反対したバーバラ・リーを送り出しているバークレー市民との交流の様子などを紹介した。小林氏はバーバラ・リーを日本に招待する運動に深く関わりつつ、次期世代を担う若者を取り込み、新たな平和運動を進めている方である。

 環境問題の本を扱う出版社の編集者・森元之氏は、当時の日本人がマッカーサーに大量の手紙(ファンレター)を送っていた事実に驚きを持って読んだこと、さらに占領当時の具体的な体験を持つ方々の率直な意見をお聞きしたいと述べた。もう若くもない世代に入りつつある森氏であるが、一貫して環境問題の著作物を刊行している目利きの編集者である。私はどれほど、森氏の奇抜な発想と実践力から勇気づけられているか分からない。

 開口一番、現代日本の政治にうんざりし、絶望していると述べたある女性(氏名不明)は、日本国憲法は与えられたものであったという考え方があるが、いいものはいいものであるから、これをなんとしても守らなければならない。またダワーさんの本を評価するだけではだめだ、もっと具体的な行動すべきだと熱く説いた。さらに、本当にものを考えている国会議員がいるのか非常に憂慮していると憤慨している現状を語りつつ、何が真実かを知りたい。個々人がしっかりした考え方をもつことが必要だと力説した。
発言者の笹本氏は福沢諭吉の専門家の安川寿之介『福沢諭吉のアジア認識』(高文研、2000年)の本を紹介し、次のように述べた。福沢諭吉の全集を洗い出し、福沢のアジア論を批判しなければならない。歴史は体験だけではだめである。検閲に関わった日本人は不明である。また、天皇制を批判した丸山真男の論文「超国家主義の論理と心理」が一番厳しい検閲制度にかからなかったことを問題にしたい。丸山真男は朝鮮に3ヶ月か6ヶ月いたことがあるが、アジア認識にもいっさいふれていない。かなり重たい話だ。安川さんの本を読んでもらいたい。福沢は一種の犯罪者ではないか。日本の朝鮮占領に比べると、アメリカの日本占領などは優しい占領であった。これも両義性である。マッカーサー文書を誰が書いて誰が翻訳し誰が提出したか、いっさいわからない。誰も言わない。占領期のことはまだまだわからないことがある。鮮と台湾と日本は抱き合えないのです。日本人の意識は被害者意識である。これは笹本氏の黒い陰になっているという。

 日本政府と天皇がマッカーサーに出した膨大な文書(3万5000頁)があるが、これを誰が翻訳して誰が提出したのか。一部には白州次郎が出てくるが、後は誰も言わない。官僚制を残しながら天皇制を守った文書があるのだ。まだまだ、分からないことあるのだ。英文翻訳部隊はどこに行ったのか。まったく不明である。占領された歴史がいかに貧弱か、などである。この発言は30年におよぶ占領氏研究者の具体的な指摘であり、いまだに情報の公開ができないでいる日本の歴史観の貧弱さを明らかにしたものだ。

 科学史家(ロシア科学史)の梶雅範氏(東京工業大学)は、日本の原爆開発の資料を調べているときに初めてジョン・ダワーを知ったこと、「歴史と記憶」とは違うことを、具体的な事例(原爆論争)を出しながら示した。ここにこそ歴史家の仕事があるということ、この本を一般の人がどう読むのか、さらに、マッカーサーは占領期のブレインから日本関係者を排除したことに興味を持ったと語った。梶氏はアカデミズムの研究者であるが、市民的学問所である湘南科学史懇話会発足当初から支援の支援者である。私は学会誌に梶氏が書かれる文章から氏の誠実で真摯な仕事に常々、敬意を表しているところである。
科学史家(数学史)の佐々木力氏(東京大学)は、ダワーさんの名前を知ったのは1976年頃で、ハーバート・ノーマンとの関係であると述べ、ダワーさんはひなたにない歴史家ハーバート・ノーマンの本に、ものすごい序文を書いていることを紹介した。また、現代日本のメジャーな大学の歴史研究者はストレートに天皇制批判は書けないこと、笹本さんの仕事はそのタブーに挑戦しているのだろうと笹本氏を評価した。これは日本だけではない。都留重人さんのダワー批判には理由があり、彼のやったことにある種の責任があり、ノーマンの死因は友情に裏切られたことなどがあるのではないかと述べた。


討論会参加者からの発言

 佐々木氏は笹本氏が紹介した安川さんの本は倫理学者の本としてはいいが、歴史家としては失格であると指摘した。丸山は福沢のアジア認識に批判的でないわけではない。しかし、あまり書いてはいない。基本的に丸山は福沢に惚れているからだ。日本の学問が輝いていたのは、明治初年、それに戦後は1947年当時であった。丸山真男氏を中心に輝いていた。これが現在、崩壊しつつある。現在の論壇は、大江健三郎も含め、丸山真男以前になっている。論者もそうだが編集者がひどい。これを何とかしなくてはならない。思想的には非常にひどい遺恨を残した。数十年はかかるだろうが、アジアの政治経済圏を作って近代日本総体を考えるべきだ。いま日本人に欠けているのは理念と理想であると年来の学問歴史観を熱く披露しつつ、自主規制をもつ平和運動はだめである。ダブーをもってはいけない。われわれが直接声をあげていかないかぎり、だれも救ってくれない。いまこそ声を上げて行かなくてはならないと、熱く持論の学問的歴史観を展開した。

 丸山真男信奉者で丸山真男手帳の会に所属する須川真明氏(編集者)は、ダワーさんの本からたくさん知らないことを学び、アメリカの日本研究の層の厚さを感じたと述べた。この本によって、天皇制、官僚制、沖縄の米軍基地とか、いろんなことがはっきりしてきた。ハーバート・ノーマンのようなしっかりした人の歴史書は現実をよくわからせてくれるものだ。さらに敗北の両義性について言及し、「敗北を抱きしめて」の意味の中には、当初アメリカがやりたかった方針が、対共産主義とのからみで、やれなかったことの意味も、込められているのではないかと思ったことを述べた。

 かつて少年時代を戦争直後に過ごした編集者である宮下嶺生氏は、ダワーの記述に、アジア太平洋戦争というよりアジアを忘れないために、大東亜戦争と言った方がいいという記述があったが、ダワーさんは大東亜という言葉の恐ろしさをご存じないのではないかと思ったと述べた。大東亜という言葉は当時の日本人にとっては非常に恐ろしい語感を伴う言葉なのだと自らの世代の体験的実感を力説した。
今回の討論会の共同主催者で「科学と社会を考える土曜講座」代表の上田昌文氏は、本書を読んだ上での複雑な気持ちを率直に述べた。日本の現在の源流が見える。また、過去の事実をふまえた上で今日の現実にあたる必要性があると、市民運動家らしい考えを披露した。アメリカ人はこの本を読んだとき、どのように評価するのかが気になる。日本人が佐々木氏の言うような理念を持ち得たら、アメリカは日本にどう立ち向かってくるのであろうかとの議論を述べた。アフガンの問題はダワーの本の路線に収まるものでしかない。天皇制に対する認識を個人がしっかりと持たなければだめであると、個人個人の歴史認識の確立の重要性を説いた。

 現代史研究会・技術史研究会の深澤棲男氏は、今年、還暦を迎えるまで、技術史の問題に深く関わってこらえた方だが、深澤氏の課題はなぜ日本に本来の民主主義は定着しないのかであり、どうすればいいのかを長年考え続けてきたと述べた。結論から言えば、天皇制をやめさせることは必要であり、戦後民主主義は虚妄であったと考える。いまだに天皇制の呪縛から逃れていないと指摘した。深澤氏は長きにわたり雑誌「技術史研究」の編集に関わっておられる方である。

 敗戦時に小学校6年生であったある女性(氏名不明)は、自分の体験を言いたいと発言した。一番ショックだったのは、ゼネストが突然中止になったこと、朝鮮戦争が始まったときにある程度、死を覚悟したこと、戦争犯罪人岸信介が免罪されたこと、教科書に墨を塗らされたこと等々を疑問に感じたと述べたあと、墨を塗ったのは文部官僚が自主規制であったことを後で知り愕然としたと述べた。

 物理学者でアメリカのテネシィ大学の客員教授をも10年間努めている加納誠氏(東京理科大学)は、同氏の世代の全共闘の運動形態とは異なる若い世代の運動を柔軟に支援することが必要であることを力説し、若い世代の現代的感性を備えた平和運動を大切にし支援していきたいと述べた。大学教員として多数の学生と接する中で、現代の学生気質を十分に考慮した発言にはある種の重みが感じられた。同時多発テロ事件以後のアメリカはどうなっているかを考えるとジレンマ状態にあると述べた加納氏は、敬虔なプロテスタントであり、アメリカに多くの友人を持つ立場であるが、普通のアメリカ市民とアメリカ国家の間に大きな隔たりがあることを感じたのに違いない。

 日本を代表する物理教育研究者で実践家の右近修治氏(高校教員)は、学生時代はよく議論したが、この本によって、再び原点にもどらされたと感じたと述べた。右近氏は物理学教育の最前線で活躍
しておられる。その多忙さをぬって湘南科学史懇話会に参加していただいている方である。

 当日、時間がせまっており、多くの見解をお聞きできなかったのが残念であったが、次回に期待しようと思う。


■結論

 こうして、今回の討論会「日本の戦後民主主義とアメリカ」は盛会のうちに終わった。総じてここでまとめておきたい。今回のジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』をめぐる討論会を企画したのはきわめて個人的な問題意識からであった。私が生まれたのは敗戦直前の1945年7月7日である。山形県高畠町和田村で生を受けた私は、いわば占領期のまっただ中に幼年時代を送ったのである。その後、自我形成の発芽と多感な少年時代を経て、多感な青年時代を東京で送った。その半生の時期は戦後民主主義形成の時期と完全に重なるのである。そこで「私はどのような時代に育てられてきたのか」を、冷静な視点から客観的に見直したいと思った。この論文の始めに書いたことはこのことである。

 確言すれば、日本の東北の田舎町に生まれた私の精神構造の変転が、この時代の激流とともに、どのように作られてきたのかを、いわば人工衛星の視点から眺めたかったのである。さらに言えば、私が、産み落とされた日本戦後民主主義精神から自由になろうとしてどんなにもがき苦しみながら逸脱しようとも、決して振り切れない時代の落とし子の宿命である時代・世界・宇宙の認識的産物である私の精神的構造を、もう一度解体してみたかったのである。その後に、どんな精神と認識が出てくるのか、それを試したかったのである。

 それでも、その戦後民主主義の呪縛から逃れる為に使った手法は、当の日本の戦後民主主義を作る際に決定的な役割を担った「アメリカ」の学者ジョン・ダワーの著書『敗北を抱きしめて』を借りざるをえなかったことは、なんと不条理なことか。これもまた歴史の宿命であろうか。まさに時代認識は、ロバート・リケットがいうように、どこまで行っても「箱の中」で作られる精神であり、認識であるのであろうか。この議論をすすめていくと際限がないことは自明である。こう考えると我々は絶望のまま、もがき苦しみながら終末まで生きなければならないのだろう。

 このような問題意識から始めた今回の討論会は、発言者の笹本氏、ロバート・リケット氏、それにすべての参加者の多様なご意見のひとつひとつが、きわめてかけがいのないご意見であった。それぞれの方々のご意見は、深層では自らが寄っている時代の精神から自由になろうとして苦闘しておられる現れに聞こえるのである。その苦闘の現れは政治になったり、文学になったり、芸術になったり、思想になったり、無差別的なアナーキーになったりと、さまざまである。確言すれば、それぞれの現れが悪名高い「自己中心的世界観」を持って生きるしかないのである。昨今の科学的哲学でいう生き方の相対主義的価値観などという幻想哲学はあり得ないのである。必要ならば身体をはって闘うしかないのである。しかし、その自己中心的世界観の中に相互に何らかの部分集合を内在する余裕があるならば、その時にこそ共有すべき精神的自由と時代的認識を希望をもって議論をするべきなのだ。今回の議論はそのひとつの営みであると考える。

 今回の討論会を通じて、さらなる多くの課題が派生した。確固たる天皇制批判を展開することであり、日本の官僚制の種々の欺瞞性を問うことであり、有事立法法案を廃案にすることであり、個人情報保護法を反故にすることであり、そしてそのための自由な精神と認識をもって思想的・学問的営みをすることである。最後の課題は、そもそも自由とはどんなものかである。それは国境なき市民的闘いで求める以外にないであろう。


■謝辞

 発言者の笹本征男氏とロバート・リケット氏に深く感謝する。

 湘南科学史懇話会の幹事で毎回、何かとお世話になっている、中村邦光氏(日本大学)、廣政直彦氏(東海大学)、竹中英俊氏(東京大学出版会)、加納誠氏(東京理科大学)に感謝する。

 私の個人的な問題意識から初めた討論会「日本の戦後民主主義とアメリカ」を共催の労をとっていただいた「科学と社会を考える土曜講座」(代表・上田昌文氏)に感謝する。特に当日、遠方のところ早くからお出でいただき、素早い準備と後かたづけをしていただいた土曜講座のスタッフの方々(藤田康元氏、森元之氏、薮玲子氏、瀬川嘉之氏、小林一朗氏)に感謝する。

 ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』を作る労を担い、大変なお手数をかけ、本書をめぐる多数の書評文をお送りいただいた小島潔氏(岩波書店編集部)に感謝する。

参考文献

●中村正則「『裕仁と近代日本の形成』がもたらしたもの」(『朝日新聞』夕刊、2000年11月8日)
●石田 雄「占領期日本を生き生きと描く」(『週刊読書人』2001年2月)
●リービ英雄「内側の声聞き近代の深部を探る」(『朝日新聞』4月1日)
●桐山正寿「日米両国民の祈りと願い」(『毎日新聞』、2001年4月29日)
●佐藤佐三郎「敗戦後の激変をしたたかに乗り切った日本人の心の記録」(『週刊東洋経済』、2001年5月26日)
●石田雄「石田雄の書評」(土井たか子を支える会編既刊『梟(ふくろう)』第22号、2001年5月31日)
●春名徹「日本人の心性 連続性見抜く」(『中国新聞』、2001年6月10日)
●橋爪大三郎「戦後日本の原点、詳細に追う」(『日本経済新聞』、2001年6月24日)
●小林信彦「人生は51から」(『週刊文春』2001年6月28日)
●ゆりはじめ「戦後の日本の説得力に富む歴史認識」(『図書新聞』2001年7月7日)
●新井「大波小波」(『中日新聞』2001年7月11日)
●生井英考「占領の「奇跡」を読み解くキーワードは「抱擁」宏壮かつ繊細な想像力で日本社会を心描く」(『週刊朝日』2001年、7月6日)
●中村輝子「現代日本の原点を照射」(『沖縄タイムス』、2001年7月8日)
●「天声人語」(『朝日新聞』、2001年7月9日)
●加藤哲郎「米ソの埋もれた資料から蘇る「敗戦日本」の周辺子」(『エコノミスト』、2001年7月17日)
●都築 勉「精彩を放つ「平和国家建設」」(『信濃毎日』、2001年7月29日)
●「歴史に対する責任とは」(『朝日新聞』社説、2001年8月25日)
●横山和雄「目線を大衆においた日本戦後史」(『ジャーナリスト』第521号、2001年8月25 日)
●吉田 裕「日本人の意識を内側から理解」(『週刊読書人』第2399号)
●都留重人「ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』に異議あり」(『エコノミスト』、2001年8月28日)
●吉田 裕「日米合作だった占領期改革 一国完結型の歴史観超えて」(『朝日新聞』夕刊、2001年8月31日)
●「まざまざと浮かぶ“敗戦”」『ポリマーダイジェスト』2001年8月号
●藤原帰一「歴史家の成熟した視線がここにある」(『中央公論』、2001年8月号)
●山本博文「占領期の全体像冷静に」(『読売新聞』2001年9月2日)
●上田耕一郎「日米間の戦後史に貴重な洞察 印象的な『新植民地主義』分析」(『赤旗』2001年9月5日)
●上田耕一郎「安保、沖縄、9条など戦後史が21世紀に残した遺産への言及」(『赤旗』、2001年9月7日)
●筑紫哲也「自我作古」(『週刊金曜日』第379号2001年9月14日)
●梅沢正邦「日本人の価値観」(『週刊東洋経済』2001年9月22日)
●『経済』2001年9月号
●『知恩』2001年9月号
●大澤澄子「民衆の姿を通じて描いた「戦後」」(『望郷』、2001年9月号)
●田原総一朗「読書日記」(『Best Book 』、2001年10月号)
●ジョン・W・ダワー「理性の声聞かぬアメリカ」(『朝日新聞』夕刊、2002年1月29日)
●猪野修治レジュメ「ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』を読む」
●笹本征男『米軍占領下の原爆調査−原爆加害国となった日本』(新幹社、1995年)
●マーティン・ハーウィット『拒絶された原爆展』(山岡清二監訳、渡会和子・原純夫訳、みすず書房、1997年)

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