公的介護保険の光と影

箭内敏夫
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土曜講座では、7月10日に箭内敏夫さんをお招きして、来年の4月からスタートする「介護保険制度」についてお話いただきました。この10月1日から、要介護認定の申請受け付けが全国の自治体で始まりましたが、箭内さんが講演で指摘している様々な問題が今後各地で噴き出してくるに違いありません。また箭内さんは講演の中で、かなり詳しくこの制度の成立の経緯を振り返っておられますが、このことは福祉政策に限らず、国民を主体にした新しい制度の創出には本来何が必要であり、私たちはどの時点で何をなすべきなのかを考える上で、よいヒントを与えてくれていると思われます。多くの読者が、厚生省をはじめ行政に対して具他的な働きかけを行うとともに、いろいろな意見を交換することで私たちにとって必要な福祉の姿を探っていくことができればと考えます。なお、この特別号を複数部手に入れたい方はいつでも上田までご連絡ください。(上田)■

●はじめに

「公的介護保険の光と影」というテーマは、この制度のメリットとデメリットというふうにお考え頂いてもいいし、あるいは、この制度の建て前の部分と本音の部分ということもできます。官僚や政治家がうまい具合に使い分けたりして、私たちに見える部分があったり見えない部分があったりする。そのへんのところも光と影と言えるかと思います。
公的というふうに言っていますが、法律上では単に介護保険法という名前の法律であって、保険なのです。そもそも15年くらい前に民間の損害保険会社が最初に「介護保障保険」とかいう商品を売り出しました。私も家内と1口ずつ入っております。これは介護が必要な状態になれば月20万円、これは医者の診断書さえあればさっとくれます。施設に入れば月10万円です。こういう私的保険に入っていますから、公的保険で足りない分はなんとかなるかなあと思っているわけです。私は1931年生まれですから「第1号被保険者」にあたります。高齢者というか老人の一人というわけです。そういう立場から、この介護保険という制度の成り立ちを、最初の時点からずっと見てきました。
そこで今日のところは、まず法成立にいたるまでの沿革をお話しして、次にこの制度の問題点に進みます。特に一番の問題点は、法律の施行は来年の4月1日からですが、要介護認定の部分だけは今年の10月1日からスタートするわけですね。それなのに、この7月になってもまだ決まらないところがたくさんあるという状態です。そこらへんのところを中心に話しをしてみようかと思います。

●「介護の社会化」の背景

まず、この制度の建て前のほうですが、要するに分かりやすく言えば「介護の社会化」ということですね。日本人の平均寿命が延びてきて、昭和22年には女性が53歳、男性が50歳だったのが、今や女性が83歳、男性77歳というところまで、急速に高齢化が進みました。年寄りが増えるということはどういうことかと言うと、私だって戦争中の食料のない時分に育って素材部品が悪いですから、どうしてもガタがきます。老化した高齢者がたくさん出てくるのは当たり前のことなのですね。ただ、それを支えるのに、今度は少子化と言う問題がもう1つあるわけ。家族介護つまり家族の中で介護するということに限界が出てきたのですね。かつてのように、第一次産業がかなりのウエートを占めていて、かなりのお年寄りが農村地帯にいて、あるいは三世代同居というようなところの中にいれば、おじいちゃんはそれなりの居場所があった訳ですが、どんどん人口が都会に集中してくると、年寄りの居場所がなくなるし、また年寄りが要介護の状態になった時に、家庭内でそれだけの介護が出来なくなってきたという問題があるのです。平均寿命が50歳の頃は、仕事をリタイヤして、元気で野良に出て、なんてやっているうちに、ある日寝込んだら3日でお亡くなりになる、ということだったのですが、最近は医学が発達したし、寝たきりの期間が長くなる。したがって介護をする家族にものすごい負担がかかってきて、介護地獄というような言葉も生まれました。また老人虐待とかいうような、わざと飯を食わせないとかいうような、いろんな虐待がでてきているわけです。こういった話しを見れば、これはやっぱりもう社会全体でしっかりと支えてゆかなければならないというのは確かな話なんですね。
ただ、この「介護の社会化」ということを言いだしたのは岡光序治という人で、この人は厚生次官のときに汚職で消えた人ですけれど、この人が主体になって公的介護保険という構想が生まれてきたわけです。で、その張本人が対外的に言っていたことは、まったくの建て前論です。介護保険の光の部分です。
ついでにもう少し少子化のことを言っておきますと、これもまた大変むつかしい問題なのですが、第1次ベビーブームというのが、終戦の2、3年後にきたわけです。その時がだいたい年間に270万人くらい子供が生まれていまして、それからどんどん減っていきました。途中で昭和40年のところでポカッと穴があいていまして136万人に落ち込んでいるでしょ。これは丙午の年なんですね。その後の第2次ベビーブームというのは、要するに第1次ベビーブームで生まれた人が親になって生まれた子供です。それから後はずーっと下がりっぱなしです。合計特殊出生率、これは一人の女性が生涯に何人の子供を生むかという数のことですが、これが第1次ベビーブームの昭和25年には4.32だったんですね。だから4人か5人というのがそれぞれの家庭に平均して生まれる子供の数だったのです。それがどんどん下がってきて、平成9年には1.39、平成10年には1.38になっています。ここに人口置換水準2.08と書いておきましたが、これは合計特殊出生率が2.08であれば、現在の人口が維持できるということです。2.0では死亡率などを考えると維持できないのです。2.08の出生率であれば、今の1億3千万という人口が維持できるということになるのであります。ところが、1.38であれば、これはどんどん下がってゆくわけです。
大正9年に日本で始めて国勢調査というのが行われたのですが、その大正9年の時の男女別、年齢別の人口を描いてみましたら、だいたいきれいなピラミッド型になっていました。昭和25年で、男性の中間のところがちょっとくぼんでいるのは、第二次世界大戦でかなりの男性が戦死した、その影響です。
昭和40年になると、少子化が進んで、底辺のところが小さくて頭でっかちで不安定な形になるのですね。昭和55年はもう少し下の細い部分が長くなる。平成1年、平成7年というふうに、さらにそれが顕著になってきます。
こういう風になってくると、たしかに年寄りを支える若い人が減ってきた。人口構成からみて、福祉を支える力がだんだん不安定になってきたということがお分かり頂けるだろうと思います。

●急速な高齢化

レジメに「高齢化社会から高齢社会への速度」と書いてありますが、高齢社会という言葉と高齢化社会という言葉は、国連の用語でははっきり区別をしています。高齢社会、aged societyというのは、人口に占める高齢者65歳以上の人の比率が14%を超えている場合です。その前の段階で高齢化比率が7%を超えた時点から14%に向かって進んでいく社会のことを高齢化社会、aging society と呼んでいます。これが日本の場合は7%から14%になるのに24年しかかかっていない。急にきたんですね。7%になったのが1970年で、14%になったのが1994年なんです。フランスが先進国の中で一番長くかかっているのですが、1864年に7%になって、1991年に14%になったのです。127年も掛かっています。スウェーデンが85年、アメリカが72年、イタリアが59年、イギリスが47年、ドイツが40年です。
ドイツと日本は似たようなところと違うところがありまして、似たようなところは、どちらも第二次世界大戦の敗戦国であるということです。スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどが高齢者福祉が進んでいるのはなぜかというと、北欧三カ国は第二次世界大戦に参加していないんですね。戦勝国でも敗戦国でもない。やや中立的な立場で、国内を他国の軍隊に蹂りんされていない。爆撃を受けていない。したがって北欧諸国では、1945年の第二次世界大戦が終わった直後から福祉が始まっているのです。日本とかドイツとかは、まず廃虚と化した国土を復興することからはじまって、福祉どころの騒ぎじゃなかったのです。終戦後は上野の地下道に浮浪児がいっぱいいて、それらをなんとかどこかの福祉施設に送らないといけないということで、児童福祉法がはじまったわけです。そういうところからスタートしたのです。だから福祉の考え方という点で、ドイツと日本では案外スタートが似ているのです。北欧とは全く違う歴史をたどっています。こういうことも考えなくてはいけないのです。
問題は寝たきりの期間が長くなっているということです。3年以上が53%を占めています。昔は3日とか長くて1ヶ月とかいうことだったのです。我々年寄りが理想とするのは、最近樋口恵子さんも言ってますけれど、PPKと言ってね、「ピンピンしてコロリといく」のが一番いいんですね。「PPKが理想だ」と樋口さんはおっしゃいます。私もそう思うのですが、ただ私なんかは、両親とも脳血管、心臓系統に疾患を持ち、その遺伝子をしょっているものですから、13年前に脳梗塞で左マヒになりました。その時にはじめて「こりゃあ高血圧だからポックリいけていいな」と思ったら、半分残ってる状態を体験しちゃったんです。今はなんとか90%くらいまで回復して、人に言わせると「ピンピンしている」ということになるようですが。
とにかく、寿命が延びたということは、寝たきりの期間が長くなるということで、ひとつは少子化との関係もありますが、寝たきりを介護する介護者にまたいろいろ問題が出てきているのです。例えば、今のところ続柄からみると、介護者で一番多いのは子供の配偶者、つまりお嫁さんですね。これでは少子化が少子化を促進させていると私は思いますね。結婚するカップルがひとりっこ同士の場合、この嫁さんは4人看なくてはならないのです。ひとりだって大変なのにですよ。自分の両親とあちらの両親と4人看なくてはならないとなると、こりゃ大変だというわけで、やっぱりひとりっこ同士は結婚しないということになる。そういう少子化が少子化を生んでいることもあるのではないかと思います。私の子供は三人おりまして、まあ、そこまでは人口置換水準を超えているのですが、三人ともまだ結婚しないのです。こればかりは強制するわけにもいきませんしね。
厚生省の諮問機関に人口問題審議会というのがありまして、第40回の総会で「他の国はどうなんだ」ということになって、海外視察に行ったんですね。ところが少子化対策なんていうものを政策に掲げている国なんてどこもないのですね。1ヶ国もない。そりゃそうでしょう。「結婚しろ」「子供産め」なんて、そんなこと国が国民に言えますか!? 1ヶ国もありません。どこもやっていません。今、ドイツは日本より合計特殊出生率が低いのです。ドイツは東ドイツと統合したのですが、やっぱり将来の先行きに対してのものすごい不安を特に東ドイツの人達は持っているのです。そういう不安感が子供を作らないということに結び付いているのだと思いますね。ですから日本の少子化も、政府の口からは言えないだろうけれども、この国の将来に対するなんとはない不安感が少子化の一番の原因になっていると私は思うのです。

●誰が寝たきりの高齢者を看るのか

さて、寝たきり高齢者の介護者の問題なのですが、年齢別に見ますと70歳以上の人が、24%を占めています。介護者ですよ。被介護者じゃあないですよ。例えば70歳以上の奥さんが70歳以上のご主人を介護している。あるいは70歳以上の娘さんが90歳以上の母親を介護している、ということで、結局、介護するほうがものすごい年齢になっているんですね。60歳から69歳以上の介護者が28%、50歳から59歳までが28%と、もう圧倒的に老老介護、つまり老人が老人を介護するという時代になってきているわけです。これでは共倒れになるのは目に見えている。それでまあ、岡光さんが言う通り、社会的に支援していくシステムがほしいと思うわけです。
現に、今いろんな事件があちこちでありまして、長野県では87歳の男性が78歳の妻を介護していたのですが、介護教室に通ったりして、いろいろと介護のやり方なんかも勉強しながら、一生懸命妻を介護していたのでが、もうどうしても自分の手に負えなくなって、力尽きて奥さんを絞め殺して、自分も首を吊って亡くなったのです。そういうケースというのは、非常に多いです。
7月の1日に警察庁が昨年1年間の自殺者の状況を発表していまして、翌日7月2日の朝刊各紙にはそれが載っています。ところがこれが時節柄、報告書の内容の中から都合のよい所を抜き出して見出しをつけまして、要するに不況でリストラだから40歳50歳代の自殺が増えた、というふうに各紙とも全部そういう扱いをしています。確かに前年対比では40歳50歳代の増加率は高いです。自殺者はここのところずーっと増えてきていて、もう3万人を超えて、昨年度は32800人と言っているんですね。厚生省もやはり毎年一回人口調査の中に自殺という項目を入れていまして、そこではこれより1000人少ないのですが、警察庁のほうは外国籍の人で国内で自殺した人を加えているから、警察庁の統計のほうが厚生省よりも1000人多いんだという説明を警察庁はしています。この中で圧倒的に人数で多いのは65歳以上の高齢者なのです。これは、毎年そうです。ですから、そういうことをむしろ老人問題として取り上げるべきなのですけれども、どういう訳か各紙とも「リストラ自殺」とか「中高年に家出が多い」とかね、そういうようなことを一生懸命お書きになって、高齢者の自殺が常に絶対数で多いということをいっこうにお書きにならない。私はそういうマスコミのデータの扱い方に対しては非常に不満を持っています。

●法の制定までの経緯

さて、介護保険法の原案がいつ頃どう出来て、それがどういうふうになってきたかということは、大変に長い物語をしなくてはいけないので、ここではいちおう平成元年のゴールドプランから話しをはじめることに致します。遡ればもっと昔からあるのですが、昔の話は後でちょっと時間があれば触れることにします。
平成元年に高齢者福祉十カ年戦略「ゴールドプラン」というのが作られたのです。作られたことは作られたのですが、これの位置づけがおもしろいのでして、三大臣、つまり自治大臣と厚生大臣と大蔵大臣の合意事項であって、閣議決定ではないのです。閣議にも諮っていない。たんに大臣が三人集まって決めたと、こういう話なんですね。この三大臣、三つの省というのは、金を出す大蔵省と、各市町村を管轄する自治省と、それから介護福祉の厚生省ですから、まあ三つ揃えば出きるでしょうけれどもね。何を決めたかというと、10カ年戦略ですから平成10年までの10年間に、まずホームヘルパーを10万人確保する。ショートステイ5万人、特別養護老人ホーム24万人、こういう目標を掲げたのですね。これがゴールドプランの概要なのです。
なぜそんなことをこの時に決めたかと言うと、平成元年というと当時の内閣は竹下内閣だったのですが、この年の4月1日にはじめて日本で消費税3%をスタートさせたのですね。この年の7月に参議院選挙がありまして、はじめて与野党が逆転しました。この後遺症は参議院では今でも引きずっていますね。数合わせの問題で。土井さんの社会党が圧勝したのが、この平成元年の参議院選挙です。この敗北を受けて「やっぱり消費税という言葉はまずかった」と、それで「目的税」とも言えないから、何となく関連があるような、ないようなということで「消費税をふまえた合意」となるわけですが、その年の12月にゴールドプランを発表したのです。消費税は取りますが、福祉が充実しますよという意思表示をしたわけです。ただし、これは政府の決定事項ではないし、法律でもなければ、制度でもなんでもないのです。
その後、いろんな動きが出てくるのですが、まず「高齢者トータルプラン研究会」というのが、これは厚生省サイドの全く私的な研究会で、要するに「岡光研究会」と言っているのですが、岡光社会保険局長が若手を集めて省内で勉強会を始めたのです。その時の残党が今厚生省の介護保険推進本部を支えている若手のグループです。この中で「来るべき21世紀には今のような福祉ではだめだ」ということ、つまり福祉の考え方を基本的に考え直す必要があるということを言って、省内にはかなりのインパクトを与えたわけです。
その後、平成6年に「ゴールドプラン」が「新ゴールドプラン」に変わるのです。なぜかっていうと、「ゴールドプラン」は消費税3%と併せて作ったものですから、ヘルパー10万人とは言ってみたものの、これは厚生省の机の上ではじいた数字であって、本当に必要な数字なのかどうか分からないのですね。それで市区町村にあたって、10カ年戦略の到達する平成10年までに何人必要かを出せと報告をさせたのですね。
そうしたら、やはり当初の予定より数字が多く出てきたのです。まず、ホームヘルパーは平成元年では10万人と言っていたのが新ゴールドプランでは17万人になり、ショートステイが5万人から6万人になり、特別養護老人ホームが24万人が29万人になりました。この「新ゴールドプラン」というのは、現在まで金科玉条のごとくまだ抱えているわけです。各自治体の市議会とか区議会なんかを傍聴すれば分かるのですが、「いよいよ来年介護保険制度が導入されるけれども、うちの自治体では介護サービスの供給のほうは本当に大丈夫なんだろうね」なんて野党側で質問があると、自治体の首長さん、市長さんとか町長さんとかは、「はい。うちは新ゴールドプランの通りに進めていますから大丈夫です」なんて言うんですね。ところが、「新ゴールドプラン」を作る時も非常にいい加減でして、厚生省が各自治体に、「よく調査をして報告をせよ」と言ったのですが、あの頃は福祉コンサルタント会社が請け負いまして、ちょこちょこっともっともらしいことを書いた。それを集計したのが「新ゴールドプラン」なわけです。
実際にはホームヘルパーが17万人でもまだ極端に足りない。これがまた常勤換算なのか、パートも含めてなのかというあたりも極めて曖昧であります。いずれにしても、それが今の介護福祉の体制のスタートの数字にはなっているわけです。
その次に、厚生省は省内に「高齢者対策本部」というのを平成6年に作るのです。事務次官がチーフになりまして、それの諮問委員会として、「高齢社会福祉ビジョン懇談会」というのを作ったのです。その懇談会の結論は、要するに「福祉重視型社会にしたい」ということです、そこに「5:4:1から5:3:2に」という数字があるのですが、これは「年金:医療:福祉」の比率です。社会保障のうちで公的年金と国民医療と福祉関係の支出ですね。それが「5:4:1」なのを医療を1減らして福祉を1増やすと言う形であるべきだというのが、この懇談会の結論なのです。つまりは福祉を増やすというより、要は医療を減らすということなのです。この懇談会の時には、まだ「介護の保険」という考え方はありませんでした。要するに福祉の予算というのは、国家予算の中でまかなう、一般会計の中でまだなんとかやっていけるという考え方が、大蔵省にも厚生省にもあったようです。
それがいつから保険方式になるかというと、平成6年の年末に「自立支援システム研究会」というのが出来たのです。これは東大の大森彌(わたる)さんという教授が委員長になりまして、ふつう「大森研究会」と我々は言っているのですが、この「大森研究会」の時にはじめて「高齢者介護は保険方式でやるべきだ」という答申が出ているのです。社会保険方式による介護システム創設の提言です。
ただ、それには前提がありまして、平成5年の8月に細川内閣が誕生するのです。これは消費税の煽りで与野党が逆転したおかげでなったのですが、この細川の殿が平成6年の6月のある日、真夜中に記者会見をして「消費税をやめて国民福祉税を創設する」ということを発表したのです。翌日細川さんは「全面取り消し」をします。その後、羽田さんが総理になられたのですが、結局、その時に「福祉目的の国民福祉税を作れば、新ゴールドプランを含めた介護事業は税金でまかなえる」という頭があったのですけれども、それが消えちゃうと、財源をやっぱり税金以外のところに見つけないとこれからの超高齢社会に対応できないということで、「大森研究会」では保険方式ということを持ちだしたのです。
翌年(平成7年)7月になりまして、厚生省の正式の諮問機関である老人保健福祉審議会に厚生大臣から諮問があって、要するに介護保険方式でやることについて審議会としての意見をまとめて答申をしなさいということになったわけです。その間に、総理府の所管の社会保障制度審議会が公的介護保険制度の創設を勧告したりしています。翌年の平成8年になりまして、老人保健福祉審議会の最終報告がでます。報告と言うのは本来審議会の趣旨に反するのであります。諮問を受けたのですから、答申をするというのが本来の形なのですが、答申が出来ない。結論が出ない。両論併記であるから、因ってこれは報告である。こういうことで報告になっております。
何が決まらなかったかと言うと、まず保険者を誰にするかということです。要するに国が保険者であるべきか、都道府県であるべきか、市町村であるべきか、あるいは今の健康保険組合が介護保険も介護保険組合を兼務してやっていくのか、ひとつに絞りこめないのです。それから、被保険者を何歳以上にするか。20歳以上にするか。ドイツは20歳以上ですからね。でも実際、国民年金だって20歳以上から払うことになっているのですが、ほとんど滞納、未納なのですね。あれの二の舞になったらやっぱり介護保険制度なんてやっていけないだろうということで、もっと引き上げろということになるのです。65歳以上という説もあって、結局、中を取って40歳ということになったわけです。そういう被保険者をどうするかというところからして喧々諤々とやっているのですから、答申にまとまらないということです。後は保険料をいくらにするのかとかそういう問題についても全くもうお手上げ状態でした。
そこでどうしたかといいますと、結局、今度は政治側が役人と審議会には任せておけないということで、与党三党がプロジェクトチームを作って、「俺たちがやろう」ということになったわけです。当時の与党三党は自・社・さでありまして、この三党がプロジェクトチームを作ってそこで原案をまとめて、その「介護保険制度案大綱」というのがあらためて審議会へ降りてきて、審議会がそれを答申したというわけです。自・社・さは早く始めたかったのです。三党政策会議で合意して、次の通常国会で出すつもりだったのです。
ところがこの年の8月10日に総選挙をやることになった。衆議院です。これが小選挙区比例代表制になってはじめての選挙であったわけで、その選挙の前に法案を出すのはまずいという理由で、引っ込めたのです。8月の選挙の結果、年末に第139回臨時国会が召集され、そこで「介護保険関連三法案」が提出され、その国会が期限切れになり継続審議になって、結局三つ目の第141回臨時国会、1997年の12月17日に可決成立をしたわけです。
この時は、比較的国会はスムーズに通ったんです。今とはかなり政治状況が違うのですけれども、与党側が自・社・さですね。民主党は大筋において与党三党に全く合意をしております。なぜなれば、この法案を固めた時の厚生大臣はさきがけの菅直人さんだったんですが、岡光さんを社会保険局長から厚生事務次官に上げたのも菅さんでした。私に言わせれば、管さんはエイズの方ばっかり一生懸命で、介護保険の方はめくら判を押しちゃったんじゃないかと思うんですがね。しかし、まあそういう関係があるから民主党は介護保険については賛成で、異を唱えておりません。当時、野党の進新党は断固財源は税方式でやるべきだと、現在の自由党の小沢一郎さんと全く同じ主張をその時からしております。それから共産党は、保険方式と税金による方式とを併用しようと。低所得者からは保険料を取らない、全部税金で賄う。金持ちからうんと保険料を取ってやっていこう、ということを言っていました。しかしまあ、おおむね与党の主張がそそまま通って現在の法律になっているというわけです。

●成立後に強調された趣旨

さて、法律が通ってみると、最初岡光さんが言っていた介護の社会化と違う側面がいっぱいあったんです。菅さんの次の厚生大臣が小泉純一郎で、その小泉さんが1998年の年頭の挨拶をしたのが3月の政府の広報誌に載っているのですが、「介護保険法を通過させてもらって、ありがとうございます。あの法律はこういうねらいがあるんです」と、成立した後になって言っているんです。
一つは、福祉と医療を一元化する。年寄りは介護が必要なこともあれば、医療が必要なこともある。医療が必要な時には医療機関に行き、介護が必要な時には福祉事務所とか役所に行かなくてはいけない。これはどこかひとつで間に合うようにしたほうがいいんじゃないか。縦割りをやめて行政の効率化をはかるというようなことをおっしゃるわけです。
二番目には、税金で払ったものはどこに使われるかわからないのだけれども、保険で払えばいちおう負担と給付の間に、保険料がここで給付されたんだなというのが分かる。これが大事なのだ。税金だとそこのところがよく分からない。これが保険を取り入れる理由のひとつだとおっしゃるわけです。
三番目には、民間の事業主体を参入させる。国がやることには限界がある。ということです。今度の経済審議会で堺屋経済企画庁長官が一生懸命自分でも原稿を書いた「経済新生の政策方針」がありますが、あれは閣議決定をしております。あの中で一つ項目に上がっているのは、官の役割の変化ということです。お役所の役割が変わってくる。要するに小さな政府になったら、国や自治体はもうここまでしかやらない。あとはみんな民間で自力でやりなさい。というふうにこれからなるんですよ、とあそこに書いてあるんです。あの中には、少子高齢化のことも書いてあるんですが、「高齢化に関する対策を早急に検討すべきである」としか書いてないんです。閣議決定ですから、そこにいろいろと細かく書けないですね。だから具体的には書いてないんです。
四番目に小泉さんは、「この介護保険法は医療保険改革とか年金改革とかをこれから一気に進めていくための突破口である。介護保険法が通ったから、それと同じ考えで全部やっていくよ」とおっしゃる。これが一番の本音でしょうね。いろんな研究会なんかのキーワードのひとつが、自立とか自助努力とかいう言葉なんですね。要するに「自分のことは自分でやりなさいよ」ということです。「年金はどんどん減らしちゃうから、自分で老後のために貯金をしなさい」というようなことが自助ということなんですね。そのへんは法律が通過するまでは大きな声で言ってなかったので、この小泉さんの四番目のことは非常に重要な問題だと私は思っています。

●介護保険制度のしくみ

では、次に「制度の仕組み」というところにいきます。平成10年度の厚生白書から表をもってきました。右のほうからいきますと市町村・特別区と書いてありますが、要するに介護保険の保険者は市区町村である。国ではない。都道府県でもない。市区町村である。ということです。結局、ここに落ちついたんですね。これが一番被保険者に近いレベルにいる自治体だから、一番きめ細かい対応ができるはずだ、ということなのです。
被保険者は40歳以上の国民全員、ただし40歳から64歳までは第2号被保険者、そして65歳以上が第1号の被保険者と呼んでいます。これは保険料の取られ方が違います。第1号の被保険者の場合は原則として年金から天引きです。平成10年度の厚生白書では個別徴収は約2割の人、ここには3割と書いてありますがこれは2割に変更になります。年金からの天引きが約7割と書いてありますが8割に変更になります。後は変わっていません。
問題は第1号と第2号の下に「要介護認定」と書いてありますが、この要介護認定を受けないことには左側に書いてある介護サービスが受けられない。保険とは言うけれども健康保険と違って、ここのところに一番の問題点があります。また、保険とは言うけれども、50%は公費なんですね。国と都道府県と市町村が25%、12.55%、12.5%ということで、半分は税金で半分は保険というスタイルなのです。それで半分の保険を第1号被保険者と第2号被保険者、それぞれ2200万人対4300万人の頭数で割れば、17%対33%となる。ということなのです。第2号の方の保険料は、現在企業に勤務している方であれば健康保険料と同じように給与から天引きされ、健康保険料と同じように半分は企業が負担する、ということです。
このように第2号は第1号とは保険料の取られ方が違います。あとは介護を受けるときの条件が違います。第2号の場合には特定疾病というのが15種類決まっていまして、その人に限って保険給付の対象とするということです。初老期痴呆とかアルツハイマーとかパーキンソン病とか15の病気が限定されています。それ以外は給付がないということです。

●役所がどうにでもできる法律

では、次に「制度をめぐる問題点」についてみていきます。まず介護保険法は、法律らしくない法律だということです。ここに法律学者二人の文章を引用しました。東大教授の渡辺洋三さんは岩波新書の『法とは何か』で「骨格は決まったものの、具体的な細目な行政裁量にまかされている。官僚主義的立法である」と言っているのですね。そして、河野正樹さんのほうがもっと分かりやすいのですが、「基本的事項について行政命令等への白紙委任が多く、法全体が壮大な委任立法である」。要するにザルみたいな法律であると言っているのですね。
そこに例として二つばかり条文を抜き出してきましたが、まず第39条は、
「要介護認定を受けようとする被保険者は、厚生省令の定めるところにより、申請書に保健書を添付して市町村の窓口へ申請しなくてはならない」
と書いてあるんですね。ところが、「厚生省令の定めるところにより」と言っても、法律が出来たときにはまだ厚生省令は出来てないわけですから、どうなるのか全然分からなかったわけですよ。
それから第129条は
「保険料は、政令で定める基準に従い条例で定めるところにより算定された保険料率により、」
と、こういうことですよね。要するに政令が出たのが今年(1999年)の3月なんですよ。それで条例が最終的に決まるのは来年の2月頃になるのですが、まだ出てないのがいっぱいあるんですよ。ですから、法律ができた時には、まだ政令も条例もなかったのです。つまりザル法なんです。ということは、厚生省や自治体が保険料をいつでもいくらでも変えられるということなんですね。「来年から2倍にするよ」てなことが、いくらでもできるわけです。国会の審議なしでね。これは大変な問題ですよね。介護保険法というのは、法律本体が第1条から第215条まであるのですが、その中で「政令で定める」と書いてある箇所が何ヶ所あるか数えてみましたら、84ヶ所あるんです。次に「厚生省令により定める」と書いてある箇所が174ヶ所あります。それから「厚生大臣がこれを定める」と書いてある箇所が33ヶ所です。合計すると291ヶ所になります。これが法律ではまだ決まっていなかった箇所です。ここが「壮大な委任立法」たる由縁ですね。まさに「官僚主義型立法」です。国会型じゃないんです。役所でどうにでもなるんですね。厚生大臣がこうしろと言うと、それが出きるわけです。こういうのが法律学から見た問題点です。

●ドイツをお手本にした?

二番目に、この制度はドイツをお手本にしたんだということがよく言われているのですが、実際のところは「似て否なるものなの」です。いろんな人がドイツに行って介護保険の実体を見たり聞いたりするわけです。私も昨年北欧に行った時にドイツに寄ったのですが、運用なさっている側の話しを聞くと、「うまくいってる」とおっしゃるのですね。なぜうまくいっているのかをよく聞いてみると、保険料をもらってサービスを提供して最終的に黒字になっている。だからこの制度はうまくいってる。こういうことなんです。ところが、実際には被保険者側から見ると、申請した方の25%が却下されている。4人に1人は認定を受けられない、介護サービスが受けられない。そこで行政訴訟になるというケースが多発しているのは事実ですね。
ただ、ドイツは日本よりももっと詳細な周到な準備をしてこの制度を始めているわけです。ドイツは高齢化のスピードが日本と同じように速いのですが、しかしかなり早い時期に14%に達しているのです。1970年代です。14%超えた時点で、これは介護制度を何とかしないといけないということで、介護保険制度を検討しはじめているのです。20年前です。日本はそれの検討の途中経過を横取りしてきて2年半で法律を作っちゃった。ドイツよりもかなり日本がご都合主義で、うまいところだけ摘んで作ったということです。
またドイツの場合は保険対象は全国民で、保険料を払うのが20歳以上の全国民です。それから被扶養者にも介護サービスが提供されますから、生まれたばかりの赤ちゃんが出産時のアクシデントで障害を負ったという場合には、0歳児から介護保険が適用されるということです。これが日本との相違点です。日本がなぜ20歳以上にしなかったかというと、やはり30歳未満は無党派層であり不動票で反自民ですので、そこにはなるべく負担をかけないほうがいい、と選挙をいつも気にしているわけですから、だからどうしてもそうなるのです。40歳を過ぎれば「親が……」というも問題もあるし、65歳以上になると「自分が……」という問題にもなるから、これは問題なかろうと、30歳ではちょっと介護の問題は遠すぎる、そんなとこから保険料を取っちゃあ、また政権が向こうに行っちゃう、てなことだと私は思うんです。
法律的な違いで言うと、ドイツの場合は所得に対して1.7%の保険料なのですが、この1.7%という数字は介護保険法の法律の中の条文でうたっています。従ってこの料率を変える時は、ドイツ連邦議会、ドイツは州制度を取っていますから16の州があるのですけれども、州議会ではなくて連邦議会の議決をもってしなければ改正はできない。日本の場合は国会と関係なく政令や省令で変えることができる。これもドイツとの圧倒的な違いですね。1.7%のうちの半分は勤労者本人負担、残りの半分が雇用者負担ということです。ところが、雇用者は「これ以上給与や事務経費負担が増えてはかなわん」ということで、この制度をスタートさせる時に、国民の休日を1日減らして、労働日を1日増やしたのです。ただし、これは州ごとに決められるので、16の州のうちでザクセン州だけがどうしても折り合いがつかなくて休日はそのまま、全額が本人負担ということになっています。
それから、要介護度の段階が、日本の場合には要支援というのと要介護の1から5までということで、自立を除いて6段階になっていますが、ドイツの場合は要介護1、2、3の3段階しかありません。非常に簡単明瞭なようですが1と2との匙加減で給付が変わってくるという問題があるから、そのへんの認定に対する問題がなかなかむつかしいのです。ドイツでは第1段階はドイツマルクで750マルクで、第2段階の要介護2度は1800マルクです。第3段階の要介護3度は2800マルクで、だいたいそれくらいのきざみなのです。このようにドイツと日本では要介護度のきざみが違います。
その次に、現金給付と現物給付をドイツでは併用しています。要するに要介護認定を受けたら、ヘルパーを派遣するという形で受けてもいいし、現金をもらって家族が介護をしてもいい。娘さんが介護のために会社を辞めて、給料のかわりに介護保険から現金給付をもらってもいい。ところが、現金給付は介護保険の現物給付を金額に換算したものよりもかなり低いということなのですね。例えば要介護の1は750マルクとさっき申し上げたのですが、これを現金でもらうとすると、400マルクになるのです。現物給付だと750マルクですよ、ということですね。それでもスタートしてしばらく経った時点で、2:8で現物支給が2割、現金給付が8割となっています。
日本は今のところは現金給付の問題はやらない方針だとしているのですが、原則的には現物給付ですね。現物給付とは法的には言わないのです。法定代理受領といっています。要するに本来は被保険者に払うべきものをサービスを提供した企業者に代わって払う、ということになっています。現物給付ではなく、現金給付の代理受領ということが法的には正しいのです。
最後に、介護の人的資源という問題なのですが、日本の場合と違って、だいたいキリスト教系の国はそうなのですが、宗教法人団体のボランティア活動というのがものすごくにさかんなのです。ドイツでもプロテスタンとカトリックと全部合わせると4つほどの団体があるのですが、それぞれの団体の介護グループが要介護者を支えています。だから「保険あって介護なし」ということにはならないのです。
もう1つの問題は、ドイツは軍隊を持っているということです。コソボにはNATO軍の一員としてドイツも参加していたのです。徴兵制度があって20歳以上の男性は1年間兵隊に行かなければならないのです。そこで介護保険をスタートさせる時に、18歳から22歳の間に15カ月以上、介護労働に従事した者は兵役は免除するということにしたのです。こういう制度を取り入れたので、若い介護労働力が潤沢に確保できたのです。
これらが日本とはまったく違うところです。こういうところから考えていかないとドイツの制度を表面だけ持ってきても、風土の差を考えないと、ドイツがやっているからということだけでは、なかなかうまくいかないのです。

●国民の合意は形成されたのか

その次に「国民の合意形成」という問題です。ここにあるのは読売新聞と毎日新聞のアンケートの結果なのですが、平成7年の8月と9月に「介護保険制度についてあなたは賛成ですか反対ですか」というアンケートをやっています。読売のほうが賛成が68%、毎日が賛成80%です。平成7年の8月9月という時は、まだ介護保険制度がどう決まるものかも全然分からなかった頃です。老人保健福祉審議会に答申した直後です。審議会がやった結論だって、「どうしたらいいか分からない」って言うもので、例えば被保険者は20歳以上なのか65歳以上なのかとか言ってた頃ですよ。その頃に賛成・反対と言うのは、どうみたっておかしいじゃないですか。具体的な内容も知らないで賛成も反対もありますか。結局、岡光さんが言ったような意味で介護保険という言葉が使われていたというわけですよね。「家族の介護には限界がある。介護地獄から解放するために介護の社会化をはかる制度が必要」というわけですから、「そりゃあ、趣旨としては大変結構です」ということになる。それで賛成というわけです。マスコミの扱い方次第で世論が形成されていくわけです。
ここで、統計数字が信用できるかということをちょっとお話ししたいと思います。総務庁が「高齢者の健康に対する意識調査」というものをやったんです。これは平成9年9月のことです。その結果なのですが、全国の65歳以上の男女から3000人を無作為に抽出しまして、健康に対する意識調査としていろんなことを聞いているのです。これは毎日新聞の見出しですが、「60歳以上の半数は介護は自宅で、施設より身内を頼る」と書いてあるのですね。これは厚生省の思うつぼで、厚生省は介護保険をスタートさせる上で施設をなるべく減らしたい。あれはコストが非常にかかりますから、それで施設は減らして在宅福祉でやっていきたい。それで総務庁がアンケート調査をやって、毎日新聞ではその結果を「60歳以上の半数の人は自宅で介護を受けたいと言っている。要するに住み慣れた自宅で死にたいと言っている」と、報道するんですね。私は個人的には自宅で死にたいとは思いません。私の公団マンションではパラマウントの介護用のベットを入れたら、あとは誰も何も出来ないのですね。とてもじゃないが、あんな狭いところで寝たきりになんかなれないと、私は思うのです。そこで、なぜこんな数字になるのかなあと思って、総務庁の報告をよく読んでみたのです。そうすると「あなたは生きがいを感じていますか?」という質問に対して、65歳以上の人は「感じている」78.6%、「感じていない」17.7%、では「どんな時に生きがいを感じますか?」というと、断とつの1位は「孫などの家族との団らんの時」というのですね。これが44%で断とつのトップです。「孫など」と特に強調してあるんですね。生きがいを感じる2番目は「趣味に熱中している時」です。では「どういう趣味ですか?」というと、断とつの1位が「庭いじり」です。それで、この母体になった3000人の属性を調べてみたんです。そうすると、大変におもしろいのでありまして、これは本当に無作為で抽出したのであろうかというふうに思うのでありますが、まず住居形態が「庭付き一戸建ての持ち家」に住んでいる人が88.2%なんです。これはね、全国の家屋調査ではだいたい平均して「庭付き一戸建ての持ち家に住んでいる人」は22.9%なんですよ。それが88.2%ですよ。マンションなどの共同住宅の持ち家に住んでいる人が0.8%20人、それからアパート、マンションなどの借家が8%です。圧倒的に「庭付き一戸建て持ち家」に住んでいる人なんです。だから、三世代同居なんです。二世代同居が22.6%、三世代同居が33.9%です。孫と一緒に住んでいるのが33%なのです。こういう人達に聞けば、そりゃあ確かに施設より自宅がいいでしょう。こういう調査があって、数字がひとり歩きして、新聞は見出しを付けて、読者が読んでいるのです。だから新聞を読む時には、もっとそのへんを考えて見ないといけない。ですから、私は必ず元の資料を取るんです。どういう母集団で、とかをちゃんと見るんです。こんな「65歳以上3000人に聞きましたらこうでした。」っていうだけでは分からないですから……。だってね、庭いじりも孫との団らんも、どっちも私に出来ないんですよ。
小泉さんになってからですが、厚生統計協会という厚生省の外郭団体が総会の時に「厚生統計調査について」という諮問に対する答申を出しているんです。その中に一項目、聞き捨てならぬ項目があるのですが、「今後の統計処理は行政の政策に適合するようにこれを加工するものとする」とはっきり書いてあるんです。要するに統計を公表しますね。その時に行政の政策に適合するようにこれを加工すると言っているのです。ですから、私はどのように加工されたかということを、元のデータから確認しないと安心できないのです。これは、ちゃんと統計協会の総会の議事録に載っています。厚生省あての答申書にもちゃんと書いてあって、その内容は公表されています。厚生省のインターネットのホームページからも閲覧できます。

●政党の思惑に振り回される福祉

少し急ぎますが四番目に財政と福祉の問題です。まず、ここで歴史を昭和45年までさかのぼってみました。この年には戦後の急成長がともかく一定水準まで達して、もう金もたくさんあるからそろそろ福祉もやるかということなんです。国民皆年金、国民皆保険ということになったのです。それで新経済社会発展計画というのが出まして「成長より福祉優先」というふうに政策転換をしたのです。昭和47年には老人医療を無料化しました。48年には田中角栄内閣総理大臣が「今年をもって福祉元年とする」と宣言をしたのです。ところが困ったことに、この47年の秋に第一次オイルショックが起きました。それでそれまでの話しは全部吹っ飛んで、「福祉2年」はついになかった。元年しかなかった。福祉は元年で終わったのです。
その後、何をやったかというと、まず赤字国債を発行して、大量の公共投資をやり、それで財政再建をはかる。これは結局は失敗して、現在までに建設国債とかの国も地方も合わせて負債が600兆円とかまでに至っちゃったのです。ということは、ともかく公共投資にいくら金をつぎ込んでみても、景気はよくならないということは分かってるんですよ。だけども、不況になれば公共工事ということはもうこの時から始まっていたのです。昭和56年の臨調の第1次答申で「日本型福祉政策」を出したんです。それまではスウェーデンのノーマライゼーションを取り入れるとかなんとか言っていたのですが、日本型というのは、要するに「家族や近隣による相互扶助の伝統を生かせ」ということなのですね。その数年前と福祉の考え方がころっと変わっているんですね。それで、昭和57年の臨調最終答申では、「行政改革は社会福祉・社会保障をターゲットにすることである」つまり行革の1番のやり玉はここにある、ということを言っているのです。そして現実に昭和60年あたりから、年金が改正になって、給付の3割がカットされるとかいろんなことが出てくるわけです。こういう歴史を繰り返しているということです。オイルショックの後、バブルの時期が来たら、また福祉福祉と言い、バブルが崩壊したら、また公共投資を一生懸命して、ということを性凝りもなくやっているわけです。バブルの発生した時に大蔵大臣をやり、バブルが崩壊した時に総理大臣をやって、どちらも何の手を打たなかった人が今も大蔵大臣をやっている、というわけです。こういうところにこの国の悲劇があると私は思っています。
さて、財政改革基本法ができた時には、まっさきに福祉をカットすることになっていたんです。橋本さんが総理の時です。ところが、なんかその後いろいろと事情がありまして、あの法律そのものが消えちゃったんですね。凍結されたんですけれども、厚生省の内部には当時の考え方が根強く残っていて、厚生省が出した「介護保険の手引き」にもそういうことがたくさん書いてあります。
さて次に現状ですが、「介護保険は誰のものであるか」という疑問が出てきたのは、今年(1999年)の5月です。5月27日の朝刊に自由党の小沢党首が「介護保険の来年7月実施を延期しろ。抜本的な見直しをしろ」と、要するに全部税金でやろうというのがあの人の考えですから、そういうことが朝刊に載ったのです。そうしたら27日の午前中に野中官房長官が記者会見をやりまして、「導入時期の先送りもふくめて見直しをしたい」と言ったのです。夕刊にすぐに載りました。ところが、午後にもう1度野中さんは記者会見をして、「ああは言ったけれども……」と修正発言をしていたのですが、それは夕刊には間に合わなかった。そんなわけで先送り説がでました。先送りってことはもう廃止に等しいということなのです。
翌日もこの騒動が続くのですが、29日の新聞で、小淵さんが「介護保険の実施時期に変更なし」と言ったところで、いったんはおさまったのです。次は6月の17日に公明党が「介護保険料の徴収は延期したらどうか」と言い出した。4月から制度は実施するけれども、保険料を取るのは先にしろと、要するに1年だか2年だかしらないけれど、当初は税金でやれということです。そうしたら、また官房長官が記者会見をやって、「これは連立政権の課題だから、やっぱりそういう意見と整合性を持たせることが必要になってくる」というわけですね。介護保険というのは、もうすでに法律として出来上がっているというのに、それが自由党と公明党の間で揺れているわけですね。要するに、介護保険がどうなるのかというのは、そういう政治力学で決まるのであって、被保険者である国民のために考えているのではないのですよ。
記者会見を見ていると、自民党は「自由党からこう言われたから考え直す」とか、「公明党からこう言われたからこうする」とか、なにが福祉の政策なんだと私なんか思うわけです。私と同じ意見を持っているのが、田中真紀子さんで、この後にテレビに出てきてこういうことをおっしゃっていました。「連立自・自・公なんて言っているけれども、数は自民党が一番多いくせに、どうして数の少ないほうに政策が引きずられるの?」と。私も本当におかしいと思います。
今、民主党はどうしているかというと、自民党案通りですね。共産党はちょっと態度が変わってきました。この7月5日に緊急提案というのをしていまして、これはどういう訳か提案の内容は公明党に非常に似ているのですよ。要するに今の状態で来年4月にスタートしても、「保険あって介護なし」の状態になる危険性が極めて高い。要介護認定を受けたけれどヘルパーさんはどこ探しても来てくれないとか、あるいは要介護の5だから特別養護老人ホームに入りたいと言っても、特養は満員で入れませんとか、こういう危険性が極めて高いというわけです。本当は措置から保険へということは、自由契約つまり選択ができるはずだったのです。措置制度というのは行政からの一方的なものですが、介護保険は保険制度ですから、被保険者の選択の権利があるのです。だから、ちゃんと介護基盤の整備が出きるまでは、保険料徴収は延期しろという主張です。その財源はゼネコン奉仕の浪費型公共事業費をちょいと削れば充分賄えるはずだというふうに共産党は言っているのです。

●要介護認定は本当にできるのか

さて、そろそろ具体論に行きたいと思います。介護保険制度をこのままスタートさせるとして一番の問題点は、要介護認定というのが果たして妥当性を持てるか、あるいは認定の経過なり内容に透明性を確保できるかということだと私は考えています。ここに保険証の見本を付けておきましたので、これを見ていただければ分かると思うのですが、表紙は健康保険の表紙に非常に似ているんですね。ところが、表面の2というところがまず違うんです。
普通の健康保険でしたら、保険証を持って病院に行けば診察してくれて治療も投薬も手術もを受けることができるのですが、この介護保険証を持っていってもサービスは受けられないのです。必ず要介護状態区分、認定年月日、有効期間、こういったものが全部記入したもので、保険者の判がないとサービスは受けられないのです。ここが保険といっても健康保険と介護保険は違います。有効期限というのは平成12年4月1日から始まります。原則は期間は6ヶ月ですので、平成12年9月1日までということになるだろうと思います。ただし、これは介護認定審査会が判断した時には3ヶ月以上1年以内で別に定めることができるという条項があって、原則は6ヶ月ですが、3ヶ月という人もあれば1年ということもありゆるわけです。ともかく、ここが記入していなければ使えない。ただの紙きれだということです。
では、ここに記入してもらうにはどうしたらよいかと言うと、まず、申請書に被保険者証を添付して市町村の窓口に申請をするわけです。そうすると、市町村は訪問調査をします。被保険者の自宅に行って、いろいろな質問調査をするわけです。その調査の結果をコンピュータにかけて1次判定をします。その1次判定の結果と、訪問調査票に特記事項というのがあって、その欄に書かれていること、それと主治医の意見書、この3つを介護認定審査会で審査をして、最終的に要介護度を判定する。これが2次判定です。
それぞれの段階に問題があります。まず、訪問調査のほうですが、レジュメに訪問調査票のサンプルをつけております。まだ本番用のものは決まっていませんので、高齢者介護サービス体制整備支援事業ふつうモデル事業と言っておりますが、それの一番最近の平成10年の時に使った調査票がこれです。調査票は、概況調査、基本調査、特記事項に分かれています。概況調査というのは身元調べのようなものです。基本調査というのは85項目に丸をつけるようになっていて、この結果をコンピュータに入れるわけです。いちおう項目で丸をつけたけれど、これはもうちょっと説明が必要だなと思うものは最後の特記事項と言う欄に書くようになっています。
問題点というのはいろいろあるのですが、そうですね、質問項目の14というのを見てみましょうか。「片足で立っていることが出来ますか」ときいているんですね。「支えなしでできる」「何か支えがあればできる」「できない」、この3つに分かれているのです。これね、10秒間だけ支えなしで立っていられれば、「支えなしでできる」となるのです。そのあと転倒して骨折しようがね、立っていることが「できる」となるのです。
それから、23番の「食事摂取について、あてはまる番号に1つだけ丸印をつけてください」という質問で、1が「自立」で全部自分で食べられる。2は「見守り」で見ていて注意してあげれば出きるという場合です。「ほらほら、お茶をこぼすよ」とか言ってあげる見守りが必要だと。それから3番目は「一部介助」で手を添えて手伝ってあげるということです。4番目は「全介助」、これはともかく口を開けているだけという場合です。
全介助に○をつけたから要介護度が1番高くなるかというと、必ずしもそういうことにならないのです。これはどうしてかというと、全介助のほうが、介護時間が短くなるのです。例えば、「見守り」なんていうのは本人のペースでやっていくわけですから、時間がかかるんですよ。マヒした手を使いながら食べるのを見守っちゃうわけですから、食事に1時間とか2時間とかかかるわけですよ。第1次判定のコンピュータというのは、要するに介護にかかる時間で介護度を判定するわけですから、見守りのほうが重度の介護となるのです。全介助というのは、口の中に放り込んでやればいうことで、そのほうが時間がかからないと見なされるのです。
もっと極端なのは、例えば寝たきりで動けないというのと、やっとつかまって車椅子に移動して……という場合とでは、寝たきりのほうが重度に判定されるかというと、そうではないのです。寝たきりは一番手が掛からない。介護時間が必要でないのです。ということで、ここに丸をつけたらこうなるだろうという素人考えのようには、全然答が出てこないのです。これも問題です。
基本調査の項目は全部で85項目あり、31までで73項目あります。これに平成10年度に医学的処置に対する12項目が増えて85項目となりました。調査票の形態はこの10月からの本番もだいたいこれでいく予定です。ですから、もしも身内の方に要介護認定の申請をなさる方があったら、こういう質問にはどう答えようかということを、今からよく研究しておいたほうがいいですね。それから、これらにあまりちゃんとあてはまらないかなという場合は、特記事項のところにきちんと書いてもらうことですね。そして、書いたものはコピーを取ってくださいと言って持っておくことですね。このくらいしておかないと、「あそこのおじいちゃんはあんなに元気なのに要介護度が4で、どうして隣のおばあちゃんは寝たきりなのに要介護度が1なのかしら?」というようなことが出て来るんですよ。
訪問調査の問題点というのは、今申し上げたわけですが、コンピュータでの1次判定は厚生省ではどうしてもやると言っています。要するに保険者は市町村だけれども、全国で同じ法律に基づいてやるのだから、やっぱり全国民の間で不公平、不公正があっては困る。だから一番基礎になるところは統一的なコンピュータでやるという考えなのですから、コンピュータによって1次判定するという仕組みは変わらないと思います。
その結果で2次判定をするのですが、2次判定の結果がそこに書いていますけれども、要するに「自立」というのはサービスを受けられない人、「要支援」というのは要介護の予備軍のようなところです。ここに1日あたりの基準時間とあって何分から何分と書いてあるのは、認定のための基準時間なので、実際にサービスを受ける時間とは全く関係がないのということを一応頭の中に入れといてください。一ヶ月あたりの平均利用額というのは、在宅介護で「要支援」の人が6万円、「要介護1」の人が17万円となっていますが、これは平成9年度の単価で計算していますから、実際の時にはこの金額ではありません。しかし、仮にこの金額だとすれば、最高限度35万円までのサービスを受けられるということです。そして、1割が自己負担で、残りの9割が保険から給付されるということです。全部1割負担です。「要支援」の人は6000円払って6万円分の介護サービスを受けられるということになります。

●要介護判定は、正確に行われるのか

さて、平成8年度からモデル事業を行ってきたわけですが、その3年間だけを見ても、かなりの問題があります。
東京都の場合、自立の割合を平成8、9、10年と並べてみました。これを見ますと、年を追うごとに自立が多くなってきているんです。そして、要介護5の数字が下がってきている。要するにコンピュータのソフトをいじるだけで、介護認定はどうにでも都合のいい判定ができるのではないかという感じを持たざるを得ない。本番に近づくにつれて、要介護の程度が下がっているわけです。
訪問調査の場合も、たとえば痴呆の人でも、「明日区役所の人が来るよ」などというと、正装してしゃんとして待っているということもあるのです。それで簡単に「自立」という判定になる。ですから、この訪問調査というのはよほどよく分かった人がやってくれないと困るわけですが。しかし、どうも厚生省の作為的なところがこの数字からは見えてきます。
また、一次判定、二時判定の変更率を見ても、一次判定で要介護度5が二次判定では2になる。その変更率を調べると、変更になったのは平成8年36.5%、平成9年24.4% 平成10年12.8%となっています。一次判定の問題はコンピュータのソフトにありますが、このソフトはどのように作ったかというと、施設、特養とか老健などに入所している3400人のお年寄りを対象にして、一分ごとに何をやっているのか、ということを計りその結果をデータベースに打ち込んで、タイムスタディーとするのです。たとえば食事について自立していない、介助が必要だとなると、コンピュータに入っている老人のどれにいちばん近いかと、データとマッチングを行うわけです。
ここで、施設でとったデータを在宅で使っていいのか、という問題があります。また、コンピュータの中身がどうなっているのかを公開するべきですね。厚生省は公開すると言っていますが。そして、厚生省は、モデル事業に使ったソフトに不備があることも認めています。7月29日に厚生省は、都道府県の担当課長を集めて改訂したソフトの説明会をしています。しかし、その改訂したソフトが本当に大丈夫かどうか、という心配は残ります。その一次判定の不備を補う意味でも、二次判定の役割は大きいのです。
さて、二次判定の介護認定審査会は、十分に機能するのでしょうか。平成10年度のモデル事業では、二次判定の審査時間はひとりあたり、3.7分です。3時間待ちの3分診療と同じですね。それではたして、本当に二次判定にふさわしいチェックができるのでしょうか。二次判定は、訪問調査の結果を入力して調査対象を指数化したものと主治医の意見書と特記事項で判定します。ところが二次判定にかかる平均時間はひとり当たり3.7分。これでは、一次判定の追認に終わってしまうのではないかと思います。しかも、厚生省は要介護認定区分変更不適当事例といって、一次判定の結果を二次判定で変えるときに、「こういうものは変えてよろしい、こういうものは変えてはいけない」ということを平成10年度から指示を出しています。事例として、介助に抵抗するとか、屋外のへの徘徊があることで重度に変更してはいけないとか、老人世帯であり介護者への負担が大きいから重度に変更することはいけない、あくまで本人の状態によるんだ、ということをタテマエとしているわけです。ほかにもたくさんあります。これについては厚生省の担当官とも話しましたが、あくまで本人の問題であって、食事を自分でできるのかってことは考えなくてはいけませんけれども、たとえば本人の周辺の問題、その食事はだれが作ったのか自分で作れるのか、誰かに作ってもらうのか、作れる人がいるのか、ということはまったく考えられていないわけです。調理ができても、足が不自由で買い物は近くにスーパーがあるのか、それともバスに乗っていかなければいけないのか、ということもまったく配慮されていない。
被保険者を、人間として見ず、バラバラにした現象しか見ていない。
厚生省の介護保険の準備室の小池さんという次長と話をしたとき、彼は「要介護者が共倒れになりそうだから、要介護者が一人っきりでいるからということを考慮するなら、介護者がいるなら、介護の程度を下げるんですか」とこういうことを言うんですね。やっぱり本人の状態で決めるのかが、正しいのではないかというわけです。この辺の論議は、もっと生活の実態にあわせて、国民の現場の声を出し合って作っていかなければいけないことです。 市民レベルで考えていく必要があるのではないかということです。

●年金保険や医療保険などへの波及

介護保険の周辺に深いかかわりがある社会保障制度の整備もたいへんもたもたしています。
たとえば年金対策ですが、厚生年金は、一般に二階建てとか三階建てとか言っていますが、一階部分は基礎年金と呼ばれるものです。国民年金です。二階部分が厚生年金、3階部分が厚生年金基金または企業年金と呼びます。今、三階部分は危機に瀕しています。
二階部分は、一昨年に厚生省がこのままでは年金制度はたちゆかないとして、国民に向かって5つの選択肢を提示をした。A,B,C,D,Eのどれかの制度を選択しなければいけないよ、と厚生白書にも出し、年金白書にも詳細な説明をして、国民に周知したつもりでいます。しかし一般の国民はよく知らないのです。厚生白書や年金白書はぜひ読んでもらいたいんですが。
ひとつは、今の年金給付額を変えないとすれば保険料負担が高くなりますよ、ということです。現在は、保険料は月収の17%くらいですが、それが30%にあがりますよということです。
次の選択肢、B案は本当は34%位になるはずの保険料を30%におさえておきましょう。そのかわり給付額は1割カットしますということ。
C案は、ボーナス込み年収という考え方です。いま、給料からは、社会保険料は17%とられますが、ボーナスからは1%しか引かれないわけです。そこで、給料から計算するのではなくボーナスも含めて計算すれば、年収の15%位になる。年収を基準にして徴収しようというものです。
Dは、保険料は変えない、支給額を抱えるという案で、実際には支給額は4割カットになります。
Eは、厚生年金の制度をやめて、私的年金や貯金など自助努力で行うというものです。

これについて、厚生省は有識者にアンケートを採りました。有識者ですよ……国民にアンケートを採らなければいけませんよね。あたしは有識者ではないのでアンケート用紙は来なかったんですが。で、有識者は、Cがいいと言った。一方、大学生にアンケートを採ったところ、全部がDです。高齢者には、まったく調査していません。ただ、厚生省のホームページで「年金5つの選択肢に関する意見の募集」という部分がトップに載っていまして、電子メールでも手紙でも送ってくださいと言っています。私も電子メールで出しました。しかし、その後、アンケートの回答数を新聞が公表していました。それによると、はがきが201通、Eメールが132通、手紙が38通、合計371通、これだけです。これが国民全体の意見になってしまうのかなと心配しています。
医療保険の問題も大きいのですが、この介護保険の一連の改革は何のためにやるのかというと、国民医療費が崩壊の危機にあるというのがそもそもの原因なんです。国民医療費の総額は30兆円で、そのうちの1/3は老人医療費が占めているという問題があります。老人病院における社会的入院が多く、これが医療費を圧迫している、そこをなくしたいんです。そのためには老人を医療機関から在宅へ追い出したいと、とこういうことです。だから在宅サービスを充実して介護保険というものを導入し、「老人はみな住み慣れた我が家で死にたいと願っている」というキャッチフレーズを流行らせているわけです。
ひとつの病院の中で、病棟だけは医療保険ではなくて介護保険での扱いするとか、健康保険はきかないというようにして、療養型病床群を特別枠で作る。すると介護職員もおかなければいけないし、それだけではなく今の病院の病室というものは、介護には適さないわけですから、ベッドの数を減らしたり、廊下は車椅子がとおれない状態ですからこれを広くして介護型病床群として認めさせるというこういうことをして、介護保険の給付を受けるとこういうことも考えているわけです。
この人がもし盲腸炎になったらどうなるかといったら、旧制度の病棟へうつります。そして健康保険の扱いになるというわけです。
今後の医療が今までの出来高払いから定額払いになる、この病気なら何日の入院・支給と決めてしまうのです。定額請負制度ですね。すると医療は儲からなくなる。だから介護に転換した方がいいと療養型病床群が増えるわけです。で、療養型病床群というのは、一人あたりのコストが46万1千円です。要介護の「5」でも35万円ですからね。これを規制しようと言う話がでていまして、特別養護老人ホーム:老人保健福祉施設:介護型病床群を8:7:5の割合におさえようという案があるわけです。
社会福祉の理念などもともと明確でないんですが、社会福祉基礎構造改革には、ま、ここでひとつ理念を変えようというかでっち上げようと言うことで、そのキーワードが、自立とか自助努力とか措置から契約へ、施設から在宅へ、とか民間企業の参入といったことで、これらが制度のすべてにおよんでくるわけです。
来年、障害者関連の法律も改正されますが、ここでもやはり施設から在宅へという方向へ進むことになるでしょう。

●市民としての対応

介護保険をめぐるさまざまな問題に関して、市民としてどう対応するか。各市町村は、介護保険事業計画を作らなければいけないわけですが、介護保険法の117条の2項で、「市町村はあらかじめ被保険者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする」と書いてあります。その計画をつくためにはあらかじめ被保険者である住民の意見を反映させることが必要であるといっているわけです。
各市町村では、住民の意見を反映させなければいけない。介護保険事業計画策定委員会に対して公募委員を募集しているところもありますし、こう言うところに意見をどんどん言っていくとか、向こうから募集しなくてもこちらから積極的に言っていくことが必要ですね。
厚生省本体へも、現在の問題や、こうして欲しい、ということをどんどん言っていきましょう。
5年後に制度全体を見直すというなら、3年くらいで形にしていかなければならない。3年の間にどんどん問題点を見つけて次の見直しまでにどんどん言ってやろう、改めさせようということですね。■

◆厚生白書の愛読者カードに意見を記入して送りましょう!
厚生省 http//:www-admin@mhw.do.jp
はがき・手紙 〒100-8045
東京都千代田区霞ヶ関1-2-2 厚生大臣官房政策課調査室

質疑応答
●箭内さんのおっしゃっていた、痴ほうの傾向があって、ふだんは介護が必要なお年寄りも、訪問審査があったりヘルパーさんが来たりというときには、きれいにお掃除をして、身なりも整えて待っているというおはなしは、本当にあることだと経験から感じます。特に昔の方は、家庭の中のこことはよその方に見せるべきではないという意識が強いので、これから歳をとっていく時に、ある程度「ここまでは人にやってもらう」といったような割り切りのできる意識というか近い人でない人との接し方を訓練していかないと介護がいくら充実してもうまくはいかないのではないかと思います。

●健康保険のレセプトの計算でびっくりしたことがあるんですが、今度の介護保険はどのように計算してお金を配分するのでしょうか。

箭内 実際の審査と支払いは、国民健康保険団体連合会というところが行いまして、国民健康保険と同じルートです。医療保険で診療報酬の支払いがでたらめという事例があちらこちらでありますから、今回の場合もきちんとなされるかどうかは心配な部分はあります。
事務手続きも無駄なく行われるかどうかは、はなはだ疑問です。今度の一次判定のコンピュータは全国、共通に使いますが、個別の高齢者を個別管理をするシステムは市町村に別個に納入するわけで、これは電算機器メーカーにとっては大きなマーケットですから、それぞれちがうソフトを作り売り込むんでいるんですね。このようなソフトなど、一本化すればいいと思うのですが、まあ地方自治とか分権というのは、悪い部分を見れば、みんなバラバラで経済性が低くなるという言い方もできます。

●市町村によって、高齢者率がちがいますね。それによって介護サービスの運営に格差がでるのではないでしょうか?

箭内 公費負担50%のうちの、国の負担25%の、このうち5%は国の地域格差調整分としてとってあります。過疎の村でお年寄りが半分以上というようなところでは当然介護コストは高くなります。また、りっぱな施設を抱えているところほど高い。ですから地域格差はでて当然です。あまりにもちがいすぎては困るから調整しようというところで5%と決めたわけですが、それをどういう形で配分するかはもめています。ひとつには、高齢化率が高いところに配分するという考え方があります。ところが現実の問題は保険料が高い市町村は高齢者が多いだけではなく、実は、りっぱな施設があって、みんながそこに入っているというところが高いわけです。すると、持っていない地域では、それじゃあうちも施設を建設するかという発想になるんですね。

●要支援から要介護1〜5までありまして、金額は6万円〜35万円とあります。これは医療を含めてのことなのでしょうか。

箭内 これは利用したサービスを点数化するのですが、ホームヘルパーが1か月1日いくらで、それで点数がまだあるから週に何日に、というふうにするわけです。その点数の限度までは、医療サービスなどほかのサービスを組み合わせて利用ができるわけです。介護プランは介護支援専門医という人がつくりますが、そのプランを作る人はどこかの事業者に属している。たとえば病院の看護婦さんが資格を取ったとすると、病院が、老人保健施設も持っていたり、特別養護老人ホームも持っている場合に、全部自分の施設に老人が来るように介護プランを作ってしまうということが起こるかもしれません。

●在宅介護の人員に、若い人材を使おうということは、厚生省は考えていないんでしょうか。

箭内 考えていないことはないと思いますが、実際に来てくれるかという問題はあると思いますね。介護という仕事は実際にやってみるとものすごい重労働です。若い人が本当に来たがっているかどうかは疑問に思っています。労働大臣が、ヘルパーの資格取得をもっと簡略にしたらどうかという提案をしたのに対し、厚生大臣が質を落とすことには反対だと発言しましたが、人の生命にかかわるところにいるわけですからある程度の経験や知識は必要です。だから大学は出たけれども就職先がないので、介護の仕事でもちょっとやってみようかという感じでやるのは心配ですね。大学を出てから、介護の専門学校に行く若い人が増えていることは事実ですが、本当になりたがっている人がどのくらいいるかと言うことはちょっと疑問ですね。

●現在、特別養護老人ホームなどにすでに入居している人の扱いはどうなるのでしょうか?

箭内 現在、特養に入っている人は措置制度で入っていますが、来年の4月から特養の経営者との契約になるわけです。介護保険契約になったら、要介護の1〜5の人は施設に入れますが、要支援の人は施設には入れません。今入居している人で、自立と要支援に該当する人が6.1%くらい、全国で1万5千人くらいいます。この人たちは、来年の4月1日に本来ならば出なくてはいけないのですが、政府は5年間の特例措置を設けています。5年はいていいと。しかし、5年後に行く先のない人はどうするのかという問題があります。逆に、その経過措置を5年間認めたら、新しく入所を希望する人はだれも入所できないということが大きな問題になります。

●保険あって、介護なしということが心配されていますが、実際に八王子の事例を見ますと、八王子市内はお弁当が回るわけですが、高尾山の上の方にずっと車で走っていって1件だけ配るということがあるわけですが、保険料は一律天引きで取られます。ものすごいへんぴなところだったら、実際にどこも介護をしたくないというところはでてきますね。

箭内 そうなると、在宅で訪問介護はできないから施設へ優先して入れてくれるということがでてくるでしょうね。

●すると、この人は要介護1で今度は特養の方が経営が成り立たないから受け入れてくれないということもあるのではないですか。

箭内 そういうことはありますね。必ず起きるだろうと思います。

●在宅で要介護5なんて35万円でできるんでしょうか?

箭内 わかりませんね。もちろん35万だと決まっているわけではないですよ。この数字は、平成10年度の価格ですから。2000年でいくらになるかということは、来年になってみなければ最終的にはわかりませんが、一定の価格限度におさまらずはみ出した部分は自己負担になります。市町村によっては一般会計で特別にサービスしましょうということもあるでしょう。

●こうしたことに関する審議会は男性がほとんどですね。しかし、東京などを見ると、高齢者のひとり暮らしというのは女性の方が多いわけです。平均寿命を見ても最後は女性が残ります。しかし、審議会の委員の男性の方々は、だいたい最後は、自分の奥さんか息子のお嫁さんに面倒を見てもらえばいいという認識でいるようですね。そういう認識で審議している。社会は家族はあてにできないシステムというのをじっくり考えていただきたいと思いますが。

箭内 今の審議委員化のメンバーは国レベルではたしかに女性が少ないですね。「在宅、在宅」と言いますが、それはたしかにそうなのですが、最後は女性が一人で残るという最後の状況を考えたときに、みんなで集まって楽しく生活できるグループホームのようなものが必要になるでしょうね。

●法律の条文を見ると、「省令で定める」というところがとても多いのですが。

箭内 本当ですね。このような政令や省令に依存するの法律では、実際の内容は国会で審議されることがなく委員会の決定だけで、肝心な部分が勝手に変えられるような構造の法律になっている。このようなやり方は、この介護保険法から始まったのではないでしょうか。学者も役人の発言を追認する形で学説を組み立てています。社会福祉学は独自の理念や、思想を展開してそれに法律が追随して実際の施策に落ちていくという形を取っていませんね。福祉の精神とか、現場の声が反映されない形になっているのが本当に大きな問題ですね。

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