「これからの社会と幸せを発明する」
古田ゆかり
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「きみ、発明家にならない?」
そう少年に語りかける藤村さんの表情は、おだやかで優しく、誇らしげで幸せそうです。
「発明家にならないか」と問いかけられた少年は、自分の将来をどんなふうに想い、描くのでしょう。藤村さんは発明家であると同時に、自分の職業をあんなに幸せそうに、ストレートに若い世代に薦めることのできるおとなでもあります。人の役に立つことのすばらしさ、技術を持っていることのすばらしさ。これだけでも、魅力的なのですが、聞く人の心を一気に発明の世界に引き込んでしまいます。
発明家、藤村靖之さんの葉山のアトリエを訪ねたのは、8月の終わりころでした。わたしにとって新逗子駅を降りたのは、本当に久しぶりのことでした。逗子から横須賀の相模湾側は、海岸まで山の斜面が迫った地形が美しい地域です。海岸から国道134号線をはさんで一気に上り坂に。その急な斜面を少し上るだけでも、高い位置から海が一望できるなんとも気持ちのいい場所です。「ああ、いつかこんな場所に住みたい……」葉山を訪れると必ずこんなふうに思ってきました。逗子海岸からバスに乗り、そのあと、徒歩で細い山道を登り始めたとき、どんなところなのだろう、なにが見られるのだろうと、わくわくしていました。
茂みに囲まれた藤村さんのアトリエにつくと、庭先では新しい非電化製品の実証実験中。
熱に関するものらしく、日の光を存分に享受できるよう装置の位置を決め、それを慎重に、そしてうれしそうに眺めている藤村さんにお会いしたのが最初です。あいさつもそこそこに、実験中の装置の説明をしてくださいました。
山の傾斜に建ったアトリエの周りでは、それこそ降るようにセミが鳴き、そして涼しいとはいえないのにとても気持ちのいい風が吹いています。
「わたしは、海の見えるところでないとダメなんです」。
そのことば通り、相模湾を望むアトリエの庭には、「非電化冷蔵庫」1号、2号。それに、「モンゴルの人が冬の薪の使用量を4分の1に減らせる装置」。それらに使われているのは、木枠と、ペットボトルと水、墨汁、フェルト。そして赤外線の透過を制御できる特種なパネルなどです。これらを組み合わせることによって、昼間熱をため、夜は、ゲルの中に暖かい空気を供給するといいます。
「発明はね、瞬間芸なんです。素材と素材の組み合わせの結果なんですよ。それには、たくさんの素材が頭にインプットされていなければならない」。
藤村さんの頭の中にある、素材の引き出しを想像します。思い浮かんだのは、『千と千尋の神隠し』に登場する釜爺が使う壁一面の薬箱。この引き出しの中に、数え切れないほどの素材と性質の知識が詰まっていて、目的に合わせて何本もの手を伸ばし適切な素材を選び出している、そんなイメージです。
しかし、藤村さんが持っているのは、知識と技術だけではありませんでした。
「困っているいい人」を幸せにしてあげたい、そのために自分の技術を役立てたいという強い意志です。
「困っている人、貧しい人というのはね、だいたいが『いい人』なんです。人よりもちょっとでも得したい、と思わない人たちです。みなさんも貧しいでしょう?」
と、ほほえんだときの表情は、忘れられません。ちょっとうれしく、ちょっと複雑。当たらずとも遠からず!?
それはともかく、藤村さんが現在取り組んでいるモンゴルでの非電化冷蔵庫は、単に電気を使わない冷蔵庫を供給するだけではなく、現地の人が買うことができる金額で、現地の技術者が作り、売ることができるように設計しているのです。
日本で作った製品を売るのではなく、現地に新たな産業を生み出すことまで設計に含まれているのです。
高価で、お金持ちしか買うことができず、技術力の高い外国の企業だけが儲かる構造に対する徹底的な対案です。それに加え、壊れたら修理せずに使い捨てる日本の消費社会に対しても、具体的な対案を示しています。
藤村さんは、発明品を日本でも売っています。藤村さんの発明した機器と意識に共感した(多くの場合)女性がその商品を求めるといいます。
「するとね、おもしろいことに彼女らのご主人からメールが入るのです」。
その内容は、1.その製品は壊れないのですか? そして、2.壊れたときのアフターサービス体制は整っているのか? といったものだといいます。
「要するに彼らは、そんな発明品はすぐ壊れるんじゃないのか。アフターサービスも整えていないようではものは売れないぞ、そんなものを買うわけにはいかないぞ、と言いたいのでしょうね」。
では、藤村さんはどのように答えるか。その答えは、明快で、本質的で、深いものでした。
「ぼくはね、こう答えるんですよ。 1.必ず壊れます。壊れないものなんてこの世にはないでしょう? そして、2.壊れたら、お父さんが直すんです、とね。そのかわり、簡単に修理できるよう、どこででも手に入る部品を使って作っているんです」。
鮮やか。ものは壊れる、壊れるのだったら直しやすいように作る。こんな当たり前のことが、わたしたちの身の回りの製品では実現されていない事実を、明快に教えてくれます。
「ただ、ものを買って、使って、壊れたら終わりではダメなんです。ですから、使うことだけではなく、直すこと、工夫することなど、『プロセス』を大切にする人にこそわたしの製品を使ってほしいと思っています。そして、少しずつ、プロセスを楽しむ人を増やしていきたい」。
その先には、ものを大切にし、工夫し、プロセスを大切にする社会を作りたいという思いが、遙かに広がっています。 機器の発明であり、社会の発明であり、多くの人の「幸せ」の発明。その発明の世界が、この海を望むアトリエから広がっていく姿が見えるようです。
藤村さんは、今日もだれかに語りかけているに違いありません。
「きみ、発明家にならないか」と。