小林一朗
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今号の5ページで言及しました企画10の背景となる理念的な考察を小林さんご自身の視点からまとめていただきました。次号以降で具体的な展開方法、プログラムの試案、それの試験的な実施の報告など、適時このプロジェクトの進展をお伝えすることになります。
現代社会は科学技術文明と呼ばれることがあるように、私たちの日常生活を取り巻く物資は科学技術により発明、生産されたものである。科学技術は今や世界中に浸透し、世界各国が科学技術を活用した工業社会に移行すべく歩みを進めている。世界の有識者には、貧困から脱するには科学技術力を向上させ、工業化することがその唯一の解決方法であるという信念があるように思われ、今後も世界の工業化が拡大する勢いは留まる見込みがない。
科学技術は確かに物質的な満足を与えることはできるが、エネルギー、材料の多くを枯渇する資源に依存しているため、科学技術による満足はここ数十年、一部の人にしか供せない限定的なものである。しかし、科学はかつて人間が分析対象としなかった迷信や宗教による戒律を物理的、化学的な厳密さをもって因果律として明らかにし、直接人力では到底成し得なかった所業を成し遂げた。この成功を延長して今後の世界も科学技術の発展が続くと考えられ、人間社会に存在するあらゆる問題を科学技術が解決するという錯覚が生まれてしまった。そして、絶えざる成長拡大を前提とした経済システムと結びつき、巨額の金額が科学技術の研究開発に投じられ、複利的な成長を遂げている。
20世紀後半には科学技術が併せ持つ、マイナスの側面が明らかになってきた。公害・薬害問題の発生、地球環境問題の拡大、貧富の差の拡大、核兵器・生物化学兵器、コンピューター技術など軍事技術による社会崩壊のリスク、内分泌攪乱化学物質による生態系汚染、化学物質過敏症、抗生物質耐性病原体の発生、自己免疫疾患・癌など生体を自己崩壊させる難病の高頻度発生等々。このような問題に接すると、かつてほど科学技術に対し絶対的な信頼を置くことは最早できないことが分かる。しかしながら、科学技術に夢を賭けた時代の影響は未だ強く、その時代の教育を受けた科学者や技術者は問題の解決に際し、科学技術解を求める強い傾向がある。科学技術に対しての疑問を呈することは人間の可能性を否定する後ろ向きの行為と捉えられる向きがある。このような考え方は科学者自身に根強く存在し、またメーカートップの発言を拾って見ても同様の根強さが見受けられる。これは科学というものの性質や思想的背景を学ばずに科学の結果だけの知識と影響力を身につけてしまった弊害である。科学史や科学思想史、侵略された側から見た植民地支配以来の南北問題や公害被害者の視点に立って科学技術文明を見れば、先進国や有識者の側から見たそれとは異なる見方に触れることができるが、科学技術による工業的な発展を国策としてきた一面的な教育過程には、科学技術に対し、疑問を持つプロセスは存在しない。従って、このままでは今までほどではないにせよ、科学技術を過信した人材が輩出され続けることになる。科学技術の影響力はより拡大していくだけに、それを扱う専門家たちが一面的な見方しかしないとしたら、知識がないことより危うい面がある。
近年、学校教育の場において環境教育が取り上げられる機会が増えていることは大変好ましいことではあるが、そのプログラムは生態系への接触や理解、ゴミ問題、(結果としての)地球環境問題に限られている傾向がある。破壊の原因となっている科学技術や社会システムの問題を分析的に見る環境教育は行われていない。これでは自然を愛好する生徒は増えたが、なぜか環境破壊は止まらず、貧富の差も拡大するという結果を導くという危惧がある。
また、理系文系を区分した教育にも問題がある。文系教育を受けた者や義務教育しか受けていない者にとって、理系の事柄を理解するのはそもそも難しいのだが、更に現代の科学技術は専門化、細分化が進み、当該分野に関わる以外の者が、その分野の問題を理解することは難しくなっている。ある科学技術に対しての疑問の声が挙がっても、市民が理解できないことを悪用し、非科学的な説明が巧妙になされることがあり、市民が科学的な反論を余儀なくされるのが現状である。裁判で争う場合に、被害発生の因果関係を立証する責任が被害者側に求められているので、十分な知識を持っているはずもない、また大企業のような十分な資金を持っているはずもない被害者にとって、有志で被害者の立場を支えてくれる奇特な当該分野の専門家が現れない限り、被害者は泣き寝入りさせられてしまう。過去の公害や薬害で顕著なように、権威を持った専門家が問題の追及を阻害するような見解を示し、多くの場合、被害側の声を圧殺してきた歴史がある。専門性を持ち、弱者の立場に立つ市民科学者が求められる所以である。
科学技術の恩恵は一般に、高度な教育を受けた者、先進国の国民が受けるが、科学技術による被害は恩恵を受けない十分教育を受けていない者、開発途上国により多く降りかかり不公平である。
これまでに挙げたような問題は主に、科学技術を扱う人間側の問題である。このような見方は今までも取り上げられることが多かったが、それは主に科学者倫理、企業体質や権力構造の問題として扱われ、科学技術そのものに内在する問題については触れられることがなかった。その理由は、科学は自然界の現象を解明する価値中立的な真理探究方法として扱われてきたからである。20世紀後半には科学そのものに内在する問題が扱われるようになってきたものの、それはまだごく僅かに過ぎない。科学技術により物質的な豊かさを享受しようというのが世界の大勢である。
科学技術の影響力が今後更に拡大した社会に生きる者にとって、科学技術に対し、専門家の説明を鵜呑みにせず、批判的な態度を持ちながら接することができるようになることは理系文系に関わらず重要である。本カリキュラムは以上述べたような科学技術の側面を鑑み、科学技術の正負両面に触れ、科学技術文明を乗り切る知恵の獲得を補助するものである。■