イラク日本人人質事件 自己責任論と自衛隊派遣について

勝田忠広 (ピースプレッジ・ジャパン)
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1 . はじめに

 「一、われわれの好意に対し、おまえたちは敵意で応じ、米国に兵士と武器を提供した。
 一、われわれは同じ方法で応じる。われわれに戦争を宣言したおまえたちは歓迎されない。
 一、おまえたちのうちの三人を拘束したことを伝える。われわれの国から(自衛隊を)撤退させるか、われわれが三人を焼き殺すか、どちらかだ。
 一、このビデオの放映から三日間の猶予を与える。」
(イラクの武装グループの声明要旨、共同通信4 月8 日)

 日本時間の4 月8 日午後8 時半、イラクにいた郡山総一郎さん、今井紀明さん、高遠菜穂子さんの3 人が拘束されたという情報が、上記のメッセージと共に飛び込んできました。

 忙しい現代社会において、既に人々の記憶から消えようとしているイラク人質問題について、ここで整理してみます。

2 . どういう事件だったのか

 まずは時間に沿って振り返ってみましょう。事件発覚から3 人が帰国するまで、実はわずか10 日間にしか過ぎない出来事でした。

・第1 段階:拘束(4/8) 〜解放声明(4/11)
 事件発覚直後の8 日から、市民グループやNGOは独自のネットワークを使ってマスコミとは独立して正確に情報収集を始めています。また政府は、自衛隊撤退はあり得ないことをいち早く断言する一方、9 日に「在イラク邦人人質事件対策本部第1 回会合」が行なわれ、外務副大臣が現地に向かっています。マスコミの論調はそれほどでもありませんが、既に「自己責任論」が出てきています。

・第2 段階:解放声明後(4/11) 〜解放確認(4/15)
 日本の市民とイラク現地のテレビ局や市民の連携プレーによって、最終的に解放声明が出されました。しかし政府は、外務省川口大臣によるコメントや小泉首相の「テロリスト」発言など相手を刺激するだけで、少なくとも表向きは有効な手段が出せませんでした。一方、マスコミは論調が変化してきます。あたかも解放が確実になったことで、自信がなかったことをようやく言える様になったかのようでした。「撤退しなくて良かった」「政府の対応は正しかった」というコメントがテレビや新聞を通じて現れ、「自己責任論」が氾濫し、3 人の家族への誹謗中傷が強まります。

・第3 段階:解放確認後(4/15) 〜帰国(4/18)
 3 人の無事が現地で確認されたものの、あまり反省がないと映った態度や、さらに日本人2 人が拘束されたことなどで、議論は煮詰まって疲労感が出ています。帰国後の3 人は、拘束よりも日本人からのバッシングで精神的なダメージを受けたようです。命は救われたものの、なにか後味の悪い、嫌な感じの解決でした。

3 . 自己責任論と自衛隊派遣について

 ここでは2 つの問題を少し詳しく取り上げてみます。

(1) 自己責任論について
 「自己責任」という言葉が日本をかけめぐりました。誰が言い出したのかは不明ですが、少なくとも自己責任論によって矛先は3 人だけに向けられ、肝心の政府の対応への非難は無くなったといえます。

 3 人は、覚悟の上で現地に向かっていると考えます。つまり自らの死に関しては責任を負っていたはずです。問題は、これは自衛隊派遣を問題視するグループが3 人を利用して拘束したことであり、心構えのレベルの議論ではないということです。つまりグループは、日本社会にいる私たちや政府に対して脅迫を行なったのです。

 結局、政府はそれを拒否しました。例え3 人が助かったとはいえ、これは見殺しを選んだということです。日本人の命よりアメリカに従うことを選んだということは、今後気に留めるべき事かもしれません。

 そもそも、現地で活動をしてきたNGO は、地道な活動が報われなくなり危険な目に合うので、派遣を止めてくれと主張していました。しかし、その主張を無視して政府は自衛隊を派遣しました。もし仮に自己責任があるのであれば、それは政府の方であって、三人に文句をいうことは筋違いと思います。仮に3 人に問題があったとしても国は国民を守る義務があるはずで、「政府に従わない人間の命など知らない」という意見が通ることは危険と思います。

 この問題に関して、海外との考え方の違いが目立ちます。拘束期間中、家族の記者会見が外国人記者クラブでありましたが、誹謗中傷を受けていたために言葉を選びながら伏見がちに怯えている家族の様子を見て、多くの記者はショックを受けています。

 ところで、今回の問題に関するウェブ上でのアンケート調査が幾つか行なわれています。それを見ると、毎日新聞のような一人が何回も投票できるシステムでは政府支持が多く、反対に、一人が一回しか投票できないものは政府不支持が多いという結果でした。この事実はあまり注目されていませんが、個人的には、記録を残しやすく顔の見えないウェブを活用した、保守的な人々の存在や情報操作が気になります。

(2) 自衛隊派遣について

 イラク特措法を確認してみると、基本原則第二条の中に「戦闘行為が行なわれておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行なわれることがないと認められる地域において実施する」と書かれています。

 この「戦闘行為」がポイントと思います。これは「国際的な武力紛争の一環として行なわれる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう」と定義されています。そして、防衛庁長官は、この要件を満たさなくなった場合には、速やかに活動の中断を命じないといけないと定められています。ということは、小泉首相が固執したように「テロに屈さず」という根拠の無い根性論ではなく、法律上の視点から撤退が有り得たかもしれないのです。

 実は、内閣法制局が陸上自衛隊の撤退も有り得る解釈をまとめたものの、福田官房長官( 当時) がそれを政府見解にすることを留保したことが発覚しました( 東京新聞、5 月15 日)。自衛隊が駐留するサマワでサドル派グループが活動しているのですが、彼らを「国または国に準じる者」と解釈すれば、それは「戦闘行為」となり自衛隊撤退理由が成立してしまう、というのです。法律とは解釈次第でどうにでもなることがよく分かります。

4 . おわりに

 この問題は、一見複雑に見えて実は単純だったと思います。しかし、国の問題に一市民は口を出せない、という気持ちから、思考を停止した人々が多かったのではないでしょうか。だからこそ「この問題に手を出してお上に逆らった人が悪い」という自己責任論が、意外と抵抗なく人々に受け入れられたのかもしれません。

 しかし、文末に載せた解放声明を見て、文頭の犯行声明と比較してみてください。同じ人々による文章かと疑うほどです。これほどまでに彼らを変えたのは、軍隊ではなくイラクや日本の市民の気持ちです。国を超えた一人一人の行動が身を結んだのです。

 私は今回、NGO や政府という組織ではなく、一般の人々の動きに注目しました。もし「自分自身はどう動くべきだったのか」という個人レベルの視点を持てば、問題解決を他人任せにすることはなくなり、いろんな情報に惑わされることがなくなるからです。私たちピースプレッジ・ジャパンの行なう科学者平和誓約運動も、一人一人の問題意識に問いかけるところに特徴があります。そしてそれこそが、一見地道で遠回りに見えて、一番確実に平和な社会を形成する方法だと考えています。


「神の御名において  われわれは、日本政府が拘束された三人の人質について、自国民の生命を軽んじる評価を行ったことを強い痛みを持って聞いた。これにより、われわれは、日本政府に代わって日本国民の生命を守る完全なる正当性を与えられた。日本政府は、自国民への最低限の尊重の念を持ち合わせていないようだ。いわんや、日本の首相の発言を拒否するイラク国民の生命を尊重するだろうか。われわれは、この政治家は、自国民とその意思を尊重せず、戦争犯罪者ブッシュ(米大統領)に仕えていると確信している。広島、長崎に原爆で大量殺戮を行った米国は、同じことを、いや、国際的に禁じられている爆弾によってより残虐な形で、抵抗しているファルージャに対して行っていると言っている日本の街の声にわれわれは耳を傾けた。

 われわれは、イラクの抵抗は、いかなる宗教、人種、党派に属していようとも、あるいは責任者のレベルであろうと、平和な文民の外国人を狙ったものではないということを全世界に証明するため、また、今晩、マスメディアを通じて呼び掛けを行ったイラク・イスラム聖職者協会の原則、純粋性、勇気を信頼して、また、われわれの独自の情報源を通じ、当該日本人(人質三人)は、イラクの人々を助けており、占領国への従属に汚染されていないことを確認したため、彼らの家族の痛みと、この問題への日本の人々の立場にかんがみ、われわれは以下の通り決定した。

 (1)イラク・イスラム聖職者協会の要請に直ちに応え、三人の日本人を、神が望むならば、今後、二十四時間以内に解放する。

 (2)いまだに米国の暴虐に苦しんでいる友人たる日本の人々にイラクにいる自衛隊を撤退するよう日本政府に圧力をかけるよう求める。なぜなら自衛隊の存在は不法なものであり、米国の占領に貢献するものであるからである。

 神は偉大なり、勝利するまでジハード(聖戦)にささげる。

 ヒジュラ暦(イスラム暦)一四二五年サファル月十九日  西暦二〇〇四年四月十日  サラヤ・アル・ムジャヒディン (了) 04/11」
( カタールの衛星テレビ、アルジャジーラが十日伝えた「サラヤ・アル・ムジャヒディン(戦士旅団)」の声明文、ドーハ共同)

参考資料
・共同通信社ニュース特集 イラク日本人人質
http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2004/hostages/subs/zenmidasi.html
・イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H15/H15HO137.html

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