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2007年01月 アーカイブ

2007年01月16日

悩む女性をとおしてスローライフを考える

~どようメーリングリストに寄せられた意見から~
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竹永和子さんは看護婦出身ですが、自分のライフスタイルを考えて、個人事業主として起業している方です。現在の女性たちが、社会や家庭の中で何に悩み、どんな状態に置かれているの語っていただきました。

また女性たちが問題を抱えているということは、とうぜん男性たちにもいろいろな問題があるわけでそのあたりのことを具体事例をあげて語っていただきました。とくに、ビジネスライクとマザーリングライクを対比させた発想法は、いろいろなところでも応用できそうです。

マザーリングというのは、それ以前に「母性」という言葉がありましたが、女性にとっては「母性」というのは嫌な印象を与える言葉でもあるので「マザーリング」という言葉を作ったそうです。

マザーリングという言葉で社会を見直してみると、いろいろ違ったことが見てきます。

たとえば、ビジネスライクは、「デジタル発想で、結果が大事、利益を追求し、感情は抑えることを求められる。」一方マザーリングライクは、「アナログ発想で、プロセスが大事、見返りを求めず、感情表現を豊かにする。」世界です。

このほかにさすが看護婦出身らしく、あらゆる生活習慣病の予防原則として5つのルールを教えていただきました。これは講座に参加できなかった方にも、ぜひ実践の参考になると思 います。

1体重を落とす。(早食い、大食いをしない)
2特定の制限食はしない。(バランスのとれた食事を少量、ゆっくりと楽しんで食べる)
3水(もしくはお茶)を1日2リットル飲む。
4運動をする。ただし過激ではない運動を(散歩などがよい)。
5ストレス発散をする。

当日は女性が多く参加していただいたことにとてもうれしく感謝しています。また土曜講座史上最年少の参加者である彩音(あやね)ちゃんという1歳半の子が参加してくれたのも、こうしたテーマにふさわしくよかったと思います。独身男性にも多く参加してほしかったのですが、後半の討論会では井戸端会議の雰囲気になったのもよかったと思っています。上田さんが最後にまとめたのですが、これまでの土曜講座の内容とどのように関係するのか心配していたけれども集会や勉強会に参加できない多くの社会人や主婦の人たちのその先に、さまざまな家庭の事情があり、それが見えた。そうした事情を知ることは社会的な問題を多くの人に伝え共有してゆくときにとても重要だということがわかった、というまとめに集約されているでしょうね。
■森元之


3月15日の土曜講座、「悩む女性を通してスローライフを考える」は、いつもの講座と一味違った講座でした。思いついたことを書きます。

まず、竹永和子さんの透き通った声と洗練された話し方がとても印象的でした。長年の保健相談で培われた、ふんわりと相手を包み込むようなやさしさと、明瞭で分かりやすい言葉づかいはさすがプロだと思いました。
話の内容は、ほぼ予想していた通りで、育児や女性の社会進出によるストレスが、女性の体と心をむしばみ、悲劇を生み出す現代社会の現実、そして、それにどう対処していったらよいかという話でした。

真面目な人ほど、「頑張らなくては」と必死で仕事をこなし、自分で自分を苦しめるということ。ストレス解消のために「やけ酒」「やけ食い」「買い物依存」などさまざまな依存症に陥り、そのためにさらなるストレスを作り出し、悪循環に陥ること。
それらの解決法は、まず「自分ひとりで頑張る必要はない」と自覚して、上手にサポート体制を利用すること。しかも、身内や近所の人の善意に頼るのではなく、できるだけ、お金を払ってプロに頼むほうがよい。そのためには経済的な基盤をきちんと確保して、女性も自立することが必要。そして、家事もきちんと有償化すべき。家事はただ働きだという意識はやめよう。家族(たいがいは妻や嫁)がする介護はただ(無料)という認識もやめよう。家族だけでする介護には限界がある。自分がいやだと思うこと、つらい仕事は、上手に避けよう。過度な重荷を背負うことはない。それを引き受けることは、自分に破綻をきたすことになるだけ。「いやなことからは逃げてもよいのだ」と思うこと。

自分で自分の心を傷つけない。

竹永さんは、リタイアした看護士などに声をかけて、訪問看護のネットワークを立ち上げようとなさっています。育児や介護や病気の時に、気軽に訪問して助けてもらえたり、相談に乗ってもらえるようなシステムを作り、今後ビジネス化していきたいそうです。

参加者は女性のほうが多く、質疑応答の時間には、女性からの人生相談や経験談が飛び交っていました。いっぽう、男性のほうは、押され気味で、ほとんど意見や質問がでなかったのですが、男性の方の感想を聞いてみたかったと思います。
■薮玲子


当日参加していた男性で、出産以外は介護に至るまで全て体験した者として、色々な視点から思う事はあったのだがいずれにしても結語がないままに発言を控えてしまいました。竹永 さんは一生懸命努力しても自分だけでは解決が出来ずにそれこそ”悩んでいる”女性の声を代弁して話して居られたし、程度は異なっても多くの女性に共通して大きな問題が根強くあることを感じさせてくれました。強いてその要素を分解すると 個々の女性の事情やその周辺の問題、 社会的機構や制度の問題、男性の無理解や非協力からくる問題 等でしょう。

個々の問題等の解決は難しくても男性の精神的な・実際的な理解と協力で少なくても女性の悩みはかなり救われるはずと思います。

論はさておき、自分はどうだったかな、と実体験でまず思考するのがこの頃の癖ですが、正直言ってあまり会社でも家でも身近に痛切に感じたことがないのです。これこそが、男の無関心・身勝手だし家内に言わせれば”ずるい”ということでしょう。

結構言い争ったり怒られてはいたし、気が付いたことはやったつもりだが、時代的な認識もあってその程度で許されてきたのでしょう。

その結果として、専業主婦が大部分であった家内と会社人間(という程ではないが)だった私の現状を比較してみると(Mは私、家内をF)

子供との繋がり F>>M
友人や地域との繋がり F>>M
趣味や自覚 F>>M

どれをとっても質的にFに差を着けられているのを感じます。これはFを自慢しているのではなく、Mが仕事が大事、仕事が人生等と言っていても実は人生の質にはある部分が欠落したものでしか無かったと痛感します。(勿論得られたものも大きかったのは確かですが。)

特に会社生活を離れてみると、会社への思いも永年一緒にやってきた上司や同僚などとの情も会社を離れた瞬間に殆ど消えて無くなってしまいました。ただ人間的に深い繋がりがあった人との関係だけが今でも自分に残されています。

体験してみて初めて、こんなものなのか自分で驚いています。

勿論人によって大差があるでしょうし、本当に人生の目的になる仕事をしている羨ましい?ような人も多くいるでしょうから、あまり他人に通用するかどうかは判りません。言えることは”男は仕事が人生”とか”会社人間”という言葉がかなり空しい実体をもっているし、男もそれを気づかず、あるいは気づきながらもその言葉で自分や周囲にご都合主義な弁明に使っている人が大部いるような気がします。

本論からどんどん外れるがもう一言、言わせてください。

竹永さんは思考・態度を対極的にビジネスライク(B)とマザーリング(M)に分けて説明されました。
これは大変分かり易く納得できるのですが、このBの事項が仕事をする上で本質的な事(テキパキと能率良く、ミスしないようにとか)と思われたら 大分自分が考えてきたのとは違います。かつて自分がやってきた企業の従業員に対する評価でいえば、Bを完璧にしても5段階評価の2(やや劣る)くらいにしか評価出来ないということ言っておきたいのです。Bイコール良い仕事ではありません。

今日や明日くらいはBであってもこれだけでは仕事は(特に企業は)明後日には行き詰まるか消えて行くでしょう。やはり始終立ち止まってスローにM的に考えて自分を高めていかねば仕事の分野でも他にもついて行けないのです。

なんか、かつての管理職みたいで嫌な言い方になってきましたが、言いたいことは、男も8時間働いた後は、家庭の人・市民としての人・社会に生きる人としてMを豊かにもったの生活をしなければ、後々までも内容のある良い仕事・良い生活をしたとは言えないように思います。そうなれば女性の悩みも大分軽減されてくるのではないでしょうか。

言ってもせんない事とは思うが、仕事が終わった立場から見ると後悔を含めてこんな実感があります。
■後藤高暁


「悩む女性のための・・・」に関連して、すこし思うところを書かせてください。

講座の内容を聞くと「いわゆる仕事とシャドウワークを、両方担ってしまい、自らを酷使してしまう女達」というのがテーマであったのかなと、想像します。この場合、悩みは「どうして自分がこんなに辛くなってしまっているのだろう」というあたりでしょうか。それが構造的なものであると気づくのが、フェミニズムへの第一歩という気がしています。

両方ともすべて請け負う必要はないのだ、と目からうろこが落ちるように悟ることができればよいのですが、現実にはなかなかそうはいきません。というのもこれがアイデンティティに埋め込まれた装置(?)になってしまっているからです。

私事になりますが、2~3年ほど前から母親がうつになりました。父親の引退で念願の夫婦の老後が始まったわけなのですが、母のシナリオではこれまで自分を犠牲にしてお父さんを支えてきたのだからうんとねぎらってもらえる、とどこか期待していたのではないかと思うのです。ところが父親はあいかわらず自分の興味の赴くままに暮らし、母は「これまでの自分のがんばりや犠牲を、お父さんはどれほどわかっているのかしら。わたしの一生はなんだったの?お父さんは能力を伸ばしたり実績を上げたり肩書きを持ったり人脈を持ったり(つまり仕事に限らず一切の社会参加から吸い上げた能力と自信)があるけど、わたしには??」と立ち止まってしまったのです。自己卑下に泣いたり、連れ合いを責めたり、若いころにもどってやりなおしたい」と後悔する毎日でしたが、半年ほど前に立ち直りました。今は長いこと憧れていたけれどできなかった「詩作と朗読」の会やコーラスグループに入り、パソコンの勉強をしています。

一件落着と思ったら今度は私のつれあいの母親がうつに。こちらは、男3人女1人(←彼女)というきょうだい構成のため、実母の介護を多大な犠牲を払ってやりぬいたところ、男きょうだい達に、「あなたが勝手にやったんでしょ」というような態度をとられたというショックがテーマです。

いずれも、人のために生きる、ということがいかに彼女達を縛ってきたか。それをあたかも自立した個人の自由な選択のごとく解されて「好きでやってきた」とかたづけられることの理不尽さ、という共通項があります。

人のために何かするのは喜びでもありますが、女性の構造的他者奉仕はこのレベルではない。相互的でない関係=奉仕専門職をつくりあげてしまう辛さ(現代に生きる人間にとっては)にあるのではないでしょうか。母達は、女性の近代的自我のちょうど転換期の悲哀を味わっているように見えます。もちろん、今でもこのような側面は脈々と続いていますが、私達世代は、もっと早く気がついて悩みますので、老後まで持ち越さないように思います。

翻って、子育てですが、これこそ見返りを期待できない(してはならない)分野ですね。子育ての倫理的主体はどのようにつくられるのでしょうね。子育ては楽しいものの、単に快楽だけでは担えぬような負担だと思います。特に積極的に何かをしてあげたり返ってくる、ということ以外に、「待機している」ことが含まれるので、これは産業社会に生きる人間にとってはすごい違和感のある所業(?)だとおもいます。「お母さんが空気のようにいてくれる」というのが主婦の真骨頂だとおもうのですが、一昔前の男性にくらべ、今はこの辺りを妻に求める男性が減っているような感じがしています。前は、夫婦関係というよりも、母空間に憩う子供たちに夫(おとうさん)も加わっている、という感じが心地よい男性が多かったのかもしれないと思います。
■S.N.

2007年01月18日

公的介護保険の光と影

箭内敏夫
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土曜講座では、7月10日に箭内敏夫さんをお招きして、来年の4月からスタートする「介護保険制度」についてお話いただきました。この10月1日から、要介護認定の申請受け付けが全国の自治体で始まりましたが、箭内さんが講演で指摘している様々な問題が今後各地で噴き出してくるに違いありません。また箭内さんは講演の中で、かなり詳しくこの制度の成立の経緯を振り返っておられますが、このことは福祉政策に限らず、国民を主体にした新しい制度の創出には本来何が必要であり、私たちはどの時点で何をなすべきなのかを考える上で、よいヒントを与えてくれていると思われます。多くの読者が、厚生省をはじめ行政に対して具他的な働きかけを行うとともに、いろいろな意見を交換することで私たちにとって必要な福祉の姿を探っていくことができればと考えます。なお、この特別号を複数部手に入れたい方はいつでも上田までご連絡ください。(上田)■

●はじめに

「公的介護保険の光と影」というテーマは、この制度のメリットとデメリットというふうにお考え頂いてもいいし、あるいは、この制度の建て前の部分と本音の部分ということもできます。官僚や政治家がうまい具合に使い分けたりして、私たちに見える部分があったり見えない部分があったりする。そのへんのところも光と影と言えるかと思います。
公的というふうに言っていますが、法律上では単に介護保険法という名前の法律であって、保険なのです。そもそも15年くらい前に民間の損害保険会社が最初に「介護保障保険」とかいう商品を売り出しました。私も家内と1口ずつ入っております。これは介護が必要な状態になれば月20万円、これは医者の診断書さえあればさっとくれます。施設に入れば月10万円です。こういう私的保険に入っていますから、公的保険で足りない分はなんとかなるかなあと思っているわけです。私は1931年生まれですから「第1号被保険者」にあたります。高齢者というか老人の一人というわけです。そういう立場から、この介護保険という制度の成り立ちを、最初の時点からずっと見てきました。
そこで今日のところは、まず法成立にいたるまでの沿革をお話しして、次にこの制度の問題点に進みます。特に一番の問題点は、法律の施行は来年の4月1日からですが、要介護認定の部分だけは今年の10月1日からスタートするわけですね。それなのに、この7月になってもまだ決まらないところがたくさんあるという状態です。そこらへんのところを中心に話しをしてみようかと思います。

●「介護の社会化」の背景

まず、この制度の建て前のほうですが、要するに分かりやすく言えば「介護の社会化」ということですね。日本人の平均寿命が延びてきて、昭和22年には女性が53歳、男性が50歳だったのが、今や女性が83歳、男性77歳というところまで、急速に高齢化が進みました。年寄りが増えるということはどういうことかと言うと、私だって戦争中の食料のない時分に育って素材部品が悪いですから、どうしてもガタがきます。老化した高齢者がたくさん出てくるのは当たり前のことなのですね。ただ、それを支えるのに、今度は少子化と言う問題がもう1つあるわけ。家族介護つまり家族の中で介護するということに限界が出てきたのですね。かつてのように、第一次産業がかなりのウエートを占めていて、かなりのお年寄りが農村地帯にいて、あるいは三世代同居というようなところの中にいれば、おじいちゃんはそれなりの居場所があった訳ですが、どんどん人口が都会に集中してくると、年寄りの居場所がなくなるし、また年寄りが要介護の状態になった時に、家庭内でそれだけの介護が出来なくなってきたという問題があるのです。平均寿命が50歳の頃は、仕事をリタイヤして、元気で野良に出て、なんてやっているうちに、ある日寝込んだら3日でお亡くなりになる、ということだったのですが、最近は医学が発達したし、寝たきりの期間が長くなる。したがって介護をする家族にものすごい負担がかかってきて、介護地獄というような言葉も生まれました。また老人虐待とかいうような、わざと飯を食わせないとかいうような、いろんな虐待がでてきているわけです。こういった話しを見れば、これはやっぱりもう社会全体でしっかりと支えてゆかなければならないというのは確かな話なんですね。
ただ、この「介護の社会化」ということを言いだしたのは岡光序治という人で、この人は厚生次官のときに汚職で消えた人ですけれど、この人が主体になって公的介護保険という構想が生まれてきたわけです。で、その張本人が対外的に言っていたことは、まったくの建て前論です。介護保険の光の部分です。
ついでにもう少し少子化のことを言っておきますと、これもまた大変むつかしい問題なのですが、第1次ベビーブームというのが、終戦の2、3年後にきたわけです。その時がだいたい年間に270万人くらい子供が生まれていまして、それからどんどん減っていきました。途中で昭和40年のところでポカッと穴があいていまして136万人に落ち込んでいるでしょ。これは丙午の年なんですね。その後の第2次ベビーブームというのは、要するに第1次ベビーブームで生まれた人が親になって生まれた子供です。それから後はずーっと下がりっぱなしです。合計特殊出生率、これは一人の女性が生涯に何人の子供を生むかという数のことですが、これが第1次ベビーブームの昭和25年には4.32だったんですね。だから4人か5人というのがそれぞれの家庭に平均して生まれる子供の数だったのです。それがどんどん下がってきて、平成9年には1.39、平成10年には1.38になっています。ここに人口置換水準2.08と書いておきましたが、これは合計特殊出生率が2.08であれば、現在の人口が維持できるということです。2.0では死亡率などを考えると維持できないのです。2.08の出生率であれば、今の1億3千万という人口が維持できるということになるのであります。ところが、1.38であれば、これはどんどん下がってゆくわけです。
大正9年に日本で始めて国勢調査というのが行われたのですが、その大正9年の時の男女別、年齢別の人口を描いてみましたら、だいたいきれいなピラミッド型になっていました。昭和25年で、男性の中間のところがちょっとくぼんでいるのは、第二次世界大戦でかなりの男性が戦死した、その影響です。
昭和40年になると、少子化が進んで、底辺のところが小さくて頭でっかちで不安定な形になるのですね。昭和55年はもう少し下の細い部分が長くなる。平成1年、平成7年というふうに、さらにそれが顕著になってきます。
こういう風になってくると、たしかに年寄りを支える若い人が減ってきた。人口構成からみて、福祉を支える力がだんだん不安定になってきたということがお分かり頂けるだろうと思います。

●急速な高齢化

レジメに「高齢化社会から高齢社会への速度」と書いてありますが、高齢社会という言葉と高齢化社会という言葉は、国連の用語でははっきり区別をしています。高齢社会、aged societyというのは、人口に占める高齢者65歳以上の人の比率が14%を超えている場合です。その前の段階で高齢化比率が7%を超えた時点から14%に向かって進んでいく社会のことを高齢化社会、aging society と呼んでいます。これが日本の場合は7%から14%になるのに24年しかかかっていない。急にきたんですね。7%になったのが1970年で、14%になったのが1994年なんです。フランスが先進国の中で一番長くかかっているのですが、1864年に7%になって、1991年に14%になったのです。127年も掛かっています。スウェーデンが85年、アメリカが72年、イタリアが59年、イギリスが47年、ドイツが40年です。
ドイツと日本は似たようなところと違うところがありまして、似たようなところは、どちらも第二次世界大戦の敗戦国であるということです。スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどが高齢者福祉が進んでいるのはなぜかというと、北欧三カ国は第二次世界大戦に参加していないんですね。戦勝国でも敗戦国でもない。やや中立的な立場で、国内を他国の軍隊に蹂りんされていない。爆撃を受けていない。したがって北欧諸国では、1945年の第二次世界大戦が終わった直後から福祉が始まっているのです。日本とかドイツとかは、まず廃虚と化した国土を復興することからはじまって、福祉どころの騒ぎじゃなかったのです。終戦後は上野の地下道に浮浪児がいっぱいいて、それらをなんとかどこかの福祉施設に送らないといけないということで、児童福祉法がはじまったわけです。そういうところからスタートしたのです。だから福祉の考え方という点で、ドイツと日本では案外スタートが似ているのです。北欧とは全く違う歴史をたどっています。こういうことも考えなくてはいけないのです。
問題は寝たきりの期間が長くなっているということです。3年以上が53%を占めています。昔は3日とか長くて1ヶ月とかいうことだったのです。我々年寄りが理想とするのは、最近樋口恵子さんも言ってますけれど、PPKと言ってね、「ピンピンしてコロリといく」のが一番いいんですね。「PPKが理想だ」と樋口さんはおっしゃいます。私もそう思うのですが、ただ私なんかは、両親とも脳血管、心臓系統に疾患を持ち、その遺伝子をしょっているものですから、13年前に脳梗塞で左マヒになりました。その時にはじめて「こりゃあ高血圧だからポックリいけていいな」と思ったら、半分残ってる状態を体験しちゃったんです。今はなんとか90%くらいまで回復して、人に言わせると「ピンピンしている」ということになるようですが。
とにかく、寿命が延びたということは、寝たきりの期間が長くなるということで、ひとつは少子化との関係もありますが、寝たきりを介護する介護者にまたいろいろ問題が出てきているのです。例えば、今のところ続柄からみると、介護者で一番多いのは子供の配偶者、つまりお嫁さんですね。これでは少子化が少子化を促進させていると私は思いますね。結婚するカップルがひとりっこ同士の場合、この嫁さんは4人看なくてはならないのです。ひとりだって大変なのにですよ。自分の両親とあちらの両親と4人看なくてはならないとなると、こりゃ大変だというわけで、やっぱりひとりっこ同士は結婚しないということになる。そういう少子化が少子化を生んでいることもあるのではないかと思います。私の子供は三人おりまして、まあ、そこまでは人口置換水準を超えているのですが、三人ともまだ結婚しないのです。こればかりは強制するわけにもいきませんしね。
厚生省の諮問機関に人口問題審議会というのがありまして、第40回の総会で「他の国はどうなんだ」ということになって、海外視察に行ったんですね。ところが少子化対策なんていうものを政策に掲げている国なんてどこもないのですね。1ヶ国もない。そりゃそうでしょう。「結婚しろ」「子供産め」なんて、そんなこと国が国民に言えますか!? 1ヶ国もありません。どこもやっていません。今、ドイツは日本より合計特殊出生率が低いのです。ドイツは東ドイツと統合したのですが、やっぱり将来の先行きに対してのものすごい不安を特に東ドイツの人達は持っているのです。そういう不安感が子供を作らないということに結び付いているのだと思いますね。ですから日本の少子化も、政府の口からは言えないだろうけれども、この国の将来に対するなんとはない不安感が少子化の一番の原因になっていると私は思うのです。

●誰が寝たきりの高齢者を看るのか

さて、寝たきり高齢者の介護者の問題なのですが、年齢別に見ますと70歳以上の人が、24%を占めています。介護者ですよ。被介護者じゃあないですよ。例えば70歳以上の奥さんが70歳以上のご主人を介護している。あるいは70歳以上の娘さんが90歳以上の母親を介護している、ということで、結局、介護するほうがものすごい年齢になっているんですね。60歳から69歳以上の介護者が28%、50歳から59歳までが28%と、もう圧倒的に老老介護、つまり老人が老人を介護するという時代になってきているわけです。これでは共倒れになるのは目に見えている。それでまあ、岡光さんが言う通り、社会的に支援していくシステムがほしいと思うわけです。
現に、今いろんな事件があちこちでありまして、長野県では87歳の男性が78歳の妻を介護していたのですが、介護教室に通ったりして、いろいろと介護のやり方なんかも勉強しながら、一生懸命妻を介護していたのでが、もうどうしても自分の手に負えなくなって、力尽きて奥さんを絞め殺して、自分も首を吊って亡くなったのです。そういうケースというのは、非常に多いです。
7月の1日に警察庁が昨年1年間の自殺者の状況を発表していまして、翌日7月2日の朝刊各紙にはそれが載っています。ところがこれが時節柄、報告書の内容の中から都合のよい所を抜き出して見出しをつけまして、要するに不況でリストラだから40歳50歳代の自殺が増えた、というふうに各紙とも全部そういう扱いをしています。確かに前年対比では40歳50歳代の増加率は高いです。自殺者はここのところずーっと増えてきていて、もう3万人を超えて、昨年度は32800人と言っているんですね。厚生省もやはり毎年一回人口調査の中に自殺という項目を入れていまして、そこではこれより1000人少ないのですが、警察庁のほうは外国籍の人で国内で自殺した人を加えているから、警察庁の統計のほうが厚生省よりも1000人多いんだという説明を警察庁はしています。この中で圧倒的に人数で多いのは65歳以上の高齢者なのです。これは、毎年そうです。ですから、そういうことをむしろ老人問題として取り上げるべきなのですけれども、どういう訳か各紙とも「リストラ自殺」とか「中高年に家出が多い」とかね、そういうようなことを一生懸命お書きになって、高齢者の自殺が常に絶対数で多いということをいっこうにお書きにならない。私はそういうマスコミのデータの扱い方に対しては非常に不満を持っています。

●法の制定までの経緯

さて、介護保険法の原案がいつ頃どう出来て、それがどういうふうになってきたかということは、大変に長い物語をしなくてはいけないので、ここではいちおう平成元年のゴールドプランから話しをはじめることに致します。遡ればもっと昔からあるのですが、昔の話は後でちょっと時間があれば触れることにします。
平成元年に高齢者福祉十カ年戦略「ゴールドプラン」というのが作られたのです。作られたことは作られたのですが、これの位置づけがおもしろいのでして、三大臣、つまり自治大臣と厚生大臣と大蔵大臣の合意事項であって、閣議決定ではないのです。閣議にも諮っていない。たんに大臣が三人集まって決めたと、こういう話なんですね。この三大臣、三つの省というのは、金を出す大蔵省と、各市町村を管轄する自治省と、それから介護福祉の厚生省ですから、まあ三つ揃えば出きるでしょうけれどもね。何を決めたかというと、10カ年戦略ですから平成10年までの10年間に、まずホームヘルパーを10万人確保する。ショートステイ5万人、特別養護老人ホーム24万人、こういう目標を掲げたのですね。これがゴールドプランの概要なのです。
なぜそんなことをこの時に決めたかと言うと、平成元年というと当時の内閣は竹下内閣だったのですが、この年の4月1日にはじめて日本で消費税3%をスタートさせたのですね。この年の7月に参議院選挙がありまして、はじめて与野党が逆転しました。この後遺症は参議院では今でも引きずっていますね。数合わせの問題で。土井さんの社会党が圧勝したのが、この平成元年の参議院選挙です。この敗北を受けて「やっぱり消費税という言葉はまずかった」と、それで「目的税」とも言えないから、何となく関連があるような、ないようなということで「消費税をふまえた合意」となるわけですが、その年の12月にゴールドプランを発表したのです。消費税は取りますが、福祉が充実しますよという意思表示をしたわけです。ただし、これは政府の決定事項ではないし、法律でもなければ、制度でもなんでもないのです。
その後、いろんな動きが出てくるのですが、まず「高齢者トータルプラン研究会」というのが、これは厚生省サイドの全く私的な研究会で、要するに「岡光研究会」と言っているのですが、岡光社会保険局長が若手を集めて省内で勉強会を始めたのです。その時の残党が今厚生省の介護保険推進本部を支えている若手のグループです。この中で「来るべき21世紀には今のような福祉ではだめだ」ということ、つまり福祉の考え方を基本的に考え直す必要があるということを言って、省内にはかなりのインパクトを与えたわけです。
その後、平成6年に「ゴールドプラン」が「新ゴールドプラン」に変わるのです。なぜかっていうと、「ゴールドプラン」は消費税3%と併せて作ったものですから、ヘルパー10万人とは言ってみたものの、これは厚生省の机の上ではじいた数字であって、本当に必要な数字なのかどうか分からないのですね。それで市区町村にあたって、10カ年戦略の到達する平成10年までに何人必要かを出せと報告をさせたのですね。
そうしたら、やはり当初の予定より数字が多く出てきたのです。まず、ホームヘルパーは平成元年では10万人と言っていたのが新ゴールドプランでは17万人になり、ショートステイが5万人から6万人になり、特別養護老人ホームが24万人が29万人になりました。この「新ゴールドプラン」というのは、現在まで金科玉条のごとくまだ抱えているわけです。各自治体の市議会とか区議会なんかを傍聴すれば分かるのですが、「いよいよ来年介護保険制度が導入されるけれども、うちの自治体では介護サービスの供給のほうは本当に大丈夫なんだろうね」なんて野党側で質問があると、自治体の首長さん、市長さんとか町長さんとかは、「はい。うちは新ゴールドプランの通りに進めていますから大丈夫です」なんて言うんですね。ところが、「新ゴールドプラン」を作る時も非常にいい加減でして、厚生省が各自治体に、「よく調査をして報告をせよ」と言ったのですが、あの頃は福祉コンサルタント会社が請け負いまして、ちょこちょこっともっともらしいことを書いた。それを集計したのが「新ゴールドプラン」なわけです。
実際にはホームヘルパーが17万人でもまだ極端に足りない。これがまた常勤換算なのか、パートも含めてなのかというあたりも極めて曖昧であります。いずれにしても、それが今の介護福祉の体制のスタートの数字にはなっているわけです。
その次に、厚生省は省内に「高齢者対策本部」というのを平成6年に作るのです。事務次官がチーフになりまして、それの諮問委員会として、「高齢社会福祉ビジョン懇談会」というのを作ったのです。その懇談会の結論は、要するに「福祉重視型社会にしたい」ということです、そこに「5:4:1から5:3:2に」という数字があるのですが、これは「年金:医療:福祉」の比率です。社会保障のうちで公的年金と国民医療と福祉関係の支出ですね。それが「5:4:1」なのを医療を1減らして福祉を1増やすと言う形であるべきだというのが、この懇談会の結論なのです。つまりは福祉を増やすというより、要は医療を減らすということなのです。この懇談会の時には、まだ「介護の保険」という考え方はありませんでした。要するに福祉の予算というのは、国家予算の中でまかなう、一般会計の中でまだなんとかやっていけるという考え方が、大蔵省にも厚生省にもあったようです。
それがいつから保険方式になるかというと、平成6年の年末に「自立支援システム研究会」というのが出来たのです。これは東大の大森彌(わたる)さんという教授が委員長になりまして、ふつう「大森研究会」と我々は言っているのですが、この「大森研究会」の時にはじめて「高齢者介護は保険方式でやるべきだ」という答申が出ているのです。社会保険方式による介護システム創設の提言です。
ただ、それには前提がありまして、平成5年の8月に細川内閣が誕生するのです。これは消費税の煽りで与野党が逆転したおかげでなったのですが、この細川の殿が平成6年の6月のある日、真夜中に記者会見をして「消費税をやめて国民福祉税を創設する」ということを発表したのです。翌日細川さんは「全面取り消し」をします。その後、羽田さんが総理になられたのですが、結局、その時に「福祉目的の国民福祉税を作れば、新ゴールドプランを含めた介護事業は税金でまかなえる」という頭があったのですけれども、それが消えちゃうと、財源をやっぱり税金以外のところに見つけないとこれからの超高齢社会に対応できないということで、「大森研究会」では保険方式ということを持ちだしたのです。
翌年(平成7年)7月になりまして、厚生省の正式の諮問機関である老人保健福祉審議会に厚生大臣から諮問があって、要するに介護保険方式でやることについて審議会としての意見をまとめて答申をしなさいということになったわけです。その間に、総理府の所管の社会保障制度審議会が公的介護保険制度の創設を勧告したりしています。翌年の平成8年になりまして、老人保健福祉審議会の最終報告がでます。報告と言うのは本来審議会の趣旨に反するのであります。諮問を受けたのですから、答申をするというのが本来の形なのですが、答申が出来ない。結論が出ない。両論併記であるから、因ってこれは報告である。こういうことで報告になっております。
何が決まらなかったかと言うと、まず保険者を誰にするかということです。要するに国が保険者であるべきか、都道府県であるべきか、市町村であるべきか、あるいは今の健康保険組合が介護保険も介護保険組合を兼務してやっていくのか、ひとつに絞りこめないのです。それから、被保険者を何歳以上にするか。20歳以上にするか。ドイツは20歳以上ですからね。でも実際、国民年金だって20歳以上から払うことになっているのですが、ほとんど滞納、未納なのですね。あれの二の舞になったらやっぱり介護保険制度なんてやっていけないだろうということで、もっと引き上げろということになるのです。65歳以上という説もあって、結局、中を取って40歳ということになったわけです。そういう被保険者をどうするかというところからして喧々諤々とやっているのですから、答申にまとまらないということです。後は保険料をいくらにするのかとかそういう問題についても全くもうお手上げ状態でした。
そこでどうしたかといいますと、結局、今度は政治側が役人と審議会には任せておけないということで、与党三党がプロジェクトチームを作って、「俺たちがやろう」ということになったわけです。当時の与党三党は自・社・さでありまして、この三党がプロジェクトチームを作ってそこで原案をまとめて、その「介護保険制度案大綱」というのがあらためて審議会へ降りてきて、審議会がそれを答申したというわけです。自・社・さは早く始めたかったのです。三党政策会議で合意して、次の通常国会で出すつもりだったのです。
ところがこの年の8月10日に総選挙をやることになった。衆議院です。これが小選挙区比例代表制になってはじめての選挙であったわけで、その選挙の前に法案を出すのはまずいという理由で、引っ込めたのです。8月の選挙の結果、年末に第139回臨時国会が召集され、そこで「介護保険関連三法案」が提出され、その国会が期限切れになり継続審議になって、結局三つ目の第141回臨時国会、1997年の12月17日に可決成立をしたわけです。
この時は、比較的国会はスムーズに通ったんです。今とはかなり政治状況が違うのですけれども、与党側が自・社・さですね。民主党は大筋において与党三党に全く合意をしております。なぜなれば、この法案を固めた時の厚生大臣はさきがけの菅直人さんだったんですが、岡光さんを社会保険局長から厚生事務次官に上げたのも菅さんでした。私に言わせれば、管さんはエイズの方ばっかり一生懸命で、介護保険の方はめくら判を押しちゃったんじゃないかと思うんですがね。しかし、まあそういう関係があるから民主党は介護保険については賛成で、異を唱えておりません。当時、野党の進新党は断固財源は税方式でやるべきだと、現在の自由党の小沢一郎さんと全く同じ主張をその時からしております。それから共産党は、保険方式と税金による方式とを併用しようと。低所得者からは保険料を取らない、全部税金で賄う。金持ちからうんと保険料を取ってやっていこう、ということを言っていました。しかしまあ、おおむね与党の主張がそそまま通って現在の法律になっているというわけです。

●成立後に強調された趣旨

さて、法律が通ってみると、最初岡光さんが言っていた介護の社会化と違う側面がいっぱいあったんです。菅さんの次の厚生大臣が小泉純一郎で、その小泉さんが1998年の年頭の挨拶をしたのが3月の政府の広報誌に載っているのですが、「介護保険法を通過させてもらって、ありがとうございます。あの法律はこういうねらいがあるんです」と、成立した後になって言っているんです。
一つは、福祉と医療を一元化する。年寄りは介護が必要なこともあれば、医療が必要なこともある。医療が必要な時には医療機関に行き、介護が必要な時には福祉事務所とか役所に行かなくてはいけない。これはどこかひとつで間に合うようにしたほうがいいんじゃないか。縦割りをやめて行政の効率化をはかるというようなことをおっしゃるわけです。
二番目には、税金で払ったものはどこに使われるかわからないのだけれども、保険で払えばいちおう負担と給付の間に、保険料がここで給付されたんだなというのが分かる。これが大事なのだ。税金だとそこのところがよく分からない。これが保険を取り入れる理由のひとつだとおっしゃるわけです。
三番目には、民間の事業主体を参入させる。国がやることには限界がある。ということです。今度の経済審議会で堺屋経済企画庁長官が一生懸命自分でも原稿を書いた「経済新生の政策方針」がありますが、あれは閣議決定をしております。あの中で一つ項目に上がっているのは、官の役割の変化ということです。お役所の役割が変わってくる。要するに小さな政府になったら、国や自治体はもうここまでしかやらない。あとはみんな民間で自力でやりなさい。というふうにこれからなるんですよ、とあそこに書いてあるんです。あの中には、少子高齢化のことも書いてあるんですが、「高齢化に関する対策を早急に検討すべきである」としか書いてないんです。閣議決定ですから、そこにいろいろと細かく書けないですね。だから具体的には書いてないんです。
四番目に小泉さんは、「この介護保険法は医療保険改革とか年金改革とかをこれから一気に進めていくための突破口である。介護保険法が通ったから、それと同じ考えで全部やっていくよ」とおっしゃる。これが一番の本音でしょうね。いろんな研究会なんかのキーワードのひとつが、自立とか自助努力とかいう言葉なんですね。要するに「自分のことは自分でやりなさいよ」ということです。「年金はどんどん減らしちゃうから、自分で老後のために貯金をしなさい」というようなことが自助ということなんですね。そのへんは法律が通過するまでは大きな声で言ってなかったので、この小泉さんの四番目のことは非常に重要な問題だと私は思っています。

●介護保険制度のしくみ

では、次に「制度の仕組み」というところにいきます。平成10年度の厚生白書から表をもってきました。右のほうからいきますと市町村・特別区と書いてありますが、要するに介護保険の保険者は市区町村である。国ではない。都道府県でもない。市区町村である。ということです。結局、ここに落ちついたんですね。これが一番被保険者に近いレベルにいる自治体だから、一番きめ細かい対応ができるはずだ、ということなのです。
被保険者は40歳以上の国民全員、ただし40歳から64歳までは第2号被保険者、そして65歳以上が第1号の被保険者と呼んでいます。これは保険料の取られ方が違います。第1号の被保険者の場合は原則として年金から天引きです。平成10年度の厚生白書では個別徴収は約2割の人、ここには3割と書いてありますがこれは2割に変更になります。年金からの天引きが約7割と書いてありますが8割に変更になります。後は変わっていません。
問題は第1号と第2号の下に「要介護認定」と書いてありますが、この要介護認定を受けないことには左側に書いてある介護サービスが受けられない。保険とは言うけれども健康保険と違って、ここのところに一番の問題点があります。また、保険とは言うけれども、50%は公費なんですね。国と都道府県と市町村が25%、12.55%、12.5%ということで、半分は税金で半分は保険というスタイルなのです。それで半分の保険を第1号被保険者と第2号被保険者、それぞれ2200万人対4300万人の頭数で割れば、17%対33%となる。ということなのです。第2号の方の保険料は、現在企業に勤務している方であれば健康保険料と同じように給与から天引きされ、健康保険料と同じように半分は企業が負担する、ということです。
このように第2号は第1号とは保険料の取られ方が違います。あとは介護を受けるときの条件が違います。第2号の場合には特定疾病というのが15種類決まっていまして、その人に限って保険給付の対象とするということです。初老期痴呆とかアルツハイマーとかパーキンソン病とか15の病気が限定されています。それ以外は給付がないということです。

●役所がどうにでもできる法律

では、次に「制度をめぐる問題点」についてみていきます。まず介護保険法は、法律らしくない法律だということです。ここに法律学者二人の文章を引用しました。東大教授の渡辺洋三さんは岩波新書の『法とは何か』で「骨格は決まったものの、具体的な細目な行政裁量にまかされている。官僚主義的立法である」と言っているのですね。そして、河野正樹さんのほうがもっと分かりやすいのですが、「基本的事項について行政命令等への白紙委任が多く、法全体が壮大な委任立法である」。要するにザルみたいな法律であると言っているのですね。
そこに例として二つばかり条文を抜き出してきましたが、まず第39条は、
「要介護認定を受けようとする被保険者は、厚生省令の定めるところにより、申請書に保健書を添付して市町村の窓口へ申請しなくてはならない」
と書いてあるんですね。ところが、「厚生省令の定めるところにより」と言っても、法律が出来たときにはまだ厚生省令は出来てないわけですから、どうなるのか全然分からなかったわけですよ。
それから第129条は
「保険料は、政令で定める基準に従い条例で定めるところにより算定された保険料率により、」
と、こういうことですよね。要するに政令が出たのが今年(1999年)の3月なんですよ。それで条例が最終的に決まるのは来年の2月頃になるのですが、まだ出てないのがいっぱいあるんですよ。ですから、法律ができた時には、まだ政令も条例もなかったのです。つまりザル法なんです。ということは、厚生省や自治体が保険料をいつでもいくらでも変えられるということなんですね。「来年から2倍にするよ」てなことが、いくらでもできるわけです。国会の審議なしでね。これは大変な問題ですよね。介護保険法というのは、法律本体が第1条から第215条まであるのですが、その中で「政令で定める」と書いてある箇所が何ヶ所あるか数えてみましたら、84ヶ所あるんです。次に「厚生省令により定める」と書いてある箇所が174ヶ所あります。それから「厚生大臣がこれを定める」と書いてある箇所が33ヶ所です。合計すると291ヶ所になります。これが法律ではまだ決まっていなかった箇所です。ここが「壮大な委任立法」たる由縁ですね。まさに「官僚主義型立法」です。国会型じゃないんです。役所でどうにでもなるんですね。厚生大臣がこうしろと言うと、それが出きるわけです。こういうのが法律学から見た問題点です。

●ドイツをお手本にした?

二番目に、この制度はドイツをお手本にしたんだということがよく言われているのですが、実際のところは「似て否なるものなの」です。いろんな人がドイツに行って介護保険の実体を見たり聞いたりするわけです。私も昨年北欧に行った時にドイツに寄ったのですが、運用なさっている側の話しを聞くと、「うまくいってる」とおっしゃるのですね。なぜうまくいっているのかをよく聞いてみると、保険料をもらってサービスを提供して最終的に黒字になっている。だからこの制度はうまくいってる。こういうことなんです。ところが、実際には被保険者側から見ると、申請した方の25%が却下されている。4人に1人は認定を受けられない、介護サービスが受けられない。そこで行政訴訟になるというケースが多発しているのは事実ですね。
ただ、ドイツは日本よりももっと詳細な周到な準備をしてこの制度を始めているわけです。ドイツは高齢化のスピードが日本と同じように速いのですが、しかしかなり早い時期に14%に達しているのです。1970年代です。14%超えた時点で、これは介護制度を何とかしないといけないということで、介護保険制度を検討しはじめているのです。20年前です。日本はそれの検討の途中経過を横取りしてきて2年半で法律を作っちゃった。ドイツよりもかなり日本がご都合主義で、うまいところだけ摘んで作ったということです。
またドイツの場合は保険対象は全国民で、保険料を払うのが20歳以上の全国民です。それから被扶養者にも介護サービスが提供されますから、生まれたばかりの赤ちゃんが出産時のアクシデントで障害を負ったという場合には、0歳児から介護保険が適用されるということです。これが日本との相違点です。日本がなぜ20歳以上にしなかったかというと、やはり30歳未満は無党派層であり不動票で反自民ですので、そこにはなるべく負担をかけないほうがいい、と選挙をいつも気にしているわけですから、だからどうしてもそうなるのです。40歳を過ぎれば「親が……」というも問題もあるし、65歳以上になると「自分が……」という問題にもなるから、これは問題なかろうと、30歳ではちょっと介護の問題は遠すぎる、そんなとこから保険料を取っちゃあ、また政権が向こうに行っちゃう、てなことだと私は思うんです。
法律的な違いで言うと、ドイツの場合は所得に対して1.7%の保険料なのですが、この1.7%という数字は介護保険法の法律の中の条文でうたっています。従ってこの料率を変える時は、ドイツ連邦議会、ドイツは州制度を取っていますから16の州があるのですけれども、州議会ではなくて連邦議会の議決をもってしなければ改正はできない。日本の場合は国会と関係なく政令や省令で変えることができる。これもドイツとの圧倒的な違いですね。1.7%のうちの半分は勤労者本人負担、残りの半分が雇用者負担ということです。ところが、雇用者は「これ以上給与や事務経費負担が増えてはかなわん」ということで、この制度をスタートさせる時に、国民の休日を1日減らして、労働日を1日増やしたのです。ただし、これは州ごとに決められるので、16の州のうちでザクセン州だけがどうしても折り合いがつかなくて休日はそのまま、全額が本人負担ということになっています。
それから、要介護度の段階が、日本の場合には要支援というのと要介護の1から5までということで、自立を除いて6段階になっていますが、ドイツの場合は要介護1、2、3の3段階しかありません。非常に簡単明瞭なようですが1と2との匙加減で給付が変わってくるという問題があるから、そのへんの認定に対する問題がなかなかむつかしいのです。ドイツでは第1段階はドイツマルクで750マルクで、第2段階の要介護2度は1800マルクです。第3段階の要介護3度は2800マルクで、だいたいそれくらいのきざみなのです。このようにドイツと日本では要介護度のきざみが違います。
その次に、現金給付と現物給付をドイツでは併用しています。要するに要介護認定を受けたら、ヘルパーを派遣するという形で受けてもいいし、現金をもらって家族が介護をしてもいい。娘さんが介護のために会社を辞めて、給料のかわりに介護保険から現金給付をもらってもいい。ところが、現金給付は介護保険の現物給付を金額に換算したものよりもかなり低いということなのですね。例えば要介護の1は750マルクとさっき申し上げたのですが、これを現金でもらうとすると、400マルクになるのです。現物給付だと750マルクですよ、ということですね。それでもスタートしてしばらく経った時点で、2:8で現物支給が2割、現金給付が8割となっています。
日本は今のところは現金給付の問題はやらない方針だとしているのですが、原則的には現物給付ですね。現物給付とは法的には言わないのです。法定代理受領といっています。要するに本来は被保険者に払うべきものをサービスを提供した企業者に代わって払う、ということになっています。現物給付ではなく、現金給付の代理受領ということが法的には正しいのです。
最後に、介護の人的資源という問題なのですが、日本の場合と違って、だいたいキリスト教系の国はそうなのですが、宗教法人団体のボランティア活動というのがものすごくにさかんなのです。ドイツでもプロテスタンとカトリックと全部合わせると4つほどの団体があるのですが、それぞれの団体の介護グループが要介護者を支えています。だから「保険あって介護なし」ということにはならないのです。
もう1つの問題は、ドイツは軍隊を持っているということです。コソボにはNATO軍の一員としてドイツも参加していたのです。徴兵制度があって20歳以上の男性は1年間兵隊に行かなければならないのです。そこで介護保険をスタートさせる時に、18歳から22歳の間に15カ月以上、介護労働に従事した者は兵役は免除するということにしたのです。こういう制度を取り入れたので、若い介護労働力が潤沢に確保できたのです。
これらが日本とはまったく違うところです。こういうところから考えていかないとドイツの制度を表面だけ持ってきても、風土の差を考えないと、ドイツがやっているからということだけでは、なかなかうまくいかないのです。

●国民の合意は形成されたのか

その次に「国民の合意形成」という問題です。ここにあるのは読売新聞と毎日新聞のアンケートの結果なのですが、平成7年の8月と9月に「介護保険制度についてあなたは賛成ですか反対ですか」というアンケートをやっています。読売のほうが賛成が68%、毎日が賛成80%です。平成7年の8月9月という時は、まだ介護保険制度がどう決まるものかも全然分からなかった頃です。老人保健福祉審議会に答申した直後です。審議会がやった結論だって、「どうしたらいいか分からない」って言うもので、例えば被保険者は20歳以上なのか65歳以上なのかとか言ってた頃ですよ。その頃に賛成・反対と言うのは、どうみたっておかしいじゃないですか。具体的な内容も知らないで賛成も反対もありますか。結局、岡光さんが言ったような意味で介護保険という言葉が使われていたというわけですよね。「家族の介護には限界がある。介護地獄から解放するために介護の社会化をはかる制度が必要」というわけですから、「そりゃあ、趣旨としては大変結構です」ということになる。それで賛成というわけです。マスコミの扱い方次第で世論が形成されていくわけです。
ここで、統計数字が信用できるかということをちょっとお話ししたいと思います。総務庁が「高齢者の健康に対する意識調査」というものをやったんです。これは平成9年9月のことです。その結果なのですが、全国の65歳以上の男女から3000人を無作為に抽出しまして、健康に対する意識調査としていろんなことを聞いているのです。これは毎日新聞の見出しですが、「60歳以上の半数は介護は自宅で、施設より身内を頼る」と書いてあるのですね。これは厚生省の思うつぼで、厚生省は介護保険をスタートさせる上で施設をなるべく減らしたい。あれはコストが非常にかかりますから、それで施設は減らして在宅福祉でやっていきたい。それで総務庁がアンケート調査をやって、毎日新聞ではその結果を「60歳以上の半数の人は自宅で介護を受けたいと言っている。要するに住み慣れた自宅で死にたいと言っている」と、報道するんですね。私は個人的には自宅で死にたいとは思いません。私の公団マンションではパラマウントの介護用のベットを入れたら、あとは誰も何も出来ないのですね。とてもじゃないが、あんな狭いところで寝たきりになんかなれないと、私は思うのです。そこで、なぜこんな数字になるのかなあと思って、総務庁の報告をよく読んでみたのです。そうすると「あなたは生きがいを感じていますか?」という質問に対して、65歳以上の人は「感じている」78.6%、「感じていない」17.7%、では「どんな時に生きがいを感じますか?」というと、断とつの1位は「孫などの家族との団らんの時」というのですね。これが44%で断とつのトップです。「孫など」と特に強調してあるんですね。生きがいを感じる2番目は「趣味に熱中している時」です。では「どういう趣味ですか?」というと、断とつの1位が「庭いじり」です。それで、この母体になった3000人の属性を調べてみたんです。そうすると、大変におもしろいのでありまして、これは本当に無作為で抽出したのであろうかというふうに思うのでありますが、まず住居形態が「庭付き一戸建ての持ち家」に住んでいる人が88.2%なんです。これはね、全国の家屋調査ではだいたい平均して「庭付き一戸建ての持ち家に住んでいる人」は22.9%なんですよ。それが88.2%ですよ。マンションなどの共同住宅の持ち家に住んでいる人が0.8%20人、それからアパート、マンションなどの借家が8%です。圧倒的に「庭付き一戸建て持ち家」に住んでいる人なんです。だから、三世代同居なんです。二世代同居が22.6%、三世代同居が33.9%です。孫と一緒に住んでいるのが33%なのです。こういう人達に聞けば、そりゃあ確かに施設より自宅がいいでしょう。こういう調査があって、数字がひとり歩きして、新聞は見出しを付けて、読者が読んでいるのです。だから新聞を読む時には、もっとそのへんを考えて見ないといけない。ですから、私は必ず元の資料を取るんです。どういう母集団で、とかをちゃんと見るんです。こんな「65歳以上3000人に聞きましたらこうでした。」っていうだけでは分からないですから……。だってね、庭いじりも孫との団らんも、どっちも私に出来ないんですよ。
小泉さんになってからですが、厚生統計協会という厚生省の外郭団体が総会の時に「厚生統計調査について」という諮問に対する答申を出しているんです。その中に一項目、聞き捨てならぬ項目があるのですが、「今後の統計処理は行政の政策に適合するようにこれを加工するものとする」とはっきり書いてあるんです。要するに統計を公表しますね。その時に行政の政策に適合するようにこれを加工すると言っているのです。ですから、私はどのように加工されたかということを、元のデータから確認しないと安心できないのです。これは、ちゃんと統計協会の総会の議事録に載っています。厚生省あての答申書にもちゃんと書いてあって、その内容は公表されています。厚生省のインターネットのホームページからも閲覧できます。

●政党の思惑に振り回される福祉

少し急ぎますが四番目に財政と福祉の問題です。まず、ここで歴史を昭和45年までさかのぼってみました。この年には戦後の急成長がともかく一定水準まで達して、もう金もたくさんあるからそろそろ福祉もやるかということなんです。国民皆年金、国民皆保険ということになったのです。それで新経済社会発展計画というのが出まして「成長より福祉優先」というふうに政策転換をしたのです。昭和47年には老人医療を無料化しました。48年には田中角栄内閣総理大臣が「今年をもって福祉元年とする」と宣言をしたのです。ところが困ったことに、この47年の秋に第一次オイルショックが起きました。それでそれまでの話しは全部吹っ飛んで、「福祉2年」はついになかった。元年しかなかった。福祉は元年で終わったのです。
その後、何をやったかというと、まず赤字国債を発行して、大量の公共投資をやり、それで財政再建をはかる。これは結局は失敗して、現在までに建設国債とかの国も地方も合わせて負債が600兆円とかまでに至っちゃったのです。ということは、ともかく公共投資にいくら金をつぎ込んでみても、景気はよくならないということは分かってるんですよ。だけども、不況になれば公共工事ということはもうこの時から始まっていたのです。昭和56年の臨調の第1次答申で「日本型福祉政策」を出したんです。それまではスウェーデンのノーマライゼーションを取り入れるとかなんとか言っていたのですが、日本型というのは、要するに「家族や近隣による相互扶助の伝統を生かせ」ということなのですね。その数年前と福祉の考え方がころっと変わっているんですね。それで、昭和57年の臨調最終答申では、「行政改革は社会福祉・社会保障をターゲットにすることである」つまり行革の1番のやり玉はここにある、ということを言っているのです。そして現実に昭和60年あたりから、年金が改正になって、給付の3割がカットされるとかいろんなことが出てくるわけです。こういう歴史を繰り返しているということです。オイルショックの後、バブルの時期が来たら、また福祉福祉と言い、バブルが崩壊したら、また公共投資を一生懸命して、ということを性凝りもなくやっているわけです。バブルの発生した時に大蔵大臣をやり、バブルが崩壊した時に総理大臣をやって、どちらも何の手を打たなかった人が今も大蔵大臣をやっている、というわけです。こういうところにこの国の悲劇があると私は思っています。
さて、財政改革基本法ができた時には、まっさきに福祉をカットすることになっていたんです。橋本さんが総理の時です。ところが、なんかその後いろいろと事情がありまして、あの法律そのものが消えちゃったんですね。凍結されたんですけれども、厚生省の内部には当時の考え方が根強く残っていて、厚生省が出した「介護保険の手引き」にもそういうことがたくさん書いてあります。
さて次に現状ですが、「介護保険は誰のものであるか」という疑問が出てきたのは、今年(1999年)の5月です。5月27日の朝刊に自由党の小沢党首が「介護保険の来年7月実施を延期しろ。抜本的な見直しをしろ」と、要するに全部税金でやろうというのがあの人の考えですから、そういうことが朝刊に載ったのです。そうしたら27日の午前中に野中官房長官が記者会見をやりまして、「導入時期の先送りもふくめて見直しをしたい」と言ったのです。夕刊にすぐに載りました。ところが、午後にもう1度野中さんは記者会見をして、「ああは言ったけれども……」と修正発言をしていたのですが、それは夕刊には間に合わなかった。そんなわけで先送り説がでました。先送りってことはもう廃止に等しいということなのです。
翌日もこの騒動が続くのですが、29日の新聞で、小淵さんが「介護保険の実施時期に変更なし」と言ったところで、いったんはおさまったのです。次は6月の17日に公明党が「介護保険料の徴収は延期したらどうか」と言い出した。4月から制度は実施するけれども、保険料を取るのは先にしろと、要するに1年だか2年だかしらないけれど、当初は税金でやれということです。そうしたら、また官房長官が記者会見をやって、「これは連立政権の課題だから、やっぱりそういう意見と整合性を持たせることが必要になってくる」というわけですね。介護保険というのは、もうすでに法律として出来上がっているというのに、それが自由党と公明党の間で揺れているわけですね。要するに、介護保険がどうなるのかというのは、そういう政治力学で決まるのであって、被保険者である国民のために考えているのではないのですよ。
記者会見を見ていると、自民党は「自由党からこう言われたから考え直す」とか、「公明党からこう言われたからこうする」とか、なにが福祉の政策なんだと私なんか思うわけです。私と同じ意見を持っているのが、田中真紀子さんで、この後にテレビに出てきてこういうことをおっしゃっていました。「連立自・自・公なんて言っているけれども、数は自民党が一番多いくせに、どうして数の少ないほうに政策が引きずられるの?」と。私も本当におかしいと思います。
今、民主党はどうしているかというと、自民党案通りですね。共産党はちょっと態度が変わってきました。この7月5日に緊急提案というのをしていまして、これはどういう訳か提案の内容は公明党に非常に似ているのですよ。要するに今の状態で来年4月にスタートしても、「保険あって介護なし」の状態になる危険性が極めて高い。要介護認定を受けたけれどヘルパーさんはどこ探しても来てくれないとか、あるいは要介護の5だから特別養護老人ホームに入りたいと言っても、特養は満員で入れませんとか、こういう危険性が極めて高いというわけです。本当は措置から保険へということは、自由契約つまり選択ができるはずだったのです。措置制度というのは行政からの一方的なものですが、介護保険は保険制度ですから、被保険者の選択の権利があるのです。だから、ちゃんと介護基盤の整備が出きるまでは、保険料徴収は延期しろという主張です。その財源はゼネコン奉仕の浪費型公共事業費をちょいと削れば充分賄えるはずだというふうに共産党は言っているのです。

●要介護認定は本当にできるのか

さて、そろそろ具体論に行きたいと思います。介護保険制度をこのままスタートさせるとして一番の問題点は、要介護認定というのが果たして妥当性を持てるか、あるいは認定の経過なり内容に透明性を確保できるかということだと私は考えています。ここに保険証の見本を付けておきましたので、これを見ていただければ分かると思うのですが、表紙は健康保険の表紙に非常に似ているんですね。ところが、表面の2というところがまず違うんです。
普通の健康保険でしたら、保険証を持って病院に行けば診察してくれて治療も投薬も手術もを受けることができるのですが、この介護保険証を持っていってもサービスは受けられないのです。必ず要介護状態区分、認定年月日、有効期間、こういったものが全部記入したもので、保険者の判がないとサービスは受けられないのです。ここが保険といっても健康保険と介護保険は違います。有効期限というのは平成12年4月1日から始まります。原則は期間は6ヶ月ですので、平成12年9月1日までということになるだろうと思います。ただし、これは介護認定審査会が判断した時には3ヶ月以上1年以内で別に定めることができるという条項があって、原則は6ヶ月ですが、3ヶ月という人もあれば1年ということもありゆるわけです。ともかく、ここが記入していなければ使えない。ただの紙きれだということです。
では、ここに記入してもらうにはどうしたらよいかと言うと、まず、申請書に被保険者証を添付して市町村の窓口に申請をするわけです。そうすると、市町村は訪問調査をします。被保険者の自宅に行って、いろいろな質問調査をするわけです。その調査の結果をコンピュータにかけて1次判定をします。その1次判定の結果と、訪問調査票に特記事項というのがあって、その欄に書かれていること、それと主治医の意見書、この3つを介護認定審査会で審査をして、最終的に要介護度を判定する。これが2次判定です。
それぞれの段階に問題があります。まず、訪問調査のほうですが、レジュメに訪問調査票のサンプルをつけております。まだ本番用のものは決まっていませんので、高齢者介護サービス体制整備支援事業ふつうモデル事業と言っておりますが、それの一番最近の平成10年の時に使った調査票がこれです。調査票は、概況調査、基本調査、特記事項に分かれています。概況調査というのは身元調べのようなものです。基本調査というのは85項目に丸をつけるようになっていて、この結果をコンピュータに入れるわけです。いちおう項目で丸をつけたけれど、これはもうちょっと説明が必要だなと思うものは最後の特記事項と言う欄に書くようになっています。
問題点というのはいろいろあるのですが、そうですね、質問項目の14というのを見てみましょうか。「片足で立っていることが出来ますか」ときいているんですね。「支えなしでできる」「何か支えがあればできる」「できない」、この3つに分かれているのです。これね、10秒間だけ支えなしで立っていられれば、「支えなしでできる」となるのです。そのあと転倒して骨折しようがね、立っていることが「できる」となるのです。
それから、23番の「食事摂取について、あてはまる番号に1つだけ丸印をつけてください」という質問で、1が「自立」で全部自分で食べられる。2は「見守り」で見ていて注意してあげれば出きるという場合です。「ほらほら、お茶をこぼすよ」とか言ってあげる見守りが必要だと。それから3番目は「一部介助」で手を添えて手伝ってあげるということです。4番目は「全介助」、これはともかく口を開けているだけという場合です。
全介助に○をつけたから要介護度が1番高くなるかというと、必ずしもそういうことにならないのです。これはどうしてかというと、全介助のほうが、介護時間が短くなるのです。例えば、「見守り」なんていうのは本人のペースでやっていくわけですから、時間がかかるんですよ。マヒした手を使いながら食べるのを見守っちゃうわけですから、食事に1時間とか2時間とかかかるわけですよ。第1次判定のコンピュータというのは、要するに介護にかかる時間で介護度を判定するわけですから、見守りのほうが重度の介護となるのです。全介助というのは、口の中に放り込んでやればいうことで、そのほうが時間がかからないと見なされるのです。
もっと極端なのは、例えば寝たきりで動けないというのと、やっとつかまって車椅子に移動して……という場合とでは、寝たきりのほうが重度に判定されるかというと、そうではないのです。寝たきりは一番手が掛からない。介護時間が必要でないのです。ということで、ここに丸をつけたらこうなるだろうという素人考えのようには、全然答が出てこないのです。これも問題です。
基本調査の項目は全部で85項目あり、31までで73項目あります。これに平成10年度に医学的処置に対する12項目が増えて85項目となりました。調査票の形態はこの10月からの本番もだいたいこれでいく予定です。ですから、もしも身内の方に要介護認定の申請をなさる方があったら、こういう質問にはどう答えようかということを、今からよく研究しておいたほうがいいですね。それから、これらにあまりちゃんとあてはまらないかなという場合は、特記事項のところにきちんと書いてもらうことですね。そして、書いたものはコピーを取ってくださいと言って持っておくことですね。このくらいしておかないと、「あそこのおじいちゃんはあんなに元気なのに要介護度が4で、どうして隣のおばあちゃんは寝たきりなのに要介護度が1なのかしら?」というようなことが出て来るんですよ。
訪問調査の問題点というのは、今申し上げたわけですが、コンピュータでの1次判定は厚生省ではどうしてもやると言っています。要するに保険者は市町村だけれども、全国で同じ法律に基づいてやるのだから、やっぱり全国民の間で不公平、不公正があっては困る。だから一番基礎になるところは統一的なコンピュータでやるという考えなのですから、コンピュータによって1次判定するという仕組みは変わらないと思います。
その結果で2次判定をするのですが、2次判定の結果がそこに書いていますけれども、要するに「自立」というのはサービスを受けられない人、「要支援」というのは要介護の予備軍のようなところです。ここに1日あたりの基準時間とあって何分から何分と書いてあるのは、認定のための基準時間なので、実際にサービスを受ける時間とは全く関係がないのということを一応頭の中に入れといてください。一ヶ月あたりの平均利用額というのは、在宅介護で「要支援」の人が6万円、「要介護1」の人が17万円となっていますが、これは平成9年度の単価で計算していますから、実際の時にはこの金額ではありません。しかし、仮にこの金額だとすれば、最高限度35万円までのサービスを受けられるということです。そして、1割が自己負担で、残りの9割が保険から給付されるということです。全部1割負担です。「要支援」の人は6000円払って6万円分の介護サービスを受けられるということになります。

●要介護判定は、正確に行われるのか

さて、平成8年度からモデル事業を行ってきたわけですが、その3年間だけを見ても、かなりの問題があります。
東京都の場合、自立の割合を平成8、9、10年と並べてみました。これを見ますと、年を追うごとに自立が多くなってきているんです。そして、要介護5の数字が下がってきている。要するにコンピュータのソフトをいじるだけで、介護認定はどうにでも都合のいい判定ができるのではないかという感じを持たざるを得ない。本番に近づくにつれて、要介護の程度が下がっているわけです。
訪問調査の場合も、たとえば痴呆の人でも、「明日区役所の人が来るよ」などというと、正装してしゃんとして待っているということもあるのです。それで簡単に「自立」という判定になる。ですから、この訪問調査というのはよほどよく分かった人がやってくれないと困るわけですが。しかし、どうも厚生省の作為的なところがこの数字からは見えてきます。
また、一次判定、二時判定の変更率を見ても、一次判定で要介護度5が二次判定では2になる。その変更率を調べると、変更になったのは平成8年36.5%、平成9年24.4% 平成10年12.8%となっています。一次判定の問題はコンピュータのソフトにありますが、このソフトはどのように作ったかというと、施設、特養とか老健などに入所している3400人のお年寄りを対象にして、一分ごとに何をやっているのか、ということを計りその結果をデータベースに打ち込んで、タイムスタディーとするのです。たとえば食事について自立していない、介助が必要だとなると、コンピュータに入っている老人のどれにいちばん近いかと、データとマッチングを行うわけです。
ここで、施設でとったデータを在宅で使っていいのか、という問題があります。また、コンピュータの中身がどうなっているのかを公開するべきですね。厚生省は公開すると言っていますが。そして、厚生省は、モデル事業に使ったソフトに不備があることも認めています。7月29日に厚生省は、都道府県の担当課長を集めて改訂したソフトの説明会をしています。しかし、その改訂したソフトが本当に大丈夫かどうか、という心配は残ります。その一次判定の不備を補う意味でも、二次判定の役割は大きいのです。
さて、二次判定の介護認定審査会は、十分に機能するのでしょうか。平成10年度のモデル事業では、二次判定の審査時間はひとりあたり、3.7分です。3時間待ちの3分診療と同じですね。それではたして、本当に二次判定にふさわしいチェックができるのでしょうか。二次判定は、訪問調査の結果を入力して調査対象を指数化したものと主治医の意見書と特記事項で判定します。ところが二次判定にかかる平均時間はひとり当たり3.7分。これでは、一次判定の追認に終わってしまうのではないかと思います。しかも、厚生省は要介護認定区分変更不適当事例といって、一次判定の結果を二次判定で変えるときに、「こういうものは変えてよろしい、こういうものは変えてはいけない」ということを平成10年度から指示を出しています。事例として、介助に抵抗するとか、屋外のへの徘徊があることで重度に変更してはいけないとか、老人世帯であり介護者への負担が大きいから重度に変更することはいけない、あくまで本人の状態によるんだ、ということをタテマエとしているわけです。ほかにもたくさんあります。これについては厚生省の担当官とも話しましたが、あくまで本人の問題であって、食事を自分でできるのかってことは考えなくてはいけませんけれども、たとえば本人の周辺の問題、その食事はだれが作ったのか自分で作れるのか、誰かに作ってもらうのか、作れる人がいるのか、ということはまったく考えられていないわけです。調理ができても、足が不自由で買い物は近くにスーパーがあるのか、それともバスに乗っていかなければいけないのか、ということもまったく配慮されていない。
被保険者を、人間として見ず、バラバラにした現象しか見ていない。
厚生省の介護保険の準備室の小池さんという次長と話をしたとき、彼は「要介護者が共倒れになりそうだから、要介護者が一人っきりでいるからということを考慮するなら、介護者がいるなら、介護の程度を下げるんですか」とこういうことを言うんですね。やっぱり本人の状態で決めるのかが、正しいのではないかというわけです。この辺の論議は、もっと生活の実態にあわせて、国民の現場の声を出し合って作っていかなければいけないことです。 市民レベルで考えていく必要があるのではないかということです。

●年金保険や医療保険などへの波及

介護保険の周辺に深いかかわりがある社会保障制度の整備もたいへんもたもたしています。
たとえば年金対策ですが、厚生年金は、一般に二階建てとか三階建てとか言っていますが、一階部分は基礎年金と呼ばれるものです。国民年金です。二階部分が厚生年金、3階部分が厚生年金基金または企業年金と呼びます。今、三階部分は危機に瀕しています。
二階部分は、一昨年に厚生省がこのままでは年金制度はたちゆかないとして、国民に向かって5つの選択肢を提示をした。A,B,C,D,Eのどれかの制度を選択しなければいけないよ、と厚生白書にも出し、年金白書にも詳細な説明をして、国民に周知したつもりでいます。しかし一般の国民はよく知らないのです。厚生白書や年金白書はぜひ読んでもらいたいんですが。
ひとつは、今の年金給付額を変えないとすれば保険料負担が高くなりますよ、ということです。現在は、保険料は月収の17%くらいですが、それが30%にあがりますよということです。
次の選択肢、B案は本当は34%位になるはずの保険料を30%におさえておきましょう。そのかわり給付額は1割カットしますということ。
C案は、ボーナス込み年収という考え方です。いま、給料からは、社会保険料は17%とられますが、ボーナスからは1%しか引かれないわけです。そこで、給料から計算するのではなくボーナスも含めて計算すれば、年収の15%位になる。年収を基準にして徴収しようというものです。
Dは、保険料は変えない、支給額を抱えるという案で、実際には支給額は4割カットになります。
Eは、厚生年金の制度をやめて、私的年金や貯金など自助努力で行うというものです。

これについて、厚生省は有識者にアンケートを採りました。有識者ですよ……国民にアンケートを採らなければいけませんよね。あたしは有識者ではないのでアンケート用紙は来なかったんですが。で、有識者は、Cがいいと言った。一方、大学生にアンケートを採ったところ、全部がDです。高齢者には、まったく調査していません。ただ、厚生省のホームページで「年金5つの選択肢に関する意見の募集」という部分がトップに載っていまして、電子メールでも手紙でも送ってくださいと言っています。私も電子メールで出しました。しかし、その後、アンケートの回答数を新聞が公表していました。それによると、はがきが201通、Eメールが132通、手紙が38通、合計371通、これだけです。これが国民全体の意見になってしまうのかなと心配しています。
医療保険の問題も大きいのですが、この介護保険の一連の改革は何のためにやるのかというと、国民医療費が崩壊の危機にあるというのがそもそもの原因なんです。国民医療費の総額は30兆円で、そのうちの1/3は老人医療費が占めているという問題があります。老人病院における社会的入院が多く、これが医療費を圧迫している、そこをなくしたいんです。そのためには老人を医療機関から在宅へ追い出したいと、とこういうことです。だから在宅サービスを充実して介護保険というものを導入し、「老人はみな住み慣れた我が家で死にたいと願っている」というキャッチフレーズを流行らせているわけです。
ひとつの病院の中で、病棟だけは医療保険ではなくて介護保険での扱いするとか、健康保険はきかないというようにして、療養型病床群を特別枠で作る。すると介護職員もおかなければいけないし、それだけではなく今の病院の病室というものは、介護には適さないわけですから、ベッドの数を減らしたり、廊下は車椅子がとおれない状態ですからこれを広くして介護型病床群として認めさせるというこういうことをして、介護保険の給付を受けるとこういうことも考えているわけです。
この人がもし盲腸炎になったらどうなるかといったら、旧制度の病棟へうつります。そして健康保険の扱いになるというわけです。
今後の医療が今までの出来高払いから定額払いになる、この病気なら何日の入院・支給と決めてしまうのです。定額請負制度ですね。すると医療は儲からなくなる。だから介護に転換した方がいいと療養型病床群が増えるわけです。で、療養型病床群というのは、一人あたりのコストが46万1千円です。要介護の「5」でも35万円ですからね。これを規制しようと言う話がでていまして、特別養護老人ホーム:老人保健福祉施設:介護型病床群を8:7:5の割合におさえようという案があるわけです。
社会福祉の理念などもともと明確でないんですが、社会福祉基礎構造改革には、ま、ここでひとつ理念を変えようというかでっち上げようと言うことで、そのキーワードが、自立とか自助努力とか措置から契約へ、施設から在宅へ、とか民間企業の参入といったことで、これらが制度のすべてにおよんでくるわけです。
来年、障害者関連の法律も改正されますが、ここでもやはり施設から在宅へという方向へ進むことになるでしょう。

●市民としての対応

介護保険をめぐるさまざまな問題に関して、市民としてどう対応するか。各市町村は、介護保険事業計画を作らなければいけないわけですが、介護保険法の117条の2項で、「市町村はあらかじめ被保険者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする」と書いてあります。その計画をつくためにはあらかじめ被保険者である住民の意見を反映させることが必要であるといっているわけです。
各市町村では、住民の意見を反映させなければいけない。介護保険事業計画策定委員会に対して公募委員を募集しているところもありますし、こう言うところに意見をどんどん言っていくとか、向こうから募集しなくてもこちらから積極的に言っていくことが必要ですね。
厚生省本体へも、現在の問題や、こうして欲しい、ということをどんどん言っていきましょう。
5年後に制度全体を見直すというなら、3年くらいで形にしていかなければならない。3年の間にどんどん問題点を見つけて次の見直しまでにどんどん言ってやろう、改めさせようということですね。■

◆厚生白書の愛読者カードに意見を記入して送りましょう!
厚生省 http//:www-admin@mhw.do.jp
はがき・手紙 〒100-8045
東京都千代田区霞ヶ関1-2-2 厚生大臣官房政策課調査室

質疑応答
●箭内さんのおっしゃっていた、痴ほうの傾向があって、ふだんは介護が必要なお年寄りも、訪問審査があったりヘルパーさんが来たりというときには、きれいにお掃除をして、身なりも整えて待っているというおはなしは、本当にあることだと経験から感じます。特に昔の方は、家庭の中のこことはよその方に見せるべきではないという意識が強いので、これから歳をとっていく時に、ある程度「ここまでは人にやってもらう」といったような割り切りのできる意識というか近い人でない人との接し方を訓練していかないと介護がいくら充実してもうまくはいかないのではないかと思います。

●健康保険のレセプトの計算でびっくりしたことがあるんですが、今度の介護保険はどのように計算してお金を配分するのでしょうか。

箭内 実際の審査と支払いは、国民健康保険団体連合会というところが行いまして、国民健康保険と同じルートです。医療保険で診療報酬の支払いがでたらめという事例があちらこちらでありますから、今回の場合もきちんとなされるかどうかは心配な部分はあります。
事務手続きも無駄なく行われるかどうかは、はなはだ疑問です。今度の一次判定のコンピュータは全国、共通に使いますが、個別の高齢者を個別管理をするシステムは市町村に別個に納入するわけで、これは電算機器メーカーにとっては大きなマーケットですから、それぞれちがうソフトを作り売り込むんでいるんですね。このようなソフトなど、一本化すればいいと思うのですが、まあ地方自治とか分権というのは、悪い部分を見れば、みんなバラバラで経済性が低くなるという言い方もできます。

●市町村によって、高齢者率がちがいますね。それによって介護サービスの運営に格差がでるのではないでしょうか?

箭内 公費負担50%のうちの、国の負担25%の、このうち5%は国の地域格差調整分としてとってあります。過疎の村でお年寄りが半分以上というようなところでは当然介護コストは高くなります。また、りっぱな施設を抱えているところほど高い。ですから地域格差はでて当然です。あまりにもちがいすぎては困るから調整しようというところで5%と決めたわけですが、それをどういう形で配分するかはもめています。ひとつには、高齢化率が高いところに配分するという考え方があります。ところが現実の問題は保険料が高い市町村は高齢者が多いだけではなく、実は、りっぱな施設があって、みんながそこに入っているというところが高いわけです。すると、持っていない地域では、それじゃあうちも施設を建設するかという発想になるんですね。

●要支援から要介護1〜5までありまして、金額は6万円〜35万円とあります。これは医療を含めてのことなのでしょうか。

箭内 これは利用したサービスを点数化するのですが、ホームヘルパーが1か月1日いくらで、それで点数がまだあるから週に何日に、というふうにするわけです。その点数の限度までは、医療サービスなどほかのサービスを組み合わせて利用ができるわけです。介護プランは介護支援専門医という人がつくりますが、そのプランを作る人はどこかの事業者に属している。たとえば病院の看護婦さんが資格を取ったとすると、病院が、老人保健施設も持っていたり、特別養護老人ホームも持っている場合に、全部自分の施設に老人が来るように介護プランを作ってしまうということが起こるかもしれません。

●在宅介護の人員に、若い人材を使おうということは、厚生省は考えていないんでしょうか。

箭内 考えていないことはないと思いますが、実際に来てくれるかという問題はあると思いますね。介護という仕事は実際にやってみるとものすごい重労働です。若い人が本当に来たがっているかどうかは疑問に思っています。労働大臣が、ヘルパーの資格取得をもっと簡略にしたらどうかという提案をしたのに対し、厚生大臣が質を落とすことには反対だと発言しましたが、人の生命にかかわるところにいるわけですからある程度の経験や知識は必要です。だから大学は出たけれども就職先がないので、介護の仕事でもちょっとやってみようかという感じでやるのは心配ですね。大学を出てから、介護の専門学校に行く若い人が増えていることは事実ですが、本当になりたがっている人がどのくらいいるかと言うことはちょっと疑問ですね。

●現在、特別養護老人ホームなどにすでに入居している人の扱いはどうなるのでしょうか?

箭内 現在、特養に入っている人は措置制度で入っていますが、来年の4月から特養の経営者との契約になるわけです。介護保険契約になったら、要介護の1〜5の人は施設に入れますが、要支援の人は施設には入れません。今入居している人で、自立と要支援に該当する人が6.1%くらい、全国で1万5千人くらいいます。この人たちは、来年の4月1日に本来ならば出なくてはいけないのですが、政府は5年間の特例措置を設けています。5年はいていいと。しかし、5年後に行く先のない人はどうするのかという問題があります。逆に、その経過措置を5年間認めたら、新しく入所を希望する人はだれも入所できないということが大きな問題になります。

●保険あって、介護なしということが心配されていますが、実際に八王子の事例を見ますと、八王子市内はお弁当が回るわけですが、高尾山の上の方にずっと車で走っていって1件だけ配るということがあるわけですが、保険料は一律天引きで取られます。ものすごいへんぴなところだったら、実際にどこも介護をしたくないというところはでてきますね。

箭内 そうなると、在宅で訪問介護はできないから施設へ優先して入れてくれるということがでてくるでしょうね。

●すると、この人は要介護1で今度は特養の方が経営が成り立たないから受け入れてくれないということもあるのではないですか。

箭内 そういうことはありますね。必ず起きるだろうと思います。

●在宅で要介護5なんて35万円でできるんでしょうか?

箭内 わかりませんね。もちろん35万だと決まっているわけではないですよ。この数字は、平成10年度の価格ですから。2000年でいくらになるかということは、来年になってみなければ最終的にはわかりませんが、一定の価格限度におさまらずはみ出した部分は自己負担になります。市町村によっては一般会計で特別にサービスしましょうということもあるでしょう。

●こうしたことに関する審議会は男性がほとんどですね。しかし、東京などを見ると、高齢者のひとり暮らしというのは女性の方が多いわけです。平均寿命を見ても最後は女性が残ります。しかし、審議会の委員の男性の方々は、だいたい最後は、自分の奥さんか息子のお嫁さんに面倒を見てもらえばいいという認識でいるようですね。そういう認識で審議している。社会は家族はあてにできないシステムというのをじっくり考えていただきたいと思いますが。

箭内 今の審議委員化のメンバーは国レベルではたしかに女性が少ないですね。「在宅、在宅」と言いますが、それはたしかにそうなのですが、最後は女性が一人で残るという最後の状況を考えたときに、みんなで集まって楽しく生活できるグループホームのようなものが必要になるでしょうね。

●法律の条文を見ると、「省令で定める」というところがとても多いのですが。

箭内 本当ですね。このような政令や省令に依存するの法律では、実際の内容は国会で審議されることがなく委員会の決定だけで、肝心な部分が勝手に変えられるような構造の法律になっている。このようなやり方は、この介護保険法から始まったのではないでしょうか。学者も役人の発言を追認する形で学説を組み立てています。社会福祉学は独自の理念や、思想を展開してそれに法律が追随して実際の施策に落ちていくという形を取っていませんね。福祉の精神とか、現場の声が反映されない形になっているのが本当に大きな問題ですね。

スウェーデン・ノルウェー・デンマークを訪ねて

〜市川房枝記念会スタディーツアーに参加して〜
愛媛県松山市 渡辺まどか
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松山市在住の『どよう便り』購読者、渡辺まどかさんから貴重な北欧訪問報告が届きました。土曜講座では以前にも樋口美智子さんに「私の見たスウェーデン」と題してお話を伺いましたが(『どよう便り』第11号参照)、渡辺さんの報告は、市民が主体的な政治参加を具体的にすすめていくためのヒントをたくさん提供してくれていると思います。皆さんのご意見ご感想をお待ちしています。(U)■

昨夏、学生時代からの念願がかない、北欧へ旅することができた。10日間のスタディ・ツアーだったが、私にとって収穫は大きかった。
皆さんは、北欧にどんなイメージをお持ちだろうか。
研究者の方などが、北欧の旅について土曜講座で述べられていたこともあった。でも日本の参考になり難い、遠いところと思われている方も、多いのではないだろうか。
私も、自分なりに勉強したつもりだが、“北欧は日本とは違うから”と考えつつ行った。
だが私はいま、高齢化の加速する日本の私達が、北欧に学ぶ必要性は高い、と改めて思う。

私は3年前から愛媛県松山市に住んでいる。
他の地域でもそうだと思うが愛媛では、アメリカの情報はある程度入るが、北欧はあまり知られていない。そのため偏見も多いようだ。地元の方々とも“なぜ北欧か”を考えたいと思い、人に頼まれるまま2回の報告会をした。一緒に旅したノルウェー研究者と共に、2月には松山でオンブズマンについて会を催した。どちらも思ったより反応が大きく、北欧に関心を持つ方がほんの少しは増えたと思う。

そんな時、上田さんから「どよう便りにも報告を載せませんか。」とメールをいただいた。
皆さんと体験を分かち合い、“今なぜ北欧か”を感じるきっかけになれば、うれしいと思った。
ここではまず、旅の概要、スタディー・ツアー参加への動機をお知らせする。そして、いくつかの訪問先など(主に男女平等参画の視点から)を紹介することにした。次に、岡澤教授らの主張する「高齢化率と社会の関係」をごく手短かに紹介し、なぜ北欧から学べるか私なりにお伝えしたい。それから北欧で私が強く思ったことを、皆さんと分かち合いたい。最後に、この旅を踏まえて今後、自分がどう行動していくかを述べ、皆さんからのご指導・ご教示をお待ちしたい。


1.旅の概要

●テーマ:北欧3国に見る平等参画と社会福祉政策
ほとんどの訪問先が、男女機会均等の見地から選ばれた場所だった。
●期間:1998年8月12日〜21日
●主催:財団法人市川房枝記念会
●随行:山口みつ子(市川房枝記念会理事、男女共同参画審議会委員)/岡澤憲芙(早稲田大学教授、男女共同参画審議会委員、人口問題審議会委員)/吉武真理(在ノルウェー日本国大使館元専門調査員、慶應大学大学院博士課程)
参加者は全国から16人。3人にひとりが、市会議員か、元市会議員。行政の人もいた。

2.どうしていくことになったか・皆さんと分かち合いたいこと
  
  なぜ北欧にいきたいと思ったのか、お伝えしたい。

◆インドシナ難民の人たちと

高校時代、アメリカに留学した時、お昼をいつも一緒に食べていた友だちが、インドシナ難民の人たちだった。もと難民の彼や彼女は、「私の父は、目の前で殺されたの」「アメリカへ来られても、宿題も英語がわからなくて何時間もかかるしアルバイトもある。いつも睡眠は5時間もとれない」などとランチを食べながら、淡々と私に語った。私は16歳だったが、何が自分にできるのか、わからなかった。
日本に帰国後、私は自分だけのうのうと安泰な生活をしていると感じていた。だから大学入学後、日本にきているインドシナ難民の人たちとのボランティア活動に加わった。だが日本での彼らの生活は、アメリカで出会った人たちの生活よりも、ずっと厳しいものに思えた。
その後私は、北欧の難民受け入れ状況を知り驚いた。受け入れる数はけた違い、母国語教育も整っているなど質も日本と比べ物にならない。のちにその理由は、人権感覚が高いことだけでなく、経済的背景もあってのこととわかったが、私の北欧への興味は、そこから始まった。

◆羨ましい国々・・・どうして?

その後私は、環境、福祉、開発、ジェンダー、子どもをめぐる状況などに関心が深くなっていった。だがどれをとっても北欧は、私にとって羨ましい国だった。同時になぜそうなのか知りたいと強く思うようになった。
いよいよ北欧に行くと決めた時、最初は信頼できるスタディ・ツアーでと思った。子どもを夫に預けられる期間も合い、複数の人からのお墨付きで市川房枝記念会スタディー・ツアーに決めた。男女の平等参画が主なテーマのツアーだが、男でも女でも得ることの多いツアーだと思う。
訪問先でも、また随行の岡澤教授や吉武さんの講議からも、私がうけた刺激は大きい。

3.訪問先から
  
  ここでは、訪問先のうち特に印象深かった数カ所を紹介したい。

●ノルウェー国会議員マイヘレンさん30歳(25歳から国会議員、子ども2人)
 ノルウェーの比較的若い国会議員やジャーナリストらと昼食を共にする機会があった。

◆子どもを抱えた女性を

そこでマイヘレンさんが強調していたのが、”ノルウェーでは若い(子どもを抱えた)女性を比例代表選挙名簿の上位にのせることが重要だと考えられてきた”ということ。
なぜか。
生活実感をダイレクトに声にしていけるからだ。
女性の政治参加を増やすことが大事だが、オスロ市では30%をこえる女性市会議員がいる。ほかの北欧各国でも大体似た傾向にあるそうだ。
私事で恐縮だが、自分の2人の子どもが今より小さくて必死で育てている時、「世の中で私は小さく取り扱われている」と毎日感じていた。言いたいこと、提言できることは山ほどあった。でもそうした子育てで必死の人の声を届けるルートは、日本では、見えない。
北欧では長い論議の積み重ねの上、こういう流れになったのだろうが、我々にも非常に大切になってくる視点ではないだろうか。

◆男女平等は男性にとってもいい

彼女がもうひとつ強調していたことがある。70年、80年代、ノルウェーでは男女平等を形にする法制度を進めた。そしてたどりついた結論が、「男性の頭の中に、平等にできない原因があるのではないか」だ。その結果として彼女は、こう述べた。「男女平等をすすめることが男にとってもいいとの認識を広げることが大事だ」。
制度を変えてきた彼女達が、改めて必要と思ったものが、男性の意識の変革なのだ。


●男のネットワーク(NGO) ヨン・オーラム・アルスターさん(国会議員)グレーテ・フォッスムさん(ジャーナリスト)

同じ昼食会で、この男のネットワークの人たちとも出会った。
この、男のネットワークはひとり親の会などから発生した。
パパ・クォータと呼ばれる父親の育児休暇がノルウェーにはある。約一年間の有給(全額支給)育児休暇のうち、4週間は父親がとることになっているというものだ。クォータとは割り当て制という意味である。子どもと時間を共有するため、その保証された父親育児休暇がもっと欲しいというのが、男のネットワークの政策提案の一つだ。
ちなみに日本での育児休暇中の所得保障は、平均25%である。
もうひとつ、会のメンバーが訴えていたことがある。離婚すると子どもの育児権が、ほとんどの場合、女親に渡ってしまうということだ。男ももっと育児権を持ちたい。そのためにも、男も積極的に男女平等の担い手になることが大切だと主張している。それが2つめの政策提案だ。
男のネットワークは、インターネットなどで呼び掛け活動している。
ノルウェーには、政府が音頭をとる“男の役割委員会”がある。男性自身が今までの男らしさ神話から抜け出ることが、社会全体にとっても個人にとっても有益との認識から、男の役割を再検討しようという趣旨だ。
政府主導のこういった会は、北欧は日本に比べて行いやすい。ノルウェーは3/4くらいが公務員だからやりやすいのだ。日本では500万。残り6000万は民間企業の一員。
スウェーデンにも同じような会や政府の委員会があることは、ヤンソン由美子さんの本などで知られている。
男のネットワークの方々は、実際会ってみて魅力的だった。

◆男性が男性に話すことの大切さ

この会で、頭に焼き付いた言葉がある。それは、「男性が男性に話をする方が、より聞き入れやすくなる」だ。男性が男性に話をしていくことで男女平等も進歩する。
随行の吉武さんはノルウェーに長く住まれたが、実感としてそう思うと話された。「日本のこれからの男女平等の課題は、いかに男性を巻き込むかでしょう。ぜひ、頭の柔らかい、若い男性にアプローチしてください。」と言われた。

●ノルウェー男女平等オンブズマン事務局クリスティン・ミーレさん(副オンブズマン)

情報公開の動きが日本でも盛んな中、ここは特に考えさせられた訪問先のひとつである。
前出の吉武真理さんにこの2月、松山でノルウェーのオンブズマンについての講演をして頂いた。そのとき学んだ内容などから補足しながら、ノルウェー男女平等オンブズマンについてお伝えしたい。
なお、皆さんの中には、オンブズパーソンやオンブッドという言葉は使わないのかという方もいらっしゃるかも知れない。
だが吉武さんによると、ノルウェー男女平等オンブズマンのアンネ・リーセ・リーエル氏自身が、こう述べているそうだ。「言葉の表面的なことにはとらわれず、それよりも私達は生活の奥深いところの状況を変えることに専念している。だから英語で話す時はオンブズマンという言葉で通している」
北欧と日本の男女状況の質の違いが顕著にあらわている事柄ではないだろうか。
ここでも、リーエル氏の考え方に習って“オンブズマン”を使うことにした。

◆ノルウェーのオンブズマンは公務員

オンブズマンと言うと皆さんは何を想像されるだろう。
日本では、“市民オンブズマン”というものが有名だ。“オンブズマンは民間がお役人の不正を暴くもの”というイメージが一般的ではないだろうか。
それに対しノルウェーでは、オンブズマンは公務員だ。男女平等オンブズマンも、国家公務員として働いている。
オンブズマンという言葉は、本来は、”代理人”という意味である。
オンブズマンは、公式にはスウェーデンで19世紀に設立されたのが初めである。
公的機関としてのオンブズマン制度は、今では世界約40カ国に置かれている。
ノルウェーには、オンブズマンとしては他に、国会オンブズマン、国防オンブズマン、良心的兵役拒否者オンブズマン、消費者オンブズマン、子どもオンブズマンがある。

◆男女平等オンブズマン

この時は、来日したこともある男女平等副オンブズマンのクリスティン・ミーレさんを、伺うことができた。
男女平等オンブズマンは、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドにのみ存在する。
1979年男女平等法が施行されたのに基づいて、ノルウェー男女平等オンブズマンが設立された。
男女平等オンブズマンは公募され、国王が任命する。独立した公共機関で、非常に大きな権限を持っている。自由裁量も大きい。男女平等オンブズマンはひとりだが、事務所にはほかに7名のスタッフがいる。児童家族省に置かれているが、たとえ大臣といえども監督指導はできない。

◆日本とノルウェーの苦情処理の比較

一番重要な任務は、男女平等法の施行。
具体的には、性を理由に差別されたと感じる人からの、無料の苦情受け付け、相談で、日本でも知られている(そのうち約20%が男性からの苦情である)。雇用、賃金、昇進に関しての苦情が多い。苦情総数は減少傾向にある(1997年 101件/人口約450人中)が、内容は複雑化している。
雇用主に対してどのような処置をするなどの拘束的な決定をすることはできない。できることは、問題に対する見解を表明することである。
オンブズマンが見解表明し、もし雇用主が不服を感じる時は苦情処理委に申し立てができる。裁判に持ち込むこともできるが、少なくなってきている。
苦情処理委員会は年6〜7回開かれるが、男女平等オンブズマンより広い権限を持っており、拘束的な決定を下すことができる。
個人も裁判にかけることができるが、裁判よりもオンブズマンへの苦情申し立てが圧倒的に多い。
日本では、苦情処理としては、女性少年室長の勧告などというものもあるが、一番大きいのは機会均等調停委員会だそうだ。しかしこれには限界があるといわれている。均等法が制定されてから10年以上たつのに、今まで調停が開かれたのは、1999年4月の改正均等法が施行された以前は、わずか1社である。
ノルウェーでは政府の機関や地方の行政機関がオンブズマンの勧告を守らないことはルール違反とみなされる。
オンブズマンの発言と役所とのかかわりについては、オンブズマンは決定できる立場にはない。だが、省庁の決定より上に来るのが普通である。
法律や規則はオンブズマンの権限ではなく、国会で争われるものである。
男女平等オンブズマンは行動を政府に報告する義務があるので年次報告書を児童家族省に提出している。その他、自由裁量で、議会にも活動報告している。

◆情報提供〜オンブズマンの重要な任務

以上が日本でも知られているオンブズマンの役割であるが、オンブズマンには、情報提供という重要な任務もある。講演、調査、広報などであるが、マスメディアにも頻繁に登場するのだ。吉武さんも、“事実を事実として広く公表する情報提供”の役割を知ってほしいと言われていた。
具体的には、新聞に執筆したり、テレビ・ラジオのインタビューなどに数多く出演する。地方にも講演に出かける。国民に広く、今どんな問題があがっていてどこを議論したらいいかなど提示していくそうだ。
日本には、オンブズマンのように強い影響力を持って情報提供する、そんな公的機関はない。

◆国際的な関係・NGOとの関係

ノルウェー男女平等オンブズマンは、国際社会にも貢献している。ノルウェー男女平等オンブズマンには世界各国から視察団が絶えず、オンブズマン自身が外国に招待されることも多い。3年前には日本にも講演活動などできている。
ノルウェーはEUに加盟していない。だがEUや国連機関の男女平等の活動に、男女平等オンブズマンが政府を代表して参加している。男女平等推進に関わるノルウェーの第1人者として、国外でも活躍しているのだ。

最後にクリスティンさんは、男女平等をめぐるNGOの役割について述べられた。
国が男女平等を積極的に押し進めるにつれて、NGOの活動は以前ほどではなくなってきた。だが、男女平等を獲得するために、NGOは非常に重要な役割をになってきた。
この後、次に述べるファンキンゲルさんのところで、北欧でのNGOの役割について、再びふれたい。

◆なぜ公務員同士でできるのか

松山でオンブズマンについて吉武さんに講演して頂いたあと、複数の人から同じ質問がでた。「公務員同士でどうしてそんなことが可能なのか。日本的感覚だと、守秘義務などで公務員同士かばいあわなくてはいけないのに」というものだ。
吉武さんは、ノルウェー男女平等オンブズマンを、現地語で数年に渡ってフォローしてきた。日本で1番その活動を知っていると思われる彼女は、こう答えられた。
“行政の透明性は日本の比ではありません。オンブズマン制度と情報公開制度のタイアップは必要不可欠のものです。また、公務員同士で癒着するようなオンブズマン、業績をあげないオンブズマンは免職され、かつ市民の審判を受けることになります(オンブズマンはあくまで「市民の代理」ですから)。そうなれば、彼は社会的信頼を失い、彼自身の将来にも支障が出るでしょう。国民主権が現実に機能している国と、名ばかりの国との違いです。ただし、実際にノルウェー及びスウェーデンで、オンブズマンが不正をなした事実はありません。
また、官民の間の人事が流動的で、相互に人がよく入れ代わります。そのため、官の中だけで秘匿することが難しい。日本のような「官vs.民」という図式にはなりません。
(北欧の人材登用の状況を知ると、日本の公務員試験制度の弊害がとても目につきます。)
また、たしかに「国家公務員同士」ではありますが、行政監査のオンブズマンは国会の特別職であり、行政サイドの人間ではないことも注意してください。”

◆民主主義の成熟度の違い

皆さんはいかが思われただろうか。苦情処理機関、情報提供機関として強い権限を持つ公的オンブズマン。それを垣間見ることができたのではないだろうか。
ただ、あまりの日本との違いに、“なぜそんなことができるのか?”と疑問も多いのではないか。
吉武さんも、東京などでオンブズマンの講演をしても、こういう声を聞くそうだ。
「でも、日本の例を見ていると、そんなに上手く物事が運ぶわけがないし……やはりいまひとつ、よく分からない。」
彼女はこう付け足された。
「でも、日本の人に今一つ分かりにくいことこそが、日本とノルウェーの社会の民主主義の成熟度の違いを如実に示しているようにも思う。あまりにあっけなくノルウェーのオンブズマンがなぜ上手く機能しているか分かってしまうと、なにか悲しい気さえする。」

◆オンブズマン制度を日本でも話そう!

ところで、日本にオンブズマン制度を設けることは、妥当だろうか。
日本では、川崎市をはじめ、自治体でオンブズマン制度が検討され始めている。最近では、統一地方選挙で現職札幌市長が、行政オンブズマン制度実現を公約に掲げた。
しかしまだ、公的機関のオンブズマンという選択肢を、認識している人は少ない。
ノルウェーのように大きな権限を持つ公的オンブズマンの導入は、日本では抵抗が多いかも知れない。欧米に比べ日本には、摩擦を嫌う特徴があるといわれるためだ。
だが、ノルウェーでも、オンブズマン制度を導入する時には、かなり激しい議論が行われたそうだ。保守的な人であればあるほどオンブズマン制度に反対の人が多く、非常に政治的な議論になったそうである。
それなのにどうやって制定されたか。
オンブズマンを制定に持ち込んだ賛成派の意見は、主に2つあげられるそうだ。

1つめは、例えば男女平等などの難しいテーマには、法を作るだけではなくそれを守らせる監視役を作らなければ無理だという意見。

2つめは、男女平等などの問題はやはり個人レベルに起きることが多いので、その一個人が大きな社会の中で問題を取り上げてその解消のために戦っていくのは非常に難しいからということだ。

日本でも、最初は抵抗が多くても、議論を重ね、この制度を活用する道はあるのではないか。
公的オンブズマンは、まだまだ日本では理解されていない。また導入するにはたくさんの論議が必要で、生みの苦しみは大きいかも知れない。
だが日本または自治体独自のオンブズマン制度を、私達は政策提案のテーブルに、のせてもいいのではないか。

●スウェーデン最古の女性団体フレデリカ・ブレーメル協会アン・ファンキンゲルさん

◆北欧のNGOの役割

フレデリカ・ブレーメル協会は、1884年に生まれたスウェーデン最古の女性団体だ。現在会員は2000人(スウェーデン人口885万人)である。
国が男女平等政策に積極的になるにつれて会員数が減ってきた。だが、この様なNGOの活動が盛んになり影響力が高まったから、国も動くようになったと聞いた。民間の要求が行政に反映されるようになってきたから、NGOも会員数が減ってきたのだ。
日本では、「アメリカはボトムアップで民主主義が達成されてきたが、北欧はトップダウンだ。だから北欧の民主主義はもろい」と言う声を聞く。
なるほどクォータ制など、まず制度を変えることによって人びとの意識を変えていく、というものも、多い。
だが男女をめぐる状況は、初めにNGOなど民間が頑張って、制度自体を変えてきた経歴があるようだ。フレデリカ・ブレーメル協会の例でも、その経歴が伺い知れると思う。
この協会が現在力を入れているのは、“地位のあるところに女性を送る”ということだ。
これまでの経過をアンさんは説明してくれた。

◆初めはかけ込み寺から

初期は、協会でシェルター(かけ込み寺)を全国に作った。この協会などの働きかけにより国や自治体も動いた。その結果現在スウェーデンには、どこの自治体にいってもシェルターがあるという。
1970年代、次の点で論争が盛んになり、協会でもセミナーなどを開いた。女性への暴力、中絶、避妊具の普及、ポルノ、売春、乳がんのチェック、父親の役割など。政府や地方自治体に対しても、大きな影響力を及ぼした。
1980年代の論点は、女性とお金、女性と科学、女性とコンピューターなど。女性とコンピューターのセミナー活動などは、1983年に行ったそうだ。16年も前の段階である。背景には、このままではコンピューターを使う分野を女性が敬遠し、男性ばかりになるとの分析があった。それは将来の、情報格差、それに伴う新たな賃金格差をもたらしてしまうという危惧があった。新たな問題をひき起こしてしまうという危機感があったのだ。それを予防するための対策を、16年も前からとっているのだ。
1990年代は、女性たちは非常に忙しくしている。だからイベントなどでも、多忙を割いてでてくるようないいものを作るのに苦心している。
また現在は、“女性の地位を高めるための新たな試みの必要性”を感じている。
その必要性とは、キャリアを積んでいる女性に対する“やきもち”である。地位を築いた女性に対して、女性が冷たい態度をとることがよくある。「あの女性は、よく外にでてるから家事や育児が不十分だ」女性が女性の足を引っ張ることが、往々にしてある。
それに対する対策は、女性同士が議論することから始めることが大事と、アンさんは説明した。小さなグループをスタートさせ、話すこと。そしてそこに地位を獲得した女性を入れて話し合うと、双方が新たな発見をすることができる。

◆地道な取り組みから制度へ

日本に住む私達から北欧を見ると、制度がいい方にどんどん変わっていいなあと思ってしまう。でも、制度が改革されるまでには、NGOなど市民の地道な取り組みが、北欧でもあったのだ。
大熊由紀子著『「寝たきり老人」のいる国いない国1990年』の中に、大熊由紀子氏と岡澤教授の対談が載っている。そこで岡澤教授も、北欧社会のことをこう述べている。
“お上から何かをもらうんではなくて、自分のやれるところからとにかくやっていくという姿勢、基本的には、上から与えられたのではなく、闘って確立してきた姿勢”
決して最初から、上から民主主義ができたわけではなかった。
その意味で、私達にも非常に参考になる道を示している、とは思わないだろうか。


4.いまなぜ北欧か

 〜『高齢化率による社会規定論』の紹介

ここで岡澤憲芙教授らの“高齢化率が社会をおおまかに規定する”という考え方を紹介する。北欧から学ぶことがなぜ私達のためになるのかの、一つの根拠になると思う。
はじめに、岡沢教授の言葉を紹介しよう。
“いまなぜスウェーデンか。この質問に対する答えはごく自然である。「現時点で、最も高齢化率の高い国であるから」世界に約209の国があり、地球人口は約60億人である。統計が公表されている国で、しかもある一定規模の人口を持つ工業国家で、スウェーデンの高齢化率18.1%に匹敵する国はない。”(『エイジング・ソサエティ』岡沢憲芙・多田葉子著、早稲田大学出版部1998年より)

なぜ高齢化率が高い国から日本の私達が学べるのか。その考え方を次に、ごく簡単に紹介したい。
斎藤弥生・山井和則著『高齢者会と地方分権』(1994年ミネルヴァ書房)から図と表を拝借する。なお、’98年のスウェーデンの高齢化率は18.1%、日本は16.2%である。

まず図1を見て頂きたい。これは、高齢者政策の、スウェーデンと日本での変遷である。
両国の高齢化率10%のところに注目して頂きたい。スウェーデンで、老人ホームが批判されたが、日本でも寝たきり老人問題がクローズアップされた。また高齢化率13%を見ると、両国で地方自治体が、高齢者についての福祉計画を作っている。
このように高齢化率の変化により、高齢化政策のあり方が両国で変わっていることが分かる。高齢化率によって変わってきたのは、高齢者政策だけではない。表1は、高齢社会以前から超高齢社会までのスウェーデンと日本を比較している。高齢化により、国家目標、価値観、家族形態などが変遷してきた様子が示されている。

なぜ高齢化により社会が変わってきたのか。 それは、人口動態が社会を規定するからだ。人口動態によって、社会の要請が違ってくるからだ。その説明を前出の『高齢社会と地方分権』から抜粋させて頂くので、図2を見ながら読んでほしい。 “子どもが非常に多く、平均寿命が短い社会、すなわち、発展途上国の人口ピラミッドは<ヤマ型社会>を描く。<ヤマ型社会>は政情が不安定な場合が多い。つまり、<ヤマ型社会>の目標は貧困からの脱出であり、政情の安定となる。政情が安定し、経済成長が始まると、子どもの数は減り、平均寿命ものびていく。つまり、人口ピラミッドが<タル型>になる。図からも明らかなように、働き盛りの層が多く、その安く豊富な労働力を背景に経済はますます成長する。アジアの新興工業国(香港・シンガポール・韓国・台湾など)は<タル型社会>の前期であり、日本は末期である。日本のように<タル型社会>末期になると、高齢化の上昇に伴い、労働市場の要請で女性の社会参加が進む。それと同時に今までは家族が担っていた育児や老人介護が大きな社会問題になり始める。<タル型社会>は、やがて<ツツ型社会>に突入する。<ツツ型社会>は高齢者が多い成熟社会であり、社会の価値観が「ものの豊かさ」から「心の豊さ」を求めるようになる。高齢化率の高いヨーロッパ社会が生活指向であるのは人口動態と無縁ではない。<タル型社会>には、中央集権型(経済史上型)が向いており、ツツ型の高齢社会には地方分権型(「生活と経済」両立型)が適している。”人口動態が、その時々に社会が何を求めているかをおおまかに決めている。

◆細かい社会事象についても高齢化率の影響が

さらに、ジェンダーをめぐる事柄など細かい社会事象についても、高齢化率の影響は強い。いま日本では、ドメスティック・バイオレンス(D.V.)がクローズアップされている。日本の高齢化率は16.2%である。岡澤憲芙教授によれば、スウェーデンでも高齢化率16%の時、D.V.が問題化された。D.V.はそれ以前にもあった問題だが、高齢化率16%くらいで、顕在化しやすいということだ。
この様に個別の問題についても高齢化率を比較し、スウェーデンなどから学ぶことは有益だ。それによって私達は、複眼的に解決ヘのヒントが得られると思うからだ。しかもスウェーデンなどが実行して失敗した点からも、私達は学べる。
スウェーデンのことを述べてきたが、北欧では国境を越える協力や政策の学びあいが盛んだ。前出の吉武さんも、政治のあり方、生活などだいたい似ていると考えてよいと言われていた。従ってスウェーデンのみならず、他の北欧諸国からも学ぶことが多いと思う。

◆果たして日本は

高齢化率は、文化や国民性よりも社会に強い影響力を持つということである。それは人口動態の必然からだ。
しかし逆にいうと、その時代の要請を軽視すれば、手痛いしっぺ返しがあるのではないか。表1で著者(斎藤弥生・山井和則)も述べている通り、高齢社会から超高齢社会になるまでスウェーデンでは55年かけて、システムを整備してきた。日本では、15年しかない。が、果たして現状でいいと言えるのか。
皆さんは、高齢化率による社会規定という考え方を、どう思われただろうか。それは、一線上的な見方で可笑しいと思われる方もいるかも知れない。それぞれの社会はそれぞれの発展をすると考えた方がいいとの反論もあるかも知れない。
私は、もちろん社会によってさまざまな発展のしかたを模索していいと思う。が、人口動態からのこの考え方は説得力があり、今後、見逃してはならないと思う。なぜなら、いま、そしてこれから、何を社会が要請しているのか、見分けやすいと思うからだ。
高齢化率が社会をおおまかに規定する。この考え方からも私は、いまなぜ北欧か、北欧から学ぶことがいかに大切か、強調したい。

5.北欧で強く思ったこと

  ここでは、北欧で強く感じたことをお伝えしたい。

◆『ひとりひとりの国民の問題』

岡澤憲芙教授が旅の間、何回もいわれた言葉である。いままで日本では、リーダー論議が盛んだった。だが、リーダーだけ取り替えても世の中よくならない。ひとりひとりの国民が変わっていく必要がある。だからこそ、市民運動が大事だということを、一緒にいったメンバーで語り合った。彼によると、スウェーデンでも、確かに優れたリーダーたちが引っ張っていった。しかし市民がよきリーダーを支えられるくらい成熟している必要がある。
日本に住む者として、在日外国人の方々と共に、私もそんな市民の一員であろうと思った。

◆教育の大切さ…男性がごく自然に保育に関わる

皆さんに映像でお見せしたいくらい、紹介したいエピソードが多くあるが、ここでは教育の大切さなどを感じたエピソードを紹介しよう。
デンマークの公園で出会った二人の男性の保育士さん。色とりどりの服を着た可愛い園児たちといた二人の保育士さんが、どちらとも男性だったのだ。20歳くらいと40歳くらい。前出の吉武さんによると、良心的兵役拒否者が保育士として働くことも多いそうだ。思わず駆け寄って私は話しかけた。
「こんにちは。日本からきたんですが、少しお話していいですか。保育の仕事は、自分から選んだのですか。それとも兵役を拒否したからですか」
「僕は子どもが好きだから、自分から選んだんだよ」
もうひとりの男性も、ニコニコして聞いている。
「日本では、男の保育士さんはとても珍しいのです。なぜ保育士になったのですか」
「なぜって、僕達はそう育てられてきたからね」
「写真を撮っていいですか」
「いいよ。日本から来た人は、いつも僕達を撮るんだよ。でも、撮られるのは好きなんだ」
そう育てられてきたからね、の言葉に、彼らが、私の思っていたよりごく自然に保育に関わることになったのだなあ、と感じた。日本でも、子どもが好きなら男性でも自然に保育に携わるようになれれば、と思った。同時に、教育の大切さを改めて感じた。

◆偏見の少なさ

この他にも、肌で感じたことに、“偏見の少なさ”がある。
アメリカに住んだ時、頻繁に感じたことの一つが、残念だが、黄色人種である私への偏見だ。
だから北欧で、どの地へいっても、あの差別的な考え方独特の表情を感じず会話できるのは、爽快だった。都会だけではなく、田舎のスーパーの青年までがそうなのだ。これは、肌で感じられた貴重な収穫だった。
北欧では小さなころから国際理解教育などが整っている。やはり、教育は大切だ。

◆日本が学ぶことは多い

日本ではアメリカのことは知られているが、北欧に学ぼうという姿勢は、まだまだ少ない。
だがそのアメリカと北欧も、最近特にお互い学びあっていると聞く。
北欧は、やはり日本とは違うから・・・私はそう思いながらも、今回の旅に出かけた。北欧はユートピアではないし、また北欧だけがいいのではない。
だが改めて思うのは、これから高齢化が加速する日本が北欧に学ぶことは、非常に多いということだ。

6.これから

◆具体的な代案を

北欧で一番痛感したことは、自分がいかに、経済・財政学・歴史などにうといかだ。
おこがましく聞こえるかも知れないが、私は多くの人と協力しあいながら、どうしても世の中いい方に、変えていきたい。
皆さんの中で、そう思っている方もいらっしゃるのではないだろうか。
変えていくためには、批判や情緒論だけではなく、クールに状況を分析し、具体的な代案を示すことは必須だ。そのために私は、いま基本的なことを学んでいる。
現在私は、主婦だ。子持ちの主婦が、こんなことして何になるんだろう? そう考え、悲しくなってしまうこともある。
でも、きっと、何か力になる。
人と協力しながら学んでいこう。そして私は、具体的な代案を提示する力を身につけよう。
いまあなたなら、何についていったいどんな代案を、かかげるのだろうか。

その後愛媛では、環境問題を中心とした市民運動に取り組んできた女性が、県議選で当選した。彼女は、愛媛県初の女性の県議となった。
私は急きょ、この5月から彼女の事務所に非常勤職員として通っている。彼女を通して県政への政策提案に参加していけることが、心からうれしい。
今は、新しい環境に慣れるので手一杯だ。私なんか勤まるのかな、と思ってしまう時もある。でも私は、自分の能力も人格も高めて、他の人とともに彼女を支え、強力にしていくのだ。
今度、土曜講座の方々とお話する時には、愛媛で何が変わっているだろうか。
甘いと思われるかも知れない。でももう私は、わくわくしているのだ。■

日本型サイエンスショップを構想する

上田昌文

1 生活者と科学技術のかかわり

 市民科学研究室は、科学技術にかかわる様々な社会問題の解決のために、市民の問題認識力を高め、必要ならばまだ誰も行っていないような調査や研究を市民自身が発案し実施していく、という活動を続けています。そうした活動に 10年ほど携わってきた経験をふまえて、「市民(生活者)のための科学技術」とみなしえる活動はいかに成立するのかを、サイエンスショップのような活動がなぜ必要でいかに創り出すことができるのかという点を見据えながら、私見を述べてみます。とりわけ、科学技術の様々なリスクにからんで専門家の役割が問い直されている現状をふまえ、一般市民(生活者)から信頼と支援を得るには研究開発がどんな条件を満たしていなければならないかを考えてみます。

  「生活者のための科学技術」というとき、ではいったいその両者はどんなかかわりを持っているのかを、大まかにでもつかむ必要があります。第一は「生活の必要としての科学技術」。意識するにしろしないにしろ、もうそれなくしては生活が成り立たない必須要素となっている技術です(エネルギー関連、食品加工、交通、医療など)。第二は「生活をよりよくする手段としての科学技術」。これがあれば、今より生活が楽で便利になる、今まで満たせなかった欲望を満たせる(あるいは技術そのものがそうした欲望を喚起する)技術です(ユビキタス社会、生殖医療、ナノテクノロジーなど)。もちろん、第一と第二は明確に線引きでないものであり、たとえば携帯電話などは両方の属性を持つでしょう。第三は「生活への脅威としての科学技術」。健康や環境に対する種々のリスク、過度の技術化・人工化がもたらす自然の喪失といった側面です。これには、有害化学物質や放射性物質による汚染、遺伝子組み換え食品など多種多様なリスク(有害性の確定しないグレイゾーンのものも含めて)があります。そして第四が「生活の中の楽しみとしての科学技術」。ノーベル賞を受けた研究がなぜそれに値するのかを一般の人がある程度理解できれば、それに越したことはないでしょうし、そうできればその人の知的世界が広がることでしょう。あるいはパソコンや最新の家電機器を上手に使いこなせれば、それも自身の能力が広がる楽しさを感じることができるはずです。 こうした様々なかかわりをもつ生活者ですが、しかしこれまで科学技術を語る文脈では受動的な位置に留め置かれてきたと言うべきでしょう。すなわち、理科教育の「教えを受ける者」であり、技術の「消費者」「受容者」「ユーザー」であり、科学メディアにおける情報の「読者」「視聴者」です。私がここで注目したいのは、生活者の能動的な位置づけです。現実には市民・生活者が能動的役割を担うケースが様々な局面で増えてきており、そのことはたとえば、まちづくりや地域の環境行政で進められている市民参加[1]、市民が主体となった地元の自然保護活動や環境調査[2]、あるいは NPOを組織して専門知を活用した自然エネルギーや有機農業の活動[3]、さらには商品やサービスやメディアに対する生活者からの評価[4]、などに現れてきています。

2 どんなリテラシーやコミュニケーションが必要か

 また、最近「科学技術リテラシー」や「科学コミュニケーション」がいろいろなところで取り上げられるようになりましたが、そうした面での生活者のかかわりを整理しておくことも重要です。たとえば一つの類型として、

(A) 技術(製品)の使いこなし

(B) 技術(商品・サービス)の選択のための判断

(C) 科学技術が絡んだリスクへの対応

(D) 科学技術研究開発への意思表示   (たとえば軍事研究を抑制する民意)

(E) 科学技術の内容や発展動向への理解   (狭義のリテラシー)

(F) 専門家とのやりとりにおける意思疎通   (たとえば医師・患者関係)

(G) 問題解決のための専門知の活用   (たとえば干潟保護のための専門調査の実施)


といったことが考えられると思います。 このような類型がなぜ重要かと言いますと、個別の問題を全体状況の中でうまく位置づけてこそ有効な解決策を描き出せるからです。市民科学研究室が取り組んでいる事例で言えば、「中学生にケータイを持たせるべきか」「不妊治療の際に転院を繰り返す患者が多いのは何ゆえか」「私たちは遺伝子組み換え大豆をどれくらい食べているのか」「オール電化住宅は本当に経済的か」「ナノテク化粧品は安全か」「X線検査はどの程度必要か」といった個別の問題を探るのに、たとえば(A)から(G)のような“かかわりの枠組み”を参照して他の問題との関連をとらえ、そこから解決のヒントを見出していくことがある程度できるのです。

 ちなみに、理科教育に一言ふれておきますと、私たちが探っている今述べたような問題に対して、現行の理科教育はほとんど無力なのではないかと感じています。マイクロ波の人体影響の問題を含めて携帯電話のリスクを授業で扱うことはあるでしょうか。性教育の一部として妊娠を取り上げても、不妊治療の現状を知る機会はあるでしょうか(高齢出産が増え、カップルの 10組に 1組は不妊であるとの事態を迎えているのですが)。遺伝子組み換え食品について子どもたちが系統だって学ぶ機会はあるでしょうか。「オール電化」の問題を扱えば、原子力発電による夜間電力の利用の是非に行き着かざるを得ないのですが、エネルギー教育はどこまでこの問題に踏み込めるでしょうか。......といったように、あまり期待できないのではないかと思います。

 上記のような問題は、生活に深くかかわるものであるにもかかわらず、適切に判断するための情報を見つけにくかったり、専門家の見解も分かれていたりするものがほとんどです。また、そもそも実態の調査そのものが欠落していることもあります。さらには、ある程度情報が得られても、どこから行動を起こしていけばよいのかが見定め難い場合もしばしばです。

 私は、単純なアプローチでは解決を見出せない、科学技術にかかわる社会問題に対しては、生活者の能動的な役割を重視しつつ、大きく言うと次のような 3つの観点からの複層的なアプローチで臨むことが肝要だろうと考えています。

 第一は、環境やまちづくりの分野などで目立ちますが、政策形成・決定過程への市民参加の手法の成功事例を、科学技術分野にうまく応用することです。コンセンサス会議など参加型テクノロジーアセスメントの手法も、それ自体の使える・使えないを論じるよりも、他の市民参加手法の具体的な成功事例に引き比べて位置づけていくとよいのではないかと思います。

 第二は、専門知への接近と利用、専門家との生産的な対話を市民に可能にする方法をいろいろと考案し試してみることです。大学の図書館を市民に開放すること、最近各地で行われるようになった「科学カフェ」、新聞やTVなどが専門家への取材を重ねながら創る良質の記事やドキュメンタリー番組など、いろいろなものが含まれますが、たとえばそうした取り組みとインターネットを用いての意見交換の場を連動させてみるなど、開拓できることはたくさんあるように思います。

 第三は、既存の科学技術のあり方や科学知の再編にかかわることであり、リンカーンの名句「人民の人民による人民のための政府」にならえば、今の科学技術を「人民の人民による人民のための科学技術」(science&technology of the people by the people for the people)へいくらかでもシフトさせるためにあらゆる試みをなすこと、です。「市民科学」という概念も主としてこのアプローチにかかわってきますし、「人民のための」という言葉を言い換えるなら、「市民から信頼と支援を得る」ということになろうかと思います。

3  信頼と支援を得る研究の条件

 では、市民から信頼と支援を得られる研究開発とは何なのか、どんな条件を満たすことが必要なのかを考えてみましょう。現代の科学者や技術者は、フリーランスの発明家などを除いて、大半は組織に所属する雇われ人です。その点を考えて、帰属する組織体(大学や企業など)やコミュニティ(学会など)と、科学者・技術者個人の問題を一応分けてみます。 集団としてみたときの最大の要件は、研究の目的と展開方法と成果の生かされ方が社会的に合意できる「基本的理念」を損なわない、ということでしょう。もちろん明文化された「基本理念」が公的文書に謳われているわけではありませんが、たとえば科学技術基本法の狙うところもまた、次の 3点を前提にせざるをえないはずです。その 3点とは、

(1) 持続可能性   (自然環境、将来世代、「南」への負荷の軽減)

(2) 健康と暮らしやすさ   (健康リスクの軽減、安心と安全の確保)

(3) 社会的公正(基本的人権の保障、紛争・戦争の回避、南北間不公正の是正)

です。「基本的」という意味は、今現在あるいは今後どのような研究開発がなされるにしろ、この 3点のいずれかを損なう可能性のある研究開発は支持されるべきではないとみなせるからです。 科学者・技術者個人について言うと、単に専門家としてこれまでの枠組みに応じた仕事を行うだけでなく、彼または彼女自身もまた一人の「生活者」である点をどう自覚し、組織の中に埋没してしまうのではない形で政治的主体性をどう発揮するかがポイントになってくると思います。それをいくらか具体的に述べると、本来なら、所属する組織やコミュニティが市民・生活者のニーズや懸念に耳を傾け、必要なら対話し、具体的に対応できる何らかの回路を持っているべきなのですが、それが現状では適わないとき、個人として何らかの形で対応していく、ということです。それは、“顔の見える研究者”として、たとえば市民・生活者の懸念に立脚する報道や批判に対して、(所属組織とは独立した)個人の責任において自身の見解を表明できる、ということを意味するでしょうし、それには、自身が取り組んでいる研究の意義について「生活をどのようにより良くすることにつながっているか」という観点から自らの言葉で語ることも含まれるでしょう。あるいは、科学技術政策や研究行政の是非に対する見解を表明でき、それらの意思形成に影響を及ぼすべく何らかの試みをなすことも意味すると思われます。

 ただ、今理念として述べたことがらを具体的な局面に応じて実行できるようにするためには、既存の政策決定システムや諸々の団体の取り組みを見渡し、何が有効に機能しているか、していないか、あるいは何が欠落しているのかを探る必要があります。ここでは、専門家である科学者・技術者がいかなる形で、社会問題解決のために専門知を活用し得るのかという点について、極めてラフにですが、現状を描いてみたいと思います。

4 社会問題解決のための専門知の活用

 まず原則的なことを言うと、問題解決のためには次の4つの位相の活動がどこかでリンクしなければならないと私は考えています。私がこの後で言及する個々の取り組みも、この 4つの位相のすべてをカバーしているものはむしろ少なく、だからこそ他の取り組みと連動させていくことが必要なのです。この類型はそのための視点を提供するものです。

・フィールド:問題発生の現場の当事者としてあるいはそれに深くかかわる代理者として、問題状況を他に知らしめ、解決の必要性を感知させる。

・リサーチ:調査・研究を通じて問題の理解や解決に寄与すると考えられる情報提供や分析や提言を行う。

・キャンペーン: 問題に対する社会的認知を高め、必要な人的・物的・金銭的支援を喚起し、実現する。

・ポリティックス: 問題解決に必要な政策的対応(現行の法律や制度の活用、行政セクターによる種々の施策の実行)を考案し、行政側の実施者と効果的に交渉することで実現を図る。

 古典的とも言える例からふれましょう。1970年代は公害問題が激化し、科学の「体制化」が指摘され、科学者の社会的責任が鋭く問われ始めた時期だと思えますが、その頃に、市民の立場に立って専門家としての固有の科学技術領域で批判活動を組織的に展開する人々が現れました。その代表例は東大自主講座(1970〜)の宇井純氏、原子力資料情報室(1975〜)の高木仁三郎氏、市民エネルギー研究所(1978〜)の松岡信夫氏、そして現在の「ピースデポ」(1997〜)につながる国際的な活動を展開してきた梅林宏道氏でしょう。遺伝子組み換え食品、ダム開発、干潟保護、様々な化学物質問題・環境汚染、薬害など、多発する科学技術がらみの問題にかかわって、主に大学人として専門知を活用し、市民運動をサポートしてきた(あるいは市民運動を立ち上げた)人々は、決して少なくありません。ただ、ここで提起したいのは、そうした個別の取り組みで得られたノウハウや経験知を横断的にとらえ、生活者の参加や支援、市民と専門家との協力の進め方といった観点から整理してみることが今重要なのではないか、という点です。
 
 「生活者と専門家」を共通軸としてとらえることで、現在主に NPOによって担われている組織的な対抗的・批判的研究活動に、他の活動(たとえば、憂慮する学者らが自主的に形成した運動組織、日本学術会議、行政に属しながらその立場を生かしつつ協働する個人、批判的な視点を持つジャーナリスト、民間のシンクタンク)との相互補強的な役割を明確にできるかもしれませんし、また、生活者自身がコミュニティを築いて変革を進める活動(たとえば、生活共同組合運動、分散型エネルギー推進の地域活動、食や住の分野での地域自立型の活動)との連携を強化できるかもしれません。

 また一方で、「生活者と専門家」のとらえ方や「専門知の活用」を多角的に検討することで、政府が組織した専門調査委員会や諮問委員会や審議会のあり方の問題点を明確にしたり、サイエンスショップやCBR(コミュニティ・ベースド・リサーチ)など地域に立脚した大学の「科学相談所」的活動など、まだ日本では制度化されていないタイプの活動をどう立ち上げていくかを探ったりできるでしょう。あるいは欧米諸国で制度化されているが日本にはないものとして、議会に専属するテクノロジーアセスメント(TA)のための専門組織(「技術評価局」のようなもの)がありますが、コンセンサス会議のような政策形成に参照しうる様々な「専門家・非専門家の開かれた対話型パネル」などとあわせて、望ましい制度設計・創出をすることにもつながるでしょう。

5 市民科学研究室の活動にみる「生活者と専門知」

 市民科学研究室の具体的な活動に即して、生活者と専門知のかかわり、専門家と素人とのかかわりをみてみましょう。 月に 1度の誰でもが参加できる「市民科学講座」を続けてもう 14年になりますが、これは講師としてお呼びする方々とネットワークを築くきっかけになるだけでなく、市民科学研究室自身が行っている調査研究の成果を公表する場でもあります。最近 3年間のテーマを本稿末尾の表に掲げましたが、約半数は独自の研究発表であることがわかるでしょう。 次に、市民科学研究室の「プロジェクト」(個別テーマでの調査研究、以下 PJと略記)を説明します。現在7つあって、それぞれが 3人〜 10人のチームを作り、毎月 1回か 2回の勉強会を重ねながら研究を進めています。
 
・「科学館PJ」は、全国にある科学館を大人がもっと活用できる場にするために、科学館の現状を調べ、魅力あるプログラムを開発して提案することを目指しています。2004〜 2005年にかけて約 180の科学館を対象に行った「扱いテーマ」アンケート調査では、“生活にかかわる科学”(たとえば食、医療、住まい、防災など)が手薄であることがはっきり示されました[5]。
 
・「ナノテクリスクPJ」は今、ナノ化粧品の安全性に関する情報を収集し評価しようとしています。最近の報道にもあるように、「グリーンピース」や「地球の友」を含む 8つの環境団体が連名で、ナノサイズの二酸化チタンと酸化亜鉛を含む日焼け止めの生産・販売中止を求めています[6]。リスクは不確定ではあるものの、適切な予防的な対応を促すべく、私たちは必要な情報を市民に提供していこうとしています。 

・「低線量被曝PJ」もリスクに関する専門文献の読み解きを主に活動しています。『ECRR』報告書(欧州放射線リスク委員会 2003年勧告)や『BEIRVII』報告書(米国科学アカデミー報告 2005年)などを要約し翻訳しながら[7]、専門家の間でも意見が分かれている低線量放射線リスクの評価を、ICRP(国際放射線防護委員会)のガイドラインの検討を含めて、市民がどのように受け止め対処していくべきなのかを考察しています。
 
・「食の総合科学PJ」は、専門領域に分断された知見をつないで生活者に必要な情報として加工することを、身近な食材を題材に行っています。栄養学、料理法、食材の由来、農業生産、流通などを総合的にとらえて、今知っておくべき事実をまとめているのですが、現在までに「砂糖」「油」「牛乳」「大豆」「米」を雑誌の連載で扱いました[8]。それと同時に、調理技術の習得(食の自己管理)と科学の学びを統合した、現行の理科教育の代替案となるプログラムを開発し、「子ども料理科学教室」として出前授業などを行っています[9]。 

・「宇宙開発再考PJ」は、膨大な予算が投入されるにもかかわらずその使い道や成果の妥当性はほとんど問われないこの領域で、開かれた政策形成をいかにして実現できるかを探り、市民のニーズにあった適正規模の宇宙開発を促すことが目的です。最近注目されてきた「手作り衛星」作りの活動 [10]を追いつつ、民意反映型の研究開発の可能性を検討しています。

・「生命操作PJ」は、生命操作技術に対する市民の意見・意思を様々な角度から拾い出し、問題提起と議論の場を作ろうとしています。信頼度の高いウェブコミュニティをとおして 220名の不妊治療体験者を対象にした詳細なアンケートを行い、解析しました[11]。現在は、生命倫理問題の焦点の一つ「着床前受精卵診断」について調べています。
 
・「電磁波PJ」は、グレイゾーンにあると言われる電磁波リスクを市民の立場から正確に把握し、適正な予防原則的対応を国や企業に促すことが目的です。そのためには、自ら実測したデータと人体影響に関する最新情報をつき合わせて検討することが欠かせません。これまで、東京タワーの放送電波(新聞報道、学術論文、学会発表)、図書館盗難防止装置(新聞報道、報告書)、携帯電話基地局(助成金による研究報告書)、IHクッキングヒーター(報告書)、など対象に調査を行い(家庭内における 24時間連続計測も含む)、WHO(世界保健機構)の国際ワークショップなどにも参加し発表してきました。現在は携帯電話電磁波のリスクをめぐって盛んに発表されるようになってきた最新研究をレビューし、リスク評価のための適正な枠組みを考案しようとしています[12]。 

 こうした調査研究は、集まった素人たちの素朴な疑問に端を発するとはいえ、必要ならば専門家のサポートを受けながら(あるいは専門家と連携を組みながら)、調査や分析に欠かせない専門知識を要領よく習得していくことが必須となります。他の専門 NPOと連携して、そこに蓄積されたネットワークやノウハウを生かすことも重要です。私たちの活動は、たとえ越え難い専門性の壁があるように見える科学技術分野の問題であっても、生活者が自身の生活に即した視点から研究テーマを選び、研究方法を編み出し、調査を進め、その成果を社会に還元していく、という一連の営みが可能であることを示しているのではないかと思います。

6 大学に期待すること

 市民・生活者の能動性を尊重し、研究開発の向かうべきところを、現在の科学技術がもたらしている様々な問題をみすえながら、ともに描き出していく.これが、端的に言うと、これからの時代において信頼を得る研究者の姿勢だと言えるでしょう。私たちのような NPOは、市民と科学者・技術者をつなぐ媒介役になり、両者の協働の場を提供しているとも言えるかもしれません。この役割は今後ますます各所で求められるようになるでしょう。しかし翻って考えるなら、研究者の集積点でありその養成機関でもある大学自体が、本来そうした役目を担うのに最も好適であるはずなのです。

 私たちの活動に即してみても、今後大学と連携して行っていきたいことがたくさんあります。先に述べた市民自身がなす調査研究では、参加メンバーに理系の基礎素養があるかないかが大きくものを言う場合があります。それを短期集中で習得できるようなプログラムや講座を大学と共同で開発したい。あるいは、卒業研究や修士論文に取り組む学生さんと共同で私どもの調査研究をすすめたい。さらには、欧米のサイエンスショップにみるような大学を拠点とした地域対話型の試みを始めてみたい……。 NPOと大学との協働の可能性を探る上で知っておいていただきたいのは、たとえば私たち市民科学研究室の例でみるように、具体的な活動をとおして科学コミュニケーションのための様々なスキルやノウハウを学ぶことができるだろう、という点です。 

 「市民科学講座」で発表を担当することによって、STS的リテラシー、専門家との対話の進め方、発表技術の習得が期待できるでしょう。「プロジェクト」にかかわって調査研究を進めることは、まさに素人による専門知の実践的活用のためのトレーニングです。その過程で行うインタビュー取材では、専門家と市民をつなぐ媒介者として役割を自覚することになるでしょうし、アンケート調査や環境計測や論文執筆といった作業は、大学での作業と何ら変わりません。科学実験教室の運営や科学館へのプログラム提供では、「生活」を軸にすえたオルタナティブな科学教育のプログラム開発を体験できるでしょう。ワークショップをとおして、知識の多寡に依存しない議論の手法を身につけることになります。マスコミや雑誌からの取材は、科学技術ジャーナリズムとの具体的接点ですし、ウェブサイトでの広報や相談窓口も市民の様々な意見や意向をつぶさに知る機会になります。行政や企業への申し入れや交渉が、政治経済のシステムや力学に実地にふれることになるのは言うまでもないでしょう。

 信頼と支援は一夜にして得られるものではありません。社会に開かれた研究者は、開かれた教育・研究環境によって作られます。公益性を何よりも重んじるサイエンスショップのような活動は、大学の側からすれば直接の社会貢献になり得るものであり、研究と教育を既存の枠から解き放っていく一つの方向でしょう。科学技術が関連した社会問題にコミットし、独自の調査研究能力あるいは何らかの研究志向を持つ NPOが増えるにしたがって、サイエンスショップ的な“大学の活用”を求める声は大きくなると思われます。

 「科学コミュニケーション」の重要性が曲がりなりにも認知されるようになってきた今、その声に具体的に応えていくことは科学コミュニケーションの最優先事項の一つだと、私は思います。

【注】
[1] たとえば、佐藤徹ほか著『新説 市民参加 その理論と実際』公人社 2005年。

[2] たとえば、ATT流域研究所編『市民環境科学の実践 東京・野川の水系運動』けやき出版 2003年。

[3] たとえば、佐藤由美著『自然エネルギーが地域を変える まちづくりの新しい風』学芸出版社 2003年、ジュールス・プレディ著・吉田太郎訳『百姓仕事で世界は変わる 持続可能な農業とコモンズ再生』築地書館 2006年。

[4] たとえば商品テストについては、牧尚史 +上田昌文「商品テストの現状 〜 米国、英国、ドイツと日本を比較して」『市民科学』第 13号 2006年 7月を参照。

[5] 市民科学研究室・科学館プロジェクト『全国科学館扱いテーマ調査報告書』2005年。

[6] Environmental Groups Want Nanotech Sunscreens Pulled from Market(May 17, 2006), http://www.enn.com/today.html?id=10474.

[7] ECRRについては市民科学研究室発行『どよう便り』第85号 2005年 3月を参照。BEIRVIIの要約を訳出したものは7月 1日より市民科学研究室ホームページに掲載している。 http://www.csij.org/.

[8] いるふぁ発行『つぶつぶ』2004年第 1号〜連載中(現在第 7号)。

[9] 『日経Kids+』2006年 1月号、読売新聞 2006年 2月 28日朝刊社会面「教育ルネサンス」参照。詳しい実験メニューは『市民科学研』に連載中。

[10] 川島レイ著『キューブサット物語 〜超小型手作り衛星、宇宙へ』エクスナレッジ 2005年。

[11] 妊娠出産子育て支援のウェブコミュニティ babycomのサイトでその結果を公開している。「不妊に関するアンケート 中間報告」 http://www.babycom.gr.jp/pre/funinn/an.html.

[12] たとえば、エコログ研究所著・市民科学研究室訳編『携帯通信と健康』2005年。


[付記 ]物理学会では上田の発表に対して直後に以下の質疑応答がなされた。

質問「市民に受け入れられる科学の条件を言われたが、極端な話たとえば、湯川先生の中間子論というのは市民に受け入れられるだろうか。」

上田「個人的な判断だが、科学研究が真理を追求することによって、長い目で見たときに社会の知、ひいては社会全体を豊かにする、という面がある。それは否定すべきではない。ノーベル賞を受けるような研究は、国としても、国力とか産業振興とは別の意味で追求されているし、そうあるべきだと思う。その一方でバランスの問題がある。たとえば、加速器の建設にお金がかかりすぎる、といった問題は常に生じうる。現在の社会が抱えている問題を解決するのに科学を使えることが見えているのに、その方向の努力が少なすぎて既存の真理追求型の科学ばかりが振興されるということがあれば、それは好ましくない。 日本が生き延びることを考えるなら、どう考えても農業の自立が重要だ。日本で持続型のどういう農業があり得るか、というのは科学研究の格好の問題で、世界に対して発信できる財産になると思う。そういうところに出される予算が少なくて、たとえば素粒子研究に出される予算が膨大である、といった事態があれば、それは是正すべきだと思う。」

デンマークのサイエンス・コミュニケーターが話してくれたこと

岡橋 毅 (北海道大学 科学技術コミュニケーター養成ユニット 特任助手)

サイエンス・カフェ宣言(@デンマーク) 1

 サイエンスはますます速く進化している。サイエンスは、私たちの身の回りの世界を大きく変えていく可能性を、毎日のように生みだしているように思える。だからこそ、私たちは「どんな研究やテクノロジーを発展させていきたいのか」、そしてそれを「どう利用していくのか」、について議論を続けていくことがとても重要になってきている。 サイエンス・カフェ・コペンハーゲンの目的は、市民が議論するための場を提供することである。私たちは、科学的問題に関する情報を広く伝え、媒介したいと願うとともに、それらがより広い社会的文脈のなかでどのような影響を持つのかということを議論したいと願っている。そうは言っても、私たちは(すでに)科学への関心がある常連の聴衆に対して教え諭すような講義をすることが効果的なコミュニケーションだとは思っていない。サイエンス・カフェの根底にある考え方は、「知識の伝達や仲介は、多くの市民に届き、かつ相互的な関わりが持てるものであるべきだ」というものである。それは、専門家と市民が同じ場所で顔と顔を見合わせ、偏りのない節度をもった雰囲気のなかで対話することによって達成される。サイエンス・カフェはその始まりから民主的であり、誰でも参加することができる。 こうした話し合いの枠組みは、党派的なものではなく、領域を超えるものである。サイエンス・カフェのイベントは、インフォーマルで親密な場であるカフェにおいて行われるため、専門家と聴衆の自然な対話を和やかな雰囲気のなかですすめていくことができる。パネラーとして参加する専門家は、自然科学や社会科学、人文科学、アート、そしてカルチャーを代表する人たちで構成される。 うまくいったサイエンス・カフェでの議論は、科学と社会を結ぶ役割を果たしている。一方で、サイエンス・カフェは、アートやカルチャーといった領域に科学の知識をもたらす。もう一方で、サイエンス・カフェによって、科学的な実践に社会的、文化的、美術的な問題がさらに組み込まれるようになる。 サイエンス・カフェで話される内容は、民主的なものであり、どんな人にもアクセス可能である。そして、どんなサイエンス・カフェでも参加費は無料である。

                      ゲルト・バーリン & エマニュエル・シューラー(翻訳 :岡橋)


デンマークのサイエンス・コミュニケーター

ここに訳出したサイエンス・カフェ宣言を起草した 2人のうちの 1人、バーリンさんが、この 3月に北海道大学で行われたシンポジウムで講演をされた。バーリンさんは、人間と新しいテクノロジーの関係をテーマにする研究者であり、現在は技術移転に関するデンマーク国内のネットワークのコーディネーターである。また、コペンハーゲンのサイエンス・カフェ 2を切り盛りし、テレビやラジオ、新聞を通しても科学的問題についての話題を伝えている、いわばデンマーク随一のサイエンス・コミュニケーターである 3。
北海道大学での講演では、「デンマークとヨーロッパにおけるサイエンス・コミュニケーション」というタイトルで「公衆の科学的理解」や「サイエンス・コミュニケーション」がヨーロッパで盛んになってきている背景と具体的な活動例をわかりやすく発表してくれた。

 このエッセーでは、その講演の内容の一部と後日に行った Eメールと電話でのやり取りで得た話を交えながら、バーリンさんの活動の根底ある実践哲学を紹介する。


1:ここに訳出されている「サイエンス・カフェ宣言」は、ゲルト・バーリンとエマニュエル・シューラー著のブックレットである "The Science Cafe"冒頭のp.13-p.14にあるScience Cafe Manifestoである。ここに翻訳することについては、バーリンさん本人に快諾していただいた。
2:サイエンス・カフェ・コペンハーゲンのホームページ :http://www. videnskabscafeen.dk/default.htm
3:バーリンさんのホームページ :http://www.gertballing.dk/index.english.html


●民主的であること

 上記のサイエンス・カフェ宣言で特徴的なところのひとつが、「サイエンス・カフェは民主的であるからして、誰でも参加でき、無料であるべきだ」という主張が二度も繰り返されているところである。意地悪い言い方をすれば、「そこまで参加費無料にこだわらなくても......」と思えるが、この繰り返しはバーリンさんの考えるサイエンス・カフェやサイエンス・コミュニケーションの根底に「民主的であること」が大きな意味を持っていることの表れだと考えられる。あるいは、デンマークという国に根付く「平等」の思想の表れであると言えるかもしれない 4。もちろん、バーリンさんが講演で言っていたように、ヨーロッパのサイエンス・コミュニケーションの流れとして、「公衆の科学的理解」に関する考え方が、従来のように、能動的な科学者が受動的な市民にたいして科学の知識を「注入」するという一方公的なモデルから、「対話・参加型」を重視し、「利便性」や「リスク」、「信頼」や「価値」、「教育」といった要素も考えるべきだという考えに変わってきているというのも大きな追い風になっているだろう。

 また、コペンハーゲンのサイエンス・カフェでは、いつでも自然科学分野以外を専門とする社会学者、アーティスト、文化評論家、などの専門家に同席してもらい、科学が「より広い社会的文脈でどのようなインパクトを持つのか」という視点を常に取り入れていこうとしているところも、「民主的であること」につながっていると思う。科学者がわかりやすい言葉で広く市民に対して科学について語ることが「民主的」でないとは言わないが、科学が私たち自身にどのように関わっているのか、私たちの街やコミュニティにとってどんな意味を持っているのか、あるいは私たちの子供たちにどのような影響を持つ可能性があるのか、という視点を織り込むことによって、「私たち」の問題として科学について考えられるのであれば、その方がより「民主的」であるといえるだろう。 ここで重要になるのが、異なる意見をどうまとめていくのかという問題である。

4:村上龍の主宰するメールマガジンで高田ケラー有子さんが書かれていた「平らな国デンマーク :「幸福度」世界一の国から」が NHK生活人新書となって刊行されていますが、ここにはデンマークの民主的なるものの事例がいくつもでてきます。


●聴くこと

 数々のサイエンス・カフェの司会を務めているバーリンさんが、場を仕切るときに最も重要だと繰り返し強調していたのは、話を「聴くこと」であった。カフェの進行も参加者の声をもとに、方向性を決めていくようにしているらしい。彼によると、自分から質問してしまう司会は良くないという。札幌でいくつかのサイエンス・カフェの運営に関わった私の経験から考えると、参加者の意見を聴いて、それをもとに話をすすめるのはとても勇気のいることである。それこそ参加者をしっかりと信用していないとできないことだ。 

 もちろん、司会が「聴く」ことに徹するだけではなく、話題提供をする専門家(科学者だけでなく、社会学者や哲学者、アーティストや文化評論家もふくめて)にも、いくつか心得てもらう必要がある。バーリンさんのあげた注意点のひとつは、話が「微に入り細にわたる」ことを避けることである。参加者である市民は科学者ではないのだから、細かな話しは必要ではなく、彼らが関わりを持てるような大まかな今後の展望や概略をまず伝えるようにするべきだという。そして、もうひとつが「市民」と真剣に向き合うことである。それは、例えば科学的には誇張しすぎている内容を含む映画を観て、市民が不安を感じているという発言をしたときに、彼らを鼻で笑うことなく、「その映画のどこが誇張であって、本当の問題はどこなのか」ということについて丁寧に応えていくことである。また、市民から意見や質問を積極的に促すことも大切である。

 しかし、バーリンさんは、市民の不安の多くが誤った情報や思い込みに基づいていることも指摘していた。そうした思い込みを解きほぐし、テクノロジーに関する現実的な予測に基づいて議論できるようにすることが重要であるといっている。また、テクノロジーに関する現実的な議論のためのアドヴァイスとして「なるほど」と思ったのが、あるテクノロジーの 50年後を議論するのではなく、5年後を議論するようにするべきだというものである。近い未来を設定することによって、科学者が実際に考えていることを知り、より現実的な議論ができるはずだ。

 もうひとつ、バーリンさんはどんな意見も「聴く」ために「広い心(open mind)」をであることに幾度か触れていた。しかし、広い心でいるのは素晴らしいに違いないが、どこまで寛容であるべきかという線引きはとても難しい。ともかく、聴くことに努めてみよう。


●対話だけではなく

 ここまで、デンマークのサイエンス・コミュニケーションの達人であるバーリンさんの実践哲学を紹介してきたが、彼は何もサイエンス・カフェだけをやっているわけではない。例えば、彼が関わった“Future Body(未来の身体)”というプロジェクトのなかのプログラムは、新聞や雑誌、インターネットを複合的に利用した、一種のマルチ・メディア型サイエンス・コミュニケーション活動だ。“Future Body”は、コペンハーゲンのエクスペリメンタリウムという科学館に新世紀を記念して企画された予算規模が数百万ドルになる大規模の展示が土台となっている。バーリンさんが担当していたのは、主に新聞記事やチャットルーム、インターネット・サイトでの本や記事の説明である。このプログラムは、デンマークの著名な科学者が一般の人の質問に答える機会を設けるのが目的であった。

 2000年の1 年間、2週間ごとに著名な科学者による論争をよぶような記事を発行部数の多い全国紙に載せた。全ての記事は、読み手がその話題について考えられるようなもので、記事がでた次の日にインターネット上でのチャットルームで議論ができるようにした。インターネット上でのチャットは、匿名であったのも手伝って、とても盛り上がった。同時に、チャットが混乱しないように議論を整理したり、悪質な参加者には退場してもらったりするモデレーターがいつも場を管理していた。また、より深い知識を得ながら議論をしたい人のために、長い説明記事や学術文献へもインターネットから読めるようにした。このように、博物館での展示と新聞記事とインターネットを結ぶことで、博物館に通う人たち、新聞を読む人たち、インターネットを見る人たち、という異なる層の人たちに情報を届け、かつ議論してもらうことを可能にした。

 2001年に、このプログラムは終了したのだが、その後、バーリンさんは新聞に掲載された記事のなかから 9つの記事を選んで編集しなおし、“Homo Sapiens 2.0(ホモサピエンス 2.0)”というアンソロジーを編んだ。これはとてもよく売れた。さらに、デンマークでよく知られた研究者が沢山でてくるので、全国で放送されるラジオやテレビによく取り上げられたそうだ。また、新聞に載せていた記事も新聞社とデンマーク倫理委員会の経済的サポートによって再編集され、新しく“Future Body”という名前の特別新聞に生まれ変わり、3万部が刷られ、無料でデンマークのすべての高校に配られた。また、科学省に電話すれば、誰でも何部でも無料でその特別新聞を送ってもらうことができるようにした。このようにして、最初に書かれた記事が何度も、違う媒体を通して使われることによって大きなインパクトを持つことができた。

 サイエンス・カフェと “Future Body”は、異なるプロジェクトであるが、それぞれの仕事にむかうバーリンさんの姿勢はほとんどブレがない。できるだけ多くの人に、科学技術に関わる面白い議論をしてほしい、という強い思いが伝わってくる。そして、いつでも市民の声を聴こうとしている。しかし、バーリンさんが指摘していたように、デンマークでうまくいっていることが、他の文化でうまくいくとは限らない。日本なら日本という文化に即したコミュニケーションがあるかもしれない。そういえば、インタビューの最後にバーリンさんは日本のサイエンス・コミュニケーション事情について、いくつもの質問をしてきた。しまいには、どちらがインタビューをしているのかわからなくなるほどだった。彼は、どこまでも「聴く人」である 5。


5:鷲田清一は「『聴く』ことの力−臨床哲学試論」で「聴く」ことについての細かく深い議論をしている。

「サイエンスショップ」って何だろう ?

春日匠
(NPO法人サイエンス・コミュニケーション、大阪大学コミュニケーションデザインセンター研究員)

●「サイエンスショップ」って何だ ?

 2005年 2月に一週間ほどヨーロッパの SSの現状を見てきたので、その報告を含めて、ヨーロッパでは SSがどのように展開されているのかをお話したい。 SSに関する情報はインターネットで公開されているものが多い。例えばヨーロッパでは SCIPASという SSのネットワークを作っている団体があり、この団体によるレポート「サイエンスショップとは何か」は、SSの概要と現状の研究を紹介している(www.scienceshops.org)。

もうひとつは「INTERACTS」という研究グループのレポートもご紹介したい。こちらは、SSのクライアント側についてのレポート。これら 2つのレポートがSSの現状を知るうえでは役立つと思われる。いずれもPDFファイルとしてダウンロードロ可能である。2006年 8月頃に SSの職員の養成についての第 3のレポートが出る予定である。これらは欧州委員会の予算で研究がされているが、この 3つで一応完結するということなので、比較的参照しやすくなるのではないか。

 さて現在、SSのヨーロッパの連合体が行っている学会や研究会が、2年に 1回のペースで開かれている。第1回 SS研究会は SSのルーツであるオランダで開催され、第 2回は 2005年 2月にスペインのセビリア大学で行われた。ここには欧州の研究センターがあり欧州の研究団体の拠点ともなっている。ここでのレポートなどを含めながら SSの実状などをお話していきたいと思う。

 欧州全体を見て「科学コミュニケーション」という運動は一般的に盛んだが、SSはヒッピー文化の強いオランダで始まったということも関係して、若い人たちを中心としていることが多い。そのため科学コミュニケーションや STSの運動の中では比較的、“左より”に位置する運動という印象を受ける。
 
では、SSとは何か考えてみる。SCIPASレポートの定義によると、SSとは一般の人の興味関心に基づいて研究・活動するもので、その研究の際には市民自身による参加型であることが理想的であるとされる。その特徴として 4つ挙げられる。


特徴 1.「SSとは、科学者が市民社会の要求をベースに 研究・開発を行うことを促進するための組織で
ある」

特徴 2.「一般に、大学の付属組織として設置されるか、NPOの形態がとられる」

特徴 3.「他の市民や NPOからの研究課題の提示を受け、それを適切な専門家にマッチングすることが主要な業務となる」

特徴 4.「企業からの委託研究との違いは、非営利組織の形態がとられることで、一般市民や NGOなどのようなクライアントか
ら人件費・研究費は徴収しない」


 以下、この 4つのポイントについて詳しく見ていきたい。


●市民からの研究委託


特徴1.「SSとは、科学者が市民社会の要求をベースに研究・開発を行うことを促進するための組織である」

 このことは一番重要なポイントと思われるが、なぜこうしたことが必要だと言われるようになったのだろう。

 今日、日本に限らず世界的に、大学やそこにおける研究に対する信頼が薄れている状況がある。この原因のひとつとして考えられるのは、学問や研究が生活に結びついたものであるという意識や、学問的な研究が生活の質を向上してくれるという信頼感が失墜しているから、という点が挙げられる。そのため全世界で、大学と市民の関係性が見直されようとしている。本来、大学や学問研究は市民や生活に密接に結びついているからこそ重要であるはずで、市民の関心を学問に結びつけることによって、再度信頼とサポートを引き受けようということが重要となってきている。このような見方からも SSの活動は注目され、見直されつつある。

 実際の活動として SSではどんな研究が行われているのだろうか ? 具体的な研究例として、オランダでは、学生によるマグネシウム製造工場におけるフィージビリティ研究がある。この場合、民間のコンサルティング会社の調査では地域での経済的貢献度が高いと判断されたが、それに対して学生の研究結果はそれとは逆の結果が出た。また、有機農法へ転換が図られた地域があったが、その際には有機農法の知識や情報などの提供がなされる。(表1参照)

 ところで、英語で SSと呼ばれているが、オランダ語では Wetenschaps Winkelであり、この Wetenschapsはドイツ語のヴィッセンと同じく“知識”という意味である。そしてオランダでは、必ずしも自然科学に限らず、環境アセスメントや法学的な問題などまで含むような総合科学的、包括的な調査・研究がなされている(英語でScienceと言う場合は日本語と同様「自然科学」のニュアンスが強いので、英語圏でも「自然科学だけ扱う」と思われていることが多いが、これは誤解である)。例えば、教会の修復技術と基金募集のプログラムを総合的に提案するとか、オランダ語手話の教材開発といった例がある。

大学院教育との連結も重要なポイントで、妊娠に関する市民からの質問を SSで集約し、それが学生の博士論文になる、といったこともある。SSは学生を動員しているため、人数確保ができ、症例の収集がしやすく、疫学的研究も比較的進めやすい。

 ボランティアや学生を動員した疫学研究は、アメリカでの事例に多く見られる。特にマイノリティーの健康問題に関する研究が多い。マイノリティーが直面する問題に対する研究費用は少なく、それをカバーするためにボランティアや学生団体による研究が行われるケースが多い(工場廃棄物調査、インディアンの喫煙率の調査、水質調査など)。SSは主にオランダで使用されている呼称で、アメリカではコミュニティ・ベースド・リサーチ(CBR)と言われる。名前が違うのはルーツが異なるからだが、活動内容はあまり変わらない。


●大学付属か、NPOか

特徴2.「一般に、大学の付属組織として設置されるか、NPOの形態がとられる」

 ヨーロッパ、なかでも特にオランダの大学では、ほぼすべての大学に最低でもひとつの SSが組織されている。また世界最古の SSがあるユトレヒト大学などでは、各学科・学部ごとに設置され授業に取り入れられている。NPO型は、アメリカがルーツであるが、ヨーロッパのいくつかの地域でも見られる。例えば、オーストリアのウイーンなどは大学の数が多いので、いくつかの大学が合同で SSを作っている。

 大学にひとつの場合もあれば、各学科・学部に設置されている場合もあるが、大学に設置された場合は、大学行政や教員の教育義務と関連づけることで、大学の知的、設備的、人的資産を利用しやすくなる。一方で、研究というのはその専門家がいなければ対応できないわけであり、大学の規模によって専門範囲が縮小されてしまうという場合もある。それに対して、独立型の場合は、諸大学の情報を幅広く提供可能であるが、各大学の教員の協力はボランティア・ベースになるため、十分な研究体制を整えることは容易ではない。

 活動方法についてはいろいろなものがあるが、単に仲介するのみの場合や、SS自体が研究に積極的に関わっていくもの、あるいは市民を巻き込んで研究をすすめる市民参加型などの形態が見られる。世界には多種多様なSSの形態が、あるがこれらを総じて SSと呼ばれている。 オランダは大学と SSの統合度がもっとも高く、盛んに活動が行われている。ユトレヒト大学では通年の授業として SSが取り入れられている。学生は、市民によって提供されたテーマを、一人もしくは複数人のグループで引き受け研究する。そのテーマの専門の教授がアドバイザーとして付き、研究の質を保証している。そのほかにも、研究方法のための基本的事例が提供されるなどして授業が進められる。.スライドの風景(写真)はちょうどコースの最終段階のものであり、ユトレヒト大学の広報部長が、プレスリリースの仕方を学生たちに教えている。ここでは例えば、プレスリリースを出す場合、その書き方や、どういったメディア媒体の使用が可能か、等が論じられている。研究成果は必ずユトレヒト大学の広報誌で発表し、その質が高ければ地元紙や TV局などに扱ってもらえることもある。


●誰が、どんな研究をするのか ?

特徴 3.「他の市民や NPOからの研究課題の提示を受け、それを適切な専門家にマッチングすることが主要な業務となる」

 SS職員の重要な役割としては、研究テーマを NPOや市民から収集すること、さらにテーマを適切な専門家やクライアントにマッチングさせることなどがある。テーマの収集元は、例えば労働組合、宗教、環境、地域産業、小規模産業などの地域団体である。基本的には、非営利団体の活動に対して事業を提供する。クライアントに経費を求めずに、また研究結果がクライアントのみに帰するものではないような公共性の高い研究がなされることも、SSの主な目的である。

 またオランダにおいては、小規模産業など半営利団体からの課題も引き受けるが、誰でもレポートを閲覧することができ、研究成果を享受することができるという形になっている。例えば、車椅子の改善というテーマのもと研究がなされ、機能の改善がなされたときは、その改善成果はすべての車椅子に対して活かすことができ、公共性が担保される。審査をパスしたレポートは出版され、公開されるため、誰でもこれを閲覧・購入することができる。 ユトレヒト大学のポリシーのひとつに、政党や労組といった政治結社や、小規模企業などの営利団体からの依頼も受けるが、個人からは受け付けないことがあげられる。個人の研究依頼は研究結果の落としどころが見つけにくいため、メンバー一人でも団体を作ってもらい、そのミッションを明確にするという作業が必要であるとのことであった。この「緩やかな代表制」という感覚は、日本で馴染みがない新しいものであろう。これに対して北アイルランドのケースは、完全な非営利団体からのみ受け付ける。これは、北アイルランドという非常に複雑な政治問題を抱えている地域ゆえの制約であろう。

 現在、SSはオランダ(ユトレヒトとフローニンゲンが大きい)を中心としてヨーロッパ中に広がっており、東欧にも広がりを見せている。2001年からの 5カ年計画「第 6フレームワーク・プロジェクト(FP6)」によって EUが積極的に東方地域にも SSの活動を広げるとしたことから、ハンガリーやルーマニアなどの東欧にもSSは拡大している。

 SSは 70年代にベトナム戦争に反対する運動からオランダに起こったという歴史を持っている。アメリカのCBRも似たような歴史を持っている。日本においても当時、反戦と公害の問題が盛んに取り上げられていたが、このような動きは世界中に見られ、科学者、知識人等の前衛運動として盛んだった。その反戦と公害の問題に対する運動がオランダとアメリカにおいては、現在の SSの形態で継続しているが、他の地域においては発展せずに運動が弱まっていったと考えられる。

 80年代に入るとオーストリア、デンマーク、イングランドなどに SSが設置される。現在も SSの活動は、北欧、ドイツ語圏、イギリス圏などで盛んである。一般的に、市民参加型の運動は英語圏、オランダ、北欧あたりで非常に盛んである。それに対してラテン語圏、例えばフランス、ベルギー、イタリアやスペインにおいては根付きにくいと言われる。SSにおいてもこの傾向が顕著に出ているかと思う。

 90年代に入ると、韓国、南アフリカ、マレーシア等のアジア諸国でも起こるが、これらは現在は活動を停止している。2000年に入ってから、SS運動は EUのプロジェクトにより予算も付き、ベルギーやフランスでも再度、盛んになっている。韓国にも新たに団体ができた。 2005年 2月段階で日本にも設置されていることになっているが、これは目標あるいは宣言のようなもので、空約束にならないように前進せねばなるまい。

 ところで先にオランダとアイルランドの違いについて触れたが、SSは、地域によって方針や活動の進め方に差異がある。したがって日本においても、どのようなSSの活動が適切か、ということは随時考えていかなければならない。


●誰のための研究なのか ?

  SSには基本的に、以下の 3種類の受益者がいると考えるべきである。

・市民セクター(市民・NPO)

 このグループが SSの主要なクライアントになるのであって、大学の知的・人的資源を使用できるのは大きなメリットである。

・大学(大学そのもの・研究者・学生)

 これはさらに三つに分けられ、学生、研究者、そして大学そのもののメリットがそれぞれに考えられる。学生にとっては、OJT(On the Job Training)の重要な機会になる。大学の授業は教室に囲い込まれがちであるが、SSを通して現場とのつながりを学ぶことは重要である。特に新たに EUに参加した東欧諸国について、EUなどもこの効果に大きく期待しているようである。統合されたといっても、教育能力は先進国に比べると不十分であり、しかも予算が少ないという状況の中で、研究・教育能力を底上げするために比較的低予算で有効なソリューションとして位置づけられる SSが期待されている。このような点から、EUでは特に東欧の大学に SSを設置することに積極的になっていると言われている。ただし、各地域の政府がこのようなことを望むかというと、必ずしもそうではなく、各国家と EU間の意識の相違をどのように解決するかは、今後の課題となっている。

 研究者にとっては、ピア(同業者)以外の視点と評価の機会を得ることができるのがメリットである。研究者の評価は原則としてピア・レビュー制度に依存するが、これはしばしば研究の蛸壺化を招くと批判される。SSなどで外部の視点を取り入れることは、研究開発に新たな地平を切り開くかもしれない。

 大学そのものにとっては、地域との連携を強化したり、大学の個性を地域社会に認知してもらうという、一種の宣伝効果が見込める。大学において強い専門分野やテーマを打ち出せると言うことは非常に効果的な PRになる。地域との連携強化は、SS的な方法論を導入することによって地域活性化のもつながる。このような点をアピールしていけば、日本においても SSを導入しようという大学が出てくるのではないかと予想している。

・社会全体の公益

 最後に、大学ないし NPOの事業として実施される以上、社会全体にとっての利益、つまり公益性が重要になる。この点は、次にあげる特徴 4にあたる。


●公益性、公共性とオランダ・モデル

特徴4.「企業からの委託研究との違いは、非営利組織の形態がとられることで、一般市民や NGOなどのようなクライアントから人件費・研究費は徴収しない。」

 つまり、公益のための活動であるということが、SSにとって大きなポイントなのである。 では、クライアントから研究費を徴収しないとなるとどこから取るのか、ということが最大の問題となってくるが、アメリカの場合は、公的助成団体が多い。これに対して、ヨーロッパ(オランダ型)においては、大学の予算内で SSは運営されている。オランダ型の場合、SSが有効に機能するかというのは、大学側がいかに制度を整えるかが重要である。オランダの場合は大学に SSがあることは当たり前なので、人々の意識も高い。けれども例えば、北アイルランドでは、SSはスタートしてから 5年ほどしか経過しておらず歴史は浅く、学生のアドバイザーとして協力してくれる教員を見つけるのも容易ではない。また、研究のアウト・プット面も未だ発展途上であり課題も多い。

 なぜオランダで SSが発達し、それ以外の多くの地域ではそういった問題意識は失われていったのだろうか ?

 これにはオランダの文化が深く関係していると考えられる。オランダではワークシェアリングが発達し、キャリアパスの一部に NPOの活動を含むことも高く評価される。また、「3人のオランダ人がいれば 4つの政党ができる」と言われるように、政治的な議論を戦わせることにも積極的である。

 こういった社会のあり方は、しばしば「オランダ・モデル」と呼ばれる。オランダ・モデルの背景としては、市民自らが行動する「自治と討論の伝統」があるということが、まずあげられる。スペインの支配を脱し、イギリスとの闘争のなかで、「自治と討論の伝統」は築かれてきた。そのため、NGOなどの活動が重視されるに至ったと考えられる。また、オランダは低地にあるため、土木工事が欠かせない。日々市民が創意工夫をして協力し合い、土地のメンテナンスを行っている。このようなことも関係していると思われる。

 1980年代、日本が経済面で「一人勝ち」を続けていた時代、オランダ社会は「オランダ病」とも呼ばれる出口の見えない不況にあえいでいた。北海油田を基盤にした金満財政(60年代)から石油価格暴落後の不況へ(70年代)という状況のなかで、国家財政も逼迫しており、失業率は 12%にも達した。

 この状況を克服するために、いくつかの対策がとられたが、もっとも重要なのがキャリアパスの多元化である。パートタイムと常勤雇用との時間当たりの賃金と社会保障の差をなくし同一にするというワークシェアリング (同一雇用・同一賃金)へ移行した。この点は、オランダ・モデルの一番のポイントと言われる。このシステムが、オランダ経済をよみがえらせるとともに、共働きで 2人で 1.5人分働き、残りの時間を地域や社会への活動にあてるという生き方を可能にし、NGO活動を活発化させた。

 実際の世界の状況として、科学の問題が複雑化して発生しているということも、SSやコンセンサス会議、サイエンス・カフェなどが求められる要因である。こうした参加型政策決定の方法論は、多くの場合イギリス、北欧、そしてオランダのような直接民主制の伝統を持つ地域から生まれてきて、フランスなど他の地域に広がっていっているのが興味深い。

 参加型モデルの普及には、問題のグローバル化とニーズの多様化、問題の複雑さと発生速度などが密接に関わっている。有権者が 4〜 5年に一度しか政策へ意見する機会が与えられないという間接民主制の限界が露呈するに伴って、新しい民主制が求められていることがある。では、新しい民主制とは ? 間接民主制や議会制民主主義においては、有権者は選挙の時に権利を行使するにとどまり、統治者に任せるしかない。そのような中で、BSE などに見られるように、諸問題がグローバル化し、突発的かつ生活に密着した形で発生する状況にあっては、迅速で適切な対応は困難となっている。それらの問題は、選挙の単位である国民国家の枠だけでは解決が難しいし、数年ごとの選挙で論じるには状況の変化が早すぎるのである(4年後に BSE問題がどういう状態になっているか予測するのは誰にとっても不可能だろう)。

 80年代であれば、政治は関税や雇用といった経済問題を中心に語られていたが、現在は上記のような問題点があるため、科学と技術、食、環境など、より生活に密着し、答えが一通りではないような問題を焦点にすえるようになった。この状況下で民主主義の改善は不可欠と考えられる。このことをアルヴィン・トフラーも言及しており、二つの改善策を提示している。

・専門知識を持った圧力団体を形成し、常に問題が論じられている状況を維持する

・直接民主制の機会を増やし、住民投票などによって活性化させる


 実際は直接投票というのは資金的にも、また問題を少数の選択肢に収れんさせるという作業を考えても容易ではなく、いわゆる「中間団体」を増やすという第二の選択肢が現実的と言えよう。近年、国際的に NGOの活動が活性化してきたことは、その例である。そして、問題がグローバル化していくに伴って、世界的なネットワークをテーマごとに構築する必要がある。 また、政策論争を行うにはエヴィデンス(科学的根拠)に基づいた政策立案が求められるのは当然であり、研究能力を持たない NGOが政策提言を行えるためのシステムの基底として、SSのような活動が求められる傾向にあるといえる。NGOの専門性の向上が求められていて、例えば、実際に政策提言が行えるような NGO活動の土台となる SSの役割が重要になっている。このような役割を担える SSの活動は今後、重要さを増すのではないか。


●第三世界での参加型開発

 最後に、第三世界の事例についても触れておきたい。インド南部のケララ州などが、住民参加システムの盛んな地域である。たとえ GDPが低くとも、教育と分権化で社会開発が可能であることを示している。ケララ州では州予算の 40%が村落自治議会に委ねられているため、社会インフラが発達していること特徴になっている。例えば、病院の数を見ると、インドの他の州では 30ヶ村に 1つ程度が普通だが、ケララ州では 2ヶ村に 1病院ある。乳幼児死亡率なども先進国に近い値である。一方でGDPは、最近上昇傾向であるものの、90年代半ばまではネパールと同等であった。

 もちろん、単に予算の 40%を村落にあてるだけで問題が解決するわけではなく、大きな力となったのはKSSPという、60年代から活動を続ける科学者と科学ジャーナリスト団体である。この団体は、出版活動をはじめとして、識字運動や啓蒙活動、住民参加の科学教育、科学プロジェクト活動を展開してきた。こうした住民の意識と知識を高めるための活動の結果として、住民の自主的な取り組みが成功したのである。KSSPが出版する子ども向け科学雑誌は、毎年 1号はすべての記事を子どもたち自らが製作するなどの工夫によって、会員数 4万人を越え、KSSPはケララで広く受け入れられた団体になった。そうした結果が今日の住民自治の成果に結びついている。

 このように、住民が自らの興味関心や問題意識で科学について考えてゆくという運動の中で、SSはいかに位置づけられ、実際に活動してゆくことができるのかという論点は、世界的に見ても重要なのである。


【春日さんと会場の質疑応答より】

Q:科学的なデータ採集・計測の問題について、SSで果たして科学的に正確な研究が可能なのか、また、何らかの新しいことができるのか ?

A: SSでは、大規模に計測等を実施できることが強みになっている。自発的に、多数の人が参加し計測している。環境問題や疫学などある種の分野では、多量のサンプルを採集できるということ自体のみでも、研究として大きな価値が出てくる側面がある。

Q:日本での SSに関する動向について教えてほしい。

A:熊本大学などで現在始動しつつある。宮城大学にもSSと銘打っていないが類似の機関がある。大阪大学でも準備中。日本での最も大きな問題は、予算。また、SSの枠に入らないとしても NPOなどが主体となった活動はいくつか見られるが、それらのあいだでの情報交換・情報共有はなされておらず、この点も大きな課題である。

ナノテク化粧品は安全か?

文責:藤田康元
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様々に提案されているナノテクノロジーの応用の多くが現在はまだ研究段階にあるなかで、すでに市場に出回っている製品の一つにナノテク化粧品がある。例えばコーセーのナノウェア・シリーズのように商品名に「ナノ」を冠した商品も多く、インターネットで検索してみると「ナノテク」という言葉はすでにユーザーの間でもしばしば口にされているのが分かる。

ナノテク化粧品と一口に言ってもいろいろなものがある。例えば、「乳化滴やカプセルのナノ化により、皮膚への浸透性や貯留性を向上させたスキンケア」、「乳化滴やカプセルのナノ化により、美白や保湿効果の発現を高めたり、その効果を持続させるスキンケア」、「紫外線遮断剤のナノ化により、塗膜が透明でありながらも高いSPF[紫外線防止効果を表す指数]を持つ日焼け止め」、「粉体のナノ化により、毛穴や小じわを目立たなくさせながらも自然な仕上がり感を与えるファンデーション」、「粉体のナノ化および多孔質化により、匂い成分の吸着効果を高めた制汗デオドラント剤」といったものである[佐々木 2004]。

これから分かるように、ナノテク化粧品はどれも粒径がナノメートル(nm=10のマイナス9乗メートル)サイズのナノ粒子を用いている。ところでナノ粒子はより大きな粒子にはない新奇な性質を示すことが多いゆえ、それをうまく利用して有用な技術にしようというのがナノテクノロジーの目的の一つなわけだが、まさにその性質によってナノ粒子が人体や環境にとって有害になる可能性も指摘されてきている。ナノ粒子を用いた化粧品は果たして安全と言えるのだろうか。

ナノテクノロジーの様々なリスクに対して社会の不安を呼ぶ前に推進する側が先手を打って対処して行こうという内外の動きに関してはこれまでの報告で触れているが、特にナノテク化粧品の安全性に関しても基礎的な調査が行われ報告書が発表されている[日本化粧品工業連合会 2005]。この調査によれば、アンケートに回答した化粧品製造・販売企業478 社のうちナノ原料を化粧品に配合していると回答したのは25.5%の122社であった。最も多く用いられているナノ原料は酸化チタンで、日焼け止めやファンデーションに用いられていることが多い。また報告書は、広範な項目について安全性確認がなされているとしているが、慢性毒性、生殖発生毒性、がん原性といった長期毒性に関する安全性確認を行っている企業は数社に過ぎない。しかも「安全性試験項目」ではなく「安全性確認項目」について質問したため、実際に自社で試験を行って確認したのか否かは不明だという。では化粧品メーカーにナノ原料を提供している原料メーカーはどうかと言えば、2社だけを対象にした調査ではどちらも各商品に関して吸入毒性試験等は特に実施していなかったという。

化粧品に用いられているナノ粒子の安全性に関する一つの問題は、肌に塗られたナノ粒子が皮膚を通過して体内に吸収されるか否かという点である。報告書は、ナノテク化粧品およびナノ粒子の安全性に関する文献調査の結果も掲載しているが、それらの文献では、化粧品中の酸化チタン粒子は角層深部、表皮層、真皮へは浸透せず、安全であるとされているという。しかし、現時点で結論が出ているわけではもちろんない。

化粧品に用いられているナノ粒子の有害性に関して強く警告していている研究者もいる。リバプール大学の毒性学者ヴィヴィアン・ハワードは環境団体のETCグループの委託でナノ粒子の毒性に関する短いレポートを書いたが、その中で、直径1ミクロン以下の微粒子が表皮にまで達したという実験結果を参照しつつ日焼け止め剤の酸化チタン粒子が体内に吸収される可能性を示唆している[Howard 2003]。ただし、ここで彼が参照している論文[Tinkle et al. 2003]が酸化チタンではなくベリリウム粒子を用いての実験についてものだという点には注意する必要がある。仮にナノ粒子が体内に吸収されるとしても、それが直ちに有害と言うわけでもない。ナノ粒子の体内での挙動、影響もよく分かってはいない。いずれにしてもナノテク化粧品の安全性について結論を出すことは今はできない。

ナノテク化粧品ではなくとも化粧品には多かれ少なかれ有害性はある。ナノテク化粧品だけを警戒するのはおかしい ......このように考える向きもあるかもしれない。確かに化粧品一般の有害性にも目を向けると同時に、ナノ粒子だから有害だという短絡は避けるべきである。しかし、ナノ粒子に関しては未知の部分が多いにも関わらず、十分な研究を積まぬまま様々な領域で利用が進みつつある。それゆえ、ナノ粒子を用いたナノテク化粧品には特別の注意を払う必要があるのである。

(市民科学第6号 2005年10月)

和白干潟についてのよる意見書

田中浩朗

福岡市市長室 事業点検プロジェクト担当 殿
事業点検対象事業(アイランドシティ整備事業)への意見
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提出者:田中浩朗

●結論:人工島全体を野鳥公園に!
1.埋立面積を大幅に縮小する。原則として,いま以上に埋立を進めない。
2.利用計画を大幅に変更する。すなわち,当初の計画で埋立地の一部に作られる 予定だった野鳥公園を埋立地全部に拡大し,埋立地全体を和白干潟と一体となった エコパーク(湿地・緑地・公園)として利用する。
3.埋立地は原則として公有地とし,博多港開発(株)の造成地については福岡市 または国が買い取る。
4.エコパーク(埋立地およびその周辺)の整備・利用については,市民や専門家 の意見が実質的に反映されるような仕組みを作って検討する。
5.博多湾をラムサール条約登録湿地に指定してもらい,和白干潟およびその周辺 の環境保護・再生について国から協力を求める。

●理由
○アイランドシティ整備の必要性はなくなった 福岡市の「事業点検方針」にある「点検の視点」に照らしてみると,人工島の目 的である港湾・住宅・サイエンスパークは,バブル経済の崩壊と経済低成長,少子 高齢化といった社会経済情勢の変化に伴い,どれも新たに多額の投資をしてまで整 備するほどの必要性はなく,したがって緊急性は当然存在せず,事業効果は期待で きず,採算性もない。また,都心部と海の中道をつなぐ道路による交通渋滞の解消 という目的は,香椎パークポートや人工島の新たな交通需要の発生により効果は期 待できず,それどころかむしろ渋滞がより激しくなる可能性がある。よって,埋立 工事を中断し,これ以上無駄な投資をしないことが現在とれる最善の道である。

港湾・住宅・研究等のための施設・用地がさらに必要な場合は,人工島以外のすでに存在する埋立地(香椎浜・香椎パークポート・百道浜など)や香椎操車場跡地 などを利用しつくすことで対応すべきである。それでもどうしても人工島に建設す ることが必要な施設がもし生じた場合にのみ,それを人工島に建設することが許さ れるべきだ。しかしその判断は,あくまで既存の土地を利用しつくした後ですべき であり,今からかなり先の話となる。

埋立工事を中断する場合,すでに投資された資金と埋め立てられた土地をどうするかが問題となるが,このまま予定通り人工島を造成しても土地売却等による資金 回収のめどが立たない以上,いずれは税金の投入が必要になる。ならば,工事を中 断することにより借金をできるだけ抑えて,最初から税金を投入すべきである。

地価の下落と造成費の上昇により,もともと売れる見込みがない埋立地がたとえ 売れたとしても埋立地造成事業は赤字になる可能性がきわめて高い。しかし,博多 港開発(株)が造成した土地については,市や国が適正な値段で買い取ることによ り博多港開発(株)の経営も破綻せずに済む。 ○埋立地は野鳥公園として利用 もちろん,税金を投入する以上,市民に納得のいく理由が必要だが,それはすで に埋め立てられた土地を和白干潟と一体となった湿地・緑地・公園(エコパーク ,野鳥公園)として整備していくことで得られる。なぜなら,すでに世界的にも重 要な渡り鳥の渡来地として知られている和白干潟の自然をより豊かにし,世界に誇 れる福岡市の財産とすることができるからである。

埋立途中の疑似干潟化している部分には,多数の渡り鳥が飛来していることが確 認されている(1999年4月に確認されたハマシギ約5000羽など)。これをそのまま 人工干潟として残すことは,生息場所を奪われ続けてきた野鳥に新たな生息場所を 用意するという環境面でのメリットがあるのみならず,人工島の整備経費を低く抑 えられるという経済的メリットもある。また,アシ原や林,市民農園などの湿地 ・緑地を整備することも,都市化が進む和白干潟周辺の環境再生に役立つであろう 。

博多湾に存在した干潟は相次ぐ埋立によってほとんど消滅してしまった。わずか に残った干潟の一つである和白干潟でも,その豊かな自然はしだいに失われつつあ る。環境保護団体はその環境悪化の原因の一つとして人工島の建設を挙げているが ,人工島を人工干潟や緑地として利用することは,博多湾の自然を再生する事業と なり,環境保護団体の批判に応えることができる。

世界的な環境保護重視の流れの中で,ラムサール条約登録湿地を抱えることは大 変名誉なことである。日本での登録湿地は11カ所,そのうち干潟は千葉県・谷津 干潟と沖縄県・漫湖の2カ所のみである。福岡市の博多湾がラムサール条約登録湿 地として指定されることは,福岡市の環境重視の姿勢を国内外に示すことになり ,高い評価を得ることは確実であり,それは単に名誉を得るのみならず,内外から のエコツアー客が集まり,観光都市福岡の新たな目玉となるであろう。

和白干潟は世界的に有名な渡り鳥の渡来地であるにも関わらず,そのことについ ての一般市民の関心・認識はきわめて低かった。その理由の一つに,そのように重 要な場所にふさわしい各種施設の整備がなされてこなかったということがある。驚 くべきことに,和白干潟周辺には和白干潟の場所を示す看板もなければ,公共のト イレや水道もない。ラムサール条約登録湿地として市や国が施設等を整備すること により,福岡市民の多くも身近に世界に誇れる豊かな環境が存在することを再認識 し,自らの誇りとするとともに,その自然にふれることで豊かな生活を送ることが できよう。

また,和白干潟と人工島埋立地からなるエコパークは,北部九州の環境教育の拠 点となる可能性を秘めている。国内外で環境教育の振興が叫ばれているが,環境教 育を進めるためには実際に豊かな自然を体験し,その素晴らしさを実感することが 必要だと言われている。しかし,実際にそのような豊かな自然が残されている場所 はきわめて少ない。特に、大都市近郊においてそうである。和白干潟は,大都市福 岡の市内に存在する豊かな自然であり,世界的に見てもきわめてまれな例である 。市内の学校の環境教育に活用できることはもちろん,先進的な環境教育施設・プ ログラムを用意することができれば,周辺自治体や近県,またさらに遠方からの利 用も考えられる。

○市民や専門家の意見の反映 さて,エコパークのために多額の税金を投入する以上,市民の納得がいくように 事業を進める必要があるが,それは手続きについても言える。つまり,これまでの ような行政主導の進め方(単に形式的に市民の意見を聞くだけ)ではなく,市民の 意見が実質的に反映されるような手続きを踏むべきである。そのための具体的な手段として,市民団体や住民代表,公募市民を一定数含む審議会を設置するとよい 。また,野鳥の生態や自然の再生に詳しい専門家,環境教育の専門家など幅広い分 野の専門家の協力を得ることも必要である。この審議会の会議や資料はすべて公開 し,審議会メンバーと一般市民が情報共有・意見交換できるような説明会も開くべ きである。

○国の協力を得る上述のような大幅な利用計画の変更は,単に福岡市単独の意思で行なうことはで きない。というのも,アイランドシティ整備事業には,港湾建設などの国の直轄事業と補助事業が含まれているからである。しかし,先に述べたラムサール条 約登録地の指定は,国の直轄事業であった港湾建設事業中止のための十分な根拠に なる。また,現在国が進める財政改革・公共事業見直しの流れにも沿ったものである。

博多湾人工島建設に関する環境アセスメント

〜人工島裁判でどのように評価されたか?〜
田中浩朗
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土曜講座では長期企画の一つとして「環境アセスメント」について取り組んでいくとのことですが,そのための話題提供として,今年の夏合宿では博多湾人工島建設の際の環境アセスメントについて報告させていただきました。

●博多湾人工島訴訟

博多湾東部の401haの海域を埋め立てて人工島を建設する工事が1994年7月に始まりました(工期は10年)。事業主体の福岡市は,着工前の1992年から93年にかけて環境アセスメントを行ない,「環境への影響はないか,あっても小さい」として,事業を進めました。一方,その人工島は,野鳥の宝庫として知られる和白干潟の前をふさぐような形で建設されるため,和白干潟への影響を心配する市民によって人工島建設反対運動が展開されていました。そして,着工直前の1994年4〜5月,市民団体およびそのメンバーが福岡市を相手どって3つの訴訟を福岡地裁に提訴しました。

これらの裁判は一括して扱われ,1998年3月31日,判決が下されました。人工島建設公金支出差止などの訴えは棄却され,原告敗訴の結果に終わりましたが,環境アセスメントに対する原告の批判は裁判所によってほとんど認められました。実質勝訴と判断した原告は控訴しなかったため,この判決が司法による最終的な判断として確定しました。

今回の発表では,この判決を受けて発表された「15号事件原告ら弁護団」作成の「博多湾人工島埋立事業公金支出差止訴訟の評価について」という文書をもとに,福岡市が行なった環境アセスメントが裁判所によってどのように評価されたかということを中心に報告しました。

●環境アセスメントのあり方に対する批判

長くなるので細かい点は省略しますが,環境アセスメントに関する下記の問題点について裁判所は原告の主張を認めました。

イ リンの高度処理だけを問題としていることについて
ロ 下水の高度処理の導入を前提としていることについて
ハ 過去の環境影響評価について
ニ データの意図的操作について
ホ 各生物への影響について

簡単に補足すると,イに関しては,水質について予測するときはリンだけでなく窒素についても考慮しなければならないのに,していないということ,ロに関しては,下水の高度処理についてありもしない県の計画を前提に予測していること,ハに関しては,博多湾で以前に行なわれた埋立の際の予測がすべてはずれているのにまた同じような手法で予測を行なっていること,ニとホに関しては,異なった年度のデータで地域間の比較をするなど,調査やデータの扱いがずさんであるということ−−がその主な内容です。
そして裁判所は,福岡市の環境アセスメントについて次のような言葉で評価を下しました。「その内容において決して軽視することができない問題点があるものといわざるを得ない」「厳しい批判を免れない」「環境影響評価として本来備えていなければならない筈の科学的で客観的な性格とはやや異質なものを感じさせさえする」「博多湾の東部海域が400ヘクタールも埋め立てられてしまうことによる自然環境への重大かつ深刻な影響を軽視している嫌いがありはしないかということが懸念される」。
●手続きの進め方に対する批判
また裁判所は,環境アセスメントの内容のみならず,その手続きの進め方に関しても批判をしています。すなわち,人工島建設計画に対する内外からの批判への福岡市の対応に関して,「同市(福岡市)は,本県整備事業の推進に急な余り、反対意見に真摯に耳を傾ける姿勢に欠けるところがあったものと見ないわけにはいかない」と述べています。
●厳しい批判にもかかわらず,なぜ差止の結論が出せないのか
このように,福岡市の環境アセスメントが非常に問題を含むものであることが裁判所によって認められました。にもかかわらず,公金支出差止の訴えは退けられました。これはなぜかというと,現在の日本の法律の枠組では,差止が認められるためには「埋立免許が著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵」があるという非常に厳しい基準をクリアしなければならないからであす。これは行政の側からすると,非常に低い基準をクリアしていればそれでOKということです。環境アセスメントに関しては,閣議決定による「実施要項」に定められた手続きを実行していさえすれば,内容はいかにずさんであろうとアセスメントとして認められてしまうのです。
以上の例から,現在の日本では,ずさんな環境アセスメントを認めないようにチェックする制度と,もし環境に影響が出るようならそれを事業の変更や中止に結びつける制度が存在しないということが分かります。この制度的欠陥は,環境影響評価法ができた現在においても基本的に変わっていないと思います。手続きが多少複雑になっただけだとも言えるでしょう。
●おわりに
さて最後に,環境アセスメントが事業推進のための単なる免罪符ではなく,本当の役割を果たすために必要なことをまとめておきたいと思います。まず,環境への影響を評価することは,できるだけ科学的に,客観的に行なう必要がある(福岡市の例のようなずさんなものは許されない)のですが,それは本質的に不確実なものであることを踏まえて,事業計画評価のための一つの判断材料であると考えるべきです。その判断は,環境への影響以外にも様々な影響・可能性を総合的に勘案して行なうべきであり,本質的に大切なことは,その判断に多くの市民が参加し,納得できることだと思います。
博多湾人工島の例で言えば,和白干潟の前をふさぐ形で建設する巨大な人工島が環境に何らかの影響を与えるというのは科学的な予測をするまでもなく,常識的に考えて自明のことです。これは,地図を見れば子どもでも分かるでしょう。したがって,本質的に重要なことは,科学的な環境アセスメントを行なうことではなく,環境破壊を免れないこのような事業が市民にとって本当に必要かどうか,あらゆるデータを公開した上で市民の多くが納得できるまで十分議論することだと思います。

(付記)人工島裁判関係の資料は,博多湾市民の会のホームページに掲載されています。
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/m-hana-owl/trial.htm

私と大学「ごはんを食べるように、勉強したい」

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I. 前置
この文章を書く前に、あらかじめ前提としたいのは、私はなにも「勉強は学校で“しか”できない」と考えているわけではない、ということ。その上でなお、学校という手段を利用した方が比較的便利な類の勉強があり、そういう勉強をするにあたり、今ある「大学」という施設を、どれだけ有効活用できるだろうか、というアイディアを「一納税者の立場から」「一消費者の立場から」考えてみたい。

II.4年(+1年)
一浪後、1986年に四大の文学部に入学し、4年後に卒業。教科書代以外の学費は(予備校代も含め)親が負担。バブル期だったこともあり、所謂「楽しい学生生活」を送った。授業の一部にも興味深いものはあったが、大学生活の中で、私にとって最もありがたかったのは、議論や会話等を存分に楽しめる仲間と時間と空間が与えられたことだった。卒業後、「学問の道」に進むという考えも才覚も全くなく、「抽象論には、もう飽き飽き」と、好んでより“泥臭い”世界を希望。大学の専攻とは全く無関係の広告営業という職種でずっと会社員として働く。

2年位前から(仕事や趣味の活動を行う中で)「果たして日本には個人というものは存在しているのだろうか」という疑問が、非常に切実なものとして浮かんできた。そういう疑問に対して所謂“実生活”だけではなかなか答えにいきつかず、一人煮詰まっていたところ、たまたま、大学在学中に授業を受けたことのある、文化人類学者の公開の講演会を聴く機会を得た。その内容が(学生時代以上に)今の自分に必要だと感じ、その教授に「どこへ行けばあなたの講義が受けられるのか」尋ねたら、「今、○大(私の母校)でしか教えてないんで、一般の人が参加できるようなのは無いんだけど、なんだったら普段の授業にもぐっても大丈夫ですよ」と言われた。スケジュール等は自分で調べ、1999年4月からの1年分、(既に同級生は助教授になっている10年振りの母校で)週1回土曜日にその教授の授業を聴講した。「変な奴」と周囲から警戒されるかと当初懸念したのだが、思いのほかすんなり溶けこむことができ友人もできた。講義内容は(実社会と置き換えて考えることができる分)学生時代に受けたときよりピンとくることが俄然多く、現役時代は授業といえば寝てばかりいたのにこのときは遅刻もせず手を挙げて質問までしていた。

“完全なる部外者”として大学に通ったこの奇妙な1年間を通して、“正規の学生”だった頃には全くみえてこなかった大学問題が色々垣間見え、個人的に日本の大学の行く末について興味をもっている。

III.学ぶとは
勉強とは対象を抽象化し、自分と世界との関係を客観視するパワーだと私は思っている。主観の海に溺れていたのでは、水の辛さはわかっても、自分がどこの何という海に溺れているのか、わからない。それを見せてくれるのが他者というもので、「勉強する」とは、他者という存在に敬意を払い、その知恵を生かすことで、自分も生きていこうとすることだと思う。だから、この“勉強”という需要は所謂“就学期間”だけに生じるものではなく、主体的に生きている間中、ずっとなんらかのかたちで現れるものだと思っている。

人と関わっていく中で、組織と関わっていく中で、自然と関わっていく中で、「これはどうしてこうなっているのだろう」と疑問、矛盾、怒り、感動を感じることはいくらでもあると思う。そういう「どうして」が学問のはじめの一歩だと思うし、そういった「どうして」に対し、何らかのヒントを与えるためのシステムのひとつとして、学校というものは存在して欲しいと私は思う。

IV.そういう眼で眺めてみると…
卒業してすぐ勤めた会社では、定時に終わるなど年1回ストのときくらいなもので、私は電車の中で、文庫本どころか手にした新聞さえ読む気力もなく、朝から立ったままつり革にぶら下がって眠っていた。同期の中には、出張帰りの新幹線の中で気を失い、気がついたら横浜駅の駅長室だったという者までいた。

そういう人達の税金を利用している日本の大学では、このサービスの受け手の9割以上が、高校を卒業したばかりの18〜19歳の人間で占められている。その多くが遅刻をし居眠りをし、授業はといえば、定刻通りに始まった試しがなく、サラリーマンなら減給処分にされるはずの「無断休講」はどういうわけか「歓迎」されている(勿論、全部が全部ではないが…)。どう考えても人対人の関係性の在り方として、「新幹線の中で失神中のAさんの財布から金をとって、BGMつきの居眠りスペースをBさんのために建てよう!」というのでは、あまりにバランスが悪い。

誤解されては困るのだが、私は、今大学に通っている学生の方々に「俺達労働者は、こんなに苦労してるんだからおまえらも死ぬ気でやれ」と浪花節的に迫る気はさらさらない。私自身「○○さ〜ん、顔にノートの跡ついてるよ〜」と言われたクチである。そういう学生だったからこそ安易に説教に流れるのではなく、このアンバランスを是正するためにどのようなシステム変更が可能か、なるべく“合理的に”考えてみたい。

V.脱・供給先行型勉強
「あなたが大人になって後悔しないように、私はあなたのためを思って、今勉強しておけと言っているのだ」という言葉はよく耳にする。でもちょっと待って。確かに、後から「やっときゃよかった」と思わないですむように、今から勉強を強要する、というのも一つの方法かもしれない。でも、もし「あなた」が「やっときゃよかった」と思う日がきたら、その日から「じゃ、始めるか」と言えるような社会環境をつくることが、本当は「あなた」のために、そして「私」のためになることではないだろうか。需要が生じる前に、他人の手でお膳立てが整えられてしまうのはまだお腹が空いていないのに、頼んでもいないフルコースが次から次ぎへと運ばれてきてしまうようなものだ。「私だって、やらなくて後悔したんだから」と他人の後悔を心配してまわるより、そのエネルギーを、本人が後悔する間もなく「今日からはじめる」に回した方がずっと良い。今は需要のあるところに供給がいかず(サラリーマンだから?主婦だから?年だから?時間が無いから?お金が無いから?子供がいるから?)需要のないところに過剰に供給がいってしまっている(「今、やっとかないと、あと知らないからね〜」)。

あまりに一箇所に集中してしまっている学校というサービスの供給先を、もう少し必要なところに散らそう。

VI.たった一本の横断歩道
社会人になってから大学に入った人の「仕事を辞めた一大決心」が最近よくマスコミを賑わせている。すごいなあと思いそうになって、ふと気づく。待てよ。そもそもなんで、大学の授業を受けるくらいで、「一大決心」を要求されねばならないのだろう?税金を払うのも、授業料を払うのもこっちなのに、なんで“大学のシステム”に“人生”の方を合わせなければならないのだろう?

私は仕事ばかりの人生も嫌だけれど、例えば小・中学生の頃のように、経済活動から全く除外され、“社会のお客サン”として生きていくのもまっぴらごめんだ。

働きながら大学の授業を受けてみて初めてわかったことが、いくつかある。一つは、抽象論というのは(少なくとも私にとっては)具体があって、初めて生きてくる、ということ。もう一つは、(よく「学生は楽で羨ましい」というがとんでもない)もし本気で受講したら、1日何コマもの授業を受けつづけるのは相当しんどいということ。

例えば文学部の授業は(理想論はともかく現実には)「抽象論を一方的に聴く」というスタイルが殆どで、あれだけを日に何コマも受けていたら、眠くなるのも、おしゃべりしたくなるのも、準備がおろそかになるのも無理はないと思う。単調な高速道路で居眠り運転が起こりやすいのと同じ理屈だ。
勉強にせよ仕事にせよ、一つのことを何時間もぶっ続けで通すのが良い、とする考え方がこの国は根強いが、必ずしもそうではないことをそろそろ冷静に考えるべきだ(勿論、好きでそうする人や、まとまった時間を確保しないとできない作業は別)。

苦労してアルバイトをしながら通う学生の方が、勉強する時間は少ないはずなのに、どういうわけか優秀、という話が昔からある。あれは単なる美談にとどまらせておくべきではない。現実に人間の脳は、単調な刺激が続くと活動が低下するのだ。勉強も、他のこととのバランスの中で行うというやり方を、方向性の一つとして受け入れた方が良いと思う。

現状の供給先行型勉強では、道路の右側は学生・研究者の人生、道路の左側は一般労働者の人生とされている。道路の右側にいるうちに、人生の中で必要になる可能性のあるものを全て買っておかなければならない。右側と左側をつなぐ横断歩道はたった一本で、一度道路の左側に渡ってしまったら、二度と右側には戻れないからだ。

だが、例えばそれが勉強以外の買い物だったら、道路の左側に欲しいものを売っている店があるのに「自分はもう横断歩道を渡ってしまった人間なのだから、しょうがない。ずっと我慢して右側を歩きつづけよう。あのとき買っておかなかった自分が悪いのだ」と諦める人がいるだろうか。寧ろ「ここに横断歩道を造ってくれないと不便でしょうがない」と文句を言うのが普通だろう。

一方「最近の学生はアルバイトや遊びばかりしてちっとも勉強しない」という批判は多い。

アルバイトに関していえば、私は、誰かが自主的に働くのは大歓迎である。どんどん社会貢献して、扶養控除枠内なんてケチなことはいわず、税金を負担して欲しい。そうすれば、みんながその分楽になる。

「アメリカの大学生はあんなに勉強するのに」という非難もよく聞く。私はアメリカの大学生と日本の大学生を単純比較するのはかなり危険だと懸念している。日本の大学生の一部が大学に入った途端、馬鹿みたいに遊ぶのは、それ以前にあった詰め込み教育という名の高速道路と、そのあとに予想される過剰労働という名の高速道路との間で大学生活が人生唯一のパーキングエリアとして事実上機能している部分があるからだと思う。「今やっとかないと…」という愛情という名の元に行われる“脅迫”や、“新幹線内の失神”を改善することなしに、日本の大学生に向かって、ある種の強制力をもって「大学時代も、わき目もふらずに勉強しろ」とやってしまったら(好きでやる人は全く別)理屈上は正しいが、現実には、人生の早い段階で燃え尽きてしまう人を量産する結果になるだろう。

大学問題の本質は、彼らが「アルバイトと遊びに“現を抜かしている”」ということでは決してないと私は思う。

問題は、彼らが興味を感じない授業の分までが大量に「卒業資格」とセットになって販売され、そのため、彼らがいつまでたっても現れない教室で、冷暖房つきのその席がわざわざ確保されていること。その無駄遣いの負担が、当人にではなく、親や納税者の側に回ってきているということ。「あなた、働く人」「私、勉強する人」という住み分けが歴然としてしまっており、納税者の側に純粋な需要があっても、大学の敷居が様々な面で非常に高いこと。逆に“需要なき需要”の占める割合が大きいことで、授業全体の温度が下がり、ひいては大学というサービス全体の質の低下につながっていること。

誰かのライフスタイルが問題なのではない(誰かのライフスタイルを批判する権利なんて、そもそも私にはない)。システムが問題なのだ。

VII.ロシアの魚
ソ連崩壊直後、こんな新聞記事が載っていた。

一人の漁師が、「もうソ連ではないのだから、自力で稼がねば」と市場に出掛けた。立派な魚を丸ごと一尾で○ルーブル。声を限りに売って歩くが、皆がお金に困っているときので、そんな余裕はとてもない。日は暮れかかっている。漁師は嘆く。日本人記者は結ぶ。「買う側のことを考えて切り身にする、という発想がない!これが今のロシアの切実な問題だ。」

私に言わせれば、「遠いロシアの問題?とんでもない!これは今の日本の切実な問題だ!」

もしも私が大学の“販売担当者”だったら、今までの“4年間分セット売り+卒業資格のオマケつき”というフルセット販売と平行して、授業の1コマ単位のバラ売りをする(放送大学では既にこのシステムをとっている)。卒業までに要する年数に制限を設けない。

自分の人生の中で、労働や遊びや勉強にどのようなウェートをおくかなんて、結局は当人にしか決められないことだ。出たくない授業は最初から買わなければ良い。「大学にいくのは週1回くらいで、あとはバイトとかな〜」という人は週1回分だけ授業を買う。みんが4年間で卒業する必要なんてない。そもそも、みんなが卒業する必要さえない。みんながみんな“勉強を本分”にしなければならないなんて法はないと思う。

例えば私にとっては、働きながら1週間に1コマの授業というペースは、思いの他快適だった。週1コマだと残り6日間、本屋で立ち読みをしているとき、友達と話しているとき、テレビを見ているとき「そういえば、これは先週の授業で聞いたことと関連があるな」という具合に、授業以外のことに対して自然とアンテナを張り、そこからじっくり興味を広げ、それをまた翌週の授業につなげることができる。これが例えば、日に5コマ受けていたら「質問はないですか」と問われても、質問を考えつく“余裕”がそもそも無かっただろう。

授業はサボっても友達の溜まり場には顔を出す、という人がいる。「勉強は嫌いだったから、大学にはいかなかったけれど、話を聞いてると楽しそうで、いけば良かったと思ってしまう」という人も多い。そういう人は、大学のもつ“雰囲気”を評価しているのだと思う。あまり表立って評価されないが、これは、案外馬鹿にならない日本社会における大学の魅力のひとつだ。私はこの“サロン的需要”と“授業需要”も切り離した方が良いと思う。友達に会いに大学にくる人が、こそこそ授業中におしゃべりするよりサロン需要のみを感じる人に対しては、部室やラウンジの利用権だけを授業と切り離して、別売した方が健全だ。そもそも「そういう楽しみを享受できるのは、学力試験に受かった人だけ」という変な貴族意識が、不要な大学コンプレックスを生んでいるように思う。

「大学図書館が閉鎖的で、一般向け開放が一向に進まない」というのであれば、妥協案として、開放に伴う経費を利用者で頭割りするかたちで、図書館利用権だけを別売する方が、今よりは少しはましだと思う。

今は(基本的には)“数年間というまとまった時間”及び“入学金+授業料数年分+施設料というまとまった金”が用意できた人間にしか、大学というサービスが適用されない。

社会人講座、公開講座なるものを多くの大学がはじめているが、これが“大学の公開”とはならず、通常の大学から隔離し「公開という名の特別枠」となってしまっているのは皮肉な現象だ。
この1年、各大学主催の公開討論会に三つほど参加した限られた経験で言わせてもらえば、残念ながらそのいずれもが、「専門用語」という村言葉を脱しておらず、それどころか「それが話せる人は頭の良い人」「それ以外の一般言葉で話す人は頭の悪い人だから、適当にあしらって本気で相手にしない」という態度が見え見えで、非常に不愉快だった。

そもそも本気で「社会に対して開く」ということを考えたら「どなたでもお気軽に…」などということは、逆に気軽には言えなくなるはずだ。社会には様々な人々がいる。それらの存在を無視して、安易に「どなたでもお気軽に」と言い、実際には「誰かにとって参加できない、理解できない」という状況を生じるのは大変失礼にあたるからだ。公開ということを本気で考えれば考えるほど重要になってくるのは“公開といううたい文句”ではなく「そこでどのような講義内容とスタイルと場を想定し、そのために相手に対してどのような準備や心構えを要求しているのか」を前もって正確に伝えようとする“情報公開”の努力だ。

今まではフルタイムの学生に対してさえ、大学は(これだけの高額商品を扱いながら)“コンセンサスをとる”という努力を殆どしてこなかった。(昨年、大学の事務所でたまたま耳にした会話:「僕、来年この学校受けようと考えてて、授業内容を知りたいので講義要綱を見せて欲しいんですけど…」「え〜?講義要綱ですかあ。あなた、まだ、ウチの学生じゃないんですよねえ?そういうこと言ってくる人、いないんですけどー。前例がないんで、困っちゃうんですよね〜」)

広報活動はイメージ先行で具体的情報は何もなく、コンセプトはといえば最後は100年も前の「創立の精神」なんてところまで遡らないと何も出てこない。講義要綱はいまだに、独り言&村言葉の羅列、要求している論文のスタイルと評価規準は教授毎に微妙に異なるのに、それは明言されることなく、仕方なく学生が「このへんのとこかな」と“ツボ”を予想することで、提出物の内容がなんとなく決まっている(その“気遣い”たるや「給料の無い営業マン並だね」と私が言ったら、大学院に通う友人の殆どが苦笑していた)。どのような授業を行い、どのような大学をつくっていくか、を学生と授業担当者と当局の三者が意志疎通を図る場は全くなく、「授業とは、そもそもこういうものなんです」と事後承諾的にことが流れていく。方向性を示すことなく、「入学金さえ払ってくれれば」と“レジャーランド需要”にも“就職予備校需要”にも“象牙の塔需要”にも“いい顔”をし続け、イメージという大風呂敷を広げて、何でもかんでも押し込んでしまった結果、今や大学は“誰にとってもわけのわからない不気味な闇鍋”と化してしまった。そして、そのコンセプトの矛盾は、結局は教室や研究室という現場で“教える側と教わる側との思惑の違いに因るトラブル”というかたちでもって押しつけられ続けている。
皮肉なことに、今まで機能していた唯一のコンセンサスが入試だったのだ。それが受験者数が減った今、機能しなくなってきている。「講義を受ける上で必要な基礎学力のない学生がいる」とあたかも自分達が自然災害の被害者のような口ぶりで嘆くが、私は当然の成り行き、身から出た錆だと思う。

今必要なのは、厳密にいえば、入学試験ではない。「この講義を受けるにあたって必要な基礎知識は何か」を明言すること、場合によっては各講義毎の“受講資格”を得る為のレベル設定や試験。逆にそれが無い人に対しては、どこにいけばその知識が得られるのか、その前段階にあたる講義をどこで受けられるのかを示すインフォメーションだ。そして、それによって確保できる人数を想定し、やみくもに象牙の塔になるのでも、やみくもに対象を広げるのでもなく、現実に根ざしたところで、どのような規模で各大学を運営していくかを設計していくことだと思う。

日本では勉強には湯水のようにお金を使って良いと考える傾向がある。幸せな考え方なのかもしれない。だが、金は天から降ってくるわけではない。新しい施設は確かに綺麗だが「新しい施設をつくる」ということは、「それを誰かが確実に労働で支えなければならない」ということだ。教育を高コストにすればするほど“サービスを享受できる人”と“それを労働で支える人”との差が広がってしまう。
文系は特にコストを削減しやすい科目が多い。例えば、“社会人向け講座”なんて、なんでわざわざ新しく建物を建てるのだろう。その分の税金を負担しているのが、当の“社会人”なのに。昼の学部の授業が終わった教室や、高校や中学の空き教室、企業の会議室で出張授業を行ったってできるはずだ。そもそも“建物=学校”ではない。今大学にある施設だって、100%有効活用できているとは思えない。新しいAV施設をつくっても、教授が使い方をさっぱり理解しておらず、30分位かけて機械をいじくりまわした挙句「やっぱりわからないから、いつも通り黒板を使って授業を…」などということは、よくあることだ。これらも“供給先行型”の弊害だと思う。

任期中の学長の勲章みたいな感覚で、何かを造ることをやめてほしい。各大学共通で使う、公共施設や企業の施設を利用する、逆に大学の施設を公共施設として開放する、という方向をきちんと検討した上で、それでも尚、必要なものだけを造るべきだ。今まで勉強に関しては、あまり言われてこなかった経費削減が、長い目でみれば、寧ろ人々の就学のチャンスを広げることにつながると思う。

新聞奨学生が美談としてよくメディアに掲載されている。「偉い、偉い」とばかりは言っていられないのではないだろうか。それがマスメディアに取り上げられるのは、そうやって就学を続けていくことが「やろうと思えば、気軽にできる一つの手段」として紹介されているのではない。「かなり大変で、最後まで続ける人がある程度珍しい」からだ。あの記事の後ろには、続けられなかった人達が大勢いると思う(私の同級生も体を壊し、結局はドロップアウトしていった)。

セット売りにこだわりつづければ、大学にこれるのは(かつての私のような)親がかりが大半になる。どんな業界もそうだが、サービスや商品の受け手と、金の払い手が一致しない業界は不健全化しやすい。(ギフト業界然り、医薬品業界然り、介護業界然り、葬儀業界然り…)

私は授業料の一律完全無料化には反対だ。勿論「授業は受けたいが、経済力がない」という場合に、就学のチャンスをつくることは、一社会人として当然の義務だと思っている。だが、公的負担の割合を“一律に”極端に上げれば健保が引き起こした問題の二の舞になる。自力で負担できる人に対しては、お金と言うコードは大いに利用すべきだと思う。

バラ売りなら、自費負担はより容易になる。今すぐ必要な科目以外は、経済力に合わせ、人生の中で長期的に受講すれば良い。

自腹を切って大学に通う人が増えれば、当然「授業料がもったいない」という意識が生じる。

現に、早稲田大の第二文学部(夜間)で「どの授業が休講が“少なくて”サービスとして良心的か」等を記した働く学生によるミニコミが発行されており、売りきれるほどの人気を博している。(私の知る限りでも)「今日○○先生は教室に現れなかったんですけど、一体どういうことですか!?」と事務所に食ってかかるのは、やはり夜間学部の学生である。

税負担を上げて今よりさらに“文部省の顔色伺い”傾向を強めるより、経済原理をある程度利用する方が、この業界を健全化する自然な方法だと思う。

VIII.「とりあえずビール」?「とりあえず大学」?
日本では「どこかに所属していない人間、出身が特定できない人間は、胡散臭い、いいかげんだ、信用できない」と考える傾向が強い。

極端な例をあげれば「あら、やだ。鈴木さんちの息子さんたら、今日も平日にフラフラしてて、一体何やってんのかしら…」というとき、鈴木さんが週3日労働のフリーターの場合と、とりあえず大学に籍だけはある場合では、どういうわけか前者の方が風当たりが強い(税金の無駄使いをしている、という点において、迷惑なのは後者なのに)。

「組織とどのような距離をとるかは、当人の考え方を尊重する」という敬意を皆が相手に対して、ある程度もとうとしない限り、数百万円する身分証明書の発行機関としての大学の役割は残り“主のこない座席を税金で暖める”という矛盾はいつまでたってもなくならないだろう。

日本人が皆「とりあえずビール」言いつづけていたうちは、“スーパードライ”も“一番絞り”も生まれてこなかった。良い大学をつくるためには、逆説的な言い方だが、各人が大学以外の選択肢をきちんと冷静に考えること、認め合うことが必要だと思う。

また、雇用主が労働者に対し「入ったからには組織の人間。どんな風に使おうとこっちの勝手」という考え方を押しつけるのをやめさせ、個別の労働契約を浸透させて、例えば「私は(水)の13:00〜15:00は授業だから、その間は契約しない」というような条件提示が労働者の側から可能となるよう、働きかける必要がある。

IX.開放とセキュリティ
大学開放を行おうとするとき、最後の砦として残るのはこれからの日本では、恐らくセキュリティの問題なのではないか、と私は予想している。

「10年前の卒業生が授業に潜っても、別に誰も気にしない」という比較的おおらかな側面をもつ私の母校では、一方で、カルト集団による、キャンパス内での強引かつ非合法的な勧誘活動が跡を絶たず、世間でオウム事件等が取り沙汰される何年も前から、既に様々な被害を生じていた。大学当局が、比較的何に対しても閉鎖的なのは、「わけのわからない集団に乗り込まれたら困る」という懸念も手伝っているように感じる(尤も、この懸念が必ずしも有効には機能していないようにも思うのだが…)。「日本で初の開かれた大学」をうたったのが放送大学であったことは、この点においても、まさにその“放送”によるところが大きかったように思う。

この点については、私には未だ解決策が浮かばない。良いご意見があれば教えて欲しい。

X.とりあえず実現可能な提案として…
大学問題は社会との絡みもあって、一般的に議論が「真面目に考えれば考えるほど、どこから手をつければ良いかわからなくなる」というところに陥りがちのようだ。そういう場合は「とりあえず、今やれることを今やる」という姿勢が必要だと思う。

週1日、土曜日だけでも“授業開放日”とし、一般向けには1コマ単位のバラ売りを行い、フルタイムの学生とパートタイムの学生が、同時にひとつの授業を受講できるようにしては、どうだろうか(勿論、その前提としては、前述の“授業を受けるにあたっての、コンセンサス”が必須となる)。
経済コードや社会常識を有している人間が、大学の中に多数入ってくることで、今の閉塞状況を打開するひとつの刺激になっていくのではないだろうか。

XI.最後に:大学の横能力について
競争心は社会にとって大切なエネルギーのひとつだし、競争は純粋にゲームとしても楽しめるものだ、と私は思っている。

だが、この国における勉強熱(社会人のものも含め)には、あまりに「誰かに威張れるものを手に入れよう」「誰かをぎゃふんと言わせよう」「誰にも文句を言われない人生を送ろう」という思いばかりが強く感じられ、「自分と自分の周囲をとりまく人々を少しでも良い方向にもっていこう」という声を殆ど耳にしないということについて、私は少し背筋の寒い思いがしている。

私が勝手に“縦能力”、“横能力”と呼んでいるものがある。

徹夜して勉強して英検1級に受かって、外資系企業に就職できて、給料倍になりました、というのが縦能力。勉強した英語で、道に迷っている旅行者に“Can I help you?”と話し掛けることができるのが横能力。

集団から抜きん出るための能力があると同時に、誰かと手をつなぐための能力もあるはずだ。
今、日本において教育問題とされていることの大半は、縦方向を極端に重んじて横方向をないがしろにし続けた結果、縦→横へのエネルギーの流れがスムーズにいっていない、ということに因ると思う。
人類は好むと好まざるとに関わらず、関わり合いの中でしか生きられない。縦に積み上げられた能力は、横方向に還元されることで、はじめて良い循環を生み、何倍もの力になる。

大学が自らの上に縦方向に積み上げてきた力を、社会の一員として、今度はいかに横方向に転換していくか。

少子化時代の到来を、寧ろそのことについて真面目に考える良いきっかけとして生かしたいと、社会人の一人として思う。■

名古屋大学環境学創造ワークショップ 「市民と大学の連携を探る」メモ

高野雅夫 (名古屋大学助教授)
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3月2日(金)の午後、名古屋大学工学部4号館建築学専攻輪講室にて、上記のシンポジウムが開かれました。名古屋大学では大学改革の柱の一つとして、今年4月から文・理・工融合型の大学院環境学研究科が創設され、そこでの研究体制作りをすすめるにあたって、これまでの学問研究と大学のあり方を根本的に見直すという問題意識のもとに、「環境学」とはいかなる学問であり、あるべきかを学外の人々を交えて探っていく試みが始まりました。これは、土曜講座の企画「市民がすすめる大学改革」の趣旨とも合致するものであり、今回上田がシンポジウムの話題提供者として招かれたのもそれ故でしょう。学外話題提供者としては私、萩原喜之氏、日比野理恵氏の3名、コーデイネーターは高野雅夫助教授、広瀬幸雄教授、有賀隆助教授の3名、学内話題提供者として清水裕之教授、柳下正治教授の2名、総勢は環境学研究科参加教官及び学生ら約30名でした。以下の高野さんのメモからもうかがえるように、有意義で刺激的な集いでした。このシンポジウムを手がかりに、土曜講座では市民と大学とに連携の具体的な形を模索していくことになるでしょう。では、話題提供者の話の要点をご覧ください。(上田)■

●上田昌文氏(「科学と社会を考える土曜講座」主宰、(財)政策科学研究所客員研究員)

1.上田氏はフリーの科学者として、1992年より「科学と社会を考える土曜講座」を主宰し、昨年、市民の目から見た大学改革への評価や提言をまとめた。この提言の中で、これまでの大学にける自然科学教育・研究の問題点について、以下の指摘をしている。
1)社会問題や個人の生き方を語り合うことへの拒絶の雰囲気
2)ノーベル賞を取るようながんばりこそが何より大切、という不文律
3)重層的な競争体制(学生間、研究室間、大学間:細分化とそれに伴うわずかな差異における優位への強迫)
4) 実験系学生に課せられる長期トレーニングと徒弟奉公の重圧
5) 大学が社会に開かれていないことが原因となる、学生の閉じこもり傾向(多様な社会のあり方に気づかない)
6) 社会に対する閉じこもりと内部の人間への囲い込み体質 こうした問題に対し、自然科学の知識、科学技術を社会に活かしていくためには、専門家とは違う市民の価値観で問題解決のためにそれを利用したり、知的探究としての科学のおもしろさを社会形成に活用する工夫をすることが重要と提言している。

2.こうした提言に基づき、自然科学分野における大学と市民社会との新しい関係の創造に向けて、幾つかの提案が行われた。
1)「市民リスク論」の確立:専門家による問題認識の欠落をうめる。科学の限界をふまえた、開かれた政策的対応の必要。
2)科学技術プロジェクト外部評価の実施:専門家による研究推進の情報公開と、(市民を加えた)外部評価を実施できるように足固めをする。
3)地域ローテク(伝統技術)の研究や「科学館プロジェクト」などの試み:地域ニーズや問題解決に見合った知的探究の場の確立 そこで地域社会に開かれた大学をつくるためのポイントとして、

a) 一般市民が大学を利用できる仕組みをつくってみる。
例:図書館などの開放、研究会や社会問題に関するイベントの開催、大学公開講座・市民講座の市民との共同企画・運営、NPOに所属する市民研究員による講議の開催、大学教員による定期的な公開講議の開催など。
b) インターネットを活用した、市民に向けた情報発信、交信。例:講議記録の公開、研究に対するパブリックコメントの募集など。
c) 地域市民やNPOとの連携を実現するために、米国などで盛んなCBR(Community Based Research)制度をつくる。CBRから大学が調査受託できるようなしくみをつくる。
d) 欧州の「サイエンスショップ」など、地域問題やニーズに対応できる大学側の「窓口」をつくる。これは大学院生の実地教育にもなる。
e) 自治体、地元経済団体からの研究助成寄付ルートの確立。これは大学の地域シンクタンク的機能の強化して地域貢献することによって誘導できる。
f) 大学の「地域社会貢献目標」を明文化する。これは研究科単位でも効果があるだろう。
g) 大学システム運営のための雑務の整理統合が必要。大学教員の職務多忙の見直し(例:学生の自主運営、アウトソーシング、電子ネットの活用など)、事務官、技官の役割の再評価と必要要員の確保、給与待遇の改善など(欧米大学の事務・サポート業務の詳細調査が必要)。

3.出席者との意見交換では、フリーの科学者としての活動内容や生計の立て方などについて質問が出された。

●萩原 喜之氏(NPO中部リサイクル運動市民の会理事長)

1.萩原氏は、環境問題へのとりくみは「五味一体」で(市民グループ、市民、行政、企業、マスメディアの協力・協働のもとに)と主張しているが、残念ながらこれに大学は入っていない。大学がこれまでそのような関心をもたなかったためである。大学も含めた「六味一体」で環境問題に取り組むためには、大学にどのような改革が必要なのか、そのための提言が行われた。
1)最初に、市民(市民活動家としての)は、現在の大学には何も期待していないとの認識を示される。
2)その上で大学改革の実現に関して、ゴミを堆肥化し資源としてリサイクルさせる細菌効果を引き合いに出して解説(細菌の法則を例に上げて → 腐敗菌 15% VS 無目的菌70% VS 発酵菌 15%)。一般的に、全体の15%が良い発酵菌、別の15%が悪い腐食菌、そして残り70%がどちらでも無い無目的菌で、これは大学改革にもあてはまることだ。つまり、名古屋大学全体を100とした場合、本気で改革するグループ15%が必要で、これが環境学研究科ならば期待できる。但し、環境学研究科の中にもさらに本気でやる人達15%と、足を引っ張る人たち15%、そして中間層70%がいることを自覚すべきである。
3)こうした15%理論に基づくと、市民が大学と連携するというのは、組織として連携するのではなく、大学内にいる15%の良い教官と連携することであり、現在はこの方が可能性が高いのではないかとの考えを提示される。
4)市民グループ、NPOと大学との連携を考えた場合、例えば、大学教官がNPOからの研究受託を受けられるような制度が必要であり、同時に、NPOが大学の共同研究者に成れるような仕組みをつくることが重要である。 → お金の仕組みも含めて、地域の市民ベースの活動法人との共同研究推進の仕組の必要性。(TLOなどは、必ずしもNPOには対応しないのでは?)

2.出席者との意見交換では、市民活動ベースのNPOと地域大企業(例:中部電力など)とのプロジェクト連携について、企業側のNPO活動に対する理解不足や、そのことが原因となっている誤解などの問題点が指摘された。グリーン電力の事業化実現に向けて、中部電力などと連携のためのテーブルづくりを進めているとの説明があった。

●日比野 理恵氏((株)NHK中部ブレーンズ 制作本部デイレクター)

1.日比野氏が制作を担当した番組(宮城県田尻町での流域湿地再生の活動)を事例に、農業と都市型観光、農家と自然環境活動グループ、市民と大学と行政という連携をつくりながら、人の循環を中心にした地域連携と大学の役割について提言された。特に、農村地域の経済再生を都市部との連携で図り、そのために地元大学、地域行政が共同で取り組んだ点が画期的。
1)地域の流域湿地の再生が、地球規模の渡り鳥の生態系保全に繋がっていくという、ローカルアクションが、グローバルに貢献する構図を分りやすく解説。
2)湿地再生の取り組みに向けて、主導的な役割を果たした自然環境活動グループと地元農家との連携は人を通した活動の連携であり、こうした「人の循環」が重要であるとの提言をされた。
3)「人の循環」は農村と都市、農家と市民、農家と大学と行政、という異分野を越えたネットワークになり、これが地域の新しいあり方になり得るとの考えを示される。
4)具体的には湿地再生の取り組みへの大学の参加はもとより、再生した湿地をフィールドに、大学による継続的な生態調査の実施、大学カリキュラムによる学生達の研究活動、などが行われている。 → 地域のフィールドをもとに、大学、市民、農家が共通目的を持つ。 5)こうした取り組みから、地域の問題解決や取り組みには、"よそもの"、"わかもの"、そして"ばかもの"、の参加が欠かせないとの意見を提示される。つまり、直接の利害者ではない外部の人からみた問題認識と解決方法の検討、活動自体に集中的、継続的に取り組める若い層の参加、そして、立場や仕事と無縁の市民活動に面白さを感じ、没頭できる人の参加、が連携のカギを握っているということである。 2.出席者との意見交換では、メデイアそのものが環境問題へ取り組む姿勢について、地域社会や市民活動へ与える影響力の大きさを認識し、主導的な活動を取ることが重要では無いかとの意見が出された。

●清水 裕之教授

1.大学が協力をしている市民参加型の公共建築計画(可児市文化センター)の事例について紹介され、市民の意見やニーズを把握し、専門的な建築計画に反映させていくための新たな参加型公共建築計画手法の開発を行っている模様が報告された。
1)事例のビデオでは、学生達が独自の建物計画案を策定し、公開ワークショップにおいて自治体側に提案しながら、市民にも情報公開していく様子が紹介され、学内での教育にとどまらない、実際のフィールドにおける実践教育の効果(学生達のやる気と能力の向上)についても報告された。
2)大学と地方自治体の連携として、今後、建築のような分野では専門的な提案力に加え、市民参加の仕組みをつくっていくコーディネートの役割もあるのではないかとの提言がなされた。

2.出席者との意見交換では、地域社会や自治体に対する大学の役割の一つとして、高く評価できるとの意見が出され、こうした取り組みがより普遍化できることが望ましいとの考えが示された。 ・今後の課題として、現状では国立大学が地域の自治体から直接研究受託を受けることはできないため、あくまで教官個人の参加という範囲に止まっており、今後、大学として継続的な地域参加を行うためには、こうした地域自治体、市民団体、企業との協働を可能にする、大学側の仕組みづくりが必要であるとの意見が出された。

●柳下 正治教授

1.日本の環境行政、とりわけ地方自治体レベルにおける環境行政の特徴と問題点を、全国の都道府県へのアンケート結果をもとに分析され、特に現状職員構成の高齢化、専門分野の遍在、そして今後求められる人材像(大学がどのような人材を輩出すればよいのか)、という視点から報告された。
1)都道府県において環境行政に専門として携わっている職員構成の問題点として、高齢化(45歳以上の職員割り合いが約5割以上)、専門分野の遍在(化学、薬学、農学など、化学物質、化学式に対応できる分野の構成が7割近く)があげられる。これは、昭和40年代の公害問題と行政訴訟の経緯により、物質の排出規制などを中心とする規制型環境行政の結果と言える。
2)こうした現状の職員構成問題は、自治体における環境行政分野の新たな人材採用の際にも"くり返される"可能性が非常に高く(つまり化学、薬学、農学中心の同じ分野の人材が採用されることになってしまう)、将来本当に必要な環境分野の人材がどのような能力を持つべきかなどの議論が行われなくなってしまう危険がある。
3)こうした現在の日本の環境行政分野の問題を認識し、環境学研究科として、将来の人材育成の具体像と、カリキュラムを構築することが重要である。■

「出前授業」をしてみました

薮 玲子
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*きっかけ
「高校で授業をやってみませんか?」

11月中旬に猪野修治さんから土曜講座の運営委員宛にこんなメールが届きました。猪野さんは都内にある私立女子中学・高校の物理の先生です。そのご自分の担当していらっしゃる高校3年生の物理の授業で、何か話しをしてみませんかという提案でした。と言っても、物理を選択している生徒さんは8名。「いつもの土曜講座の感じで気楽に自由に話してくださればいいのです」とのこと。
「それでは、やってみますか」
「やるなら早いほうがいいですね」
と、とんとん拍子に話しがまとまり、11月26日の午後、5時限目と6時限目に、運営委員の古田ゆかりと編集委員の薮玲子が授業をすることになりました。

*それぞれのテーマ

さっそくそれぞれのテーマを決めました。
フリーライターの古田さんは、以前取材したことがある「遺伝子組み替え食品」を題材に科学技術と社会の関係を話してみたいとのことです。いかにも古田さんらしいテーマ設定です。
いっぽう私は、ちょうどその時『湯浅年子/パリに生きて』(山崎美和恵編、みすず書房1995)という本と出会って、読みはじめていたところでした。湯浅年子は1909年生まれの日本で最初の女性物理学者で、フランスを研究の拠点にして自由にエネルギッシュに生きた国際的な科学者です。物理を選択している女子高生に、この湯浅年子の生き方を話してみるのもおもしろいと思いました。

*授業の準備

お茶の水女子大学女性文化研究センターで湯浅年子の資料の整理をしていると知って、さっそく連絡してみました。すると幸運にも、湯浅と親交のあった山崎美和恵先生が会ってくださると言うのです。山崎先生は70代半ばの物理学者で、ご専門は「素粒子理論」です。どんなおばあさんかしら?と胸をときめかせて出かけました。
「湯浅年子に興味を持ってくださって嬉しいわ」
山崎先生はにこやかな笑顔で迎えてくださいました。とても70代には見えない若々しさです。机の上いっぱいに広げられ、積み上げられた資料や本を端に寄せながら、
「まあ、まあ、そのへんにお座りなさいな」
まるで恩師と教え子という風情です。
山崎先生は湯浅年子の30代から晩年にわたって親交があり、現在はその伝記を執筆中だそうです。物理学研究一筋に生きた湯浅年子の、なんと人間的に大きく温かく魅力的であったことか。山崎先生の熱っぽい話しは1時間半におよび、帰りにはどっさりと資料を戴きました。日の暮れた帰路を急ぎながら、私は山崎先生を通して湯浅年子につながった気がして興奮していました。

*授業の日

あっと言う間に授業の日がやってきました。
午後1時に校門を入ると、向こうの建物から猪野さんが「やあ、ようこそ!」と現れました。
7階の図書館の奥にある小部屋に案内されました。窓からは都心の景色が一望に見渡せます。
「わあ、まさに東京の中心という景色ですねえ」
古田さんと私はしばし景色に見入りました。8人の生徒さんが輪になって座りました。
古田さんの授業は、まず彼女のフリーライターという職業の説明から始まりました。女子高生たちは憧れのまなざしです。
「ところで、遺伝子組み替え食品って知っています?」
ほどんどの生徒さんが手を挙げます。
「どんな食品があるかしら?」
「大豆」とひとりが答えます。すかさず、
「大豆のつぶってこと?」と古田さん。
「大豆製品」
「そうね、どんなものがあるでしょう?」
「豆腐」「みそ」「おから」「ゆば」と口々に答えが飛び出します。その度に、「うん、そうね」「そうそう」「お、よく知っているね」「すごーい!」と古田さんは相づちを打って盛り上げます。
簡単に遺伝子組み替え食品の説明をした後、再び質問。
「じゃあ、除草剤耐性の大豆で得をするのはだれ?」
「農家の人!」「除草剤の会社」
「では、日持ちするトマトで得をするのは?」
「トマトを売る人」
そして、話しは核心に入ります。
「これらの食品の安全性の検査は誰がやるべきでしょ?」
生徒たちは「うーん」と考え込みます。
「厚生省・・?」
「そうよね。では、実際は誰が検査しているのでしょう?」
またもや、しばしの沈黙の後、一人の生徒が
「その食品を作った会社……かな?」
「そう。するどい!」
こんな風に授業は和気あいあいと楽しく進んでゆきました。遺伝子組み替えの技術が社会に入ってくる裏で、その技術によって利益をもたらすのは誰か、誰のための技術開発か、われわれは安全なものを手に入れるために何をすべきか、問題は何かを見極める目を養うことがいかに大切か、まさに科学と社会を考える分かりやすく楽しい授業でした。
次は私の「物理学者・湯浅年子について」の話しです。
前日にレジュメの準備をしながら、どういう風にまとめようかと迷っていました。話したい材料は山のようにありましたが、思いきって大幅に絞ることにしました。
1冊の本との出会いから湯浅年子に興味を持ったこと。生涯を研究に捧げた年子の生きざま。自分の意志を貫き自由に純粋に生きた年子に感動し、その人となりを知りたくて山崎先生を訪れたこと。山崎先生から伺った湯浅年子の人間的な側面。豊かな感受性と批判精神にあふれた年子の素顔。心温まる楽しいエピソードの数々。最後に、年子の文学的な素質が垣間見られる美しい文章を紹介しました。
これで、ちょうど予定の時間でした。

*授業を終えて

学校の先生ではない人の話しを聞くことは、生徒さん達にはとても新鮮だったようです。そればかりか、猪野先生まで、授業が始まる前に「なんだかドキドキするよ」と、おっしゃって緊張されていました。生徒さん達もそれを見抜いて、「今日の先生はいつもと違う」と、冷やかす始末です。そのほほえましいやり取りから、猪野先生がいかに生徒に慕われているかが伝わってきました。
でも、誰よりも新鮮な刺激を受けたのは、古田さんと私だったでしょう。部屋を出たとたんに古田さんが私に言いました。

「高校生って、あんなに素直で可愛いのねえ」
楽しい貴重なひとときでした。こんなチャンスを作ってくださった猪野さんに心から感謝申しあげます。
ありがとうございました。
宅配ピザならぬ「出前授業」、これを土曜講座の売り物
にしてはどうでしょう?

*その後のこと

図書館に頼んでいた湯浅年子の数冊の著書が、授業から6日も経ってやっと手に入りました。驚いたことに、その中の1冊は1950年(昭和25年)に出版された文庫本の初版でした。(『パリ随想』)アテネ文庫・弘文堂1950)80ページの薄い本で、値段は30円とあります。茶色に変色したページをそろりとめくると、若い日の湯浅年子が、今にもそこに現れそうな気がしました。■

総合的科学教育プログラム開発プロジェクト: なぜ科学教育が必要なのか

小林一朗
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今号の5ページで言及しました企画10の背景となる理念的な考察を小林さんご自身の視点からまとめていただきました。次号以降で具体的な展開方法、プログラムの試案、それの試験的な実施の報告など、適時このプロジェクトの進展をお伝えすることになります。

現代社会は科学技術文明と呼ばれることがあるように、私たちの日常生活を取り巻く物資は科学技術により発明、生産されたものである。科学技術は今や世界中に浸透し、世界各国が科学技術を活用した工業社会に移行すべく歩みを進めている。世界の有識者には、貧困から脱するには科学技術力を向上させ、工業化することがその唯一の解決方法であるという信念があるように思われ、今後も世界の工業化が拡大する勢いは留まる見込みがない。

科学技術は確かに物質的な満足を与えることはできるが、エネルギー、材料の多くを枯渇する資源に依存しているため、科学技術による満足はここ数十年、一部の人にしか供せない限定的なものである。しかし、科学はかつて人間が分析対象としなかった迷信や宗教による戒律を物理的、化学的な厳密さをもって因果律として明らかにし、直接人力では到底成し得なかった所業を成し遂げた。この成功を延長して今後の世界も科学技術の発展が続くと考えられ、人間社会に存在するあらゆる問題を科学技術が解決するという錯覚が生まれてしまった。そして、絶えざる成長拡大を前提とした経済システムと結びつき、巨額の金額が科学技術の研究開発に投じられ、複利的な成長を遂げている。

20世紀後半には科学技術が併せ持つ、マイナスの側面が明らかになってきた。公害・薬害問題の発生、地球環境問題の拡大、貧富の差の拡大、核兵器・生物化学兵器、コンピューター技術など軍事技術による社会崩壊のリスク、内分泌攪乱化学物質による生態系汚染、化学物質過敏症、抗生物質耐性病原体の発生、自己免疫疾患・癌など生体を自己崩壊させる難病の高頻度発生等々。このような問題に接すると、かつてほど科学技術に対し絶対的な信頼を置くことは最早できないことが分かる。しかしながら、科学技術に夢を賭けた時代の影響は未だ強く、その時代の教育を受けた科学者や技術者は問題の解決に際し、科学技術解を求める強い傾向がある。科学技術に対しての疑問を呈することは人間の可能性を否定する後ろ向きの行為と捉えられる向きがある。このような考え方は科学者自身に根強く存在し、またメーカートップの発言を拾って見ても同様の根強さが見受けられる。これは科学というものの性質や思想的背景を学ばずに科学の結果だけの知識と影響力を身につけてしまった弊害である。科学史や科学思想史、侵略された側から見た植民地支配以来の南北問題や公害被害者の視点に立って科学技術文明を見れば、先進国や有識者の側から見たそれとは異なる見方に触れることができるが、科学技術による工業的な発展を国策としてきた一面的な教育過程には、科学技術に対し、疑問を持つプロセスは存在しない。従って、このままでは今までほどではないにせよ、科学技術を過信した人材が輩出され続けることになる。科学技術の影響力はより拡大していくだけに、それを扱う専門家たちが一面的な見方しかしないとしたら、知識がないことより危うい面がある。

近年、学校教育の場において環境教育が取り上げられる機会が増えていることは大変好ましいことではあるが、そのプログラムは生態系への接触や理解、ゴミ問題、(結果としての)地球環境問題に限られている傾向がある。破壊の原因となっている科学技術や社会システムの問題を分析的に見る環境教育は行われていない。これでは自然を愛好する生徒は増えたが、なぜか環境破壊は止まらず、貧富の差も拡大するという結果を導くという危惧がある。

また、理系文系を区分した教育にも問題がある。文系教育を受けた者や義務教育しか受けていない者にとって、理系の事柄を理解するのはそもそも難しいのだが、更に現代の科学技術は専門化、細分化が進み、当該分野に関わる以外の者が、その分野の問題を理解することは難しくなっている。ある科学技術に対しての疑問の声が挙がっても、市民が理解できないことを悪用し、非科学的な説明が巧妙になされることがあり、市民が科学的な反論を余儀なくされるのが現状である。裁判で争う場合に、被害発生の因果関係を立証する責任が被害者側に求められているので、十分な知識を持っているはずもない、また大企業のような十分な資金を持っているはずもない被害者にとって、有志で被害者の立場を支えてくれる奇特な当該分野の専門家が現れない限り、被害者は泣き寝入りさせられてしまう。過去の公害や薬害で顕著なように、権威を持った専門家が問題の追及を阻害するような見解を示し、多くの場合、被害側の声を圧殺してきた歴史がある。専門性を持ち、弱者の立場に立つ市民科学者が求められる所以である。

科学技術の恩恵は一般に、高度な教育を受けた者、先進国の国民が受けるが、科学技術による被害は恩恵を受けない十分教育を受けていない者、開発途上国により多く降りかかり不公平である。

これまでに挙げたような問題は主に、科学技術を扱う人間側の問題である。このような見方は今までも取り上げられることが多かったが、それは主に科学者倫理、企業体質や権力構造の問題として扱われ、科学技術そのものに内在する問題については触れられることがなかった。その理由は、科学は自然界の現象を解明する価値中立的な真理探究方法として扱われてきたからである。20世紀後半には科学そのものに内在する問題が扱われるようになってきたものの、それはまだごく僅かに過ぎない。科学技術により物質的な豊かさを享受しようというのが世界の大勢である。

科学技術の影響力が今後更に拡大した社会に生きる者にとって、科学技術に対し、専門家の説明を鵜呑みにせず、批判的な態度を持ちながら接することができるようになることは理系文系に関わらず重要である。本カリキュラムは以上述べたような科学技術の側面を鑑み、科学技術の正負両面に触れ、科学技術文明を乗り切る知恵の獲得を補助するものである。■

総合学習プロジェクト: 土曜講座のコンセプトを教育現場に

〜総合学習プロのスタートにあたって〜
プロジェクトリーダー 小寺昭彦
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★(1) 総合学習プロジェクトとは

先号の土曜便りに掲載された上田氏の「21世紀の初頭に、こんな活動をします」の中にも紹介されたように「総合的学習の時間での科学教育プログラム開発プロジェクト(略称総合学習プロ)」という長ったらしい名前の企画がスタートすることになった。科学技術と社会とのかかわりについて、土曜講座がこれまで蓄積してきた情報や経験を活かして、学校で実施されることになる「総合的学習の時間」に使ってもらうことのできる具体的な科学教育のプログラムを開発し、私たち自身で授業を受け持つこともできるようにしよう、という企画である。本号から適宜その取り組みについて具体的な話を進めていきたい。

現在の教育現場には私のような部外者にも判るような大きな変革期が訪れている。知識を受け入れ使いこなす能力を養成してきた従来の学歴社会型教育の枠組みを残したままで、社会の構造変革に伴い求められている主体的で創造性のある人間を育成する教育が実践されるまでにはかなりの試行錯誤が必要と思われる。来2002年より完全に導入される「総合的学習の時間」(以下総合学習)もそうした試行錯誤の一つとして位置づけられるであろう。総合学習は、旧文部省によれば『これまでとかく画一的といわれる学校の授業を変えて、
(a)地域や学校、子どもたちの実態に応じ、学校が創意工夫を生かして特色ある教育活動が行える時間
(b)国際理解、情報、環境、福祉・健康など従来の教科をまたがるような課題に関する学習を行える時間として新しく設けられるものである。この時間では、子どもたちが各教科等の学習で得た個々の知識を結びつけ、総合的に働かせることができるようにすることを目指している』そうである。現実がその様に動いているかどうかは別にして、可能性をもった期待される試みであろう。

個人的な総合学習への期待を整理してみると大きく分けて二つある。その一つは従来の課程に欠けていた視点をもった教育の実践である。とくに私が関与している環境教育面で、既にこの傾向を顕著に見ることができる。ゴミのリサイクルやEMを用いた食物循環についての学習、これらに加えて自然観察などが各地の学校で盛んに行われるようになってきている。そしてもう一つは学校と地域の繋がりの強化である。校外でも良く行われる自然観察に限らずまちづくりや福祉に関与する総合教育は、これまでややもすると閉鎖的になりがちだった教育現場と地域,NPOなどを結びつける好機と捉えることができるだろう。

今回のプロジェクトは私のこうした期待とも密接に関わっている。先号小林氏が概説しているように環境問題をはじめとする多くの社会問題の背景に科学技術の要因があることは明らかである。これに対応するためにアメリカの理科教育現場では、"Teaching Science"(科学そのものの内容を教える事)と"Teaching About Science"(科学とは何かを教える事)を別けて取り扱うようになってきているが、日本では総合教育の場においてでさえ科学教育を取り上げていない。そういった意味でも土曜講座が掲げてきた「科学技術に関連するさまざまな社会問題をさまざまな角度から取り上げる」というコンセプトは、これまでの教育課程では顕現化していなかった視点であろう。他方土曜講座のこれまでの取り組みはまず市民,それも意識をもって働きかけてくる市民が対象であり、そうした人達にとっての啓蒙効果は大きかったと言える。しかし、真にこういった科学技術と社会の問題について成果を求めるのであれば従来の枠を出ての活動も不可欠である。このように土曜講座のシーズが教育現場の潜在的なニーズと一致しているのである。さらに、前項に書いたように市民活動をおこなってきた人間が教育現場にはいる意味も大きいだろう。本プロジェクトは学校にとってはもちろん、土曜講座にとっても新たなノウハウの獲得につながる挑戦なのである。

さて、それではこの「総合的学習の時間での科学教育プログラム」というものはどういったものとなるのであろうか?実はこのプロジェクトはまずこの点の議論からはじめなければいけない。これまでに判っていることはこのようなプログラムは少なくとも国内には存在しないと言うことである。といっても、ゼロからのスタートではなく熱心な先生方による個別の実践例,環境教育のノウハウ,海外の同様のプログラム,そしてもちろん土曜講座での蓄積など参考にできる材料は十分にある。こうした素材をもとに、これまで述べてきた背景も含めて目的,教育成果,カリキュラム,アクテビティなどを実践の中でプログラムという形に仕上げていくことになるであろう。具体的なイメージを持っていただくために、これまでのプロジェクトの計画案を以下に記載する。

1.プログラムの獲得目標(教育成果)を摺り合わせる。
(例)・科学技術が日常生活にどの様に関わっているかを知る。
・科学技術のリスクとベネフィットをどう評価すべきかを考える。
・科学技術の影響と、技術的な原理を理解する必要性を感じる。
・科学技術が引き起こした結果特に負の面について知る。
・我々が科学技術社会をどのように生きるべきかを考える。

2.具体的な授業内容(アクテビティ)を考えて土曜講座のメンバーによるシミュレーションを行う。
(例)・携帯電話の社会性,経済性とリスクを考える
・いろいろな立場で水俣病を考える
3.先生方に教育現場の提供を御願いしシミュレーション済みの内容を実践する。
4.2〜3にわたりフィードバックを繰り返しながらカリキュラムを作成する。
5.最終的なプログラムに仕上げて事例集またはセミナーなどを通じて教育現場に提供する。

★(2) これまでのプロジェクトの進捗
現状はコアなメンバーで議論を行いながらプロジェクト発足の準備をしている段階であるが、本プロジェクトの実践に際しては何よりも教育の現場に携わる方の協力が不可欠である。これまでにたたき台の企画書をもとに、横浜市などの地縁を活用して実際の先生や関係者に働きかけて、このプログラムについての意見交換を行うと同時に実践を行う場所を模索している。こうした情報交換の結果として、横浜市教育文化研究所で行われている市立中学の先生方による環境教育の研究会へ参加できるなどの成果も出てきている。同時に、このプロジェクトが現場の先生方に受け入れられるためには、今以上にメンバーが学校の状況を理解しそれに即した形でプログラムを整えていく必要があるだろうという事も痛感している。理想を追うだけでなく“やる気”を喚起させる内容的な魅力と斬新な方法を備えた無理のないプログラムを作ることができるかどうかであろう。今後も進捗に会わせて土曜たより,メーリングリストを通じて報告を行う予定である。ぜひ購読者の方々のご意見とご協力を仰ぎたい。

★(3) 購読者の方へお願い
購読者の方々、特に中学・高校・大学の先生方から見て、この提案がどのように見えるのか、率直な意見を募っていきたいと考えています。そのために1ページの広報に示した要領で「総合学習プロジェクト」の発起集会を行います(4月14日(土)午後2時より「科学技術社会と総合教育−−私たちの提案」)。購読者である先生方,教鞭をとっていらっしゃる方々で関心を持ってくださりそうな人々(私塾の先生なども歓迎します),これまでの土曜講座に足を運んでくださったりした方々。皆様のご参加を心からお待ちしています。また当日ご参加いただけない方でもご意見やプロジェクトへの参加希望がありましたらご連絡いただけますようお願い申し上げます。■

家庭内での24時間電磁波計測調査から

文:上田昌文(電磁波プロジェクト)版はこちら

半年ほどをかけてすすめてきた「電磁調理器の総合的研究」がまとまった。この研究は、IHクッキングヒーターの使用に伴う電磁波被曝の定量的把握とそのリスク評価を眼目としているが、「オール電化」の普及という社会状況が背景にあることを考慮して、中心部分(第 2章)を次のような構成にした。


2-1.IH器機から出る電磁波の強度の計測
2-2.IH機器使用者ならびに非使用者の電磁波被曝量
2-3.オール電化住宅居住もしくは IH機器使用のエネルギー効率に関する検討
2-4.IH機器使用に関するアンケート(192名)の回答分析2-5.IH機器使用による電磁波被曝のリスク評価


  『市民科学』誌上では、随時その結果をまとめて報告するつもりである。今回は、上記 2-2に含まれている計測の結果を紹介する。電磁調理器の使用者と非使用者との被曝量の違いをみることが目的ではあったが、24時間連続的に被曝量を記録できる器機(米国エナテック社製 EMDEX LITE)を用いて計測してみると、私たちがどのような電磁波環境に暮らしているかがリアルに見えてきて、大変興味深い。
 なおこのたび使用した EMDEX LITE磁界測定器(計18台)は、国立環境研究所のご厚意でお借りすることができました。心から感謝いたします。

  17人の男女が計測に参加

 今回実施した「家庭内での 24時間電磁波計測」には、17人の男女の参加が得られた。
【計測方法】 EMDEX LITE磁界測定器を用いて、17人の男女を対象に計測を実施。計測者の一番都合のよい計測日を選択してもらい、その 24時間の詳細な行動記録と家庭内外の電磁波源(家電製品の種類、高圧線、電柱など)の位置を書き入れる図面の提出を依頼。24時間の被曝量の変化をみることで、生活環境中にあっていかなるものが曝露の主たる因子となっているかを探る。そこから IH使用者とそうでない者とを比較することで、IHによる被曝の度合いを推測する。計測器は腰の部分(ポケット、ポシェット、ウエストポーチなど)に装着。入浴時、就寝時にはできるだけ身の近くへ置くように依頼。24時間の計測が終わった時点で計測器を回収した。
【計測機器】EMDEX LITE磁界測定器 Standard Typeサイズ 16.8cm × 6.6cm ×3.8cm 重量 341gサンプルレート 30秒毎に 1サンプルを採取計測範囲 磁界強度 0.01 μT(マイクロテスラ)〜 70 μ T周波数範囲 1〜800Hz(ヘルツ)分解能 0.01 μ T

※計測した数値は、磁界の強さを表す単位「μ T(マイクロテスラ)」で以下に紹介します。(同じく磁界の強さを表す単位に「mG(ミリガウス)」があり、1 μ T=10mGになります)

17人のトータルの被曝量を比較すると

 17人のうち 2人は家庭内ではなく職場(保育園)での計測であり、ともに業務用 IHを使用する日を選んで計測してもらった。それ以外の 15人はできるだけ家の中にいる日を選んで計測してもらった。
その 15人のうち IHを使用しているのは 4人(KWさん、ICさん、 KBさん、ASさん)である。
この表から、家庭内での IH使用者(4人)では
・一日被曝量(μT・時)の分布は 1.26〜 7.93
・一日被曝量の平均は 3.86

IH非使用者(11名)の
・一日被曝量の分布は 0.98〜 5.96
・一日被曝量の平均は 2.65となる。


◆ケース 1◆ 最近 IHクッキングヒーターを購入した ICさん・50代女性

 電磁波曝露量最大値 5.26 μ T       平均値 0.07 μ T     一日曝露量 1.56 μ T

 一戸建ての自宅で計測。最近、IHクッキングヒーターを購入し、現在使用中とのこと。 グラフをみると、一日のうちに数回、瞬間的に電磁波曝露のピークがあることがわかる。そのうちの I〜 IVの時期が IHを使用して調理をしているときである。ピークは 1〜 2 μ Tの間にほぼ収まっている。IHを使用する家庭で通常に被曝するケースはおそらくこのような被曝パターンを示すものと思われる。気になるのは、それを上回るぁ↓ァ↓А↓┐離圈璽。ICさんはこのときに洗濯や掃除などの家事をしたり、パソコンで作業をしたりしていた。掃除機、洗濯機などの家電製品に身体を密着させたことが考えられる。未確認だが、瞬間的に高い数値となる傾向がみられるので、携帯電話である可能性もある。


◆ケース 2◆    電気ストーブが大好きな KWさん・40代女性
   
 電磁波曝露量最大値 3.69 μ T       平均値 0.34 μ T     一日曝露量 7.93 μ T

 自宅に IHクッキングヒーターがある。朝 9時すぎや夕方 6時前後の調理時の電磁波は 0.3 μ T以下ということから、IHを使用しなかったのではないかと推測される。しかし?と
?からわかるように、KWさんの電磁波曝露のピークは 1〜 2 μ T前後と、IHと負けず劣らず大きい。しかも曝露が長時間に及んでいる。この時間、ご本人は温風器を抱えるようにして過ごしていた。さらに?と?のなかでみられる 3 μ T以上のピークは、ご本人の報告から近くに置いていた携帯電話が原因であろうと思われる。?については「入浴中」であることから、計測器を何らかの電磁波源の近くに置いたと考えられるが、それが何であるかは不明。ウォシュレットなどの近くに置いたのかもしれないし、この中のピークは携帯電話の着信を示すものかもしれない。KWさんの一日曝露量は 7.93 μT。対して、IHを使用したケース 1の ICさんは 1.56 μT。瞬間的に浴びる電磁波の大きさは弱くても、それが長時間に及ぶと曝露量が大きくなることがわかる。


◆ケース 3◆   ホットカーペット愛用者の TSさん・40代女性
  
 電磁波曝露量最大値 2.72 μ T      平均値 0.05 μ T    一日曝露量 2.25 μ T

 家電製品からの種々の電磁波を被曝した場合の値が比較的明瞭に出ている。食器洗い乾燥機と冷蔵庫(,鉢Α法▲疋薀ぅ筺次吻△鉢А法電子レンジ()、オーブントースター()、ホットカーペット(い鉢ァ砲箸い辰振餽腓法△修譴召譴糧鑁の様子がよく読み取れる。ただしとい亡泙泙譴討い襦⊇峇崚に立ち上がってすぐ収まるピークは携帯電話のせいで生じた可能性もある。家電製品のなかでも比較的被曝量の大きいものの一つにホットカーペットがあることが確認できる。身体に直接触れ、長時間接触が続くからである。それに対して、使用時間は数分でも瞬間的に大きな電磁波を浴びてしまうのがドライヤー。使用するのは頭部周辺でありながらも、腰に装着した計測器がこれだけ反応していることに注目すべきだろう。

◆ケース 4◆  業務用 IHを使用している M保育園の調理師さん・30代女性
 
 電磁波曝露量最大値 64.14 μ T      平均値 0.57 μ T    一日曝露量 13.62 μ T

 M保育園で調理師として働いているこの方は、毎日業務用の IHクッキングヒーターを使用している。このケースでは、自宅ではなく職場で計測器をつけてもらった。業務用 IHクッキングヒーターを使って作業をしていたのは、グラフに現れたピークの?と?と?と?。そして、最も高い数値を示した 3は IHのフライヤーを使ったとき。いずれもピーク値で
2.41( 法5.28(◆法64.14()、2.26(ァ法2.27(Α砲箸い高い値を示している(グラフの縦軸の目盛りが 10倍になっていることに注意)。一日被曝量でみても、13.62 μ T時とかなり大きく、一般家庭での IH使用者ケース 1の ICさんと比べても 12倍以上。同じ IHといっても、家庭用と業務用では電磁波の強さが桁違いであることがわかる。い砲弔い討蓮屮曄璽襪巴訖」時に何らかの電磁波源に近寄ったためか携帯電話のためかのいずれかと推測される。Г 3分間使用したドライヤーでの被曝。


◆ケース 5◆   家電製品ほぼゼロ生活の UAさん・40代男性
    
 電磁波曝露量最大値 3.88 μ T       平均値 0.1 μ T     一日曝露量 2.4 μ T

 電子レンジやテレビや冷蔵庫を使わず、暖房には湯たんぽを使用しているというUAさん。在宅中は、ほぼ電磁波に曝露していない状態であることがわかる。それと比較して際立って目立つのが 銑い離圈璽。これはいずれも地下鉄で電車にのっているときに現れたもの。一日 2回電車に乗り、昼乗車時のピークは 4 μT、夜乗車時のピークはその約半分にあたる 2 μT。これは電車内での被曝が、座席の位置によって強弱を生じたもの。その値が 1〜 4 μ Tほどの強さになることは注目すべきだろう。?はオフィスでオイルヒーターを ONにして身体のそばにおいていたことが原因。机に向かっていることと立って別の場所に動いたことなどの電磁波源との距離の変化がこれらの値の変動に表れている。


結 果 か ら 見 え る こ と


(1)業務用 IHでは大きな電磁波曝露


 今回の計測で、際立って大きな被曝量を示したのが、業務用の IHクッキングヒーターであった。M保育園の調理師さん(ケース4)の場合、IHによる調理時間は午前で 3時間 20分、午後で 2時間 5分、合計で 5時間25分。特に午前中の調理で IHのフライヤーを使用した際のピーク値は、今回の実験で最高値である 64.14 μ Tを記録している。一日平均でも 0.57 μ Tとなっており、これは高圧線のもとで常時 0.4 μ Tを被曝する環境とトータルな被曝量では変わらないか、それを上回るという状態になっていると思われる。 このことが浮き彫りになったとき、いちばん最初に頭をよぎったのは、妊婦や胎児への健康影響のことだ。アメリカの研究機関がサンフランシスコの妊婦を対象に行なった研究では、最大で16mG(ミリガウス)以上の電磁波を日常的に浴びていた 10週目未満の妊婦さんは、流産のリスクが約 6倍にもなるという結果がある(16mG=1.6 μT)(注1)。今回、業務用 IHから瞬間的に被曝するのが 64.14 μ Tなので、その健康影響を懸念しないわけにはいかない。 確かに、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)のガイドラインでは、50Hz(ヘルツ)〜 800Hzの範囲の周波数においては、「磁場の強さは 100 μT(50Hz )〜 6.25 μT(800Hz)([磁場の強さ ] × [周波数の大きさ ]=5000に収まるような磁場の強さ)以下でなければならない」と定めている。その点からすると、今回計測器で拾えたのは主に 50Hz の周波数の磁場(電源からの電磁波)なので、その基準値は 100 μ Tとなり、64.14 μ Tはそれ以下ということになる。しかし、 0.4 μ Tの磁場で小児白血病のリスクが増加するという報告や、1.6 μ Tで流産のリスクが増加する報告がなされていることを思うと、この基準はあまりにも甘いと考えるべきだろう。

 しかも IHには、今回の計測器では拾えていないが、その特殊な加熱のしくみために、これまでの家電製品からは出なかった25kHz(キロヘルツ)周辺やその整数倍の周波数の磁場が出ていて、私たちの別の計測でも、業務用のものはその周波数での磁場の強さがガイドラインを超える場合のあることがわかっている(なお、家庭用の IHも機種によって出ている電磁波の大きさに違いがあること、IH上の調理プレートの大きさに対して小さい鍋を使うほど曝露する電磁波が大きくなることなどが、今回新たにわかった)。

 IH以外で電磁波被曝の大きくなる恐れのあるものに、電車、電気カーペット、ドライヤーなどがあることも示された。電気ストーブ(温風器)をかかえるようにしていたケース 3の KWさんや、家電製品に身体を密着させるクセをもつケース 1の ICさんのように、電化製品の使い方や身体の位置によって、曝露量を増やしてしまっている例も観察できた。


(2)携帯電話端末からの低周波磁場を確認


 携帯電話は電波をキャッチした受信のときと発信したときに、瞬間的に大きな電磁波を放出する。もちろんそれはマイクロ波を使っているので、それ自体は今回の計測器では計れない。ところが、電波には情報を乗せるために変調という操作が加えられていて、そのときに低周波(50Hzを主とする周波数の電磁波)を使っている。この値も、受信と送信の瞬間には大きくなる。今回の計測ではこれが拾われた。計測器との距離がどれほど離れているかで大きく値は変わるが、おそらく腰の部分に装着してその近辺で携帯電話で送受信したと思われる。その場合に 2から 3 μ Tの値を記録していることから、もし送受信時に端末を頭部に密着させるようなことがあると、頭部への曝露はさらに大きくなっている可能性がある。ちなみに、携帯電話を所持していない UAさんのケースでは、この特徴的なピークは見られなかった。


(3)気がかりな業務用 IHによる職業被曝のリスク


 今回の計測から思うのは、被曝の強さや被曝時間のいずれの面からみても、IHだけが必ずしも主要な被曝源となるとは限らないということだ。使用時間や使い方、機種によって大きく差が出ることがわかった。そしてそれは、IHだけに限らず、家電製品全般に言えることだろう。家電製品も携帯電話も「使うときには身体からなるべく離す」。これが曝露量を減らす一番のポイントになると思われる。
 電磁波被曝のリスクが高い時期(感受性がとりわけ高くなると考えられる、妊娠中や胎児期、そして神経系の発達が完成にむかう子どもの時期)にハイリスクの電化製品をできるだけ使わないという配慮が必要であろうが、そうであるなら、業務用電磁調理器からの被曝量はあまりにも大きいというべきだろう。レストランや給食調理室で IHを使って調理をする人たちにとっては職業被曝であり、自分の意思でそれを避けたり軽減させたりすることは大変難しい。器機の製造メーカや行政の適切な対応を求めていかねばならないことは明白だと思われる。■

注1:De-Kun Liほか「妊娠中の磁界への個人曝露と流産に関する前向きのコホート研究」(A Population-Based Prospective Cohort Study of Personal Exposure to Magnetic Fields during Pregnancy and the Risk of Miscarriage),13:9-20,EPIDEMIOLOGY 2002

科学技術総合学習プロジェクト: 科学技術社会(STS)関連授業の試案

上田昌文
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4月14日に科学技術総合学習プロジェクトの立ち上げ集会を行ないました。集まった方々の人数は少なかったのですが、小林一朗さんが考案したワークショップ形式の模擬授業「二十一世紀の預言」を実施するなど、プロジェクトメンバーが教育の場で生かせる新しいアイデアを具体化していこうとしている心意気は伝わったのではないかと思います。ここでは私が考案したアイデアを紹介します。以下の2つの授業プランは“素案”の段階ですが、いずれにも技術または技術的産物という素材を多面的考察することで総合的理解が生まれてくるのではないか、という意図がこめられています。対象学年、授業時間、他の教授内容、学校の環境などによって、先生方と相談しながら実際に使えるプランを練り上げます。同様のプランを土曜講座ではできるだけたくさん制作していきます。皆さんのいろいろなご意見・ご感想・アイデアをお寄せいただけることを期待しています。(上田)■

授業プランその1

「携帯電話の電磁波は大丈夫?」

ねらい:技術をできるだけ大きな時間的・空間的広がりでとらえて、社会全体にとってその技術が持つ意味合いを多面的に考察する手がかりにしてみる。身近な技術のもつ潜在的なリスクに対してまなざしを向けていく姿勢をつくる。

1●技術の普及の度合いを推測する
身近な人へのアンケートを集計することで、日本全体での普及度を推測する。
★「どんなアンケートを作ればよいだろうか?」
携帯の購入時期、使用量・使用時間、支払い料金……など調査項目をデザインする。
★「それを集計したときに、どんなことが見えてくるか?」
調査対象を広げることで得られるデータと総務省や企業などの統計データを比べることで、統計的推測について基本的な認識を深める。

2●技術のリスク/コストとベネフィットをどう評価したらよいかを考える
携帯のよいところ(+)、悪いところ(−)について、できるだけ多くの人が納得するような「評価基準」を作ってみて、実際に「評価」してみる。
★「どんな評価項目を立て、どれくらいの評価点をつけることができるだろうか?」
★「たとえば“10年後に、1万人に1人の割合で脳腫瘍が発生する”というようなリスクがあるとすれば、それはどのように評価したらよいだろうか?」
携帯電話の危険性をめぐって対立する2つの立場の主張を比べながら、今現在多くの人が毎日使っているという現状をどうかんがえたらよいか、議論する。技術のアセスメント、「予防原則」などについてその必要性を感じ取ることができるかどうか、議論を深めてみたい。
★「“携帯の迷惑”に社会はどう対応しているだろうか?」その実例をたくさん収集して「評価」との関連を考える。車内アナウンスや警告表示、実際に皆が感じ、体験している迷惑、医療機器の誤作動、セキュリティや料金の問題。

3●技術のインフラとしての側面や政治・経済的バックグラウンドへ目配りする
「自分が携帯電話会社を設立するとして、何が必要で、どうやって儲けることになるのか。どれくらいの利益をあげることができるのか」をシュミレーションしてみる。
★「携帯がつながるには何が必要なのかを探ってみよう」
機器、中継基地局、電話局……その仕組みを推測する。
★「誰がどんなふうに料金を決めているのだろうか?」
公共料金と私企業の利益の関係に目を向ける。
★「携帯の宣伝の実例を収集し、それにどんな効果があるか考えてみよう」 1
公告や宣伝の持つ意味、“つくられる”必要の問題。

4●電磁波を実際に測定し、電磁波の技術的な原理と同時に、その技術を使用することの身体的影響を推測する
日常的な家電製品からの電磁波をガウスメーターなどで測定し、電磁波の存在を実感するとともに、生活の中でどれくらい被曝しているかを推測させる
★「家の中の“電磁波マップ”を作ってみよう」
被曝量(強さ×時間)を家電製品ごとにプロットしてみて、「総被曝量」を出してみる。可能なら、家電製品によって電磁波の強弱はどうして生じるのかそのしくみを考えてみる。
これを手がかりに、「電磁波の物理」の初歩を導入してみることができるかもしれない。また、電磁波被曝をできるだけ少なくする方法をそれぞれに検討してみたい。

5●技術の普及が社会を変える様を想像し、今の自分のなすべきことにつなげてみる
携帯電話がさらに普及した社会はどんな社会なのか、どんな問題がそこで生まれてくるのかを自由に想像してみる。
★「携帯に関連した画期的新技術を空想してみよう」
★「生活がどんな具合に変わるか、どんなトラブルが起こるかを漫画で描いてみよう」
たとえば、使い古しの携帯電話はゴミになるとどうなるのかを調べ、未来図にそれが入っているかどうかをチェックしてみる。

授業プランその2

自転車、新発見!

ねらい:自転車というもっとも身近な技術製品をとおして、エネルギー問題を考える際に不可欠な物理・工学的な原理の理解をはかり、交通システムとしての利用を考えることで環境問題とまちづくりや地方自治との関連を学ぶ。これからの社会にとって必要な技術のあり方と市民参画型の発案と行動の必要性に対する意識を育てる。

1●エネルギーの観点からみた自転車
★「乗り物のエネルギー効率を計算してみよう!」
自動車、鉄道、バス、自転車について、平均的な乗車状況でのそれぞれのエネルギー効率(投入したエネルギーと走行の仕事量の比率)を計算してみる。自転車がなぜこんなにエネルギー効率が高いのかを考えてみる。

2●自転車の工学原理(「君は新型自転車を発明できるか?」)
★「自転車の車輪の大きさは何をもとに決めているのだろうか?」「自転車と同じ原理を応用したものは他に何があるだろうか?」
簡単な車輪の原理、摩擦の原理を学ぶ。
★「自転車で自家発電はできるかな?」
簡単な“発電キット”を用意し(あるいは自作させ)、エネルギー転換の実際を体感してみる。

3●交通システムとしての自転車
★「自転車の欠点を挙げてみよう!」
坂道がつらい、雨の日に走れない、重いものを運ぶのに不便、相乗りができない、駐輪しておく場所がない、……。
★「エネルギー効率以外に自転車が乗りものとして優れている点を挙げてみよう!」
いつでも出かけられる、お金がかからない、健康によい、事故が少ない、誰でも乗れる……。乗り物というものが、交通システムとして適切に位置づけられてはじめて利点が生きてくる、ということに気づかせる。
★「知っているかい?こんなにあるよ、おもしろ自転車!」
‥兎哀▲轡好伴転車、∪泙蠅燭燭澤搬喙転車、E監擦悗了込自転車、ぞ茲蠎里謄譽鵐織汽ぅルシステムなど、できるだけ実物を持ち込んだり、ビデオを見せたりする。簡単な発想でも、慣れてしまった普段の生活からはなかなか思いつかないことがあることを実感させる。

4●まちづくり、自治体政策と自転車
★「車が増えて、事故が増え、環境が悪化し、歩行が追いやられている。自転車をうまく利用して、街を変えられないだろうか?」
自転車大国オランダの実例(ビデオを利用)、乗り捨てレンタサイクル(ドイツ)の実例(ビデオ利用)など。
★「さて日本ではどんなことができるだろうか?」
日本各地の自治体での自転車政策の紹介:東京都三鷹市のコミュニティゾーンや板橋区などのレンタサイクルなど現地を訪れて見学する。
★「君の町では自転車をどんなふうに生かそうとしているだろうか?区役所などに行って調べてみよう!」(レポート)

5●リサイクルと自転車
★「使い古した自転車はどうなるのだろうか?」
こうした情報をどこに問い合わせればよいかを皆で考えてみる。実際に情報や統計データを調べ、皆に報告する(班のレポート)。

6●歩行と健康
★「なぜ人間にとって歩くことが大切なのだろうか?」
★「一日に平均どれくらい歩くことが必要なのだろうか?自転車ではどれくらい走ることに相当するのだろうか?」

7●乗り物としての自転車の未来
★「どんな自転車があれば、もっと皆が利用するようになるだろうか?」(絵で表現)
2人漕ぎ自転車、貨物自転車、雨の日にも走れる自転車、今の自転車よりももっとエネルギー効率のよい“究極の自転車”……。「未来の自転車と私の街」を絵が表してみる。工学的アプローチだけでなく交通システムとしての社会政策的アプローチも必要であることを理解させる。■

米国「子どもミュージアム」訪問記〜子どもになにを伝えるか

――人に伝える・人が感じるという作業
古田ゆかり
版はこちら

「ねえ、今度のお休みは科学館に行こうよ」

1年生の子どもが、最近はこんなふうに言うようになった。ここ数年、時間がとれると東京近郊の科学館やこども館を歩き回っていた。別に、教育的見地といったようなものではなく、ただ私自身が行きたかったので彼につきあってもらっていたということにすぎない。

私は、理学部で化学を専攻しながら、文章書きという職業についた、いわば「理科系の製造業離れに貢献」した部類だ。世の中はやがて「製造業離れ」から「理科系離れ」になっていく。とくに理解系の人間を量産したいとは思わないけれど、理科がつまらないままで過ごしてしまう子どもが多いことには憂いを感じていた。自分が製造業につかなかったことに後悔もないけれど、こんな仕事をしている以上、それならあの理科の専門家のわからなさを少しでもわかりやすく翻訳し直すことができないか、そして、一般の人たちの理不尽にも見える理科嫌いにも何かできることはないかと思うのは自然なことだったし、理科が嫌いというだけで基本的なことを知らなくてもいいということにはならないとも思う。そんな気持ちが、科学館へと意識を向かわせた。

理科の教科書のおもしろくなさは、私も承知している。おもしろい授業をする先生も、中にはいる、という問題ではなく、「化学」の最初の単元に原子と電子、原子構造の話なんかされても、おもしろくないのは当然なのだ。おもしろさ、集客ということに少しでも心を砕いているのではないか、と考えたのが、科学館だった。いくつかたずねるうちに感じたことは、「でも、なにかがちがう」。なにか「学校」っぽい。そこには、「ほーらおもしろいでしょう。だから学んでね」というやっぱり先生から生徒へのメッセージがあって楽しみきれないのである。楽しませることと教育のどこかに境界線があって、科学館はそのボーダーラインで迷っているように見えた。そしてどこも同じような展示。もっともっとやりようがあるのではないかと思わずにいられなかった。

そんなころ、『ハンズ・オンは楽しい』という本に出会った。手で触って体で感じて楽しみながら学ぶという考え方で作られている、主にチルドレンズ・ミュージアム=子どものための博物館の事例が紹介されているもので、著者が海外の事例に目を見張り感心している様子が伝わってくる内容だ。同じころ、山梨県立科学館の高橋真理子さんと出会う。彼女にそんな思いを話すと、「琵琶湖博物館はおもしろいよ」と教えてくれた。たしかにわくわくする展示。学びを押しつけるでもなく、地域のほこりを感じるすてきな博物館だったが、私の中では、『ハンズ・オン』で紹介されているアメリカやベルギーのチルドレンズ・ミュージアムに行ってみたいという思いが強くなっていった。

思い続けていると願いというのはかなうもので、最近、アメリカのチルドレンズ・ミュージアムを視察するという僥倖に恵まれた。

訪れたのは、サンフランシスコのエクスプロラトリウムとアカデミーオブサイエンス、ボストンのボストン・チルドレンズ・ミュージアム、ボストン科学博物館、そしてニューヨークのブルックリン・チルドレンズ・ミュージアムだ。

エクスプロラトリウムは、主に物理展示を、内部のスタッフが発案し、透明なアクリル版で仕切られたバックヤードで製作し、展示スペースにおいている、手作り感いっぱいのミュージアム。どうすればおもしろく、驚きとともに楽しめるかを、言ってみれば大人になった科学大好き少年・少女が作っている博物館だった。その分、展示物に精気がある。スケールを自由自在に大きくしたり、小さくしたり、柔軟な発想で作られている。

たとえば、「フーコーの振り子」。

私は、上野の国立科学博物館にある「フーコーの振り子」がたいへん不満だった。吹き抜けの高い天井から球体がぶら下がっていて揺れているだけ。いつも「なにこれ」といって通り過ぎていた。ようやくあの意味がわかるようになったのは、本で「フーコーの振り子」のところを勉強してからだ。
「科学館て、そういうもの?」不満はもっと大きくなった。
「なんだアレ、そういう意味だったのか。それならそうと言ってよ」という感じ。あらためてみるとたしかに説明は書いてある。でもその表現はむずかしく、事典を写してきただけ? という印象はまぬがれない。しかもあの展示の変化は、時間がたたないとわからない。」

エクスプロラトリウムでは、フーコーの振り子をずっとずっと小さくしていた。しかも直径2cmほどの球体が下から針金で支えられている。そのまわりに輪(直径8cmほど)が取り付けられている。針金は回転する台座に取り付けられており、台座を自分で回すというしくみだ。自分で回すので、地球の自転は関係ない。時間もかからない。振り子も自分でゆらす、台座も自分で回すのである。そして、台座が回っていても振り子が一定の方向に動くということを目で見てすぐにわかる工夫がしてあるのである。もしかしたら、それがわかったのは私が「フーコーの振り子」を知っていたからかもしれないが、少なくともそこには、「あのばかでかい、絶対にさわってはいけないフーコーの振り子」に不満を持った製作スタッフがいた。そしてアイデアだ。自分で動かせて、楽しくて、何度も試すことができる展示。これなら、「フーコーの振り子」なんていうことばは後からついてくるにちがいない。そんなことばはきっと教科書が教えてくれるのだろう。

エクスプロラトリウムで、2日目の午前中を過ごしていると、80歳は越えたと見える白人の男性が私たちに話しかけてきた。
「あなたたち、日本から来たのですか」
「はいそうです」
「東京から?」
「ええ、東京から」
「私も東京に住んでいたことがあるのですよ」

こんな会話から始まり、彼が有機化学の研究者であったこと、東京で数年を過ごしていたこと、そして現在は引退してエクスプロラトリウムのボランティアスタッフとして働いていることなどを話してくれた。会話の間、彼がエクスプロラトリウムについて誇らしげに語ったことは、「ここには、『さわらないで』という表示がひとつもないんですよ」ということだった。そうした考えが貫かれていることは事前の情報から知ってはいたものの、彼のあの誇らしげな表情と「日本から来たこの2人にそれだけは伝えておかなければ」といった強い意志を含んだ話し方は、とても印象的だった。かつては科学者として、東京のどこかの大学で研究生活をしていただろうこの男性が、この場所を愛し、子どもたちと接することに誇りを持っていることが少々うらやましく感じられ、また、彼が人生の中で自分のミッションをいかにして選択しているかといったことにも興味がわいた。

それはともかく、たしかにここにあるモノは、さわらなければ何の役にもたたないシロモノばかりである。このような言い方に異論のある方も多いかもしれないが、展示はどれも「さわってナンボ」という構造になっているのである。

たとえば、こんなものがある。

それは、台に垂直に立った支柱から横に短い枝がついていて、その先には、ちょっと長めの棒が斜めに溶接されている。支柱は回転するので、枝と斜めの棒も支柱を中心にぐるぐる回ることになる。その斜めの棒が描く軌跡は曲線になるのであるが、それを示すためにアクリル板に軌跡となる曲線をくりぬき、支柱が一回転する間に斜めの棒はこのアクリル板の穴を通り抜けるようになっている。ちょっとわかりにくいかもしれないが、最初に動いていない棒と曲線のくりぬかれたアクリル板を見たときは「斜めの棒はこの曲がった穴を通り抜けられるの?」と感じるが、実際にアクリル板をくぐらせてみると、曲線にくぐるのね、ということがわかる展示なのである。

この支柱を回転させるのは、動力ではなく来館者の手。ぐるんと勢いよく回す子もいれば、棒がアクリル板にぶつからないかと、そうっと回してみる子もいる。同じ意図の展示が、ボストンの科学博物館にもあったが、ここでは支柱が電気仕掛けでぐるぐるとかなり早いスピードで回っていて、斜めの棒の軌跡は残像現象によって、曲線(残像なので、実際には鼓のような回転体に見える)が認識できるといった仕掛けになっている。

同じことかもしれない。でも違う。ボストンでこの展示を見て、「勢いよく回す子」「おっかなびっくり慎重に回してみる子」いろいろな回し方、いろいろな不安や心配を伴いながら、あの軌跡を認識することの、その「途中の楽しさと発見」が、貴重なもののように思える。少なくともこの展示に、電気仕掛けは必要ない、いや、よけいなものかもしれない。

もうひとつ例をあげるとすれば、「橋」の展示だ。さて、はたしてこれは「展示」なのだろうか? それは、長さ約2メートルの橋を製作(製造?)する「展示」だ。橋の両端にはステップがついているが、橋そのものはない。ステップの間に山型の木の台をおき、そのうえに、硬めのウレタンでできた、橋のブロックを並べていく。全部ならんだら下の木の台をはずす。台をはずしても、橋はブロックが互いに支え合って橋は落ちない。アーチ型の橋のできあがりである。

3〜4歳くらいの子どもたちが、橋の上を渡って遊んでいる。橋の片側には手すりもついているので、まあ危険はないのだろうがみな、足下を凝視せんばかりの緊張を伴って橋を渡っていくのだ。もちろん私も、「自作の橋」を渡った。ウレタンなので多少揺れて怖い。その下になにも支えのない(もちろん高さは30僂曚匹猟磴い發里世)橋を渡るのはかなり怖かった。怖いからと言って叩きながら渡ったりしたらもっと怖いにちがいない。怖くて叩くこともできない橋。でも、これは紛れもなく橋である。今後、アーチ型の橋を見るたびにこの経験を思い出しそうである。

ものを書く仕事をとおして、また、文章表現を用いずに「伝える」という作業をする場合にも、このエクスプロラトリウムの「伝え方」には、具体的な提案を見たような気がする。
これら「どんどんさわって、感じて、体験して」といった考え方を、「ハンズ・オン」と呼ぶが、こうした考え方は、ボストン・チルドレンズミュージアムやブルックリン・チルドレンズミュージアムでも実践されている。これらの方が歴史は古い。アメリカの他の地域や、ベルギーなどヨーロッパの国々にも、こうした施設がある。

この二つのミュージアムは、いわゆる「科学館」ではない。生活や社会がテーマになっていて、先住民のくらし、おじいちゃんとおばあちゃんの時代の台所(プレスリーの曲が流れている)、原寸大よりもはるかに大きく作られた電話やめがねの間に入って虫の視点になる、工事現場の様子(ジャングルジムのようになっている)、日本の地下鉄の混雑を体験する、森の中の生き物の土の中や木の幹の中での様子を見るなどさまざまなテーマがえらばれている。ハンズオンを紹介した本の中には、「なんとすばらしい施設であるか」「子どもたちが体験を通して学ぶことができる」といったトーンで語られていて、こんな施設を日本にももっとたくさん作るべきだと提案されているものが多い。私もこれらの本からの情報によって、ぜひとも訪れてみたいと思っていた。ただその印象は、多少言い過ぎであることは自覚しながらも、よく作られた気の利いた遊び場といったようなもので、それはそれで必要な施設であるかもしれないけれど、ここでの体験を積み重ねるだけでは本当の意味の体験にはならないことを知っていなければいけないということだった。

体験することの意味や伝える、伝わるといったことの本質、その体験をさらに広げたり、他の体験とつなげたり、といったプログラムもまた欲しくなる欲張りな旅でもあった。■

体験学習・調査ツアー: 琵琶湖博・ヒアリング報告

古田ゆかり
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5月13日 日曜日。前日の三州足助屋敷訪問と小林一朗さんの研究発表につづき、科学館プロジェクトの最初の訪問調査先である、琵琶湖博物館をたずねました。午前7:30に名古屋市内を出発し、琵琶湖に到着したのは9:30。開館までの約30分、すっきりと晴れた日曜の午前中、琵琶湖は青く美しく光り、気持ちのいい風が湖面を静かにすべっていました。湖畔の広い公園でかるく打ち合わせをしたあと、琵琶湖博物館へ。訪問の目的は、私たち科学館プロジェクトが独自の視点で博物館評価をすることに先立って、評価軸を確立するために多くの方の意見を聞くこと、とりわけ博物館活動ではひときわ評判の高い、琵琶湖博物館の学芸員の方のご意見をうかがいたい、というものでした。もちろん、博物館内の見学も大切な目的です。

この訪問のために、琵琶湖博物館開館までの経緯、運営形態、展示の工夫や開館にたずさわった人たちの思いなどが記された『博物館を楽しむ−琵琶湖博物館ものがたり』(岩波ジュニア新書)と、琵琶湖博物館が昨年行った「博物館を評価する視点」の報告集を読み、博物館の内部の方たちがどのようなことを大切に思いお仕事をされているか、といったことも「予習」して臨みました。

対応してくださったのは、学芸員で企画調整課長の高橋啓一氏。開館準備室時代から現在の事業活動まで興味深いおはなしが飛び出します。

「従来の博物館ではどうしても教えようという意識が先に立ってしまう。でも、やはり博物館は楽しくないと。最初はまったく興味がないことでも、何かひとつでも気づいたり、もって帰ってもらうものがあればいいと考えています」と高橋さん。

では、来館者が楽しむための工夫はどんなところに?と質問すると、
「あまり、来館者に楽しんでもらおうとしてはいけません。自分が楽しんで展示を行うこと。そのことで楽しさが伝わると思います。あまり人に楽しんでもらおうと考えると、結局は自分がなくなってしまいますからね」。表現やコミュニケーションにおいてとても大切なことを短い言葉で語っているように思います。

琵琶湖博物館の展示は学芸員の方たちの研究の成果が軸になっているとのこと。すべての学芸員が研究と博物館事業を兼務し、研究の結果が展示の原型となるのだそうです。

おもしろさへの工夫としては、展示をケースに入れないことを強調していました。「一度ケースに入れてしまったら、二度と出ることはないでしょう?」という言葉は印象的でした。開館当初いろいろな展示がこわれて対応に大変だったが、いかにもこわれそうと思えるものは意外にこわされないものだとか。こんなところにも、人と人の気持ちのつながりを見ることができるような気がしました。
そのほか、開館前の準備室では早い段階で学芸員を雇ったこと、展示や運営については時間や労力を惜しまず議論の上に議論を重ねて何回もの試行錯誤を経ていること、学芸員の中に博物館関係者がほとんどいなかったことなど、直接はなさなければ聞けないようなおはなしも数多く聞くことができました。
ところで、肝心の評価軸については?

「何かを評価しようというときには、生半可な気持ちではできない、そのためにはきっちりとした評価軸を作らなければ」と意気込み、結果あれもしなきゃ、これもしなきゃと要素を入れ込んだ評価軸案に高橋さんは細かい言及をしませんでした。が、「頭だけで考えている感じ」というひとこと。これは心に突き刺さりました。あまりにも私の現状と思考のパターンを言い当てていたので。科学館プロジェクトを進めるにあたり、この言葉は片時も話せないものになるでしょう。
約1時間ほどのおはなしを経て、私たちは展示室へ。参加者それぞれが自分の興味にしたがって、館内をまわりました。

今後の科学館プロジェクトにむけて、さらに活動の展開、方向性の足固めとしつつ、高橋氏とは今後の交流をお約束し、一日の訪問を終えました。■

生命の星・地球博物館ツアー「私たちは博物館をこんなふうに体験した!」

古田ゆかり(記録:堀井雅恵)
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神奈川県立生命の星・地球博物館を見学しました。ここは、地球史・生命史を主なテーマとし、ほかに環境に関する展示、ミュージアムシアターやライブラリー、実習実験室などをそなえた博物館です。
展示の約1/3を占める地球展示室では、地球科学が専門の高野雅夫さんが解説をして下さいました。
その夜、博物館の展示、メッセージ、見せ方、学びなど、見学の印象、感想、評価できる点、批判的な視点、さまざまな角度から意見を出し合いました。いろいろな立場から自由な発言を求めましたので、多少「言いたい放題」の感もありますが、その分新鮮でもあり、同時に一般来館者の視点での率直で貴重な感想も含まれています。また、見て感じたことをことばで語り、それをさらに皆で共有することによって科学館や博物館の「あってほしい姿」を描くことにつながるでしょう。今後の科学館プロジェクトの資料として蓄積していきたいと思います。

【展示について】
若尾:何かを学ぶという感じがなく、そういう意味ではあれは「科学館」ではないと思う。ライオンやオオカミ、ヘラジカのスケールが正しくないような気がする。生息地の記述もない。
坂上:魚類展示でも実際の寸法が表示されていなかった。
藤田:生物の展示はやたらにものが多いだけと感じた。見学しても何かを会得できない。生物の展示は、系統的に並べられていなかった。生態展示がない。
後藤:植物の展示はリアルにできていたが、よく見ると人工物。リアルに見せる努力はしている。
上村:この科学館は、どれくらいの年齢をターゲットにしているのか? 小さい子はどう思うか? 専門的なことを知らないとわからない展示もある。ホルマリン漬けの標本とか、近寄りがたい雰囲気のようなおどろおどろしさは感じられない。
瀬川:それでは困るのでは? 科学のアンビバレンスを伝えるという意味では重要かもしれないが……。
上村:博物館ではきれいに整理されすぎている気がする。しかし、逆に絶滅した生物の展示では、何の説明もせず、感情に訴えかけていた。涙が出てきそう。これはやりすぎ。押しつけ的で危険ではないか?
藤田:あの展示は、真っ赤な照明で、音楽だけがあって安易な感じだった。
森:地学の部分は、展示自体にも迫力があった。環境問題に関する展示は、説明調で知識の詰め込み的な感じがした。
田中(理):アンモナイトの壁の展示に圧倒された。床の大理石も展示してある石と同じで、館の雰囲気は調和的。蝶の展示の仕方はきれいだった。
高梨:私は、はっきり言ってマイナス評価。高野さんの説明で楽しめたが、もし説明がなかったら、展示物だけではその背後にあるものを十分に表現できていない。博物館を作ることが目的になってしまっている。ものというのは点であり、それを線にするために結びつけるものが必要。点だけではがらくたの山にすぎない。わかる人にはわかるのだろうが、わからない人にわかるようにすることが必要。館側に「これが伝えたい」という最低限のエゴと情熱が必要。
薮:展示はきれいだった。蝶の標本など同じ種類のものをいくつも並べるというのは、個性的。ロンドンの自然史博物館を意識しているのではないかと思われる部分もあった。
森:最後のジャンボブックの展示では、異常巻きのアンモナイトのらせんの作り方について、新しい知識を得た。昔の通説が、今では変わったようだ。一年に一回は博物館に行って知識のメンテナンスをしなければと思った。あれを見なかったら知らないままだった。 1
瀬川:ジャンボブックの部屋が、全体の展示の整理・関連づけの部屋になっている。ジャンボブックの部屋は常設展示室を出たところにある。なぜ、いったん出たところにあるのか、疑問に思った。
後藤:他の生物の展示は散漫な感じがした。レイアウトに工夫は見られたが……。また、人類による環境破壊の展示は、よく読むとデータに基づいて重要なことが議論されているのに、柱に字が書いてあるだけで目立たなかった。もっと展示に工夫して目立たせるべき。
上田:博物館にはいろいろなニーズを持った人が訪れるが、あの博物館はテーマの絞り方が中途半端になってしまっている。実物の展示は立派で圧倒感があり、好奇心を引き起こすが、説明を読んでも理解は不可能。あれでは、マニアしか感動できない。

【高野氏の説明について】
山中:地質の展示では、高野さんが面白く話してくれたので、ありがたかった。バクテリア=汚いものというイメージがあったが、それらが地球の酸素を作ったということを初めて知った。身近なことと関連させた説明はよかった。
森:我々のグループ以外の人も説明を一緒に聞いていた。あのような説明をゲリラ的にやれれば面白い。
猪野:自分の仕事は理科の教員だが、これまで内容についてはあまり理解していなかった。
説明を聞いて、よく理解できた。自分もこのように説明ができるようになりたいと思った。
後藤:説明がおもしろかったせいもあってか、地学関係の展示は良かったと思う。
古田:後藤さんはこれまでにもいろいろ博物館を見学されているが、他の博物館についてはどうか?
後藤:具体的には理想の科学館像というのはない。水の博物館では人間の水分の展示が面白かった。科学未来館も画像に迫力があって面白かった。生命の星地球博物館も他と比べて悪くないと思う。ただし、専門的な研究に利用するには、どの博物館も不十分。
瀬川:先日見学したロンドンの科学博物館では、イヤホン方式の説明があったが、多くの人はわからないと思う。やはり今日のように人による説明があったほうがよい。展示のテーマによって、伝えたい気持ちの強さが異なるように思う。
科学者は、自分の専門以外はわからなくて、しかも専門は細分化されている。それはいいことなのか、悪いことなのか……。

【ミュージアムショップ】
薮:ミュージアムショップは買いにくいし、商品もあまり考えられていないようだ。展示と関連づけたり、知識を深めたりできる魅力的な品物がないように感じる。

【施設について】
坂上:建物のバリアフリーについて気になった。車椅子用のエレベーターのボタンはあったが、エレベーターのドアは狭すぎて、うわべだけのバリアフリーのようだ。科学館プロジェクトの評価軸では、バリアフリーに関する項目はあるのか?
古田:項目に含めていない。ほかに解説パネルの高さ(大人の視点、子供の視点)なども評価軸に入れることを検討してみる。
瀬川:表記は英語とハングル語があったが、観光ルートだからか? 中国語などもあっていいと思う。
後藤:途中で疲れてしまって、休憩室で休憩した。外のバルコニーはよかった。展示室には座れる場所がなかった。でもあそこは展示物に腰掛けられるか?
藪:この博物館の建物には、センスがないと感じた。

【その他】
田中(浩):今日、見学した生命の星地球博物館は、科学館というより博物館ではないか? 科学館プロジェクトでの科学館の定義は?
古田:博物館が科学館と異なる点は、コレクションを伴うことという一般的な定義はある。
科学館プロジェクトは、最初、博物館プロジェクトと言う名前でスタートしたが、市民がサイエンスを学ぶ場と言う意味を強調するために、科学館プロジェクトとした。プロジェクトの中では、広い意味でサイエンスの情報を得られる場として博物館的なものも扱う。
田中(浩):日本では科学と自然史を混同しているところに問題があると思う。科学と自然は分けて考えるべき。
瀬川:博物館業界でも科学と自然は分けて考えられていないのが現状である。
感想を聞いてーかなり考えられ、コンテンツも流れや分量などできるだけきれいに絞って作られた博物館ではあったと思う。作り手の想いやメッセージを伝えることと、来館者の受け止め方のあいだに大きな隔たりがあり、多くの人のニーズに応えることや、知識、学びを提供することはむずかしいものなのだということだ。展示のうち地球史の部分が皆に共通して印象に残り、学びも多く興味を持てたのはやはり高野氏の解説があったためだ。ここに、今後の科学館・博物館の役割があるといえるだろう。フレキシブルで生き生きした語りとコミュニケーションの中に科学館の可能性があることを確信した。情報の階層化、つまり対象年齢や来館者の知識レベル、期待にそった情報提供が可能になるのも「人」が介してこそだ。当該館の入り口付近には、学芸員や解説を担当する人の顔写真と名前が貼りだしてあり、この点にも意識があるのかと期待したが、夏休みの土曜日でありながら展示室で解説員に会うことはなかった。科学館プロジェクトでやることはたくさんあるゾ、というのがわたしの感想だった。■

進化論と創造論の衝突−ユージニー・スコット博士を迎える前に−

小林一朗
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米英両国によるイラクへの攻撃が秒読みになった頃、アメリカ南西部に多く信徒を持つ「キリスト教原理主義」について繰り返し報道された。「フセインは悪魔だ!」と主張する宗教指導者と、攻撃的な講話に陶酔して聞き入る信者の姿をみて、私は打開策を見つけられなかった。

彼らはブッシュ政権の中心的支持層となっており、信仰心に忠実だ。世界は聖書の言葉どおり創られ、人間も神が創造した存在であり、生物の進化は認めないという立場を取っている。彼らは、中絶やクローン人間研究に反対しているので、一見ヒューマニストのように思えるが、異教徒や自分たちの信仰に反する者に対しては態度を裏返す。中絶手術を施した医師が殺害される事件を耳にしたことがあるだろう。信徒全員が暴力的なわけではもちろんないが、彼らの創造論信仰が学校教育の現場に持ち込まれそうになっていると聞けば、容認できないのではないだろか。

1925 年にアメリカのテネシー州の小さな町で、国中を揺るがす出来事があった。当時、テネシー州ほか4州の公立学校では、法律で進化論を教えることが禁じられていた。生物学教諭スコープスは、授業で進化論を教え、裁判にかけられたのである。通称「モンキー裁判」と呼ばれるこの裁判は、創造論信仰と進化論が激しく衝突した事例として、記憶されている。一審でスコープスには、有罪判決が下ったが、その後の控訴審を経て、あいまいなまま終結した。以降、徐々に「反進化論法」は除かれていったが、よりダメージを負ったのは科学の側だったという。生物の教科書からも進化論の記述がなくなっていったからだ。この事件を題材にして制作された「インヘリット・ザ・ウィンド」という映画(表紙に試写会のご案内)では、人間の理性を信じるスコープス、彼を応援するために都会から駆けつけた弁護士や科学者と、信仰を頑なに守ろうとする創造論者との対立が描かれている。しかし、実際にはスコープスは「地元の話題づくり」のために担がれたようであるし、映画の本当の目的は、「進化論対創造論」の対決ではなく、当時激化していた「赤狩り」と言論弾圧を批判するためのものだったという1)。

現代の創造論運動はより巧みに進歩を遂げている。創造論の支持者たちが、州の選挙で選ばれて教育委員の地位につき、教科書選択を通じて創造論を浸透させようという戦略である。また、かつてのように創造の期間を「7 日間」に拘るのをやめ、地質学と大きく矛盾しないように、地質年代の1 タームを一日と解釈する「創造科学」を主張している。こうした創造論側からの介入に対し、科学者の側は必ずしも言論で対抗できない。それぞれの分野の研究に多忙であり、また公開討論の場ですべての質問に聴衆が納得する形で回答することが難しいからだ。相手を窮させることで、自分たちが正しいような印象を残すことは、そう難しいことではない。

生物の進化とは、通常の科学分野とは異なり、実験による証明ができない。進化の瞬間を、再現性をもって検証することは不可能だ。そして、生命の発生からヒトの誕生に至るまでのすべての過程を、統一的な理論で語ることも困難である。創造論者はそうした進化論の性質をついてくる。どこかに立証不可能な点があれば一足飛びに「だから創造論が正しい」とする。また科学者間の見解が大きく異なることを理由に、「進化論が間違っている」と主張されることもある。

民衆は物事を判断する際、常に論理的な理解に基づいて意思決定をするわけではない。感情やその場の雰囲気、「どちらが正しそうにみえるか」で判断してしまうことも少なくない。私も進化論批判が詳しく掲載された生物創造のテキストを読んだ際、自分が見逃していた進化論の欠陥を指摘されたと感じた。確率からして、ランダムな突然変異をきっかけに、個々の生物と生態系の秩序が生まれるとはどうしても納得できなかった。(無秩序から秩序が形成される分野の科学が発展し、様相はずいぶん変化してきたと思われる。それでも謎はつきない)

こうした状況に対応する専門組織として「全国科学教育センター」が作られた。今回招聘するユージニー・スコット博士はセンターの所長を務めており、先日亡くなられた「断続平衡説」でお馴染みのS.J. グールドらと協力しながら、生物学の立場で、創造論者と向き合って来た。

重要なのは「科学の知識」よりも「科学的思考」である。知識が十二分にあったとしても、思考のトレーニングができていなければ、簡単にカルトや創造論に転じてしまうこともありえる。オウムの一件でまさにそうした科学教育の課題が露呈したことを覚えているだろう。

最後に、のちにローマ法王にも引用された神学者ガリレオの言葉を掲載しておきたい。「『聖書』が私たちに教えようとしているのは”How to go to heaven ” であって、”How the heavens go ” ではない」ガリレオもダーウィンも言い残したように、私も信仰と科学は矛盾しないと思う。■

「ふれあうまち 向島・オッテンゼン物語」 上映会に参加して

若尾幾久子・橋本富士子
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第87回(2月21日)土曜講座では、上記映画を上映し、監督の熊谷博子さんにもお話をうかがいました。■

昔の人ならば「山の手の暮らし」と「下町の暮らし」はよくわかっている筈ですが、「すべて人間は平等である」という感覚で育った人には、「下町の暮らし」が新鮮で感動を覚えるのでしょう。昔は中流の「山の手の暮らし」といえば、お手伝いさんがいて家事や子守をしたし、「下町の暮らし」では、お弁当を持って行かれない子供もいたのです。昔は給食がなかったので貧富の差があり、貧しい家の子はおかずを人に見られないようにお弁当のふたをたてて隠して食べていたのです。

「下町の暮らし」は皆が助け合っていいと思われますが、反面嫌な所もあります。プライバシーのなさ、例えば朝から夜中まで隣のラジオが鳴っていてうるさいとか、近所の子が勝手に家へ入って来る等……。皆で子供を育て老人をみるという事は心温まる事だけれど、人をあてにして、人に甘えて生活するのはどうかと思います。「皆貧しく平等だ」という社会は日本的で安心できるけれど、個性を育てるのには向いてないと思います。「下町の暮らし」で心配なのは、地震など災害が起きた時です。古い家屋はつぶれ、沢山の死者が出るでしょう。

この映画の録音のよさには驚きました。言葉がかすれないで全部聞き取れる事です。生の言葉も聞けて面白かったです。例えば「手がかりにして」というところ「足がかりにして」とある人が言っていました。「足がかりにして」進みましょう。自然な言葉です。 【若尾 幾久子】■


今回の土曜講座は、映画も観れて監督のお話も聞けるという貴重なものでした。
作者の熊谷博子さんがアジアの麻薬地帯や戦渦のアフガニスタンを駆け回った豪腕のジャーナリストときいて意外でした。何故カメラをかついで下町を? その答えに、35歳で結婚、40歳で出産という女性としての姿があったというお話も興味深いことでした。

心に残ったのは、映画に登場した向島の人々の生き生きとした姿です。古くからの路地裏は、子供や高齢者が安心して過ごせる空間となっています。慣れ親しんだ向島の暮らしをさらによくしたいと願う人々が、行政と組んで新しいアイディアでまちづくりを起こしています。

この向島の取り組みは、住みやすい街であるためには人々の交流の深まりが大切であることを教えてくれます。

下町的雰囲気のある場所など年々少なくなる東京です。私も都市生活に慣れ、他人との距離をとった生活が普通で、どうせ長く住む土地じゃないからと「わが町」意識など持ったこともありません。私にとって東京の暮らしは旅人気分でしかないのかもしれません(実際、引越しが多い)。でも、私自身はとりあえずこれでよいけれど、ずっとここに住んでいる近隣の人々にとって、私のようなヨソ者はどのように思われているのだろうか、と気になりました(農村社会だったら、地域に根差そうとしない目障りな存在のはずです)。

育児ノイローゼを経験した熊谷さん自身は、向島の人々のふれあいのある暮らしに出会い「ほっとした」気持ちになられたそうです。そして、「街は自分たちの手で変えられる」と教えられ、自らも自宅のある杉並区で公園作りに取り組んでおられるとか。近所付き合いを含め、小さなことから始めてみることで、周囲から孤立しがちな生活も変えていけるような気がしました。

改めて近隣の様子をみてみると、近所付き合いも町内会の活動もそこそこに行われているようで、その中に積極的に入っていこうとは思いませんが、挨拶をかわしたり資源回収に協力したりという程度のことはやろうと思います。都市生活だから隣近所の出来事に目を向けなくてよいと考えるのは、身勝手なことで地元住民に対して失礼な態度ではないかと思い始めたからです。(それに散歩をよくするようになって、街に愛着が湧いてきました。なかなか静かで美しい街なのです。)

話は違いますが、記録映画の製作って、根気とお金のかかる作業なのだということに、少なからず驚きました。撮影までのアプローチ、資金集め、撮る側撮られる側のコミュニケーション、最終的に1本のフィルムになるまでの労苦……。観る側の自分も真剣でありたいという気持ちにさせられたお話でした。 【橋本冨士子】■

「村でみつけた生きる力」に参加して

(高橋真理子・北川寿子・相田智行)
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真鍋・鴇田夫妻がばたばたばた、、と部屋に入ってきて、その風貌(失礼!)を見たとき、「こりゃ面白くなりそう」というのが、第一印象。 お話も案の定、たいへん面白いものだった。「国道も鉄道もない、リゾート地も、ダムもない、観光地でもない」ないないづくしの村を回ってきたという真鍋・鴇田夫婦。 真鍋さんの「田舎暮らし」を見つめた話は、単に自然に親しむとかいった話ではなく、田舎を見つめることが、経済、社会、環境、そして人間個々の生き方の問題へ結びついてゆくことをわかりやすく教えてくれた。

真鍋さんたちが目指した村のなかのむら、そこに住む人々は、自然の生態系を体で知っており、それを利用しながら自分たちの生活をなりたたせている。 村の生活だと、お金はさほど必要ではない。 村の人々はお互いを知り尽くし、家や学校だけではなく、地域コミュニティーの中で、子供たちは育っていく。 自分たちの体をよむ力をもっており、自然の中の生と死をよく見ていることから、死が隠蔽されていない。 おそらく日本人として、長い間受け継がれてきたと思われる、生活の知恵。 それを都会の人間は、ほとんど失いつつある。単純に言ってしまえば、村の暮らしはとても「人間らしく」見える。 それが、都会の人間にとっての田舎の魅力なのだろう。私は学生時代、自転車一人旅をしていたとき、とにかく田舎では「いい人」ばっかりに会った。いきあたりばったりのおうちで、何度お茶やお菓子をもらったり、家に泊めてもらったか知れない。みんなあいさつをして、気持ちがいい。 真鍋さんのお話の中に、そういった田舎の人たちの「やさしさ」の裏には、知らない人に警戒する村の監視システムがあるのだ、というのが出てきて、面白い、と思った。

都会の子供たちは、「知らない人としゃべってはいけません」と教えられる。 田舎の子供たちは、「知らない人をみたら、話しかけなさい」と教えられる。 実におもしろい。 そんな風に考えたことが今までなかった。当然のごとく、田舎がいいことばっかりであるはずがなく、真鍋さんも「よそもんに何がわかる」的な発言をされたことも結構あるそうだ。 お話後のディスカッションのときにも、「旅人だからいい風に見えるのでは。」そんな意見もでた。それでも、真鍋さんは「いいものはいいのだ、と言いつづける必要もあると思ってやっている」とおっしゃっていた。

今の社会、 都市と田舎、それぞれに両極端の悩みを抱えている。 都市には空間にも時間にも余裕がなく、田舎にはお金と人がない。どちらも問題を抱えているのに、なぜかお互いをうらやましいと思っている部分がある。先日の新聞で田舎暮らしブームの記事が載っていた。 週末の別荘暮らしから始め、ついには移住する人たち、退職をまたずに田舎に移り住む人々。 ちょっと前までは、都会の喧騒から抜け出したい、というむしろ「逃げ」としての田舎暮らしという捕らえ方が多かったのが、 最近、「自分の力だけで生きてみたい」「本物志向」という積極的な理由で移住する人たちが増えているとのこと。 さらには、都会からのはいって来た人たちが、地域の活性化の中心になったりするともいう。

それが、田舎に都会を取り入れることによる、'活性化'ではなく、都会から見た田舎という(ポジティブな)視点からの活性化であれば、喜ばしいことなのではないか。真鍋さんの講演、執筆活動もそれの一助となっているのかな、と思う。

私自身、田舎に暮らす人々の生きる知恵にあやかりたいと常々思っているのだが、どう自分に取り入れていったらいいのか思案中である。 都会と田舎のいい関係を生み出せるようなものができれば、と思う。 【高橋真理子】■


「ニッポンの村を覗こう」という副題のもと、スライドを交えて過疎の村の姿が紹介され、村の「自給自足・リサイクル・環境・コミュニケーション・死生観」などについての検討がなされました。実際に村を訪れて得た具体的なエピソードをもとにしての、村の良き一面を通しての問題意識の提示であり、お話も快活で楽しく、興味深かったです。

村についてのいくつかの指摘の中で、都会では見知らぬ人に無関心で接するが、村では見知らぬ人にこそ進んで声をかける姿勢が浸透している、それは村の'やさしさ'である一方監視網でもあり……云々、という村のコミュニケーションのあり方が、私としては印象的でした。また、サービス業が'己でできること'を侵害している、という指摘がありましたが、都会人として便利さと引き換えに失っているもの(村にはまだある!)についての再検討を、参加者各自に提起しているのではないでしょうか。

スライドに映し出されていた山河自然と共存する村の生活は、いかにも健全で清閑なもので、急速に滅びつつある現状に対し、失いたくないと願わずにはいられません。けれども都会の便利さに浸っている者が、故郷としての村の存続を、村人のみにその不便さとともに押しつけ、過疎廃村を哀惜するだけでは、解決にならないでしょう。どうしたら一個人の中で、そして一社会として、都会的便利さと村的生活の良さを共有することができるのか。発表者夫妻のような、まず個人レベルでの意識と実践が第一歩となるようです。今日マスコミを賑わしている都会生活の諸問題の解決の糸口は。「村の良さ」と対照してみることからも開けるのではないかと、その意義を認識させてくれた発表でした。
【北川寿子】■


好奇心に満ち溢れ、行く手を阻むものは岩だって打ち砕いて突き進んでしまいそうな生きのいい元気溌刺の真鍋さん。傍らでおおらかに見守りながらさりげなくサポートする鴇田さん。お二人の「村」発見のお話しとスライドは見失っていたものを思い起こさせてくれるようで安らぎを覚え、「村」へ思わず行ってみたくなるような誘惑に駆られさえしました。

何かがおかしい現代生活。ヒトという生物種が地球上で生きていくのに知らなければいけない知恵を忘れてしまった都市生活。何か漠然とした不安と疑問を感じる今の生活を見直す上で「村」に残っている生活(生きるための知恵・生活態度・思想、それ自体一つの文化)は、大いに考えさせてくれるものでした。

山里でも島でも「村」の生活に共通しているのは、その環境に即して長い間培った知恵と努力の結晶体であり、手の届く範囲で自らの力で生き抜く技術を持っているということでしょう。それは持続可能なものとして完結された生活スタイルといえます。食べるものは勿論、生活に必要なものは何でも自給するのが当たり前で、「お金を使うのは恥」という思想が根付いています。現代の「お金さえ出せば」の考えと対照的です。家畜とペットの違いを真鍋さんが話してくれましたが、これなどは現代生活の矛盾を最も端的に表しており、一方村生活がいかに合理的で完成されたものかを示しているように思われました。「何故、牛を飼うのか?」「そりゃあ、肥料をとるためだな」疑う余地すらない自明の理です。犬だって猫だって豚だって、かつては人間の喰い残しを無駄なく処分する存在でした。余計な残飯としてゴミになる必要もなく、豚などそのまま食料として再生産されました。ところが、今や豚には飼料を買い込み金を使い、食べ残されたものはゴミとして多くの労力と費用が掛かる厄介ものになってしまっています。犬、猫にはペットフードが買い与えられ、これまた残飯が残ります。さらには、貧しい国々からペットフードのために安い魚を買い漁り、そこで暮らす人々の生活を脅かすようになっているそうです。(「アジアを食べる日本の猫」)リサイクルの一環としての家畜から消費者としてのペットに変貌してしまったということです。

また、新潟県の秋山郷という所では、昔から二つの姓の家だけで代々30戸の世帯が続いているそうです。これは、この地域では冬になる前にどの家も山から3本の木を切り冬場の燃料にするのですが、30戸90本までがここの自然が再生産し維持できる限度だということを示しています。それだけ環境が厳しいということもできますが、そもそも全ての生物は限られた環境の中では棲息できる数は限定されるのが当然なのです。それを人間だけは別格だと錯覚し、化学技術が進歩すれば自然環境に左右される心配はないと奢り高ぶって異常繁殖した結果が現代の多くの問題(環境食料……等)を引き起こしてしまったように思います。生きる知恵というのはこういった自明の真理を正面から受けとめて生まれてくるように思います。その分過酷な面もあるでしょうが。現代の生活は余りにも便利さに甘え、生きる厳しさを忘れ(その付けを未来の子孫たちに押し付け)ているように思えます。

村の生活は全てが素晴らしく、都会生活は間違いのように書いてきましたが、現代の価値観の中では「村」は不自由で不便な所というのが大半の思いではないでしょうか。拝金主義が蔓延した日本では、村の生活は魅力のないものでしょうし、環境に制限された伝統的生活は排他的にならざるを得ない部分もあります。また、発言力が弱い分だけ都市のしわ寄せを一方的に負わされる所もあります。無駄な公共事業の代表格のダムによって存在を脅かされ、環境が破壊されたりもしています。一方、山奥の牛飼いさえ注射器と抗生物質を持ち、牛が一寸でも病気にでもなれば大量の正露丸と抗生物質を投与しているとのことです。もはや日本中、辺境の村々まで化学物質( or 現代文明)に汚染されてしまっています。過疎化や環境破壊で村の存続も危うくなっている中、その伝統的な文化を伝え、現代都市生活の再生のためにいかに再構築していくかが、緊急の課題として今の私達一人一人に突き付けられている思いがしました。

一寸仰々しい感想になってしまいました。真鍋さんが話してくれた村々は明るく生き生きと活力の感じられるもので、その魅力を書きたいと思ったのですが、「村」に比して「都市」が余りに地に足が付いていないような生活振りに思えて批判めいてしまいました。
【相田智行】■

地域で創る精神障害者への福祉活動

北川 侑子版はこちら

第97回土曜講座では、「地域で創る精神障害者への福祉活動」と題して「野方の福祉を考える会」の北川侑子さんと世田谷区サービス公社で指導員をされている後藤高暁さんにそれぞれの実践活動についてお話いただきました。たくさんの参加者があり、この問題に対する関心の大きさを知るとともに、お二人のお話は今後の地域を拠点とした市民の活動についても貴重な示唆を投げかけるものでした。お二人の原稿とともに、参加いただいた方の感想を掲載します。■

東京都中野区野方の地域に四季子さんという48歳の女性が暮らしています。四季子さんはこころの病を抱えていて、発病したのは29歳の時でした。お母さんが元気な頃は四季子さんのお世話をしていましたが、高齢と共に四季子さんのお世話ができなくなりました。見かねた親戚の人が、いやがる四季子さんを入院させてしまったのです。保健所の保健婦さんが面会に行くと、四季子さんは「家に帰りたい」としきりに訴えたそうです。

保健婦さんは四季子さんの希望を何とか叶えてあげたいと思いました。保健婦さん一人では四季子さんの在宅を支えることはできません。そこで、地域の人たちの支えがあれば、四季子さんは家で暮らしていけるのではないかと保健婦さんは考えました。その頃、私が所属している住民組織の「野方の福祉を考える会では、「誰にとっても住みよい地域づくり」を目的に在宅福祉サービス活動を開始したばかりでした。

保健婦さんから事情を聞いた私は「誰にとっても住みよい地域」と嘔いながら、精神障害者のことを考えていなかったことを恥ずかしく思いました。それと保健婦さんの熱意が伝わり、何とかしたいと単純に思ったのです。当時は精神障害者のための福祉法がないため、福祉行政が関われなかったのです。ですから、先駆的にサポートをしながら制度化を促していくことと、四季子さんに関わることで医療・保健・福祉のネットワークができるかもと考えました。

そして「野方の福祉を考える会」として、精神障害者のサポートを進めていくための手順を考え、先ずは保健婦さんと精神科の医師と会の中心メンバーで話し合う機会を作りました。長い話し合いをしたにもかかわらず、結論はなかなか出ませんでした。結局、難しそうだからということだけでお断りするのではなく、ともかくやってみましょうということになりました。そして引き受ける条件として次のことを保健婦さんにお願いしました。

(1)ボランティアは数人が交代で関わる。
(2)保健婦さんとの定期的な連絡会の開催。
(3)緊急時には保健婦さんが対応。
(4)精神科の医師を交えての学習会の開催。
(5)新しい場面では保健婦さんが同行。

この要望に対して、保健婦さんは「この機会を逃したら四季子さんは一生病院で暮らすことになる」と考え了承したと言っています。こうしてサポート体制を整え、平成2年1月に面会から始めていったのです。退院後のボランティアの役割は(1)四季子さんと一緒に昼食をすること。(2)服薬の確認をすること。(3)四季子さんが身の回りのことが自分でできるように援助することの三つでした。

サポートを始めて今年で9年目になりますが、その間、試練は次々に出てきました。退院後間もなくお母さんがボランティアを拒否するようになりました。そこでボランティアは訪問回数を減らしたり、外で会うようにしたりと工夫しながら関係が切れないよう努力しました。それから間もなくお母さんは心臓発作で突然亡くなりました。四季子さんはショックで夜も眠れず、食事もほとんど採らず、心配な状態が続きました。幸いなことに四季子さんは1ケ月ぐらいで立ち直ることができました。お母さんが亡くなって半年目に近隣の人たちから、精神障害者の一人暮らしについて苦情があった時には、近隣の方々と話し合いをもち関係づくりを諮りました。

こうして何度かの聞きを乗り越え、四季子さんは再入院することなく今も家で暮らしています。四季子さんは保健婦、主治医、ケース・ワーカー、親戚の人、ボランティア、近隣の人たちに支えられているのです。立場の違ういろんな人たちが、それぞれの役割を持って四季子さんと関わっています。

四季子さんの病状に大きな変化はありませんが、生活力はついてきました。デイケアに通えるようになれば人間関係も広がるのでしょうが、まだまだ時間が必要のようです。関わっている人たちも変わりました。近隣の人たちは、四季子さんが家で暮らすことを積極的ではないにしても受け入れてくださるようになりました。道を歩いている四季子さんに声をかけたり、お茶に誘ってくださる方もあります。ボランティアも精神の病気について理解できるようになりました。ボランティアの一人は「いつの間にか私の気持ちが四季子さん一人にとどまらず、多くの精神障害の人々へと広がっているのを自分でも不思議に思っている」と言っています。

時代は変わり、精神保健法が精神保健福祉法に改定され、法的に福祉が関われる体制がやっとでき上がりました。不備な点はあっても立ち遅れている精神障害者に光が当てられ始めたのは確かなことです。精神障害者のヘルパー派遣制度も間もなく始まることでしょう。

ボランティア活動は「おかしい」と疑問をもつことが第一歩です。その疑問を深め課題をはっきりさせます。一人でできない場合には仲間に呼びかけます。活動を広げながら問題解決をしていく。その課程で自分自身も変わる。と、このように私は考えています。そしてボランティア活動が人として当たり前のこととしてなされるようになれば、ボランティアという言葉も必要ではなくなるのではないでしょうか。「野方の福祉を考える会」の活動の方法は、身近な問題から取り組み始め、活動を積み重ね記録としてまとめ、まとめる課程で次の課題を見いだし、その課題を掘り下げ検討し、次なる活動に取り組むというサイクルでやっております。

活動を通して一番大変だと感じていることは、目に見えない偏見という壁を崩すことです。人の見方、考え方、意識を変えることは容易なことではありません。でも、四季子さんに関わっている人たちが、関わりを通して変化した事実があります。人は活動を通して、人と人との関係において変化する可能性を秘めています。一人ひとりが変わり、やがては社会が変わることを私は信じます。その一歩が大切なのです。ボランティアという言葉が死語になる時代がやってくることを願って、今後も活動をしていきたいと思っています。

「四季子さんはいま」というサポートの記録を冊子としてまとめました。詳しいことをお知りになりたい方はご連絡ください。■

連絡先:〒165 中野区野方5ー27ー7野方地域センター内
「野方の福祉を考える会」事務局
電話 03ー3310ー2941

知的障害者と共に

後藤高暁
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世田谷地域を昼間歩いてみると、バスの中や道路等で障害者と思われる方をかなり多く見掛けます。今回の発表の機会に調べてみると、知的障害者の数は人口の2 ー 3%だそうで全国で300万人位はいる事を知りました(保護者申請による厚生省発表は43万人)。例えるならある年齢の人の総数約200万人よりも多く、社会的に大きな割合を占める人数です。この人達は過去では存在さえも認められず抹殺・迫害・隔離され続けてきました。ようやく近代に到り、それも日本ではかなり遅れて憲法で人権が保障され、法的な制度が種々作られてきたが、障害者福祉推進に立脚した障害者基本法が成立したのは1993年になってからのことです。以後各地方行政でもノーマライゼーション計画等と称して福祉政策が進められてはいるものの、社会的には未だ人格が殆ど認めらていず、当人や家庭の苦しみや悩みは深いものがあるようです。

かく言う私も今の仕事をする前は道で出会っても何か近づきたくない、あるいは何処か恐い様な謂れのない差別感を持っていた事を白状しなければなりません。しかし世田谷サービス公社の指導員という立場で5年間に約50人位の知的障害者と区の施設の清掃と言う仕事を一緒にしてみてこれは全くの誤りであった事を知りました。

彼等は法的には精神薄弱と今でも呼ばれていますが、表現が下手だったり特異だったりしても多くははっきりした個性を持ち、意志はむしろ頑固なくらいな人もいます。それよりも付き合えば付き合うほど彼等の卒直な邪気の無いひたむきな生き方に感心させられました。昨今の報道に見るように嘘と欲望に汚れ社会、私達自身も自我と欲に負けてややもするとその時の都合に走ってしまいがちな世の中にあって、こんな生き方もあったのかと、忘れていた原点を見る思いでした。

こう悟ってからは色々困ることがあっても少しも苦痛にならず、どうすれば彼等を助けて楽しく仕事をさせてあげられるか、伸ばせる能力があればどうすればそれを引き出してあげられるか、と言うことに専念できようになりました。私のリラックスした気持ちはすぐ皆に伝わり日々本当に楽しく一生懸命に仕事をしてくれるようになりました。そのためには先ず自分を彼等目線に合わせて何を求めているかをよく観察するだけの心と時間の余裕が必要でした。また出来なかった時に叱るより良くできた時は些細な事でも褒め、気持ちが開いている時に「こうしたから上手く出来たんだね」と具体的に教えることが大変効果がありました。

このようにして信頼関係や友情が生まれれば、例え厳しいことを要求しても進んで努力してくれるのでした。

しかしこのような考えの指導員は必ずしも多くはありません。むしろ善意にしろ仕事を進めることや自分の意志に従わせることに拘る人が多いのです。そうしなければ当面の仕事は進まないにしても、その様な強制的な態度は、知的に障害がありかつ過去に不本意な社会的経験を持つ障害者にとっては大変つらい事なのです。強い叱責を受けた瞬間に心が萎縮してしまったり反発したりして指導員との信頼関係や友情が失われて大きな禍根を残してしまいます。著しい場合は出勤を拒否したりパニックに陥ったりして大変な苦痛を与えてしまった事も見聞きしました。私が偶々当時読んだ自閉症児自身と母親と先生が書いた本「自閉症克服の記録」には、その気持ちが克明に記してあって、大変参考になりました。発表会ではこのようなことを多くの実例から皆さんに是非知って頂きたいと思ったのですが、話して分かってもらうのは大変難しいことです。皆さんも機会ある毎に障害のある人達と接して、ご自分の体験で理解し彼等が普通の社会に仲間入りする手助けをしてあげて欲しいと思います。ノーマリゼーションには個々の人の理解や積極的な行動が最も大切なのです。

また発表に際して専門の方から伺って知った事ですが知的障害の発生原因は色々あるが遺伝は比較的少なくまた親に遺伝的要素があっても必ずしも発症するものではない、胎児の時や出産の時期に受ける脳の機質の損傷が大きな原因である、また機質に異常が無くても生後の生育環境により知的障害になる例が多いとの事です。社会的に非常に多様で難しくなった現代です。家庭の中や環境のひずみによってで幼児が受ける様々な影響が生育後の情緒や知的発達に大きな影響を与える事を大変心すべきと思います。このことは知的障害は医学だけでは解決できない、何時・誰の元でも起こり得ることを示しています。受胎時に障害のある無しを医学的に選別するのが是か非か等の議論がされていますが、それよりも自分のせいでもないのに障害という宿命を背負った人達を私達は社会の仲間として認め、障害者やその周辺の人達が障害がある故に苦しんだり悩んだりする必要のない社会を一刻も早く作るべきものと思います。■

携帯電話と脳腫瘍

大規模疫学「インターフォン研究」のゆくえ版はこちら

上田昌文(市民科学研究室・電磁波プロジェクト)


●大規模疫学の必要性


 携帯電話を長期間使用すると脳腫瘍を発症するのかという問題は、携帯電話が普及し始めた当初からの世界的な関心事だ。10年前ならごく限られた人しか浴びなかった強さのマイクロ波を、現在世界全体で8億人を超す人々が頭部に浴び続けるという未曾有の経験を私たちはしているが、今のところ脳腫瘍などの重篤な病気を少なからざる人々が患うようになったという話は聞かない。これまで携帯電話電磁波の人体影響を探るための動物実験研究が相当件数なされてきたが、疾病の発症を決定的に示すデータは得られていないように思える。しかしながら、DDTやアスベストといった事例で明らかなように、広範の人々が曝露する因子については、「影響あり」と科学的に因果関係が証明される時点ですでに被害が拡大してしまっているという事態が起こりえる。そこで、病気の発症のメカニズムが完全に解明されなくても、まだ隠れたままであるようにみえる影響を検出する手法として疫学を用いることになる。しかし、事象の因果を統計的に推理していく手法には、「サンプルが偏りなく十分な数だけ収集されるのか」「少集団からの推計が全体の傾向を的確に反映できるのか」「顕在化していない別の因子が影響するかもしれないことをどう排除していくのか」といった原理的な課題が、明快な立証の前に常に立ちはだかることになる。人体実験ができない以上、ヒトへの影響を直接調べるには疫学しかないが、その確証度をどうやって上げていくのか?

 その解決法の一つは、各国共通のプロトコル(検証手順)に則って実施する大規模疫学研究だろう。携帯電話電磁波と脳腫瘍との関連を調べるために数年前から進められ、2004年に結果が出始めた「インターフォン研究」がそれに相当する。これは、ヨーロッパを中心に13か国(オーストリア、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イスラエル、イタリア、日本、ニュージーランド、ノルウェー、スウェーデン、英国)が連携し、WHO(世界保健機関)に属するIARC(国際がん研究機関)によって指揮された共同研究だ。携帯電話の利用の有無、利用量と脳腫瘍などとの関連を調査している。現在までに公表された結果の概要は表1のとおりである。『どよう便り』第82号(2004年12月)でお伝えしたスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究(「携帯電話の10年以上の使用者でいつも頭部の同じ側で通話する人では、使用側面側の聴神経腫の発症が3.9倍に有意に増加する」ことを明らかにした)は、その第二報であった。


●インターフォン研究の手法


 インターフォン研究で対象とする疾患は、神経膠腫(glioma:ここではGと略記)、 髄膜腫(meningioma:M)、神経鞘腫(neurinoma:N)といった脳腫瘍、聴神経鞘腫(acoustic neurinoma:A)という発症のまれな腫瘍をはじめとする耳・首など頭部の腫瘍、白血病ならびにリンパ腫である。用いられる疫学手法は「症例対照研究」(ケースコントロール・スタディ)であり、対象とする疾患の患者(症例群)とその疾患に罹っていない健康な人(対照群)を、その疾病の有無を除く他の条件に関しては差が生じないようにして可能な限り多く拾い、各々の群の中で原因とおぼしき因子を曝露した曝露群とそうでない非曝露群(この場合は「携帯使用者」という曝露群と、「携帯非使用者」という非曝露群)の分布がどれくらい違っているかを比較して、その因子が疾病の原因とみなせるかどうかを探る手法である(「タバコ(曝露因子)と肺がん(疾病)」の場合を想定してほしい)。したがって、過去にこの因子を多く曝露したとみなせる人々をきちんと拾えているかどうかが、リスクを計量する上で決定的に重要になる。

 インターフォン研究では、携帯電話から出るマイクロ波の曝露について、曝露群を「通常的使用者」、非曝露群を「非使用者」とする区分けを定めているが、その「通常使用」とは「1週間で少なくとも1回は通話するという頻度で、半年かそれ以上の期間使用すること」としている(この点については後述のように批判も多い)。13カ国のトータルで2,800 人規模の神経膠腫患者、2,400人規模の髄膜腫患者を調べ上げ、脳腫瘍に関する過去最大規模の疫学調査となることを目標にしている。


●批判的検討


 いくつかの電磁波関連のニュースをみていると、最近発表された英国とドイツからの報告を受けて、インターフォン研究の結果の解釈をめぐって議論がさかんになされていることがわかる(残念ながら日本では論文の結果ですら報道されることがほとんどなかった)。ここではいくつかのウェッブ上の文献1を手がかりに、インターフォン研究の論文を批判的に読み解くのに必要な留意点をまとめてみよう。

(1)一般の報道では、論文が言及している個々の発見事項を丁寧に紹介することはせず、総論的な結論だけを伝えることが多い。ドイツの報告でも確かに結論は「携帯電話の通常の使用者において神経膠腫と髄膜腫の全般的なリスクの増加は見出せなかった」となるが、同時に「10年以上の携帯電話使用者では神経膠腫のリスクが2.2倍になる」と述べており、ことに「女性の通常の使用者では重度の神経膠腫のリスクが1.96倍になる」とも述べている。これらは決して無視し得ない結果であり、この論文を「腫瘍リスクと関連なし」と扱うべきでないことは明白だろう。

(2)インターフォン研究では、症例群のうちの携帯電話非使用者、そして対照群の中にコードレス電話を使用している人々を入れてしまっている。以前、別の研究((5)で言及するハーデルらの論文2)において、コードレス電話を使用すると神経膠腫や髄膜腫のリスクが増加することが示されているのだから、コードレス電話使用者を携帯電話非使用者としてしまうと、リスクの過小評価につながる恐れがある。

(3)インターフォン研究は、「携帯電話の通常使用者」を「1週間で少なくとも1回通話する頻度で、半年かそれ以上の期間使用していること」と定義している。「携帯電話をそれなりに普通に使う人」としてこの定義は適当であろうか? この定義では使用頻度のかなり低い人たちまで「通常使用者」に入れてしまうので、高い頻度の使用者にあらわれるかもしれないリスクが埋もれてしまうのではないか。たとえばドイツの研究では神経膠腫の発症者の14%と髄膜腫の発症者の6%が5年以上の「通常使用」に相当しており、10年以上ではその割合はそれぞれ3%と1%とかなり少数になっている。この「通常使用」のとらえ方が適切かどうかを判断するには、タバコと肺がんにあてはめて考えてみるとよいだろう。「1週間に1回以上の頻度で6ヶ月以上の喫煙」を「通常喫煙」と定義するなら全体のたった12人(3%)しか占めない「10年以上の喫煙者」において、肺がんリスクの増加を的確に検出することは相当難しくなるのではないか。

(4)ドイツの論文を読むと、対照群の候補となった人の30.5%がこの研究への参加を断っている。症例群のうち神経膠腫の症例数は4.8%、髄膜腫は4.9%となっているが、仮に、対象群(被検者)となることを拒んだ人に比べて、実際に参加した人の方が携帯電話使用率が高いことがあるとすると、どちらの病気のリスクも低く見積もられてしまうことになる。対象群となる人々を適正に選んだとは言えず、「選択バイアス」が生じている可能性がある。

(5)インターフォン研究で今まで発表された報告の大半は、総論として「脳腫瘍との関連はなし」と結論付けている。一方、やはりここ数年間にいくつか成果を公表しているハーデルらの疫学研究では、インターフォン研究とは対照的に、最新のものほど「関連あり」を強く示唆する結果となっている。例えば(2)で言及した最新論文では、プール分析3を行っているのだが、1429人の症例群(参加率87.8%)、2162人の対照群(参加率88.7%)という大きな規模と高い参加率を実現している。そこでの聴神経鞘腫と髄膜腫のリスクは表2のとおりである。

(6)英国の研究では症例群(神経膠腫患者)の51%を分析できたとあるが、分析できなかった30%に相当する症例は最も重度の神経膠腫がほとんどである。「すでに死亡していたり、症状が重かったりしてインタビューができなかった」とあり、そのため著者たちが認めているとおり、「参加者の中では軽症の神経膠腫の患者の割合が高くなってしまった」。著者たちはそうした事実がバイアスとなる可能性はないとしているが、その根拠は明確でない。

(7)インターフォン研究が症例対照研究であることは、Alasdair Philips(英国のNGO「Powerwatch」の代表)が指摘する次のような限界を持つことにもなる。「重症の神経膠腫を患うと、診断が下されてから間もなく死亡にいたることが少なくない。したがって、“後ろ向き”(発症した患者の過去をさかのぼって原因を探る)ばかりでなく、“前向き”(注目している条件にあてはまる人がこれから発症するかどうかを探る)の研究が必要であろう。また、患者の記憶に頼って「曝露量」を決めようとするのでなく(これに頼ると疫学の検出力がどうしても落ちる)、携帯電話事業者が管理する契約者の使用量データを疫学研究に生かせるように、事業者から提供させるようにすべきだろう。」

 以上のような不備を克服しつつ、今後の研究の焦点は「携帯電話電磁波によって脳腫瘍を発症する可能性があるとするなら、その潜伏期間は10年もしくはそれ以上なのか」という疑問に対する答を、いかに的確に検出し正確に評価するかになろう。ここ1,2年で集中的に続報が公表される思われるインターフォン研究に、引き続き注目したい。


1 Powerwatch(英)http://www.powerwatch.org.uk/,EMFacts Consultancy http://www.emfacts.com/, Microwave News(米)http://www.microwavenews.com/ 等
2 Hardell et al., Case-control study of the association between the use of cellular and cordless telephones and malignant brain tumors diagnosed during 2000-2003; Environ Res. 2006 Feb;100(2):232-41.
Hardell et al., Pooled analysis of two case-control studies on the use of cellular and cordless telephones and the risk of benign brain tumors diagnosed during 1997-2003; International Journal of Oncology 28: 508-518, 2006.
3 これまでの複数の疫学研究で得られた生データを一つに束ねて再解析する手法


TALKING SCIENCE: 第1回 科学と市民の対話

岡橋 毅(The University of Warwick)
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 いまイギリスでは、科学に関する話題について専門家(主に科学者だが、社会学者や哲学者、ライターのこともある)と市民1が気軽に語り合う場が少しずつ増えつつあるようだ。たとえば、元科学番組のテレビ・プロデューサーが何気なくはじめ、いまや全国的(世界的にもなりつつある)なネットワークを擁するCafé Scientifiqueや昨年ロンドンに新しくできたDanaCentreの試みは注目に値する。

 Café Scientifique2 は、普通の街角のカフェやワイン・バーで科学について専門家が市民と語りあうものだ。フランスで行われていたCafé Philosophique から発想を得たため、気取った名前がついているが、強いて日本語にすれば「科学喫茶」あるいは「科学談話会」といったところだろうか。現在、イギリス全国だけでも30以上の都市で行われている。場所によってスタイルは少しずつ異なるが、基本的に月に一回の間隔で、夕方の7時ごろから1- 2 時間のイベントだ。

 Dana Centre3 は、Café Scientifique を科学館にしたような施設で、毎月いくつものイベントを企画開催している。ここでも、催しは夕方から始まり、科学に関する話題を話しあうイベントがDanaCentreのカフェであるd cafeで展開される。テーマは、肥満問題や遺伝子組み換え技術、ヒト胚研究、大気汚染、エネルギー問題など、市民の関心が高い「論争的」な話題が多い。ちなみに、どちらのイベントも誰でも参加でき、かつ基本的に無料である。

 本連載では、イギリスにおけるそうした試み−さしあたりTalking Scienceとよぶことにする−が生まれてきた社会的背景やイベントの観察レポートを中心に、近年発展しつつある公衆の科学理解(Public Understanding of Science)研究の成果を参考にした考察も加えていくつもりだ。その上で、科学と市民が「対話」していくことの難しさや可能性、問題点などを考えていくことができればいいと思っている。

 第一回目は、手短にTalking Scienceが生まれてきた社会的な背景について考えてみたい。冒頭で、私は科学について科学者と市民が話しあうイベントを最近の現象として紹介したが、もともとイギリスでは英国科学振興協会が設立された頃(1931 年設立)にもすでに科学の大衆化(popularization)の重要性は認識されていた4。それでは、現在のTalkingScience 現象は、いかなる社会的文脈から生まれてきたと考えられるだろうか。

まず、イギリスでは、この十年の間でBSE(あるいは狂牛病)やMMR(三種混合予防接種)、GM(遺伝仕組み換え)作物、Genetic engineering(遺伝子操作)などの問題が人々の注目を浴び、社会で広く議論されてきたことがある。特に、政府の対応のまずさ、メディアの影響なども絡みあった狂牛病「危機」は、市民の政府や官僚、彼らにアドバイスをする専門家への「信頼」を決定的に失わせてしまった。その意味では、近年の遺伝子組み換え作物の問題も狂牛病と陸続きだといえる。今まで、どちらかというと社会と切り離された営みと思われてきた「科学」と人々の「日常」の距離がますます接近してきているのだ。

 そうした中、政府や科学界は市民との「対話(dialogue)」を重視するようになってきている。例えば、英国議会の科学技術諮問委員会のレポートである“Science and Society5(2000 年)”は、市民の科学への態度や信頼の検証を元に、科学と市民(そして政策立案者)の「対話」を様々な形で生み出していくことを強く勧めており、従来の科学「理解」から科学との「対話」への変化を決定づけている。こうしたレポートにある「対話」をうけて、Talking Science イベントという「対話」の実践がなされていると指摘するのは短絡的すぎるかもしれが、国や公的機関の方針と合致していることは、大きな追い風になっていると思われる。

Café Scientifique やDana Centre だけなく、科学と市民の「対話」の実践は、近年ますます活発になってきている。例えば、地域やテーマの特色を生かした新しい科学館がいくつも建設され、全国の科学館のネットワークであるECSITEUK6も設立された。また、BA(BritishAsociation for the Advancement of Science) による科学フェスティバル7 やRoyal Society によるナショナル・フォー
ラム8 は毎年開催されている。コンセンサス会議などの試みが多く実施され、昨年には「GM Nation ?9」という国レベルでの遺伝子組み換え技術に関する議論が試みられた。このように、様々な科学コミュニケーション活動が増えているのだ。そして、これらの活動に共通しているのが、「市民」を意識した「インフォーマル」で「双方向的」なコミュニケーション活動である。

 以上をまとめると、イギリスは科学と社会の関係が「重大な局面(a critical phase)10」を迎えており、政府や科学界、そして市民がお互いの「信頼」を築き上げていこうとしていることがうかがえる。そうした実践の一つとしてTalking Scienceに注目が集まってきているということができるかもしれない。はたして科学と市民の「対話」は可能なのか。TalkingScienceが実践されはじめている背景や舞台裏(もちろん舞台上も)はどのようなものなのか。次回はCafé Scientifiqueについて、インタビューも交えた報告の予定。■

( 註)
1 この連載における「市民」は、citizen の訳だけではなく、ときに「公衆」とも訳されたりするthe public の両方の意味を含むものとする。
2 イギリスのCafé Scientifique ネットワークのホームページ
http://www.cafescienfitique.co.uk
3 Dana Centre のホームページ
http://www.danacentre.or.uk
4 Pyenson, L and Pyenson, S. 1999. Servants of Nature. p.323
5 House of Lords: Select Committee on Science and Technology (Third Report, 2000) Science and Society. HL38, London: Stationery Office.
6 ECSITE-UK
http://www.ecsite-uk.net/index.php
7 BA Festival of Science 2004
http://www.the-ba.net/the-ba/Events/FestivalofScience/
8 National Forum (the Royal Society)
http://www.royalsoc.ac.uk/scienceinsociety/data/forum/
9 GM Nation?: The Public Debate
http://www.gmnation.org.uk/
10 前掲Science and Society. Introduction
(Chapter 1)
11 Café Scientifique について日本語で読める資料は、科学技術社会研究所のレポートに詳しい。「科学技術と社会の楽しい関係 : Café Scientifique」
http://unit.aist.go.jp/cts/research/CTS-WP-2004-02%20Cafe%20Scientifique.pdf

携帯電話と電磁波リスク

携帯電話の電磁波リスクをどうとらえるか
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この講義録は、東京大学先端科学技術研究センターの「ジャーナリスト養成コース」(2005年から2006年にかけて「リスク社会と報道」というテーマの下に毎月1回全8回で現役ジャーナリスト向けに開催)での上田の講義録(2005年10月15日)をもとに、本誌向けに改稿したものです。

                             上田昌文(市民科学研究室・電磁波プロジェクト)


 電磁波の問題の中でいま一番大きなテーマは携帯電話でしょう。携帯電話はいま日本で9475万台ほど使われています(2005年11月末時点、PHSを含む)。国民の8割近くが使っている計算になります。そういう中で、携帯電話の発する電磁波が人体に与える影響をどう考えたらいいのか、ということが常々問題になります。
10年とか15年ぐらい経ったときに「ああ、一部の人が騒いでいたほど心配することはなかったじゃないか」となるかもしれません。あるいは全く逆に、携帯電話を使っている人の中で、かなりの割合で脳腫瘍が発生して集団訴訟が起きるかもしれません。
健康影響が確定的になっていない時点で、国がどういう判断を下して、どのような政策的な対応をしていくべきか、個々人がいかに対処していけばよいのか、といったリスクのとらえ方の話をしたいと思います。

◆各国でバラバラな規制値

 携帯電話の電磁波の人体的影響を調べる実験や研究がいろいろなレベルで行なわれています。大まかに言って三つのレベルの研究があります。それは、「分子・細胞レベルの研究」と、動物の個体でどういうことが起こってくるかを見る「動物実験レベルの研究」と、「疫学」、すなわち人間の集団の中での疾病の発症率を統計的に見る研究、の三つです。

しかし、実はどの研究においても、決定的な結論は出ていません。ただし、「どうもこれは気になるな」「この先この路線で研究していったら何か出てくるのではないか」と感じさせる研究はたくさんあります。
表1のように、人体に限らない、いろいろな細胞や動物個体を使って生物への影響が調べられています。しかし、それが人間の体に即、悪い健康影響をもたらすとは断定できない、そういうレベルのものがほとんどでしょう。

 携帯電話については、いま少し示したような気になるデータがいろいろ出てきていますので、どう規制したらいいのかを考えなければなりません。電波は、もちろん携帯電話以外でも利用してきた長い歴史があります。ですから、電波を含む電磁波全般を、各国ではなんらかの規制値を設けて規制をしています。

ところが放射線と違って、どの強さまでなら被曝しても安全かという規制値が国によってバラバラです。表2は高周波、すなわちマイクロ波を含む周波数帯での規制値を示すものですが、最も厳しいところでは、0.001μW/cm2のような値を定めています。ところが、日本を見ますと600〜1000μW/cm2と書かれています。

これは、日本で電波を管轄している総務省の「電波防護指針」の中にある計算式に基づいて導き出された値です。日本は、国際非電離放射線防護委員会(ICNRIP)が定めたガイドラインにほぼ準拠した規制値を採用しているわけですが、例えばザルツブルク市と比べると、10万倍近く緩やかな規制になっているのです。

 なぜ電磁波の規制が国によってこれだけばらつきがあるのか。一言で言えばその国が「予防的対応」をとるかどうかの違いなのです。電波で人体に影響が起こる可能性を考慮して厳しく規制している国と、そうでない国とで大きく分かれるのです。

 現実にこういう数字を見て、では日本の中でいったいどれぐらい電波が強いのか、と思われるかもしれません。イタリアの基準値である10μW/cm2と比べてみましょう。
市民科学研究室では様々な場所で電磁波の計測をしていますが、3年前にほぼ1年かけて、東京タワーの周辺を歩き回って255地点で計測をしました。
その結果を論文にして公表し(「東京タワー周辺地域における送信電波の電力束密度測定」『EMC電磁環境工学情報』No.168,40-59,2002年4月)、新聞にも取り上げられたデータを紹介します。


 東京タワーの半径400メートル以内の地域で電波の通りが良い場所の中には、10μW/cm2を超える地点が十数カ所ありました。

ということは、もし東京タワーがイタリアに立っていれば、その周囲400メートルぐらいは人の生活圏であってはいけないことを意味します。
それだけ強い電波が身の回りに存在しているのです。あとで述べますが、携帯電話の電磁波はそれよりもさらに強いのです。

◆増加する環境中の電磁波

 電磁波を発生させる物の利用頻度は、現在どんどん拡大しており、空間中に存在するいろいろな周波数帯の電磁波の濃度・密度は、非常に高くなっています。ある計算によりますと、電波が利用される以前、要するに自然界に存在する電磁界が地磁気くらいだった頃と比べて、現代における電磁波の密度はおよそ1万倍になっているという話があります。そういう環境の中で人間が長く生活を送っていくと、どういう影響が出てくるのか。現代の状況は、いわば人類全員で大きな人体実験をしていると言ってもおかしくないでしょう。

 電波だけではありません。家電製品にも、電磁波をたくさん出す機器が多くあります。典型的な例は電磁調理器(IHクッキングヒーター)です。これは最近、東京電力をはじめとする電力会社が唱える「オール電化」の目玉商品です。火を使わない、クリーンなイメージが売りの調理器です。いま私たちはそれを半年ほどかけて研究していますが、家電製品の中では飛び抜けて高い電磁波を出しています。家庭で料理する人が、そういうものを1日1時間なり2時間なり浴びているのです。学校給食の調理室やレストランでは、大型の業務用IHクッキングヒーターが導入され始めています。それは家庭用と比べて10倍ぐらい強い電磁波が出ます。

 また、多くの人が利用する図書館やレンタルショップなどには必ずといっていいほど盗難防止ゲートがあります。その盗難防止ゲートから出ている電磁波も、低周波磁場ですが、非常に強いものです。利用者は確かに瞬間的に通り抜けるだけですが、近くにいる職員の方は恒常的に10〜20ミリガウス程度被曝しているわけです。

そんな環境の中でクローズアップされるのが、「電磁波過敏症」と言われる人たちの存在です。数としては相当少なく、ひょっとしたら日本全国で1万人にも満たないかもしれませんが、いるのは確かです。そういう人は、たとえば蛍光灯のあるところに来ると息が苦しくなって、そこにいられなくなります。つまりいまの日本の環境ではほとんど外に出られない状態になってしまっています。ごく少数ながらもそういう人たちの存在を、社会全体のリスクの問題としてどう捉え、どう受け止めていくべきかという難しい問題が浮かび上がってきます。

◆携帯電話という技術を考える10の視点

 ここで携帯電話がからんだ社会問題を10項目で整理してみましょう。

1:産業の成長や大きな経済効果。携帯電話市場はもうすぐ10兆円になろうとしています。

2:通信や情報収集等の利便性が格段に向上すること。

3:福祉面に活用しようと狙っている人がたくさんいること。すなわち、それによってコミュニケーションの面でいろいろなバリアフリーを達成することができるのではないか。災害時に利用したり、GPS機能付きの携帯電話を使って徘徊するお年寄りの位置を特定したりすることなどに使われています。

4:公共性との兼ね合いにおいて様々な問題が浮上すること。電車の中で携帯電話で話している人が迷惑だと感じる人は多いはずです。携帯電話というのは公共的空間で使われることによって、自分の周りの空間を一瞬にして私物化してしまう機能を持っていますから、それについて、私たちはいったいどういうルールを定めていったらいいのかが問われます。また、町中から公衆電話などの固定電話がどんどん減り、携帯電話を持たない人には大変不便な時代になっています。

5:犯罪や事故、安全に関わること。とりわけ重要なのは、携帯電話以外の電子機器に悪影響を及ぼすことです。一番よく知られているのは心臓ペースメーカーに影響を与えることです。それ以外にもいろいろな医療機器に障害を与えることがあるので、病院内ではいままで携帯電話は使用が禁止されていました。ところが、患者さん同士、あるいは患者さんと家族が、コミュニケーションを簡単にとれるようにと、病院内でも携帯電話を解禁するところが出てきています。

6:通話料が高くて家計を圧迫すること。子どもが親に毎月1、2万円と負担させている家庭も珍しくありません。あるいは通話料を稼ぐためにアルバイトをするなど、生活そのものが振り回されている人も少なくありません。

7:今回の主な話題である、電磁波の人体の健康への影響の問題。

8:廃棄物という環境負荷の問題。いま日本人はだいたい平均して1年半〜2年で携帯電話を買い換えています。メーカーのデータによると回収率が23%ほどだといいますから、一日に約3万〜4万台がそのまま捨てられている計算になります。携帯電話の部品に含まれる有害な重金属による環境汚染などが大きな問題になってきています。

9:若者の依存症の問題。携帯電話を使い始めるとそのあまりの便利さに夢中になり四六時中使い続ける、つまり依存症になってしまう面があります。特に若い人に顕著で、私が知っている限り、中学生・高校生で携帯電話を持っている人は、本当に手放せないようです。私は何人かの中学生にインタビューをしたことがあります。そのときにわかった事実は、通話もそれなりに多いのですが、特に多いのはメールです。一番メールの数が多い女の子は1日400通。つまり、朝起きて「おはよう」からメールが始まって、食べているときとお風呂に入っているときと寝ているとき以外はほとんどメールをしている状態です。そういうことが当たり前になり、メールが大きな比重を占めるコミュニケーションがこの社会に厳然と存在しているわけです。その中で育ってくる若い人たちが大人になったらどうなるのだろうか。これは社会的に大きな問題でしょう。

10:住民不在で建設の決定がなされてしまう基地局の問題。携帯電話は、携帯基地局がないと使用できません。携帯基地は、いま日本全国で98,930局(2005年度9月末時点)、東京だけでおそらく1万局ほどあります。それを誰がどうやって建設しているか。建ってほしくない建物が自宅の目の前にいきなり建った。気づいてみたら携帯電話の基地局だった。「あんなものが、目の前でずっと電波を出していると思ったら気持ちが悪い。だからやめてくれ」と思っても、住民の意思が反映されるシステムになっていません。現行の法律では、その土地を提供したマンション等の所有者と、NTTドコモのような携帯電話事業者の二者の契約だけで建てることができるのです。そのために、周辺住民とのトラブルが日本の中で百数十件起こっています。

 以上のように、携帯電話の問題は非常に多面的です。これは社会学的に見ても、医学的に見ても、心理学的に見ても、大変奥深いテーマだと言えるでしょう。私は、携帯電話は、20世紀末に生まれて爆発的に普及した最も典型的な技術革新だと思います。それをどう活かしていくか。「ユビキタス社会」の中核を担う技術であるからこそ、ここで述べたようないろいろな側面のリスクをいまからきちんと考えておかなければいけないだろうと思っています。

◆携帯電話の電磁波はどれくらい強いのか

 電磁波には、低周波(家電製品や高圧送電線で使っている50Hz ・60Hzの商用周波数の超低周波を含む)と高周波(いわゆる電波を含む)があります。携帯電話は電波を使っているので高周波に属します。
低周波で問題になるのは磁場です。家電製品から発生するのはたとえば東京では50Hz(ヘルツ)の周波数の磁場と電場です。けれども、携帯電話はそれとは違い、使用する周波数はもっと高いのです。800MHz(メガヘルツ)、1.5GHz(ギガヘルツ)、あるいは第三世代携帯になりますと2.1GHzあたりの周波数を使っています。これらはマイクロ波と呼ばれる周波数帯に相当します。マイクロ波には物を加熱する性質があります。電子レンジはそのマイクロ波の加熱の力を使って調理するわけですが、周波数は2.45GHzです。

 携帯電話の電磁波にも加熱作用があります。ですから、いま携帯電話の電磁波は、その加熱作用に基づいた規制値によって規制されています。それはSAR値(Specific Absorption Rate)と呼ばれています。「比吸収率」というのですが、身体の単位重量あたりの組織に与える熱量のことです。しかし熱効果以外に、熱効果をもたらさないレベル、つまり非常に弱いレベルのマイクロ波によっていろいろな影響が出るという実験結果がたくさんあります。
 ですから、熱効果・非熱効果の二つがあると考えた場合、非熱効果もあるのなら、そちらも考慮して規制値をつくっていかなければいけないのではないかと考えられますが、現状は、ICNIRPも熱効果に基づいた規制しかしていません。非熱効果はクロという結果もあればシロという結果もあり、確定的なものがまだ見えていないからです。

 携帯電話がつながる仕組みは簡単です。基地局があって、そこと常時通信をしているわけです。携帯でメールを打っているときは電波を全然出していないのではないかと思っている人もいますが、携帯電話は電源を切らない限り、数秒から数十秒ぐらいの非常に短い時間間隔で、基地局とやりとりをしています。位置確認をするために一番近い基地局はどこかを常に探っているわけです。電源を切らない限り必ず電波を発しているのです。

 もう一つ、知っておいて欲しいことがあります。例えば電車の中で携帯電話を使うとします。電車の中は閉じ込められた空間です。ガラスの窓があるから電波が問題なく通るのですが、もし全部金属だったらほとんど通りません。すると、より強い電波を出して基地局を探そうとします。そういう意味で携帯はとても賢く、つながりにくさに応じて電波が強くなるのです。ですから、電波のつながりにくいところで携帯電話をかけようとすると、それだけ強い電磁波を被曝するわけです。

 さらに、車内の携帯電話の使用に関して別の話をすると、例えば、一つの車両の中で、30人が同時にメールを送信したり通話したりするとします。そうすると、金属部分で反射が起こり、それが増幅し合って、電車内の電磁波の全体的な強さはかなり上がります。それはエレベータのような金属で閉じ込められたスペースで実験すればすぐわかることです。ですから、私たちが携帯電話の規制値を考えるときに、携帯電話そのものだけではなく、それを使用する場所の影響も考慮すべきなのです。

 マイクロ波を使うという点で同じである電子レンジと比べてみましょう。電子レンジがオンになってジーッと熱せられているときに、身体をあえてその筐体に近づける人はたぶんいないと思います。何となく気になるので身体を離すでしょう。では、測ってみたらどうなるか? 高周波を測るメーターを持ち、電子レンジをオンにして、レンジの筐体の外壁部分で漏洩している電磁波の強さを測ると、50〜200μW/cm2ほどになります。では、携帯電話はいくらなのかといいますと、機種によってばらつきが大きいのですが、携帯電話にメーターを密着させて測ると、数十から、高いものは300μW/cm2ほどにもなります。おおまかに言うと、使用中の電子レンジに耳に当てるよりも強いことが多いのです。
だから危ない、と私は言いたいのではなくて、それぐらいの強さだと知っておく必要があるということを言いたいのです。
携帯電話は皆が持っているし、それが電波を出していることも誰もが知っているけれど、どれぐらいの強さなのか、ほかのものと比べて考えることさえなされていない。それは大きな落とし穴と言えるのではないでしょうか。

 電波は、本来はきちんと管理されて免許をもらった人だけが使うという「電波法」の規定があります。ところが携帯電話だけは例外で、携帯電話会社が1個1個の携帯電話を契約・購入者に販売する段階で、代行者として電波を使用する免許を一括して受けているわけです。そういう形になっているので、いままでとはだいぶ違う電波の使い方を社会として容認したことになったわけです。そういう場合、電波のリスクというものをこの状況の変化に応じて新しく考え直さなくてはいけないと思うのですが、そこがうまくいっていない。どう考えたらいいかが見えていないのです。

◆人体への影響でわかってきたこと

携帯電話電磁波の被曝の特徴をまとめてみます。

 一つ目は、マイクロ波の特徴は、「ホットスポット」ができることです。例えば耳に当てて使っている場合に、頭部のある箇所にエネルギーが集中するという具合になるのです。

 二つ目は、使っている電波はデジタル波だということ。これは人工的につくった波なので、自然界には存在しません。デジタルだから1と0でつくられる波です。それが生物や人体にどういう影響を及ぼすかは研究されていますが、はっきりしたことはわかっていません。

 三点目は、携帯電話は高周波を使っているのですが、電波に情報を乗せるために「変調」を行ないます。変調をさせるために低周波を混ぜています。その低周波の被曝も考慮しなければなりません。

 四点目、携帯電話が普及してマイクロ波を人体が浴び続けるという経験は、人類にとっていまだかつてない、初めての経験です。もちろん、過去にもレーダーなどでは電波を使っていました。実は電磁波の問題はレーダーから出発しています。昔、レーダーを使うような環境にあった軍人や技術者たちの身体に障害が出るということから、これはやはり何か影響があるのではないかということで研究がスタートしました。それは特殊な限られた人たちにしか起こらなかったわけですが、いまは携帯電話で非常にたくさんの人が頻繁にマイクロ波を使うようになっています。

 長期的に使った場合にどういう影響が出るかはいまの時点で確かなことは言えません。もしリスクがあるとするならば、タバコと同じことが起こって、若年層などは、使用している期間が長ければ長いほど、あとから影響が出てくる可能性があるかもしれません。

 容易に想像できますが、脳の近傍で使用するので、影響は脳に集中しやすいと考えられています。一番言われているのは脳腫瘍です。また、脳血液関門という、脳に悪影響を及ぼす物質をさえぎるためのフィルターが破壊され、漏れてきてはいけないアルブミン(蛋白質の1種)が漏洩する、といった実験がいくつかあります。

 日本人の医師たちが見出した興味深い事実として、アトピー性皮膚炎の患者さんが携帯電話の電磁波を浴びると皮膚のアレルギー反応が有意に増加すること(大阪府枚方病院の木俣肇医師)、携帯電話電磁波を30秒間浴びた場合に一時的に脳の血流量がかなり大きく低下すること(神戸市「小川クリニック」の小川良一医師)、携帯電話より低い周波数ですが16Hz 〜1MHz の電磁波をタイミングを知らせずに浴びさせた場合に血流量の大きな減少が、特に電磁波過敏症気味の人に顕著に現れること(坂部貢・北里大学教授)があります。これらは、身体にすぐ出る反応が観察されたという点で注目に値すると思います。

 また、子どもの身体はだいたい1歳ぐらいまでで大部分は完成しますが、脳が完成するのはそれよりもずっと後で中学生くらいまでかかります。もし電磁波が神経細胞への何らかのダメージを与えるならば、神経系の形成期に携帯電話を頻繁に使うようなことがあったとしたら、そのダメージは大人の場合よりもより大きいのではないかと予想されます。

 また最近指摘されて気になるのが、眼への影響です。イスラエルの研究者が、1歳の牡牛の眼の水晶体を取り出し、2mW(ミリワット)で1.1GHzのマイクロ波を、50分曝露させて10分休む形で24時間浴びさせることを2週間続けたのですが、水晶体の表面に小さな泡粒のようなものが発生し消えることがなかった、というのです。蓄積性のものである点が気がかりで、携帯電話の長年の使用は白内障をもたらすのかもしれません。

◆SAR値にみる規制のばらつき

 現在唯一の規制値と言えるSAR値はどうなっているのでしょうか。日本、米国、スウェーデン、中国を比べると、日本のSAR値が一番規制が緩くなっています(表3)。米国が日本に近いようにみえますが、日本の規制値は頭部モデル(ファントム ヘッド)で測定し、頭部の組織10gに6分間あて、吸収されるエネルギー量の平均値を採用するため、組織1gに6分間あてた吸収量の局所ピーク(最高値)を採用する米国と比べて、じつは数倍緩くなるのです。私が思うに、SAR値でこれだけばらつきがあるのも変な話です。当然これは国際的に統一した基準があって然るべきでしょう。

 携帯電話を購入した時にSAR値まで確認する方は少ないかもしれませんが、それは4年前から公開しなければいけないことになりましたので、携帯電話会社のホームページなどで確認することができます。購入時の仕様書にちょこっと書いてあるかもしれません。そういうものを比較して、SAR値の低いものを使っていこうと呼びかけている人たちもいます。

ドイツのNPOの人と話をしたとき、現在の技術では、0.6W/kgを超えるSAR値の携帯電話をつくらなくて済む、いまの携帯電話の機能を全部持たせたとしても、2W/kgなんて高すぎる、0.6W/kgで十分だと言っていました。おそらくこの見直しの動きは今後起こってくるのではないかなと思っています。

◆電磁波リスクはなぜ確定しにくいのか

 肝心の携帯電話電磁波のリスクですが、じつはそれは非常に確定しにくいものなのです。
 まず、電磁波全般に言えることですが、放射線と比べた場合、特殊な環境を除いてエネルギーレベルが何桁も低いので、人体影響もすぐには出てきません。その一方で、放射線とは逆に、携帯電話の電磁波は非常に長期間にわたって浴びる、あるいは頻繁に浴びるということが起こります。ですから、すごく弱いけれど長期間頻繁に被爆することをどう考えたらいいかということが問題になります。
それからややこしいことに、放射線でしたら、数種類の放射線をいっぺんに浴びる環境は考えにくいのですが、電磁波の場合は、周波数の異なるものが混在していますから、特定の周波数の影響だけを調べてもわからないこともあります。

 では、そのリスクをどう見たらいいか。いま、世の中でどのような見方が出てきているかを少し紹介します。

一つは、被害の程度と規模、被害を受ける時間と回復可能性という、リスクに関わるいろいろなファクターがあります。それからもう一つは、確実性、不確実性の度合いも考えなくてはいけない。現時点で予防的な手立ての打てるもの、打てないもの、あるいはそれにどれぐらいお金をかけていいか、悪いか、という問題があります。本来、それら全部を考え合わせて合理的な対応をしていかなくてはいけないわけですから、非常に話は複雑になります。
 現時点で、化学物質にしろ放射線にしろ、いろいろな規制の仕方が定まっています。国際的にみると、予防的な対応をかなり本格的に講じているところもあれば、そうではないところもあります。それらを見比べて、いったい私たちはいまの時点でどういう考え方を採用するかを考えなくてはなりません。

 1960〜70年代から、公害問題ということで環境の問題がクローズアップされてきて、いよいよ駄目になってきたなと思える論理があります。それは「わからないから有害であるとは言えない。したがって安全と見なす」という考え方です。

つまり不明なものを安全にすり替える論理です。これがずっと尾を引いて、今でも私たちの政策的な判断の仕方の一つであると思います。因果関係が完全に立証できない限り「シロ」だ、という考え方です。しかし、さすがにもうそれは通用しなくなってきているのではないか。「予防原則」という考え方が広まり、ヨーロッパで新しい政策や新しい枠組づくりが出てきています。
 それから、安全性を立証するのは被害を受けた側ではなく、商品をつくって、その技術を普及させようとする側が「これを使って大丈夫ですよ」と安全性の保証を自らしていかなくてはならない流れになってきています。

 この二点をふまえて、リスクの問題を見ていくべきだろうと思います。ただ、この電磁波リスクの問題はとりわけ不確実さがつきまとう。その理由はいくつかあります。
 一つは、確かに疫学でデータを示すことがありますが、電磁波に関する調査の場合、ほかの健康影響因子の介在を排除するのが大変難しいのです。電波の影響で身体がこうなったのだと決定するためには、ほかの発がん性物質だとか、化学物質だとか、放射線の影響とか、電波以外の因子の影響を全て取り除いたデータが必要ですが、そんな調査をすることは現実には不可能です。簡単に言ってしまうとそういうことです。
 それから、もう一つややこしいことに、私たちが曝露しているすべての電磁波の量を正確に知ることそのものが難しい。考えてみましょう。電波を毎日浴びています。携帯も使っています。家の中にいて家電製品から電磁波も浴びています。そういう中で体の具合が悪くなったとして、「あなたは、これぐらいの量をいつもこうやって浴びていて、トータルこれぐらいですから影響が出たのですよ」ともし言おうとするなら、正確に全部測っていかなければいけないわけですが、全部フォローできるかというと、ほとんど不可能です。
 動物実験や細胞実験は、もともと限界を抱えています。動物で言えたことが人間でも同様に言えるかというと、当然そうではない例がたくさんあるという原理的な問題があります。

 それから、これも複雑な事情ですが、体の中にいろいろな意味で電気作用があります。例えば神経細胞は、電気の伝達によって機能しています。それ以外にもいろいろなところで電気的な作用が身体の中にあります。ですから、私たちが電磁波を浴びた場合、それが身体のいろいろなところを少しずつかき乱しているとは思うのですが、いろいろなものが絡んできているので、ある一カ所に働いて、ある決まった病気が起こると特定できる説明の仕方はなかなかしにくいという問題も抱えています。

 それから、社会的な問題があります。たとえリスクが多少あったとしても、これだけ電気を使う生活になってきたから、もう電気なしの生活には戻れません。そういう事情がある限り、やはりメリット(ベネフィット)とデメリット(リスク)を天秤にかけてみた場合、電気や電波を使うことによるメリットが非常に大きいと予測できるので、ある程度のリスクには目をつぶろうではないか、と考えてしまうわけです。

 そういう中で、リスクをどう考えていったらいいか、大変難しいことです。ただ、いままで私はそのリスクを「シロ」なり「クロ」なりで言い表してきました。ところが、そんな単純な捉え方ではうまくいかないよ、という考え方が出てきているのも事実です。そのことをあとで少しだけ紹介します。

 いろいろ詳しく調べてみると、たいていの人が「影響がある」と合意するだろうレベルの人体的影響が見えてくる報告もあります。先ほど言いました低周波磁場での小児白血病の率がちょっと上がる例などがそれにあたります。これは、10カ国ぐらいでほぼ似た発症率になるということは、メカニズムはわからないけれども、おそらく「ほぼ間違いなく影響があるとみなしてよい」ということになると思います。

 それから、いまヨーロッパで「インターフォン研究」という、携帯電話の脳腫瘍についてだけ調べる疫学研究がされていまして、その中のスウェーデンの研究では、10年以上携帯電話を使っている人に良性の神経鞘腫(聴覚細胞の良性のがん)ができる確率が2.6倍ぐらいに上がるだろうという結果が出てきています。そういう結果が、もし小児白血病の疫学研究と同じように2件、3件……と共通に出てきた場合、ほぼ確定した事実と認められていくことになります。
 でも、たかだか発症率が2倍とか2.6倍とか、そんなものです。小児白血病はかなり稀な病気です。いま日本に10万人の子どもがいたら、小児白血病になるのはそのうち3〜5人です。そうすると、「0. 4マイクロテスラ(4ミリガウス)の磁界が日本の小児白血病患者の発症リスクを2倍にしている」として試算してみると、毎年全国で電磁波が原因で小児白血病を発症しているのは2、3例ということになります。たかだか2、3例だと聞いて、そのために、いま日本じゅうに張りめぐらされている高圧線を、人の住んでいる家の近くから撤去したり、高圧線のもとに住んでいる人に移転してもらったりするといった膨大な金がかかる措置をこの国はするでしょうか。科学的なデータの蓄積はこれからも進み、今後明らかになっていく部分も少なからずあるとは思いますが、電磁波による劇的なリスクが報告されない場合はどう対応するのかという問題は残ります。

◆リスク評価の新たな枠組み

 リスク評価の枠組みを変えていこうという試みもあります。それは、いままでのような人体影響「あり」「なし」という大雑把な分類ではなく、もっときめ細かい評価をしようという試みです。スイス政府が提案した「不確定な健康リスクに対する予防原則の適用分類モデル」(表4)では、「確証された」「可能性が高い」「可能性がある」「可能性が低い」「可能性がない」という分け方をしていて、そういうものを手がかりにして基準を定めていく流れがあります。
 それから、同様の分類をドイツのNPO「エコログ研究所」が行なったものがあります。2005年に市民科学研究室が翻訳編集した『携帯通信と健康 2000年〜2005年』にその分類表が載っています。国を代表する機関や委員会、例えば英国では「放射線防護委員会(NRPB)」もその一つですが、そういう世界各国の機関が携帯電話の人体影響に関する研究論文を集め、それをレビューしているのです。そこで、エコログ研究所は各国で出されたそれらの報告書(取り上げている報告書は21種類)の結論を一覧できるよう整理し、表を作成しています。「熱効果の閾値未満の強度に関して、科学的にどう認識されているか」として、例えば「発がん性、脳血液関門、ホルモン系......」といった異変の部位や性質別に、次の6段階に危険度を分けています。++や+が多いほど、「より多くの報告書で共通にそのリスクが高いと認識されている」という具合になるわけです。なお、その表に日本は入っていません。日本はこうした総合的なレビューをして独自の判断を示す作業はしていないからです。

++ 高い確率で影響が生じる/影響があるという強い指摘がある
+ 影響がおきる可能性あり/影響があるという指摘がある
± 影響があるかは判断できない/科学的調査結果に矛盾あり、あるいは説得力に欠ける
- 影響はおそらくない/影響があるという指摘はない
-- 影響なし/科学的調査結果は一義的に効果がないとしている
0 影響に関する言及なし

 それから、先ほど言いました予防原則に関しては、最近翻訳された『レイト レッスンズ──14の事例から学ぶ予防原則』(七つ森書館、2005年、原題Late lessons from early warnings : the precautionary principle 1896-2000)という本があります。これはEUの環境委員会が出した報告書で、1896〜2000年に起こった、例えばアスベスト被害などを含む14の事例について、予防原則という観点から見て、どういう警告がなされたのにそれが実行されなかったとか、どういう警告をこの時期に出すべきであったのに出さなかったといったことを分析した報告書です。その結論部分に(邦訳書350ページ)、非常に面白いことが書かれています。そこでは「Risk(リスク)」「Uncertainty(不確実性)」「Ignorance(無知)」に分けているのですが、事例を挙げて、次のような観点で分類しています。

  「影響(Impacts)について知られている(Known)けれど、どういう場合に起こるか(Probabilities)ということについても知られている(Known)」。
つまり、影響についても起こりうることについても知られている場合は「リスク(Risk)」と呼ぼう、ということです。

そして「影響について知られているけれども、どうして起こるかはわからなかった(Unknown)」ことに関しては、「不確実(Uncertainty)」と呼ぼう。

さらに両方についてわからない場合は「知らない、わかっていない(Ignorance)」と呼ぼう

と分けて、それぞれの事例がどの分類に当てはまるかを見ています。そうすると、それに対応する予防策をどのレベルで出していったらいいかが見えてくるのではないか、と指摘しています。
こういうことを学びながら、私たちも電磁波問題でどういうリスク評価の枠組を出していったらいいのか、考案したいと思っています。

◆電磁波規制のための国際機関の役割

 予防原則に立った適正な規制はいかにして可能でしょうか。適正な規制をしていくためには、いまの規制をつくる体制がどうなっているかを若干知っておく必要があります。まず、国際機関が絡んできます。一つはWHOで、WHOの中に「電磁波プロジェクト」があります。立ち上げられたのが1996年で、今年2006年で10年目を迎えて打ち切りになります。10年仕事をして、高周波についても低周波についても、世界的に勧告をするための「環境健康クライテリア」(クライテリア=判断基準)を出すことを使命にしています。

 じつはつい最近、低周波に関するクライテリアの原案がそこから出てきました(2006年1月12日「読売新聞」第1面参照)。出版は2006年秋ごろになると言われています。携帯電話に関しては高周波なので、クライテリアの原案の発表は、おそらくもう少し後になると思います。もちろんクライテリアは基準値ではありません。現在の科学的事実ではリスクはこう考えられるとか、予防的な対応や対策はこうとるべきだという指針です。そういう指針について世界中の学者が話し合って、勧告という形で出すのがクライテリアであり、その意味では大きな影響力を持ちます。
 もう一つ、国際がん研究所(IRAC)では、発がん性物質全般に関するモノグラフをつくっています。5年前に電磁波(低周波磁場)が初めて、「発がん性の可能あり」というランク2Bに分類されました。そのためにきちんとした科学的証拠を示して、発がん性物質に関する分類をしています。そういう仕事をしている機関ですから、IRACの類型は、がんに関わる現場には必ず反映される形になっています。
 それからもう一つ、一番影響力が大きいのは先ほどのICNRIPです。ここがガイドライン、規制値をつくります。

この三者の関係はどうなっているのか。IARCはWHOの下にある研究機関ですが、一応独立していて、がんに関する見解を出します。WHOはそれを取り込んでクライテリアをつくります。ICNRIPはそのクライテリアを参考にしながら、もっと詳しい科学的証拠を集めて、現段階で定めることのできる規制値、つまり何μWまでは大丈夫といった数字を決める仕事をしています。ただし、この規制値は絶対的な拘束力を持ちません。あくまでガイドラインです。これができたからといって、各国が採用しなくてはいけないわけではないのです。

 では、こういう国際機関の活動を受けて各国はどのように規制政策をつくっているのか。各国の規制にはいろいろなレベルがあります。一つは省庁のレベルで、担当部署が法律という形で規制することがあります。それから、諮問委員会(アドバイザリー・コミッティやアドバイザリー・ボード)がつくられて、権威あるとみなされている専門家の判断がまとめられ、勧告という形で出される場合もあります。あるいは、その諮問委員会の意見が議会に持ち込まれ、法律をつくる段階で参照され、活かされることもあります。それから、電磁波の問題には、業界団体、例えば家電製品をつくっている団体などいろいろなところが関わっていますが、そういう団体が独自に設けている基準があります。特に漏洩する電磁波や電波で電子機器などが障害を起こしたり誤作動したりしないように、かなりきめ細かく空間中の電磁波の規制を行なっています。そして、自治体による条例で規制する場合もあります。

◆日本での規制体制の問題点

 では、日本はどうなっているかというと、先ほど言いましたように、総務省一省が全部やっていることになります。総務省は二種類の規制値体系を持っており、一つは先ほど言いましたSAR値です。それから「電波防護指針」というのをつくって、電波の規制を行なっています。その電波の規制は、ICNRIPのガイドラインにほぼ準拠する形になっています。低周波磁場に関する規制値はありません。

 では、先ほど言いました国際機関との関係はどうなるかといいますと、WHOのメンバーの中に日本の学者も入っていますから、そのクライテリアを参考にするべき立場にあります。ただWHOのクライテリアは、予防原則をわりあい強く打ち出してはいるけれど、具体的にどう規制すべきであるという指示はしないなど、かなりあいまいなところがあります。だから日本の場合、WHOの勧告をそっくりそのままというよりも、私の目から見ると、自分たちの現行のやり方に都合のいいところだけを上手に取り入れている印象が強いです。

 日本には、独自の調査体制も確かに存在します。総務省が組織した「生体電磁環境推進委員会」がそれです。しかしここのメンバーは、じつは3分の1が業界団体の人です。残り3分の1は医学関係の人、残り3分の1は工学関係、電波関係の人です。
そのような20人程のメンバーで構成された委員会です。

1999年から研究論文を三つ出していますが、三つとも「携帯電話に関しては、こういう実験をしてみたが影響はなかった」という論文です。新聞はプレスリリースを受けてその結論をパッと出します。でも、その論文をよく読んでみると、批判すべき点がいくつかあります。

細かい話は省略しますが、私が一番言いたいのは、都合のいい論文しか引用されていないということです。それとほぼ反対の結論を示す、似たような実験をした論文もあるでしょう、と言いたいけれど、それには言及していません。引用している論文も大変少ないです。限られた条件で実験をしていることを公表してはいるのですが、新聞に取り上げられるときはその条件には詳しくふれられず、「携帯電話による影響はなし」という飛躍した言い方になってしまうことが多いので、その点は注意してほしいと思います。

国の機関が、そのようなお墨付き的な論文を出したときに、それをもっと批判的に解読しなくてはいけないと思うのですが、その辺がすっ飛んで、言ってみればプレスリリースされた部分だけで判断していることが結構あると思います。確かに内容は専門的で解読するのは難しいとは思いますが、そのような際、私たちのような専門NPOなどに相談して、意見を交換するぐらいのことをしてもいいのではないかと思います。

 日本の体制で言い落としてはならないのは、携帯電話や電波の人体影響を研究をする層がかなり薄いということです。適正な人選で科学諮問委員会をつくって、そこの答申を受けてきちんと日本独自に規制を定めていく試みはいままでなされていません。どうしてそれがなされないかを考えなくてはいけません。

 それに関わることで一つ典型的なことを言います。先ほど私は電波行政を取り仕切っているのは総務省だと言いました。総務省は旧郵政省です。電波だからそうなのですが、いま私が話題にしているいろいろな電磁波の人体影響は、本来でしたら厚生労働省あるいは環境省が関わって然るべきです。ところが、実際は一切関わっていません。
人体影響に関わることも全部総務省が取り仕切っている。これはヨーロッパの国々と比べた場合、かなり特殊な状況といえます。

これは放射線に関しても同じことがいえます。環境基本法の体系で環境中に存在する有害なものを全部扱える形になっていると思われがちですが、放射線は原子力なので、原子力基本法の方に委ねられているのです。

 この体制の問題は非常に重要です。このことに絡んで、私には不可解で納得のいかない“事件”があります。先ほど私は高圧線のもとで小児白血病の率が上がると言いました。それは国際的にもある程度認知されています。その研究の一環として、日本が行なった研究があります。それは、国立環境研究所の兜真徳さんたちが中心になって3年ぐらいかけて行なった疫学研究です。日本でなされた疫学的研究では最も規模が大きいものの一つで、7億円をかけています。

 その結果、発症率が少し上がるという、ほかの国と似た結果が出ました。そのお金を出していたのは文部科学省です。文部科学省が10人ぐらいから成る評価委員会をつくって、兜先生たちの研究を最終的に評価させました。そうしたら、その評価はどの項目についても全部「C」でした。「C」というのは最低ランクという意味で、その結果、その研究の継続は打ち切られることになりました。
理由はいろいろ述べられているのですが、私の目から見たら、とてもじゃないけれども、疫学の知識がある人が下したとは思えない判断です。
国際的に見ても高く評価されそうな非常に精密なデータのとり方をしており、他の国の研究結果とも食い違わないような結果が出ている研究を、なぜ葬り去れるのか、不思議でしかたがありません。 新聞記事の扱いは非常に小さくて「文部科学省の結果はCになりました」としか出ていません。国際的に見たら、これはセンセーショナルと言ったら言い過ぎかもしれませんが、おかしな評価の仕方です。そういうものが出てくるのは何か政治的な背景があるのかな、と勘繰りたくなるわけです。

◆子どもと携帯電話

 では、これまで述べてきたことを受けて何をなすべきかを考えてみましょう。

 携帯電話を実際に使っている人たちはたくさんいます。実際にどう使われているかという調査ぐらいはしてもいいのではないかなと思います。私たちは以前1,300人の方に携帯電話の使用に関してかなり細かいアンケートをとったことがあります。何時間使っているか、メールは何通か、使ったときに身体に自覚される兆候はどうか、といったことを含めて20項目ほど調べたのですが、それだけでも結構面白いことが見えてきました。 市民科学研究室のホームページの「電磁波プロジェクト」のページで、調査結果を公開しています(『どよう便り』第68号「携帯電話電磁波リスク助成研究報告」2003年8月参照)。

もちろん疫学調査ではないので、そこから健康影響の結論を導くのは無理です。けれども、数を増やしていけば、効果的な疫学調査の設計に役立つデータになるのではないかなという気がしています。本来は国とか自治体、あるいは携帯電話事業者が主体となって、現実にどう使われているかをもっときめ細かく調べてみてもいいのではないでしょうか。

 子どもが使うことに関しては、明らかに規制が手遅れというか、手薄です。

 英国の保健省は「携帯電話と健康」というリーフレットをつくり配布しています。その中で、現在までになされた人体影響の研究に言及しています。「まだ有害性が明確に示されたわけではないが、それを示唆するデータもある」といった言い方で、中立的な立場から書かれています。2000年に出た有名な英国の『スチュワート・レポート』では、「16歳以下の子どもは携帯電話の使用をできるだけ控えなさい。通話はやめるように。メールも必要最小限にとどめなさい」という勧告を出していますが、それも引用されています。携帯電話を買えば、こうしたリーフレットが配付されるようになっています。

オーストリアのザルツブルグの運動団体がつくった大人向けのリーフレットもあります。そこには最新の研究結果を紹介しながら携帯電話の使い方について気をつけるべきことが何項目かにわたって書かれています。
子どもに関してはかなり厳しいことが書かれていて、例えばこうです。「非常に大事な通話のときにだけ携帯電話を使いなさい」「長時間の通話は影響がより大きくなるので、しないようにしましょう」「保護者は将来発生する可能性のある携帯電話による健康へのリスクから子どもを守りたいのなら、子どもに携帯電話を使わせるべきではありません」。
そして、「ドイツの放射線防護委員会の長官はこんなふうに言っています」といって、次の言葉を引用しています。

「携帯電話事業者は、住民が持っている不安が解消されない限り、携帯電話に関する住民の信頼性は得られないのだから、もっと住民の批判に耳を傾けなさい」というものです。

先ほどの『スチュワート・レポート』の16歳以下云々の勧告も引用しています。デンマークのガイドラインについても述べています。ということで、各国の事例も引用しながら、携帯電話を使う大人に対して注意を呼びかけているのです。

 また、ドイツには、携帯電話の善し悪しについて高校の授業で学ぶための副読本があります。これは大変詳しいものです。私たちが日本語訳をほぼ終えているこの副読本の最後のページにはCDがついています。それは何か。

携帯電話はその中のICチップにタンタル鉱石を使うものがあります。
そのタンタル鉱石はアフリカのコンゴから豊富にとれるのですが、内戦が続くコンゴで、ヨーロッパ市場に流れるタンタル鉱石をめぐって武装した勢力が奪い合うという紛争が起こりました。いまはいろいろな運動グループがその問題をキャンペーンしたのでかなり収まりましたが、それについてのCDです。そういうものも含めて高校生に見せ、「じゃあ、ちょっと考えてみよう」という授業がなされています。

 子どもと携帯電話は、いまヨーロッパではかなり大きなテーマで、きちんと規制していこうという流れになってきているように思われます。テレビCMの規制も出てきています。ロシアなどでは、子どもにはもう使わせないように、とはっきり国が言っています。そんな情報はいくらでも入ってくるのに、日本ではなぜ報道されないのでしょう。市民運動としてこの問題をもっと社会に提起しなければなりません。

いま市民科学研究室でこのテーマでの日本語のリーフレットをつくろうとしています。関心のある方にはぜひリーフレットの普及にご協力いただきたいと思います。

◆携帯基地局設置と地域住民

 それから、携帯基地局のトラブルがあります。この点についても日本は大変遅れています。エピソードを一つだけ言わせてください。

私たちは、携帯基地局から出る電波の強さがどれぐらいかをちゃんと調べるために、計測企業と協力して、東京都国立市の携帯基地局を全部調べました((財)消費生活研究所の助成金を受けた研究成果報告書『携帯電話ならびに基地局がもたらしている電磁波リスクへの政策的対応に関する研究』2003年4月)。

国立市は周囲3〜4キロの小さい都市で、全部で23基の携帯基地局があります。その23基全部についてのデータの公開を総務省などに求めました。

そうしたら、携帯基地局のある種のデータは出てきたのですが、肝心かなめの住所が全部塗りつぶされているのです。

まさか、と思いました。基地局がどこにあるのかは、見ればわかります。でも、どの事業者の基地局かを特定する必要があり、住所で特定できる部分があったので知りたかったのです。しかし、それは黒く塗られていました。

 「どうしてですか」というやりとりをして最終的に返ってきた答えの一つは「破壊活動防止のため」というものでした。テロ対策だというのです。「テロが起こって、携帯基地局がつぶされて、通信機能が麻痺してしまったらまずいので、住所は教えません」ということなのですが、本気なのだろうか、と私は思いました。だって、目の前に見えているものの住所をわざわざ調べてテロを起こす人がいるでしょうか。何か別の理由があるのでしょうね。
ずいぶんやりとりをして、情報公開請求もして、最後に裁判に持ち込むか、というところまで行ったのですが、結局手を引きました。

 これは、海外の事例と比べると大変恥ずかしい事態だと思います。英国などいくつかの国は基地局のデータを完全に公開しています。

インターネットで自分の地域を開いてクリックすれば、基地局がどこに立っていて、その電波の強さはいくらか、といった基本的なデータが全部知ることができます。日本ではなぜ公開しないのでしょうか。

  「皆さんが携帯電話を使うのなら、基地局は絶対要ります。だから、基地局をどこに建てればいいか、皆さんで考えてください。」.こう言われたら、どうしますか。

いまヨーロッパでは、基地局の要不要や、その位置を決めるためのデータ(例えば電波の強さの分布を予測すること)などをNPOの力を借りてでもやるという国や自治体が出てきています。現に私達のような立場のNPOが、ちょっと羨ましい話ですが、自治体からの要請を受けて、自前の計測機器であちこちを測っています。

そして、「もし基地局を立てるのだったら、ここに建てたほうが住民の被曝が減りますよ」というデータを出して、自治体と事業者と住民がそのデータをもとに話し合って基地局を建てる事例が出てきています。そのほうがはるかに賢いやり方で、トラブルが随分と減ります。
 これと関連し、イタリアで面白い試みがあります。「ブルバス」と呼ばれる青色をしたバスが、住民のリクエストを受けて、電磁波計測機器を積み込んで全国を走り回るのです。住民が測ってほしいところで止まり、計測をして、データを明らかにして住民に渡すのです。これは税金で行われている試みです。私はそれに似たものを日本で立ち上げることができないかなと思っています。

◆環境問題として適正に位置づける

 最後に、提案しておきたいことがあります。

まず電磁波問題を環境問題として位置づけましょう、ということです。

 そう考えると、環境中の電磁波のモニタリングがある程度必要になってくると思います。そして、ほかの環境リスクと同様の枠組みをもって対処していくことがこれから要求されてくると思います。日本はどういう立場をとるか、世界中で積み重ねられている科学研究を適正にレビューして、独自の判断を示していきましょうと私は提案したい。少なくとも、すぐできることがあります。
中学生以下の子どもに対する実効力のある使用規制です。それを自治体ごとでも学校ごとでもいいですから、どんどんやっていきましょうと私は呼びかけたい。10年、20年経って影響が出てくると予想されるような問題は、たとえ多少過剰防衛と思えるところがあっても、やれるならやるという対応がいいのではないでしょうか。リスクに対する考え方というのはそうあるべきではないかと思っています。

TALKING SCIENCE: 第3回 Cafe Scientifiqueにいく

岡橋 毅
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 前回は、Cafe Scientifique(以下CS)のはじまりとそのひろまりについて述べた。今回は、実際にイギリスの三都市のCSに筆者が参加してきた体験をもとにレポートする。

 まずCSをはじめたダラスさんのお膝元である、リーズのCSからみてみよう。場所は、リーズ市郊外の静かな住宅街の一角にある、レストラン&バーの地階。地元の関心を持った人たち(30代から50代が多く、男女比もほぼ同じ)が多いようだった。暗めの照明で落ち着いた雰囲気。開始予定の8時すぎには40人ほどの参加でいっぱいになった。開演15分まえに到着した筆者は、40代くらいの女性二人組みと歓談した。二人ともいわゆる自然科学系の学位をもっているわけでなく、家が近いので何度かCSに来ていて、いつも楽しんでいると言っていた。筆者が訪れた日のスピーカーは、薬の副作用や薬害について活動しているメダワーさん2。彼は、特に抗鬱剤の依存性の問題、レギュレーション(規制)や臨床試験の欠陥について話した(30分)。質疑応答も活発で一時間以上に及んだが、なかでも興味深かったのは、彼がほとんどの臨床試験は「rubbish(くず)だ」と主張したことについて、参加者の数人が「どうしてそこまで決めつけられるのか」とかなり感情的に批判した場面だった。こうしたことは私が参加したCSではほとんどなかったが、「話し方」と「聴き方」とにすれ違いが重なると、どんな場でも修復がきかなくなってしまうものだ。会のあとでメダワーさんと個人的に話したときには、「もっとシンプルにしなくてはいけなかった」と反省しているようであった。ちなみに、メダワーさんは来日予定。薬害オンブズマン会議などで話すらしい(ちょうど、この拙稿がでている頃)。

 また、ダラスさんとも話すことができた。「人々は(自分たちの意見を)聞いてもらいたい」のだと言っていたことが、CSを実践しはじめた彼の信条のひとつを表していると思った。私は「人に会うことがすごく貴重になってきていて、それを求めて来ている人も多いのではないか」などと僭越ながら意見を述べた。

 次にオックスフォードのCS。ここはオックスフォード大学とのつながりも深いようで、スピーカーがその後ノーベル賞をとってしまう例があったりする。場所はカレッジが点在する大学街の中心に位置する、老舗の書店Blackwell内にあるカフェ。書店内のカフェ(イギリスではほとんどの大手書店にカフェが入っている)を、書店の協力により閉店後に使っているのだ。ここは水やワインが用意されており、各テーブルにはスナックまでおいてある。そこまでしていただくと、無料なのが悪いような気がして、つい募金用の帽子にコインを多めに入れてしまう。その日のスピーカーは、気候変動のシミュレーションの専門家の話であった。参加者は30人ほど。この時は、PowerPointが多用され、グラフや数値がつぎつぎと現れては消えていった。手元にある案内チラシに「事前に科学的な知識は必要ありません」と書かれているのだけどなぁと思いつつも、私は英語という制約もあって専門性の高い内容についていくのがやっとであった。質疑応答に入るといっそう専門度が上がっていき、ますます自分が疎外されている気分になっていく。そんなことにはおかまいもなく、スピーカーは聴衆からの質問に対してグラフやまとめをPowerPointからしかさず拾い出し、応答していた。これは、現役の自然科学系の学生や研究者が多いからなのだろうか。

 最後にニューキャッスル。ここのCSは、前回にも登場したシェークスピアさんが中心となって運営している3。その日の主題は、「尊厳死」等について元看護士の生命倫理学者が話すというものだった。場所は小劇場を貸り切っている。バーが隣にあり、ドリンクがオーダーできる。入場料は1ポンド(約200円)で参加者は50人ほど。話の内容は、尊厳死の肯定意見の論理的な背景を説明していたものだったが、質疑応答の時間になると、聴衆が次々に、肉親やパートナーを看取った経験とともに「末期医療」についての意見を述べ始めたのが印象的だった。賛否両論ふくめ、スピーカーを中心とした専門家と聴衆、そして聴衆どうしの「対話」が実現されていたように感じた。司会をしていたシェークスピアさんも、意見の論点をまとめたり、聴衆に具体的なテーマを示して意見を促したり、ときには自らスピーカーに質問を投げかけたり、対話の場の演出に大きな役割を果たしていた。

 さて、どれもほんの感想程度の体験レポートであったが、カフェの大まかな雰囲気やそれぞれに違いがあることが少しでも伝わっただろうか。CSとは、テーマの違いはもちろんのこと、スピーカーのスタイル、マイクや機器の有無、司会者・聴衆の数や特徴、空間・時間などの条件によっていくらでも雰囲気が変わってしまう場である。だからこそ、多くの可能性と制約が混在しているとも言えるかもしれない。いわゆる「双方向性コミュニケーション」の難しさである。そうした議論については連載の後半でとりあげることにし、次回はロンドンにできた「科学を話すこと」を主な活動内容とする新しい科学館、Dana Centreを紹介する。■

注:
1 なお、筆者の英語力は、参加者の全てのやりとりを完全に理解できるわけではなく、質疑応答などはポイントをつかめないこともあります。
2 Social Auditのホームページ(http://www.socialaudit.org.uk/)。 なお、メダワーさんは、11月に来日しています。
3トム・シェークスピアさんは、社会学者でもあるが、科学コミュニケーション活動の担い手としても関係者の間では全国に名を知られる存在です。とくに、現在彼が所属するPEALSは、「科学と社会」のつなぎ役として、先進的な活動をしています。(http://www.peals.ncl.ac.uk/)

TALKING SCIENCE: 第4回 Dana Centre

岡橋 毅
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 Dana Centreは、2003年11月、ロンドンの科学博物館のすぐ近くにオープンした。ここは「科学を話す(talking science)」ことを主眼とした対話型イベントを数多く開催している新しいタイプの科学館であり、展示物はなく、「科学」という話題のもとに人と人が出会う場を提供することに重点がおかれている。ほとんどのイベントは夕方におこなわれ、お酒や食べ物がはいるように、大人向けの科学館でもある(注1)。ここでは、コメディや演劇、アートを織り交ぜた「エンターテイメント」を意識したイベントから、科学者と市民との討論を中心にした「対話」を重視するイベント、ノーベル賞学者の講演にいたるまで、科学技術をテーマにした様々な方式・種類のイベントが開催されている。これらのなかでも、「Naked Science」と「The x-change」というイベントは、とくに双方向の「対話」を重視している。以下では、それぞれの大まかなコンセプトと方法を、事例をあげながら説明していく。

 Naked Scienceは、日常生活に影響してくる科学技術の話題について話し合うイベントで、論争的な話題や巷で話題になっている事柄をとりあげている。スピーカーとして、3〜4人の専門家(自然科学者だけでなく社会科学者や政策担当者、活動家など)が招かれ、聴衆と議論する。基本的な流れは、ファシリテーターによる導入、10分ずつの専門家のスピーチを経て、その後はすべて質疑応答になる。最近のテーマをあげると、「院内感染」「風力発電」「遺伝子スクリーニング」「生体認証ID」「ジェンダー」「喫煙・禁煙」など。なお、過去のいくつかのイベントはウェブ上でみることができる(注2)。

事例:遺伝子検査(Genetic Screen)〈9月8日〉

 「生まれる前のすべての胎児は、嚢胞性線維症やハンチントン病や鎌状赤血球貧血などの遺伝病について、全国的なスクリーニング・プログラムによって検査されるべきなのだろうか? それでわかったことであなたはどうしますか? 専門家に自分の意見を言ってみましょう。」

 この日のトピックは、遺伝病になる確率を妊娠中に検査する技術についてだった。折しも、イギリスではHuman Genetics Commissionという人間の遺伝子に関する諮問機関が生殖医療技術に関するパブリック・コンサルテーションを行っており、遺伝子検査はホットな話題であった。スピーカーは、生命倫理学者、障害者団体代表など。イベントは、はじめに聴衆の意見をリモコンの電子投票機をつかって明らかにし、スピーカーが意見をひととおり述べ、その後に倫理から障害者の差別、優生学、妊婦の責任や権利、多様化する社会など活発な議論が行われた。イベント終了後のリモコン投票では、参加者の73%が、自分の価値観を考え直したと答えた。また、スクリーニングに肯定的な意見が減ってもいた。

 The x-changeは、exchange(交換する)のもじりであることからもわかるように、参加者の意見交換を主眼としている。ここでもNaked Scienceと同じように、主題となるのは論争的であり、ニュースなどで話題になっているものであることが多い。基本的な形式は、これもNaked Scienceと同様に、数人の専門家が登場してそれぞれが意見を表明し、その後に聴衆を含めた参加者どうしで質疑応答、意見交換を行う。意見交換(exchange)を促すために、グループディスカッションをしたり、イベント中にリモコンを使った電子投票を行ったりもする。ちなみに、このイベントは英国科学振興協会(The BA)のサポートを受けており、過去のイベントのまとめをウェブ上で参照することができる(注3)。

事例:核エネルギー(Nuclear power)〈6月27日〉

 「核エネルギーは我々のエネルギー危機を解決できるのだろうか? 核廃棄物を安全に廃棄する方法はあるのか? この問題や今月の他の最新の問題について、あなたの意見を一流のコメンテーターと交換する(exchange)のに参加してみましょう。」

 この日のThe x-changeはエネルギー問題が中心であった。参加者は、物理学者、新聞記者、環境コンサルタント、原子力関連団体の安全担当者。彼らが自らの意見や現状認識、そして聴衆からの質疑に答える形で進行していった。関心の高い聴衆は、自説をくりひろげることもできる(例えば「代替エネルギー推進論」)。現役のブロードキャスターでもあるファシリテーターは、質問をまとめたり、時間配分をしたり、応答するスピーカーを選んだり、まさに場を仕切っていた。話題も、核エネルギーの短期的・長期的な議論から、核廃棄物の問題、フランスなどの諸外国の現状、風力発電の可能性、化石燃料の枯渇問題、個人の責任、パブリック・ディベートについてなど多岐にわたり、賛否両論の活発な議論となった。

 次回はもう少し自分の感想も含めながら、イベントの考察に入っていく予定。

注1)"Cool Science, for Adults Only" (Wired News)
http://www.wired.com/news/culture/0,1284,61279,00.html
注2)Dana Centre Webcast Archive
http://www.danacentre.org.uk/Default.aspx?DanaMenu=_WEBCASTARCHIVE
注3)Reports by the BA.

TALKING SCIENCE: 第5回 対話イベントの評価

岡橋 毅
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これまで、Cafe ScientifiqueやDana Centreなど、科学技術をテーマとした対話イベントの様子を紹介してきました。今回は、昨年5月に科学博物館の来館者調査グループによって出された、Dana Centreにおける18ヶ月にわたる対話イベントの評価レポート(注)を参考にしつつ、Cafe Scientifiqueも含めた「対話イベント」についてまとめてみます。

 まずは聴衆の属性について見てみましょう。Dana Centreの対話イベントは、科学博物館や科学館に来館することが少ないといわれている18歳から45歳の年齢層を主なターベットにしていますが、調査によると83%がその年齢層に当てはまります。私が参加した限りでのCafe Scientifiqueの参加者も、年配の方の率が高くなるものの、30歳代から40歳代の年齢層(に見える)人たちの参加が半数以上を占めていたと思います。これは、これまでも述べてきたように、夕方遅くに始まりお酒も入るイベントの形式や、興味深いトピックの選び方などの企画による成功と言えます。またこのレポートでは、聴衆の59%が女性であり、72%が白人であることが示されています。多文化・多人種国家であるイギリスにしては非白人の率が少ないと思われるかもしれませんが、白人率がとても高いCafe Scientifiqueに比べると格段に多い数字と言えます。これは、Dana Centreが非白人率の高いロンドンにあることと同時に、彼らが意識的にマイノリティの関心を呼ぶようなイベントの企画をしていることが影響していると思われます。私が出会った参加者の中で面白かったのは、地元の博物館や研究所の広報関係者など、同種のイベントを実践していこうとしている人たちがしばしば参加していたことです。イギリス国内でも対話イベントが実践され始められたばかりだ、ということを示しているのでしょう。

 次に、評価レポートの挙げる「対話が成功するためのポイント」を見ると、以下の4点が挙げられています。
1. トピックに「リスク」の問題が絡んでいること(Risk)
2. 現在進行形で社会的に話題になっており、即時性・ニュース性が高いこと(Timely and newsworthy)
3. 聴衆の善悪や正義・不正義などの判断を刺激する、倫理的・道徳的問題が含まれていること(Ethical and moral issues)
4. 話されている話題が、個人的、そして社会的に関連づけて考えられるものであること(Personal and Social relevance)

 ずいぶんと月並みにも思える「ポイント」ではありますが、この4点をながめてみると、やはり非科学者である市民(科学者も市民ですが)にとって興味を抱くテーマというのは、知らないことで損をするかもしれない話題や、世間的に注目を浴びている話題だということがはっきりしてきます。また、自分たちの実感や経験と結び付けることができるというのが重要だという点も、大きくうなずけます。

 しかし、この4点がそろっていたとしても、「対話」が成功すると言い切れるわけではありません。なぜなら、対話イベントは、テストの点数のように数値化されるものでもなく、参加者の受け止め方はそれこそ千差万別だからです。先の評価レポートでは、物理的な障害(空間の制限、音や視覚情報の差)、感情的な障害、知識的な障害(理解度)などの要因によって「参加engagement」が制限されてしまうことを述べていますが、対話イベントの性質上、イベントの成果上のムラは避けられないことでもあります。さらに言ってしまえば、対話イベントの致命的な弱点は、市民がイベントに来なければ「何も始まらない」という点です。参加しない人たちは、そもそも対話の対象にもならないのです。それを指摘してしまったら「元も子もない」のかもしれませんが、こうした試みが単なるエンターテイメントや流行に終わってしまわないためには、真剣に向き合っていかなければならなくない問題です。この連載で触れた、マイノリティを意識した企画や子どもむけのジュニアCafe Scientifiqueの試みは、そうした問題意識の延長線上にあるのかもしれません。

 こうして見てくると、市民の「参加」や「対話」を目指す「対話イベント」の実践と工夫が蓄積されつつある反面、まだまだこうした試みは始まったばかりであり、どの程度の「対話」が実現されているのかは未知数であると言えます。現在のところは、科学をテーマに集まった人たちの直接的なコミュニケーションを通して、科学者のみならず、さまざまな分野の専門家や市民、そしてこうした場を演出していく人たち(近年「科学コミュニケーター」などと呼ばれる人たち)が試行錯誤している状況だと言えます。イギリスで(日本でも)盛んになりつつある「対話イベント」は、「科学」とは何かということを問い直していく作業が始まりつつあることを示しているのかもしれません。

 次回は、対話イベントに参加するなかで「専門性」あるいは「専門家」ということについて考えたことを書く予定です。

注) Science Museum Visitor Research Group. 2004. Naked Science:
Evaluation of 18 months of contemporary science dialogue events

TALKING SCIENCE: 第6回 デモクラシーと専門性の相性

岡橋毅
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●アテネから現代へ

 「古代アテネの政治は、広場において市民が対話することで行われていました。それが、いまでいう「デモクラシー」の始まりなのです」というのは、よく引き合いにだされる話です。そして、科学について対話するというアイデアにも、このデモクラシーの根源的なイメージが少なからず影響しているのだと思われます。つまり、対話型イベントは、そして市民と対話するという広義の科学コミュニケーションは、科学を民主化するための場なのだという見方です。科学と市民を結ぶ試みとしては、近年、対話型イベントだけでなくコンセンサス会議やテクノロジー・アセスメント、サイエンス・ショップや市民陪審など、様々な試みがイギリスや、欧米諸国、日本でもなされはじめています。世界中で(とくに科学技術振興に力を入れている先進諸国において)科学コミュニケーション運動なるものが巻き起こっていると言えなくもありません。

 しかし、(繰り返しになりますが)いったい「科学コミュニケーション」って何なのでしょうか? ただ科学者と市民がコミュニケーションをとるだけのことなのでしょうか。市民社会にとってどうしても必要なものなのでしょうか。それとも、口当たりの良い、科学振興政策の一環なのでしょうか。自分で副題にしておいて言うのもなんですが、そもそも市民との対話って何なのでしょうか? 市民のニーズを聞き出すマーケット・リサーチ、あるいは反科学的な市民の反発を和らげるための手段なのでしょうか。確かに、科学コミュニケーション運動は、科学振興のロビー団体や科学者コミュニティが主導していることが多いですし、国の政策として(イギリスも日本も「科学技術立国」を掲げています)行われていることが多いので、科学コミュニケーション活動の動機や目的がどんなものであろうと、こうしたシニカルな疑いの目を向けることは可能です。それは、科学振興側が科学の利点ばかりを列挙し、科学懐疑派が科学の汚点ばかりを列挙して、永遠とやりあっている状況を見てみれば一目瞭然です。しかし、それでは親科学・反科学の二項対立から逃れられなくなってしまいます(最近でも、イギリスの新聞であるガーディアン紙上でこの対立を象徴するような論説が展開されていました )。

 そこで、今回は、科学コミュニケーションとは何か?科学と市民の対話とは何か?という問いについて、二項対立を越えたところで議論するための下地を提供するために、政治理論で最近流行の「討議デモクラシー」の特性と科学コミュニケーション活動を照らし合わせて考えてみたいと思います。前回までの事例紹介とはうって変わった内容になってしまいますが、お付き合い願います

●討議デモクラシー

 まずは討議デモクラシーの紹介です。といっても、いきなりデモクラシーとは何かという大問題に取り組むわけではありません。簡単なイメージとしては、どこかの大統領のいう「デモクラシー」でもいいですし、誰の専売特許か知りませんがデモクラシーの絶妙な日本語訳である「でも、暮らしいい」でもかまいません(いや、やっぱりそれではダメかもしれません)。とにかく、私がここで主張したいポイントは、いわゆる政治学の分野においても「対話」とか「討議」とかがキーワードになってきているらしい、ということです。なにも、科学界だけが「対話だ。対話だ。」といっているわけではないのです。「対話」で科学と政治がリンクしているようなのです。

もちろん、冒頭に述べたように「対話」はデモクラシーの原点でもあるのですが、近代政治学においては、どちらかというと「代議制デモクラシー」をどうやって運営していくかという議論の方が重視されてきたと思います。ところが、1970 年ごろから市民社会において市民が「参加」することや「討議」することについての議論が活発になってきます。とくに、1990 年代を通じてキーワードになってきたのが「deliberative democracy(討議デモクラシー)」です。「代議制デモクラシー」のキャッチフレーズが「選挙に行こう!」ということであれば、「討議デモクラシー」のキャッチフレーズは「みんなで討議しよう!」ということになるでしょうか。もちろん、この二つのデモクラシーは対立するものではなく、補完しあうものだと考えられています。

 早速、討議デモクラシーのポイントをまとめてみます。東大名誉教授篠原一氏の著書『市民の政治学−討議デモクラシーとは何か−』 のまとめによると、討議デモクラシーは、第一に「市民社会における討議に最大の価値」をおきます。よって、十分な討議を実現するために「正確な情報」があたえられ、「異なる立場にたつ人の意見と情報」も公平に行き渡るように配慮されなければなりません。第二に、討議を実りあるものにするために「小規模なグループ」でプ」であること、そして可能なら構成メンバーも「流動的」であることが望まれます。そして第三に、討議の過程において「自分の意見を変えることは望ましいこと」と考えられています。

 では、どうしてこのような仕組みが必要とされているのでしょうか。"Why Deliberative Democracy?(どうして討議デモクラシーなのか?)" という本の中で、ガットマンとトンプソンは討議デモクラシーの目的を(自身による拙い和訳恐縮ですが): 共同的意思決定(collective decisions) の妥当性を進展させる。 公共的問題において公共心にもとづいた考え方を勇気づける。 お互いに敬意を持った意思決定のプロセスを促す。( 共同的意思決定も誤る場合があるので)誤りを是正するのを助ける。の四点にまとめています。これだけでは、他の民主主義理論とどう違うのかという批判もできるかもしれませんが、彼らは、他の民主主義理論がある一つの方向性にこだわるのに対し、討議デモクラシーには「互恵主義(reciprocity)」、つまりお互いに影響をあたえ合っていく特徴を持っているのだと主張します。

 これらのまとめから、さらにまた私が乱暴にまとめてしまえば、討議デモクラシーは、多数決を取るためというよりも、より多様で密度の濃いコミュニケーション=討議を促し、異なる意見を持った人たちでもお互いに妥当な終着点を探ろう、そしてその終着点も常に変わりうるものなのだとお互いに理解しておこう、というものです。これらがすぐに実現されるのならば、「討議デモクラシー」は本当に素晴らしい!ということになりますが、現実には、今のところ理論先行のようであります。また、討議デモクラシーは理想主義的だ、という批判もあるようです。それでも、コンセンサス会議や市民陪審、討議制意見調査(Deliberative Poll) などは、まさに討議デモクラシーの実践であり、これからの成果が期待されているのです。だから、(少なくとも政治理論や社会理論において)「討議デモクラシー」は人気上昇中なのです。

●討議デモクラシーの中の専門性

 しかし……勘の鋭い読者の皆さんはお気づきのことと思いますが、この討議デモクラシーは、コンセプトとしては素晴らしいのですが、こと科学の絡む問題に関しては、なかなかしっくりしないところが出てきそうなのです。その原因の一つが科学(者)の持つ「専門性(expertise)」です。専門性は科学者や科学者集団の持つ最大の利点であります。科学は、それぞれの専門分野においてお互いの研究成果を論文などで評価しあう「ピアー・レビュー」や長年の研究の蓄積の上に「専門性」を高めていくことによって、新しい発見や問題の解決方法が生み出されていくのだと考えられています。

 この専門性が、討議デモクラシーにとっては逆説的な存在となってしまうのです。つまり、専門性が高まっていくほど、前述したような討議デモクラシーの第一のポイントである十分な討議を実現するためのハードルが高くなっていきます。まず、平等な立場で討議するために必要な「正確な情報」を共有することが難しくなってきます。少数の専門家だけが正確に理解している専門的な内容について理解するのは、分野外の専門家にとっても難しいですし、いわゆる非専門家にとっては極めて難しいことだと予想されます。また、論争的な問題では、しばしば「正確な情報」についての専門家の意見も分かれたりします。そういう状況において「異なる立場にたつ人の意見と情報」が公平に行き渡るかということも、はなはだあやしいといえます。討議デモクラシーの理念にとっては、専門性が弱点となってしまうのです。

 この連載を通して紹介してきた対話型イベントにおいても、時間内でできる限りの情報提供や異なる意見を示そうとしています。論争的な話題を選び、様々な意見を生み出そうという意識も高いです。また、話し手もあえて対立するような専門家を同時に選んだりしていました。しかし、その場で異なる意見をぶつけ合うことはあっても、討議デモクラシーの三つ目のポイントとしてあげた「自分の意見を変えることは望ましいこと」ということは、専門家の間ではあまり共有されていません。というのも、対話イベントのような場において、「専門家」は、自身のデータや研究にもとづいて、できる限りゆるぎのない意見を持つことが求められる傾向があるからです。

 「いや、そもそも対話イベントは討議デモクラシーなんて目指していないのだよ」と言うこともできるかもしれません。しかし、あえて対話イベントを討議デモクラシーの理念と重ね合わせてみて考えてみると、専門家と市民の間で「共同的意思決定」や「互恵関係」、「公共心にもとづいた考え方」を共有することの難しさが浮かび上がってきます。討議デモクラシーもまだまだ机上の空論的なところがありますし、当面は、デモクラシーうんぬんについてはあまり気にせず、対話や討議の場をどんどん広げ、そして活発にしていくことが大切なのだと思います。しかし、こうした試みに本気で取り組み、息の長い活動にしていくのだとするならば、専門性とデモクラシーの折り合いをどう付けていくのかということが後々大きな問題になってくるはずです 。その時のために、この問題についても今からみんなで「討議」しはじめてもよいのではないでしょうか。

TALKING SCIENCE: 第7回 フォーマルとインフォーマルのはざまで

岡橋毅
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●日本でも「科学カフェ」ムーブメント!

 先日(4月27日)は、STSNJ1)の主催で「カフェ・シアンティフィーク」についてのシンポジウムが行われました。遠くイギリスにいる私は残念ながら参加できませんでしたが、このシンポジウムをはじめ、毎日新聞の記事(4月18日づけ)にもあったように、文部科学省が「サイエンス・カフェ」を丸の内ビルのカフェで開催したり、武田計測先端知財団が東京都庭園美術館で「カフェ・デ・サイエンス」を開催したり、日本でも科学カフェ・ムーブメントがおきつつあるようです2)。省庁や財団が主催するものだけでなく、気軽にはじめられる試みなので、もっと草の根のかたちでも行われるようになってきたりすると面白くなってくると思うのですが、これからが楽しみです。市民科学研究室のおおもとである、元祖「土曜講座」を越えるものは出てこないかもしれませんが、いろんな場所で、いろんな人によって行われていってほしいなと思っています。個人的には、Café Scientifique(科学カフェ)だけでなくCafé Culturel (文化カフェ)も盛り上がってほしいと思います。文理を問わず、研究者はどんどん外にでていくべきです。前回の連載で、私は対話型イベントについて議論しはじめよう、といった主旨のことを最後のほうに書きましたが、こうして実践が盛り上がってくると、実践ありきの現象を論じていることに矛盾を感じなくもありませんが、少しでも、対話型イベントを運営する方たち、参加する方たちのお役にたてばと願いつつ、今回も対話型イベントについて懲りずに論じてみたいと思います。

●インフォーマルな場

 Café ScientifiqueにしろDana Centreにしろ、対話型イベントに参加して気づくことのひとつは、イベントが「インフォーマル(形式ばらない)3)」な場であるということです。科学者がしゃべるからといって、あるいは科学的な話をするからといって、格式ばったフォーマルなものにせず、なるべく話者である「専門家」と聞き手である「市民」との垣根を低くして、平等な立場で話ができるようにしているようなのです。

 インフォーマルな場であるというのは、例えば、Café Scientifique(以下caféと呼びます)のイベントが、それぞれの地元のカフェやパブを使って行われていることが多いことからもうかがえます。通常はカフェやパブ、レストランとして機能している場を間借りしたり、貸しきって、即席のイベント会場に仕立ててしまい、あとは招いたスピーカーの話を聞いて、質疑応答をするのです。実際に、イベントに参加している人たちとしゃべっているとわかるのですが、イギリスの地方都市はどこもそれほど大きいわけではないので、地元の人たち(とくに普段から街で余暇を楽しんでいるひとたち)は、パブやカフェの場所ぐらいは大体把握しているようなのです。だから、たとえ自分の行き着けのカフェでなくても、自分たちの日常の延長線上でイベントが行われているというのは、十分「インフォーマル」な場であるといえると思います。大学や普段ほとんどいかないような公民館の何号室で科学カフェをしますといっても、内容は変わらなくても、イベントに対するイメージは大きく変わってきてしまうでしょう。これは笑い話としてあるcaféの運営スタッフから聞いた話なのですが、カフェにやってきたある科学者が、会場にいた運営スタッフに、「じゃあ、会場に移動しましょうか?」と聞いてきたことがあるそうです。それほど、当人にとってはカフェにいる運営スタッフや参加者たちの雰囲気がインフォーマルなものであり、そういったところで話をすると想定していなかったことがわかります。ちなみにその後その科学者によるイベントは成功して終わったそうです。

 あえて、インフォーマルな場を演出しようとしているなと思わせるところもあります。例えば、オックスフォードのcaféでは、主催者(地元の科学者と学生たち)がワインやソフトドリンク、おつまみを用意して自由に飲めるようにしています(イベントの途中で寄付は募りますが、基本的に無料です)。ワインを片手に、お酒も手伝って参加者も少しばかり饒舌になっているかもしれません。日本人の感覚だとお酒なんて…と思うかもしれませんが、西洋人(あえてこの表現を使います)は、おしなべてお酒に強いですし、お酒はほんの景気づけといった位置づけであるという違いがあると思います。お昼から老夫婦がカフェでビールを飲んでいるという光景はヨーロッパに来て初めて見ましたし、私も(なぜか背徳的な気分になりつつも)お昼ビールの喜びもはじめて知りました。レスター市のcaféにいったときに気になって数えてみたのですが、2/3以上の人がビールかアルコール飲料を飲んでいました。男性はほとんどビールです。実際にすべて数えたわけではありませんが、どこのcaféでもビールのシェアはかなり高いものだと思います。イギリスでCafé Scientifiqueをはじめた人であるダラスさんと話していたときも、「Café Scientifiqueといっているけれど、コーヒーじゃもりあがらないよ。ビールじゃないとね!(あくまで意訳です)」と自分の持っているグラスを指しながら話してくれました。

 Dana Centreでももちろん、アルコールはオーダーできますし、ビールやワインを片手にしている人が多いです(私のような学生はペットボトルを持ち込んでいたりしますが)。

前にも少しだけ説明しましたが、センター内のイベント会場はカフェそのものです。d.caféという名前で、お昼はカフェとして営業しているようです。しかし、Dana Centreのカフェは、少しインフォーマルさを演出しすぎのような印象もうけます。例えば、すべてのイスが「ピンク」なのです。また、会場の側面のガラスには「科学を話そう」とか「温暖化は大丈夫か?」とか「最新のテクノロジーの影響は?」とかの文字が踊っているのですが、少し行き過ぎたインフォーマルが、私にはよそよそしく感じられます。

●フォーマルかインフォーマルか

 ここまで、対話型イベントがインフォーマルなものであるということを述べてきました。しかし、インフォーマルといっても、何をしてもいいわけでもないですし、何をきいてもいいというわけではありません。たとえ、どんなにバカな質問(silly question)をしてもよい、といわれるインフォーマルな場でも、暗黙のルールや駆け引きがあるのです。例えば、日常生活における対人コミュニケーションの研究で有名な社会学者のゴフマンは、人が相対したときの駆け引きの一つを「face work」と名づけました4)。簡単にまとめてしまうと、人間は、面と向かった状況では相手の面目を汚すようなことをあえてしようとはしませんし、そうしているからこそ自分の面目も保たれる、つまりお互いに一種の「協力関係」にある、それを「face-work」とよんでいます。人が集まる場に合わせて、思ってもいないことを言っていたり、まったく賛成していないのにうなずいていたりしたことはありませんか?(わたしはあります)いかにインフォーマルな場になろうと人が集まるスペースには一定のルールが働いている、つまりフォーマルなところも保たれているといえると思います。

 オーストラリアの社会学者Misztal(ミツタル)は、『インフォーマリティ:社会理論と現代の行い』という本で、まさにインフォーマルとフォーマルということを論じています5)。例えば、この本のなかでミツタルは、豊富な事例や理論を挙げつつ(イノーベーション、東欧社会の変化、ヴァーチャル・コミュニティについて等)、インフォーマルなコミュニケーション(面と向かったface-to-faceコミュニケーションなど)が、不確定さやあいまいさやリスクが存在する場において、多次元的で強固な信頼関係を築くために重要な役割を持っていると主張します。彼女の主張の柱の一つは、良好な人間関係なり組織なり社会なりを築いていくためには、インフォーマリティだけではなくて、その逆のフォーマリティとのうまいバランスが必要になってきているのではないだろうかということです。つまり、インフォーマルすぎてくだけすぎてもだめで、フォーマルすぎて格式ばりすぎてもだめで、その間のバランスをうまくとっていかなければならなくなってきているというのです。世の中は、フォーマルすぎるものにもインフォーマルすぎるものにも、「リアル」を感じられなくなっているのです6)。

●科学カフェは理想的?

 この文章のはじめのほうで、対話イベントがいかにインフォーマルかということを述べましたが、イベントをインフォーマルにするという努力は、逆に「科学」というテーマや「科学者」や「専門家」という人たちがいかにフォーマルなものとして社会一般に捉えられているかということの裏返しでもあるといえます。例えば、「スポーツ・カフェ」や「ミュージック・カフェ」を科学カフェと同じようにして開催しても、科学カフェくらい多様な老若男女が集まるイベントになるとは思えません。スポーツも音楽も普段から、雑誌やテレビで大量の情報が流されていますし、いわれなくても人々は様々な場所で音楽やスポーツをネタに語り合っているはずです。しかし、科学をテーマとした対話型イベントでは、普段あまり耳にすることのない(その意味ではフォーマルな)専門家による話を、インフォーマルな形で提供しているからこそ、そこにおもしろさが生まれてくるのだと思います。

 こうしてみてくると、Café ScientifiqueやDana Centreなどの対話型イベントは、フォーマルな「科学」とインフォーマルな「カフェ」をくっつけてしまうことで微妙なバランスをうまく作り出すことに成功しているとみることができます。私はこの対話型イベントの成功は、単に対話イベントがうまくいっているということだけに収まらない可能性があると考えています。というのも、フォーマルなものの存在が市民の間で薄れていっているのは、なにも科学だけでなく、社会、あるいは国家といったものの存在感が薄くなってきていることにも通じていると思うからです。科学館(サイエンス・センター)の生みの親といわれるフランク・オッペンハイマー氏は、子どもたちが「物理的な世界への興味を失うときには、社会的・政治的な世界への興味も失う」と言い、自らの設立した科学館のExploratoriumの一番の目的は「人々が自らのまわりの世界を理解できると信じさせる」ことだと言っていました7)。科学カフェは、オッペンハイマー氏が言うほどに大仰にならなくとも(インフォーマルの良さ!)、科学と社会と私たちの生活が、フォーマルとインフォーマルのバランスをとりながら関わりあっているということを示しているといえます。フォーマルとインフォーマルのバランスを辛抱強くとっていくこと。これは、科学カフェだけでなく、市民科学、そして市民社会を考えることにもつながってきそうです。

注:
1) STS Network Japanの略。STSNJは、科学技術社会論に関する問題に関心のある人たちの集まり。定期的にシンポジウムや夏の学校などを開催している。http://stsnj.org/nj/index2.html
2) 毎日新聞2005年4月18日「科学カフェ:研究者との語らいの場文科省が開催」http://www.mainichi-msn.co.jp/kagaku/science/news/20050418k0000e040032
000c.html
3) Informal「非公式の;形式ばらない,うちとけた;くだけた」など(リーダーズ英和辞典)。
4) Goffman, Erving. 1967. Interaction Ritual: Essays on face-to-face behavior.
5) Misztal, Barbara A. 2000. Informality: Social Theory and Contemporary Practice. London: Routledge.
6) Boyle, David. 2004. Authenticity: Brands, Fakes, Spin and the Lust for Real Life. London: Harper Perennial.
7) Barry, Andrew. 2001. The Political Machines: Governing a technological society. New York: Athlone Press. のp.136で引用されている。 

TALKING SCIENCE: 第8回 ファシリテーターの役割

岡橋毅
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 今回はイベントを取り仕切る「ファシリテーター」の存在について考えたいと思います。ファシリテーターは司会者とも訳されたりしますが、対話イベントでは、専門家であるスピーカーと参加者をつなぐ仕事をするという意味で使っています。もしかしたらファシリテーターを「科学コミュニケーター」と呼ぶこともできるかもしれません(しかしこの呼称はイギリスではあまり使われていないようです)。

●ファシリテーターもいろいろ

 科学カフェの場合、ファシリテーターの基本的な仕事は、イベントの進行やゲスト・スピーカーの紹介などです。人によっては、スピーカーとの交渉から会場の確保、音響機器のセッティングまでを1人でやっている方もいます。ファシリテーターの見せ場は、イベントの質疑応答の場面だと思いますが、介入具合はそれぞれの科学カフェで大きく異なってきます。特にこの連載で紹介したカフェ・シアンティフィークとダィナ・センターの違いは大きいかもしれません。

 ロンドンのダィナ・センター(DC)では、センターのスタッフとファシリテーターの分業体制ができています。スタッフは準備やセッティングをし、イベントが始まると、ゲスト・スピーカーの紹介や当日の進行予定を確認した後は、進行をプロのファシリテーターに任せます。「プロ」と言うのは、その日のトピックに関して詳しい知識を持っているジャーナリストやNGOの代表、テレビ番組の司会者等がファシリテーターをつとめるからです。ダィナ・センターのファシリテーターがプロであるのは、彼らを雇える資金があることのみならず、ゲスト・スピーカーが常に2、3人であることや明確な時間制限があることなど、ファシリテーターに一定レベルの技術が必要とされるという事情があるからだと思われます。実際に彼らの仕事を見ていると、時間配分や話題の転換の仕方、質疑応答のさばき方など、まさにプロだと感心させられることが多いのです。

 それに比べ、カフェ・シアンティフィーク(CS)は草の根的に運営されていることが多いので、ファシリテーターの特性や介入の仕方はそれぞれのCSによって違います。例えば、英国のCSの創始者とされるリーズのダラス氏は、退職後の余暇としてCSを運営しているため、1人で準備から司会まですべてをこなします。バーミンガムのCSを取り仕切るトスク氏も、ほぼ1人で運営しています。彼は現役の科学者であり、CSを始めた動機は「科学が文化とかけ離れてしまっている実情をどうにか変えていきたい」という思いからだそうです。また他のCSでは、数人の科学者(オックスフォード)や大学院生(レスター)、大学関係者(マンチェスター)など様々な人たちによって運営されており、その動機もファシリテーターとしての意識も違います。そして、質疑応答でのファシリテーションでは、DCに比べると物足りなく感じることもあります。

 しかし、ニューキャッスルのCSは、Policy, Ethics and life Sciences Research Institute(政策・倫理・生命科学研究所:PEALS)という機関のプログラムの一つであり、意識の高いファシリテーターの役割の大きさを感じたところでした。ここのCSでは、PEALSのアウトリーチ(社会への普及・啓蒙活動)のディレクターである社会学博士のトム・シェークスピア氏がファシリテーターをつとめています。シェークスピア氏は、話の途中でも内容の確認や補足をしたり、質疑応答の際には自らも質問をしたりと、積極的にゲスト・スピーカーと聴衆とのコミュニケーションを活発にしようとしていました。彼の教職歴や専門知識も、ファシリテーションに良い影響を与えているのだと思います。

 こうしてみると、DCのファシリテーターはある意味でコミュニケーションの専門家と言えるのですが、CSに限って言えば、ファシリテーターとしての専門性(というものがあればですが)はほぼ無いに等しいです。ファシリテーターが専門性を持つべきだというわけではありませんが、個人的な意見としては、聴衆の質問や意見をうまく引き出せるファシリテーターがいた方がイベントはおもしろくなり、「対話度」も高くなると思っています。もちろん、スピーカーが同時に優れたファシリテーターであれば、より充実した対話が望めます(注1)。

●ファシリテーターの仕事

 私が一番重要かもしれないと思っているファシリテーターの仕事は、イベントの冒頭の、スピーカーの紹介とともに科学カフェのコンセプトや形式について簡単に説明する部分です。例えばマンチェスターのCSとDCのイベントでは、イベントを始めるにあたってファシリテーターが以下のようなことをアナウンスします。

【CSマンチェスター】
 今夜のCSにようこそ。……科学カフェの形式は、20分から30分の話のあとに、10分の休憩があります。このときにワインやコーヒー、食べ物を新しくオーダーできますね。休憩の後は、質疑応答のセッションになります。もし質問をするのが恥ずかしいという場合は、テーブルの上にある質問票に書き、休憩中に私に渡してください。

【DC:ネイキッド・サイエンス】
 みなさん、こんばんは。今夜はお越しくださりありがとうございます。……今夜のイベントは(今日のテーマについて)もう少し多く知り、パネル・スピーカー達とあなたの意見を共有し、質問をし、議論し、等々をする、あなたのための機会です……

 その他にも「CSでは、ばかな質問というものはありません(CSオックスフォード)」とか、「今日のイベントは対話と討論のためのものです(DC)」など、イベントの初めに対話を歓迎していることをしっかり伝えています。こうした導入をすることで、質問や意見を言いやすい雰囲気が作り出されているのだと思います。

 しかし、いくら「質問してください」と言われても、専門家を前にして質問や意見を述べるには、それなりの覚悟もいります。私が参加したいくつかのイベントでは、質問が途切れがちになってしまうこともありました。そのときのスピーカーの話が質問も疑問も呼び起こさないような(つまらない?)ものであった可能性も否定できませんが、そういうときにファシリテーターの力量が問われるのだと思います。聴衆の反応を引き出すため、時には自らが質問を投げかけたり、問題点を挙げた上でその点についての質問がないか呼びかけたりする、といったテクニックは、知っていればすぐに使えそうです。おもしろいことに、問題点や重要だと思われる話題が参加者で共有されると、次々と発言や質問が出てきます。

 参加者同士の問題点の共有という意味では、質疑応答の前の休憩時間が、聴衆間で疑問や意見を共有したり、質問を練ったりするために貴重な時間となっていると前出のダラス氏は言います(前回の連載でも触れました)。私も休憩時間に周りの参加者と話をすることがありましたが、必ずしも質問につながるわけではなくとも、聴衆同士が話すことで会場の雰囲気が良くなり,それが質問しやすい雰囲気を生むという印象を持ちました。こうした「雰囲気づくり」や「場づくり」も、ファシリテーターの重要な仕事だと思われます。

●ファシリテーターの哲学

 最後に、CSニューキャッスルのシェークスピア氏とCSリーズのダラス氏へのインタビューから、彼らのCSへの姿勢を表していると思われる部分を紹介します。これまで見てきたように、ファシリテーターといってもいろいろな人がおり、多様なアプローチがあります。しかし、以下のような言葉に表れる彼らのちょっとした「思い」が、対話イベントの大きな原動力になっている気がします。実際、この二人はイギリスのCSの仕掛け人です。

【CSニューキャッスルのシェークスピア氏】
 私たちは、いままで36のCSを行ってきた。おそらく延べ3000人ぐらいが参加したと思う。この数はそんなに多いとはいえないかもしれない。テレビ番組のドキュメンタリーならば数百万の人たちにとどけられるだろう。しかし、それはいつでも受身の関係である。CSで起きているのは、質の高い関わりあい(engagement)であり、お互いの顔が見える関係であり、それはとても参加型(participative)のものだ。CSは学術的な場ではないし、スライドやパワーポイントをつかった講義でもない。これはおしゃべりであって、関わりあいなんだよ。(注2)

【CSリーズのダラス氏】
 人々は(自分の意見を)聞いてほしいのだ。講義を聴きたいわけではなく、参加者たちは自分の見方や質問や批評を表明したいのだと私は思う。……(参加している)人たちは話し合っているでしょう。あなたも他の参加者としゃべったでしょう?  これは社会変革(social change)なんだよ。■

注1:実際、科学者(専門家)のコミュニケーション能力を磨く試みもなされて始めています(例:サイエンス・メディア・センターなど)。というのも、科学者の意識調査によれば「コミュニケーションの必要性と責任」を強く感じているものの、その方法がわからなかったり、コミュニケーション能力に自信がなかったりすることが明らかになっているからです。
(参考)MORI. 2000. The Role of Scientists in Public Debate: Full Report.
注2:DCや多くのCSでは大型スクリーンを使っているが、シェークスピア氏のニューキャッスルのCSやダラス氏のリーズのCSなどでは、よほどの理由がない限りパワーポイントも補助機器も使用させないことにしています。パワーポイントがコミュニケーションを助けているのか、それとも妨げているのかという問題は、パワーポイント等が主流となった今日、ひょっとすると深刻な問いかもしれません。

TALKING SCIENCE: 第9回 「対話」の意味

岡橋毅
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「私の自由は他者の自由が始まるところで終わるわけではない。そうではなく、他者の存在こそが、自由であることの必要条件なのだ。」(ジャン=リュック・ナンシー)

 前回はファシリテーターの役割について考えましたが、今回はそもそも「対話」や「話をする」ことにどれだけの意味があるのか、どのような可能性があるのかということについて考えてみます。この連載では「対話イベント」について様々な角度から考えてきましたが、マス・コミュニケーション中心の現代において対話イベントにいかほどの威力があるのかというところは、正面から論じてこなかったと思います。むしろ、対話イベントというものをやるのは良いことだという前提があって、それからどのようにやったらうまくいくのか、どのようなポイントがおもしろいのか、どういった文化的な意義があるのかというところを考えてきたと言えます。また、「楽しい」ということが第一の対話イベントをわざわざ難しく考える必要はないのかもしれませんが、そういうことをあえてしてきたのがこの連載でした。

 ブレア首相が“Science Matters(科学は重要だ)”という演説で「対話(Dialogue)」という言葉を使っていたことを以前に述べましたが、科学技術に関係することだけではなく、「対話」は今や民主主義のお題目のように多用されています。スコットランドで行われたサミットのスピーチでも「対話」という言葉が何度も使われていました。たしかに、「国民との対話」や「対話型科学技術社会」を目指すことは、為政者や知識人が果たすべき責務だと思います。しかし、どれだけの「対話」が実現されているのかということは、支持率や投票率のように数字に表れてくるものでもありませんので、ほとんど問われていないといってもよいと思います。「対話」はまさにお題目になってしまっているのです。

 対話イベントを普通に考えるだけでも、参加者がだいたい50〜60人ぐらいですから、イベントにかける労力をより多くの読者を得ることのできる雑誌に割いたほうが、あるいはより多くの視聴者を得ることのできるテレビ番組の制作に割いたほうが、情報伝達の有効性は高いのではないかということもできます。少し考えればそうした欠点が見えてくるにもかかわらず、対話といえば良いといった風潮が政治の現場でも科学コミュニケーションの現場にもあるように思います。

 また、対話や討議をしながら民主的に物事を決定していくという民主主義のモデルは、現代において自明の正義とされてしまっているところがあります。理想化された「公共性」とでもいえるでしょうか。どんなに素晴らしいモデルでも、それが完全な正義となってしまうと、扱いづらくなってしまうのが世の常です。一種のエンターテイメントである対話イベントにケチをつけても仕方がないのですが、対話イベントの素晴らしさを喧伝するだけではなく、例えば、イベントに参加できる人は数が少ないこと、あるいはイベントに参加していても質問や意見を言うのはどうしても苦手だという人がいること、そもそも科学技術の話なんか聴きたくもないし面白いとも思わないという人もいること、対話イベントの存在をまったく知らない人もいることなどを意識してみると、また違った評価をすることができ、新しい議論と試みへの布石になるはずです。

 もちろん、対話の力、フェイス・トゥ・フェイスの対人コミュニケーションの力は、その潜在力も含めて多大なものがあると思います。科学カフェや各種のワークショップ、対話イベントなどを企画運営している人たちは、その力を深く信じているはずです。私も「対話力」のようなものを信じたいと思っています。しかし、そうした“対話支持者”のすべてが熱狂的に対話や直接的コミュニケーションを支持しているというわけではなく、「単に楽しいから」とか「気軽にできるから」といったリラックスした形で対話イベントを楽しんでいるだけの人もいます。この連載では何かと概念を中心に書いている部分が多くて恐縮なのですが、以下では「パフォーマンス」という考え方を参考にして、対話や対人コミュニケーションの意味づけを考えてみたいと思います。

 パフォーマンスという考え方があることは、ゴフマンの社会学を少しご紹介したときに触れました。しかし、ここでさらにつっこんだ形でご紹介したいのは、ゴフマンのような日常生活のメタファーとしてのパフォーマンスだけではなく、より明示的なパフォーマンス研究も含んだ「パフォーマンス」という考え方です。パフォーマンスという概念は「本質的に議論の尽きない概念」ですが(Carlson)、パフォーマンス研究は、演劇やダンスといった舞台芸術の研究から、文化的表象としての民族舞踊や身体の所作を研究するような人類学的な研究、そして人と人とのコミュニケーションをパフォーマンスとしてみるミクロ社会学的な研究まで幅広いものです。

 最近、高橋雄一郎氏が『身体化される知』というパフォーマンス研究についての本をまとめたばかりなのですが、そこで高橋氏は、ヴィクトール・ターナーと並び人類学的パフォーマンス研究の第一人者的存在であるコンカーグッドの主張をまとめながら、「彼は、過去の人類学が観察の対象としか考えてこなかったパフォーマンスを、研究の『対象』であると同時に『方法(調査の実践)』として捉えることを提言する」と述べています。コンカーグッドは、研究者が対象となることがらを客観的に距離をおいて観察・分類しようとすることをやめて、対象と同じ時間と場所を生きる、感覚ある人間として意識しながら対象にせまっていくことを主張している、と高橋氏はいいます。

 学問の世界が、そして科学者・研究者たちが社会との接点を求め、社会と関わっていこうという思いの表れとして対話イベントを考えると、パフォーマンス研究と響きあうところも多いのではないかと思われます。今のところ、対話イベントをしてもスピーカーである専門家の研究内容にまで影響を与えるものではないのですが、人類学者やパフォーマンス研究者が研究対象に対するのと同じように、多くの研究者が市民の前でしゃべることによって、彼ら彼女らたちの新たなアイデンティティ、研究分野に対する新しい認識を得ることができ、それ自体が研究の一部にすることができるのではないか、ということです。研究者が一般市民と語りあうことで、自らの研究の実践の糧にすることができるというのは、少し文学的な主張かもしれません。しかし、公衆の科学的理解(Public Understanding of Science)や科学への公衆参加(Public Engagement with Science)などを真面目に考えた場合に導き出されてもよい考え方なのではないでしょうか。案外、「市民と話し合っても何のたしにもならない」というのは、専門家がそう思い込んでいるだけなのかもしれません。イタリアの科学コミュニケーション研究者であるブッキが言うように、市民から研究者への方向の影響についての研究がほとんどされていないという事情もあるはずです(Bucchi)。

 「研究者よ書を捨てて、街に出よ!」となると、街に出たっきり帰ってこない研究者が研究者ではなくなってしまうという危険もありますが、研究者が社会の中でどう立ち回るかという技法は身につけなくてはいけなくなっているかもしれません。それは、あまり良い印象があるとはいえない劇場型政治との相似として考えることもできますが、より積極的な視点から考えれば、アカデミアが劇場型になることは、聴衆である市民が科学の営みに関わっていくことにつながり、研究者側にも社会のニーズを汲み取る力(行政のご機嫌を伺う力ではなく)が備わり、双方の自立、大学や研究機関の自立にもつながると考えることもできるはずです。しかし、今のところはそんなユートピア的筋書きに沿って物語りは進んでおらず、対話型イベントも研究広報の一環として捉えられているようにも思えます。しかし、市民参加や科学のガバナンス、そして科学技術とデモクラシーなどのテーマをつきつめて考えるならば、乗り越えていかなくてはならない問題でもあります。

 少なくとも、科学技術に関する対話イベントにはそうしたことを考えていくための種がいくつか埋まっているように思います。もし何かいつもとは違う方法で考えたり語り合ったりする場がほしいと思ったならば、対話イベントは手軽に試すことのできる手法です。対話イベントは、すべての参加者が何らかの形で関わり、自己を問いなおし、相手を理解しようとつとめ、自分なりの問題点とその解決方法を探っていくこのとできるところです。場所のセッティングに凝ったり、コーヒーやお酒が入るとさらにもっとおもしろくなるはずです。対話イベントはあまり大きな成果は生み出せないかもしれませんが、コミュニケーションの“肝”のようなものが含まれているので、はじめの一歩として考えればいいと思います。対話の可能性と現実、その狭間で迷い、迷うだけでなく動いてみること。研究者にとっても市民にとっても、対話イベントは、一歩進んだ楽しさと、あと一歩の物足りなさとが同居した不思議な空間なのです。

●ご報告
 2006年8月より、私は北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニットの学術研究員として働きはじめています。10月からは受講生のお手伝いをすることになります。単なる学生=傍観者だった自分が実際の現場でどれほど役に立てるかは不安なところもあるのですが、イギリスで学んできたこと、この連載で学んできたこと等々の経験を活かして、頑張っていきたいと思っています。

注:
Bucchi, M. 1998. Science and the media. Alternative routes in scientific      communication. London New York: Routledge.
Carlson, M. 2004. Performance :a critical introduction. London :Routledge.
高橋雄一郎『身体化される知:パフォーマンス研究』せりか書房、2005年

TALKING SCIENCE: 最終回 科学と市民の対話、というときの科学

岡橋毅
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 今回が最終回です。連載をはじめさせていただいたきっかけは、ぷち土曜講座でお話させていただいたことでした(それよりも、もっと前のきっかけは、土曜講座の会合にはじめて参加させていただいたことでした。ちなみに、その会合では、「市民科学研究室」の名称が決定されたことを記憶しています)。連載をはじめるにあたって、私は、「科学カフェ(Café Scientifique)」という、楽しい活動を紹介し、かつ、学問的にもおもしろい考察を加えていくことを考えていました。科学カフェの紹介については、ある程度、成しえたと思いますが、考察部分については、とてもおもしろいものは書くことができず、自分の未熟さを痛感するのみです。

 振り返ってみると、この連載中に、日本における「科学と社会」の関係も、私の身辺も大きく変わりました。

まず、日本社会において、科学と社会、あるいは科学と市民の関係を考えよう、良くしていこう、という試みが以前よりも増して盛んになってきたことがあります。1995年成立の科学技術基本法から10年たち、科学技術と社会を結ぶ人材育成プロジェクトが立ち上がる(まさに私が関わっているものです)など、国が主導している印象もありますが、その根源をたどれば、市民が、科学技術に関わるさまざまな問題と向き合うなかで、現状の科学技術の進め方や社会でのあり方に疑問を持つようになってきたことがあると思います。

 そして、私が科学カフェの観察者だけではなく、運営者になったことです。科学カフェについて調べはじめた頃から、私の中では、「論じるよりも、自分で実践するべきなのではないか」という思いがありました。だから、北海道大学の科学技術コミュニケーター養成ユニットのプロジェクトに関われたことは、またとない好機でした。受講生の皆さんと一緒に、札幌で「科学カフェ」も行っています。しかし、「論じる」のと「実践する」のでは、まったく違う、ということを感じる日々でもあります。

 さて、以下にまとめとして、これまでの連載を振り返ってみます。

 私は、この連載を通して、イギリスで盛んになりつつある、科学を気楽に話しあう「科学カフェ」について紹介してきました。特に、イギリスの各地に広まっている"Café Scientifique"と、ロンドンのミュージアムがたくさんあるサウス・ケンジントンに新しくできたDana Centreについて、レポートしました。この二つは、カフェ(やパブ)で科学の話しを活動の内容は似ているものの、その出自はまったく違います。イギリスのカフェ・シアンティフィークが、ある一人の思いつきから始まり、各地に広がっていった草の根の活動なのに対し、ダィナ・センターは、英国科学振興協会やウェルカム財団、ダィナ財団などの科学振興関連団体の大きな後押しを得て運営されています。また、会場による違いや、それぞれの科学カフェにおけるテーマや話し手、ファシリテーターの違いによって、科学カフェの体験が異なるものになっていくことも強調したつもりです。つまり、科学カフェは、多様な形で行われ、参加する人たちの動きひとつで変化する即興的な場なのです。

 連載の途中からは、科学カフェについての考察を試みました。キーワードで振り返ると、デモクラシー、インフォーマル、パフォーマンス、対話、という変遷をたどりました。そのどれも、私の力不足で、うまく論じることができませんでした。ここで、もう一度、短く考えをまとめてみます。まえに書いたことと違うことを書くかもしれません。

 デモクラシー。科学カフェとデモクラシーとのつながりを考えたかったのは、果たして、この小さな話し合いが、大衆化した社会、巨大化した科学を相手に何かしらの影響を与えていくことができるのか?という疑問からでした。もちろん、科学カフェなどの能動的な参加者による話し合いは、とても意味があると思っています。デモクラシーの源でもあると思います。しかし、それが社会と直接つながっていない、あるいは社会とのつながりが薄いものである限り、それは見せかけにすぎないデモクラシーなのではないか、ということです。科学カフェを純粋な娯楽として考えるならば、こんな批判は不必要なのですが、もし、科学カフェを本当にデモクラシーにしていくのならば、科学カフェには、その可能性を感じられることはできても、その実効力には疑問符がつきます。

 それでも、科学カフェのようなイベントと社会のつながりを考察したくなるのは、インフォーマル(=形式張らない、正式ではない、非公式の)な行為やイベントが、現代を生きる私たちにとって、ますます重みを増しているからです。つい数行前で、科学カフェは社会とのつながりがない、という内容を書いたばかりですが、イメージや印象というレベルで考えると、少なくない影響があるかもしれません。つまり、科学カフェに参加した専門家や市民、あるいは科学カフェというイメージがもたらす影響ははかり知れないものがあると思います。それは、とくに日本での、科学カフェの広がりが証明しています。科学カフェという、インフォーマル=正式ではない行為なり、伝達方法(メディア)に威力があったからこそ、イギリスで流行し、日本へも伝わってきたといえるからです。

 どうやら、私には、科学カフェを社会(運動)につなげていきたい欲求があるようです。それが、パフォーマンスというキーワードをひっぱってきた理由でもあります。たとえば、パフォーマンス研究では、演劇やダンスなどのパフォーマンスだけではなく、社会を舞台とみなし、社会で起きていることをパフォーマンス(社会劇)としてとらえ、社会に介入していくような研究プロジェクトが推奨されたりしています。社会科学や文化研究をしようとする者にとっては、テキスト中心主義のアカデミズムに果敢に挑む、とてもラディカルな考え方です。つまり、パフォーマンスというキーワードで私が主張したいのは、科学カフェのようなイベントを通じて(欲をいえばもっと制度化された形で)、アカデミズムが少しでも社会と関わることで、自らの研究を磨いていくべきだということです。それは、社会科学者でも、自然科学者でも、関わり方の違いはあっても、本質的に大きな違いはないと考えます。

 最後に、対話についてなのですが、この連載のタイトルについて述べることでまとめてみたいと思います。

 私は、この連載をはじめるにあたって「科学と市民の対話は可能か?」というタイトルをつけました。皆さんも毎回お気づきだったかもしれませんが、ちょっと変なタイトルですよね。文章としては、「科学者と市民の対話は可能か?」とした方がしっくりきます。しかし、私はこの不安定なタイトルにひそかにこだわりました。その理由は、第一に、科学カフェに登場する話し手は、科学者だけではないからです。そして、もうひとつの理由として、科学者と市民の対話が可能になるだけでは、科学と社会の関係がより良くなっていくとは思っていなかったからでもあります。

 科学カフェを観察してきて、私が思ったことのひとつは、科学者も市民も、「科学」というものを相手に対話をくりかえしているのではないかということです。つまり、多様な科学へのイメージや考え方を持った人たちがあつまる科学カフェにおいては、「科学」なんてものはないに等しいのです。だから、科学者や専門家が、同じ領域や業界の同僚ではなく、一般市民に語りかけるとき、繰り返し彼らの中で問いなおしているのは「科学」というものかもしれない、ということです。それは、市民にとっても同じです。ある科学(技術)についてのお話を聞いた後、その内容について考えたり、質問したりするときに、おのずと「科学」って何だろう、ということを問い直しているのではないでしょうか。

 そういう意味で、科学カフェには、科学と対話する機会がたくさんあると思います。どれだけ話の内容について理解したか、なんてことは二の次です。まずは、自分にとっての「科学」を考えること。そして、それを共有しようとすること。それが楽しいのだと思います。そう考えると、「科学」は、私たちが考えあっていくための、最高のイメージなのかもしれません。

 最後に、市民科学研究室の上田さん、編集スタッフの皆さんに感謝いたします。また、読みにくい拙文を辛抱強く読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。■

「生活者の視点に立った科学知の編集と実践的活用」 2005年度の成果 

研究代表 上田昌文

 『どよう便り』第83号(2005年1月)で示しましたように、本研究を昨年12月から、市民科学研究室、東京大学大学院情報学環のチーム、(財)未来工学研究所のチームが共同で進めています。今回は初年度(2004年度=2005年3月末まで)の進捗状況を簡単にお伝えします。

 成果としては次の3点が挙げられます。

(1)生活者の視点から科学技術を評価するシステム(「リビングサイエンス評価チャンネル」)をウェブ上で試験的に構築する作業を開始し、その原型のアイデアを作り上げた。

 これまでの検討の結果、「リビングサイエンス(LS)評価チャンネル」については次のような構造化を図るべきとの考えが固まりました。このアイデアを実現するための様々なITのツール及び手法も調査しています(Wikiの活用など)。現在までに確定した「LS評価チャンネル」の構造とは、

◆生活者の視点にたった--->「LSディレクトリ」
 生活者の手による「アジェンダ」設定(問題提起、問題検索)を可能にし、そのアジェンダをめぐって「利用者」と「開発者」が出会う場をお膳立てすることを狙います。そこでは専門家は、生活者の視点に身を移し、自分の専門知を再編集して実践的活用に役立てようとする一方、生活者は、身近な問題から出発して背景の専門知を必要に応じて学び、生活に役立てるようにします。そのためには“生活と科学”に関わる様々な事項をある程度系統立てて整理しておく必要があり(=マッピング)、今後1年ほどかけて行うマッピングの基礎作業の成果を、このディレクトリの構成に反映させます。

◆科学知識を再編集した----->「LSライブラリ」
 “生活と科学”に関わる専門的知見や争点をLSの立場から編集・整理・蓄積したデータベースを、上の“ディレクトリ”の項目に応じて利用者が適切に引き出せるようにします(「プラグイン」化)。そして、その専門知を媒介にして生活者、専門家、生産者らが相互に意見交換する場を設け、議論を通して自ずと当該技術の評価が定まっていくような仕組みを埋め込みます。例えば、アクセス数や人気投票の結果に従ってアジェンダやプラグインの掲載順序が変動する、といった方法もその一つです。

◆実生活に役立てるための------->「LSイニシアティブ」
 人と専門知との新しい関係のモデルとなり得る事例(人・活動内容・手法・製品やサービスなど)を紹介します。ディレクトリでの問題提起、ライブラリでの意見交換を経て、問題解決につながる具体的な生活の変え方、生活者からの働きかけ方などを構想するヒントとなるよう、様々な「出会い」を促します。

(2)生活者と科学技術の関わりの実相を分析する作業方法を確定して、担当グループがデータ蓄積と恒常的検討に入った。

 この作業の目的は、「生活者と科学技術/生活者の立場からみた科学技術」を可能な限り多角的に類型化し、“問題発生 問題把握 問題解決”の流れを促進するための方法につなげることです。また、新たな学問的課題や開発ニーズを明瞭にし、LSの具体的展開にもつなげます。上記「LSディレクトリ」を構築するための基礎作業にもなります。

 具体的には、新聞記事(朝日・毎日・読売の3紙ならびにオンライン記事)をはじめ次の 銑に示す情報源から、上記目的にかなう情報を選び出してデータベースを作り、そこにLSの視点から多角的分析を加えます。この作業には専従グループ(「マッピング作業班」)が当たります。

a. 新聞や雑誌に見られるSTS的話題、生活関連情報のクリッピング(Excelにデータベース化)、LS的論点や評価指標の拾い出し(『暮らしの手帖』『ソトコト』等の生活関連誌、科学系・エコロジー系・社会問題系・消費者系の雑誌やウェブも調べる)
b. 家政学/生活科学の主要内容のLS的再編(何が欠落しているか、何が実際に使え、何が問題解決に役立つのかを検討し、“専門家‐生活者”のコミュニケーションから見た不足点も明確にさせる)
c. 理科教育と生活(技術家庭科など)を融合させる試みや、大学や企業等の生活関連講習会やセミナー等のマッピング
d. 『科学技術と社会・国民との相互の関係の在り方に関する調査』((財)政策科学研究所)で提示された様々な類型をLS的に再編
e. 在野の“生活知の達人”“街のリビングサイエンティスト”のマッピング
f. 科学館、企業館、消費者センターなど生活情報支援に関連した施設、イベントのマッピング
g. “生活と科学知”に関連したTV番組(「未来派宣言」「ためしてガッテン」「あるある大事典」等)の話題、登場人物・団体、活動展開などを分析してマッピング
h. 生活と関連の深い主要企業のウェブにおいて「生活者」がどうとらえられているかを点検
i. 内外の主要な「商品テスト」の総点検

(3)「評価チャンネル」のコンテンツとして市民科学研究室の(既存の/今後の)調査成果をいかに織り込んでいくかを検討し、あわせて科学技術コミュニケーションの新たな場(科学館での“生活と科学”に関連した新たなプログラム、「子ども料理科学教室」等)を開拓する方法を模索した。
 次号からは、個別のプロジェクトの成果に即して解説していく予定です。■

JST: Community Based Participatory Research(CBPR)の紹介

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はじめに

 のっけから長い英語で恐縮ですが、Community Based Participatory Researchという研究手法について紹介したいと思います。略してCBPRと言い、日本語では「地域参画型調査法」と呼ばれたりします(以下ここではCBPRと表記します)。CBPRとは、簡単に言うと、地域の人たちが現在持っている問題を解決するための研究に、生活者が参加して、専門家と協力して行う調査のことです。主には公衆衛生、看護学、社会福祉などの分野で注目されています。

 この調査方法が注目されているのには、二つの理由があります。まず一つ目は、この手法を使った地域的問題についての研究において、実際に有効な結果が得られていること。二つ目は、地域の問題に関係する研究なのに、専門家だけが知識を得て、その地域に暮らす人々に何の利益も還元しないということは、調査対象を「搾取」していることに等しいのではないかという問題意識が、専門家の間に生じていることです。つまり、CBPRとは、地域の問題についての研究に、地域の人たちが参加することで、研究者もより良い研究結果を得られ、地域の人たちにも直接その結果が還元されるという、いわば研究者と地域の人々との「Win-Win関係」を目指す手法なのです。これぞまさに、市民科学研究室が目指す『調査研究』の方法ではないでしょうか。そこで、ここでは、この調査方法の概要と、これを使って行われた調査の例を紹介し、その可能性を示したいと思います。

CBPRの概要

 アメリカの公衆衛生学におけるCBPRの第一人者、イズラエル等(Israel et al. 2005)によれば、CBPRとは、「たとえば地域のメンバー、組織の代表、そして研究者が平等に、全ての研究の段階に参加し、これら全ての協力者たちが専門分野に貢献し、そこでの決定と結果を共有する、という参加協力型の調査方法」です(Israel et al. 前掲)。後で紹介するような、CBPRを用いた研究の成功により、アメリカの国家保険局NIHがこの手法に注目しはじめたことで、この手法への注目度は、近年ぐんと高くなりました。最近では、米医学研究所(Institute of Medicine)が、レポートの中で、『市民の健康を守るのは誰か? 21世紀の公衆衛生の専門家を育てるWho will Keep the Public Healthy? Educating the Public Health Professionals for the 21st Century』(Gebbie, Rosenstock, & Hernandez, 2003)の中で、全ての公衆衛生の専門家が学ばなければならない8つの事項の一つとして、CBPRをあげています。

 CBPRには、以下に示す9つの指標があります。
1. 地域を地理的な概念としてだけではなくて、「アイデンティティ」として見なす。地域は、家族でもいいし、趣味のサークルでもいいし、またもちろん、ご近所でもよい。人々がそこに「帰属意識」つまり自分の「アイデンティティ」を見出していれば、それが地コミュニティ域である。逆に言うと、アイデンティティを見出せない場合、ご近所であっても「地域」にはならない。CBPRは、アイデンティティの場としての「地域」と共に研究をする手法である。
2. CBPRは、地域に属する人々の持つ技術、人とのつながりや、そこにある組織を、問題への取り組みのために活用する。
3. CBPRは研究の全ての段階で、平等な協力関係を目指す。可能な限り全ての参加者が、調査研究プロセスの全ての段階での意思決定に参加し、それを共有する。また、各プロセスのコントロールも可能な限り全ての参加者で行う。研究者と参加者との間には、色々な意味での力の差があるが、オープンな話し合い、情報と資源の共有、意思決定力のサポートを通し、差を埋める努力しなくてはならない。それにはまず、相互に尊重し、信頼しあう関係を作ることが重要。
4. 参加者は、それぞれの知識、技術などを共有して、互いに学びあう。それによって、様々な視点と経験を研究に盛り込むことが可能になる。
5. 知識の生産と、その知識を参加者に還元することとのバランスをうまくとることを目指す。
6. CBPRは、地域の視点から、問題を多角的に捉えることを目指す。そのために、その地域で個々人が持つ状況に注目し、その状況の文脈(家庭やサークルなど)、さらにはもっと大きな文脈(地域や社会)にまで視点を広げる。例えば公衆衛生の例では、地域の健康問題は、医療、社会、経済、文化、環境といった様々な要素から成り立っていることがわかる。こうした問題に取り組むには、領域を超えた研究者と地域との協力が必要であることは、言うまでもない。
7. CBPRは研究の全てのプロセス、つまり問題の発見から定義、研究計画、データの収集と分析、解釈、そして結果の普及から、政策提言等の運動に至るまでを、参加を通して行い、そのためのシステムを発展させていく。
8. CBPRでは、研究結果を参加者に利用しやすい形で還元すると共に、参加者はそれをさらに社会に広く普及させることに取り組む。
9. CBPRは、長期的で持続可能な研究プロセスに取り組む。参加者は、ある時点で参加の必要を感じなくなるかもしれないが、研究プロセスが続く限り、必要を感じた時に、また戻ってきて、参加することができる。

 では実際にどのような取り組みがなされているのか、次にアメリカでの成功例を一つご紹介します。

CBPRの例
 これは、アメリカのGreenpoint/Williamsburgという地域における、CBPRを使った研究の例です。この研究は、そもそも連邦政府の食物汚染の健康へのリスクに関する調査が発端となってはじまりました。面白いのは、はじめから政府がCBPRを使って調査をしようとしていたわけではなかったことです。しかし、調査に関する説明会において、政府の当初の計画から、その地域に特有の食生活への視点が欠けているということが指摘されました。政府が調査の際に使用しようとしていたのは、『アメリカ人の平均的食生活指標』なるものでしたが、多様な文化を持つアメリカの「平均的食生活」とはどのようなものなのでしょうか。

 現に、貧しい移民の多いその地域で、住民が川の魚を釣って食料としているという点は、指標に含まれていませんでした。この点を指摘したのは、地域で活動してきた環境正義団体Watchperson Project(WP)です。この団体はさらに、政府の担当者を住民が魚を釣っている場所に連れて行って実態を見せました。そこであらためて事実を目の当たりにした担当者等は、調査項目に川魚を含めることの必要を認識すると共に、この事実を指摘したWPに調査を委託することにしました。WPは10週間にわたり、住民に、釣っている魚の種類と量、家庭での魚の消費についてインタビューを行うという手法で、調査を行いました。メキシコからの移民がほとんどですから、スペイン語も使ったインタビューです。魚の名前が分からない場合は、実際に魚を持ち帰って調べました。このデータと、消費されていることがわかった魚の汚染状況に関する科学的データをもとに、その地域の住民の健康へのリスクが算出されました。

 政府は、この調査の意義を認め、汚染された魚の継続的な消費によって、地域住民の健康が危険にさらされていると結論しました。政府の調査はここで終了ですが、調査を行ったWPは、地域住民にとって重大なこの結論を、すぐに住民に知らせる活動に入りました。英語とスペイン語の資料を作り、他の団体とメディアと協力して映像資料も作成しました。さらに、Fish-in-dayという、魚を食べることの危険性を知らせるイベントも開催しています。それだけでなく魚に代わる代替食物の栽培を指導もする試みもはじめました。こうして、調査結果はそれを必要としている地域住民に還元されているのです。
 以上の例から一つ言えるのは、CBPRのプロセスにおいては、WPのような「媒介団体」が非常に重要な役割を果たすということでしょう。

日本での取り組み

 最近日本でも、CBPRという手法が徐々に注目を浴び始めています。今年1月7日には聖路加看護大学で、公衆衛生学の分野におけるCBPRの可能性についての日本ではじめてのシンポジウム『CBPR〜患者・家族・市民と共に造る研究』が開かれました。これは、21世紀COEプログラム「市民主導型の健康生成をめざす看護形成拠点」(文科省補助金、平成15年度)の一環として行われたものです。アメリカからは医療人類学者ノエル・クリスマンNoel Christman教授が、公衆衛生学の重要性と、そこでのCBPRの意義、また多民族社会アメリカにおける健康教育の取り組みについて発表しました。日本からは、聖路加看護大学の研究者等が、日本の医療におけるCBPRの可能性についての発表を行いました。患者団体などの「地域」の視点を医療の専門領域に反映させる「媒介」として、保健士、助産士、看護士の役割が、今後ますます重要になっていくように思います。聖路加看護大学におけるCBPR的な活動の成果の一つとしては、ウェブサイト「看護ネット」がありますので、ご覧ください
(http://www.kango-net.jp/)。

今後の課題

 以上、今後の発展が期待されるCBPRですが、おそらく日本において、特に東京において難しいのは、「地域」という概念でしょう。多様な文化を持つといわれるアメリカですが、「人種」や「民族」あるいは「移民」といった分類によって、それが正しいかどうかは別として、「地域」を比較的簡単に明らかにすることができます。しかし、東京において「地域」というとき、それは一体誰を指すのでしょうか。今後、市民科学研究室がCBPRを使って研究を進める時には、この「地域とは誰を指すのか」という点を明確にする必要があるように思います。■

エネルギー問題と環境・エネルギー対策について

歌川 学
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第96回土曜講座では、通産省工業技術院資源環境総合研究所に務める研究者である歌川学さんと埼玉県東上尾高校で物理の教鞭をとる西尾信一さんに研究発表をしていただきました。お若いお二人に似つかわしくOHPを交えたフレッシュな発表でした。今回急なお願いだったにもかかわらず、お二人から読み応えのある原稿をお寄せいただきました。歌川さんの広い視野からの論考と西尾さんの自分自身の試みの報告は、両者あいまってエネルギー問題を考えるための大きな刺激を与えてくれていると思います。読者の方々にご感想をお寄せいただけると幸いです。

日本は世界の化石燃料の約5%を消費し、世界のCO2の5%を排出している。エネルギー消費は、エネルギーコストの削減という経済的要請の他に、資源枯渇、地球温暖化防止、大気汚染防止などの諸課題からその消費を抑えることが要請されている。以下に、その制約要因と、省エネや自然エネルギー利用などの各種対策、その先進事例などを紹介し、日本の今後の対策を考えたい。

★エネルギー制約について
●地球温暖化

世界の科学者を集めたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、来世紀末に2度という温度上昇を予測している。地球温暖化の原因は二酸化炭素(CO2)、メタン、亜酸化二窒素、フロン等の温室効果ガスで、最も効果の大きいCO2の大気中濃度は産業革命前の280ppmから、現在は370ppmに増加している。
1997年に行われた地球温暖化防止京都会議で、先進国は2010年までに1990年レベルから平均5.2%の温室効果ガス排出削減を義務づけられた(なお、旧ソ連・東欧の経済停滞で1995年までに1990年比で先進国の温室効果ガスは4.6%程度削減されているという)。但し、大気中のCO2濃度を気候系に危険を及ぼさないレベル(仮に450ppmとする。このレベルが安全と立証されたわけではないが、産業革命前の2倍に当たる550ppmでは危険だとのレポートがある)に安定化させるには、IPCCのシナリオでは2100年頃までに60%程度、2200年頃には80%程度の大幅削減が必要になるが、京都議定書の義務(先進国全体で5.2%、日本は6%)はこうした科学の要請には遥かに及ばず、科学からは継続的で根本的な削減策を迫られていると言える。

●エネルギー資源の枯渇

化石燃料やウランは資源枯渇の問題を抱えている。現在の消費量が今後も続くと仮定す
れば、石油、天然ガス、ウランは40年程度しかもたないと見られている。石炭だけは200年以上もつと見られているが、地球温暖化、大気汚染などの問題をかかえており、石炭への傾斜は問題が多いし、使用量を増加させればやがて枯渇してしまう。石油は中東諸国への依存度が高く、中東諸国のどこかで紛争が生ずると石油ショックの際のように日本経済の混乱の原因になるなど、経済的にも政治的にも問題を抱えている。
なお、石油、石炭はプラスティックなど各種材料の原料として今後も供給が期待されるが、現状では石油の中で材料用途のナフサは8?13%にすぎず、大部分をガソリンをはじめとする燃料用途として精製し、消費している。
エネルギー経済からも、化石燃料の継続的で根本的な削減策を迫られていると言える。

●大気汚染

化石燃料消費に伴い、硫黄酸化物、窒素酸化物などの大気汚染物質が排出される。日本では発電所や工場などの排煙が原因で、三重県四日市市や川崎市など、深刻な大気汚染をもたらし、多くの被害者を出してきた。現在、工場などの対策はそれなりに進んで二酸化硫黄の大気中濃度は低下してきているが、現在は自動車(特にディーゼルトラックなど)を主な排出源とする窒素酸化物やディーゼル微粒子の汚染が深刻で、環境基準の達成も絶望的である。これもエネルギー消費の負の面であり、早急な解決を迫られている。

★世界と日本のエネルギー消費

IEA(国際エネルギー機関)の推定によれば、1995年の世界のエネルギー消費のうち、アメリカだけで22%、OECD(経済協力開発機構、主に西側先進国)だけで50%、旧ソ連・東欧を入れた先進国全体で3分の2を消費している。人口の4分の3をかかえる開発途上国との間の格差は極めて大きい。日本は人口では世界の1%程度だが、エネルギーの5%を消費し、特に石油は世界の10%近くを消費している(IEA資料、エネルギー経済統計要覧に収録)。
日本の一次エネルギー消費のうち、発電所などエネルギー転換部門は3分の1を占める。こうしたエネルギー転換部門を除いた最終エネルギー消費で見ると、産業(主に製造業)が47%、運輸(大半がトラックや乗用車)が24%、業務(オフィスや商店、学校、病院など)が12%、家庭が14%となっている(通産省「総合エネルギー統計」平成8年版)。欧米諸国は産業・運輸・民生(家庭と業務の和)が概ね3分の1ずつを占める(IEA資料、エネルギー経済統計要覧に収録)ので、日本は産業のエネルギー消費の多さが特徴である。家庭はエネルギー効率の悪さが予想されるので対策の強化が求められるが、エネルギー消費量はマイカーを含めても2割程度で、残りは事務所や運輸業界を含めて産業界の消費ということになる。このことは産業界がさぼっていることを意味しないが、対策として大口消費者の産業部門により多くが求められることになる。産業界の中でエネルギー消費が多いのは、電力を除くと素材産業で、鉄鋼、化学、セメント、紙パルプの4業種が日本全体の最終エネルギー消費の3割を消費している。
なお、化石燃料や原子力利用では燃やして得られる熱の一部しか有効利用できない。1994年にはエネルギーの4割程度しか有効利用していない。しかもこの割合は近年の電力の割合増加に伴い、低下してきている(環境白書平成9年版)。

★エネルギー対策について
●省エネの可能性

省エネは、対策を行うことで燃料コストが削減できることから、コスト的に最も有利な温暖化・エネルギー対策と考えられている。
省エネの可能性は産業では難しく、二酸化炭素排出量にしてせいぜい2010年までに1990年比ゼロ%がせいぜいとする経団連や通産省の主張と、2010年に8%程度は可能とする環境庁国立環境研究所、通産省資料をもとに分析し、生産量が1995年レベルの場合、技術的対策だけで20%削減は十分可能とする環境NGO・CASA(地球環境と大気汚染を考える全国市民会議)の分析が対立している。CASAはエネルギーコストの試算も行い、2010年までに省エネ投資額20兆円の2倍以上の50兆円ものエネルギーコストの削減が期待できるとしている。また、自動車の過去の燃費対策、大気汚染対策で世界市場での競争力を大幅に向上させた例から、省エネ対策は今後の日本の経済発展にも不可欠と期待されている。
日本の過去の努力については諸説あるが、エネルギー消費量を見る限りでは、1985年以降、エネルギー消費量は第1次石油ショック(1973年)以前と同様の高い増加に戻ってしまっている。日本の省エネ対策は効率改善が主だが、省エネ法で機器の効率基準を細かく定めたり、工場にエネルギー管理員を配置させるなど、今後のきめ細かな対策の素地がある。以下に、政策的に省エネ、省電力を実施し総量削減に成功している例を取り上げ、日本の今後の可能性を探りたい。

*カリフォルニア州・サクラメント市電力供給公社SMUD 電力会社が省電力に補助金
アメリカには、電力会社が省電力に乗り出しているところがある。カリフォルニア州の州都・サクラメント市の電力供給公社は、住民投票で原発を閉鎖したことで有名。巨大な供給源がなくなったため、電力会社が先頭に立って、自然エネルギーの導入、省電力の徹底を推進してきた。

SMUDは企業や市民に省電力プログラムを提供し、省エネ診断を無料で行ってアドバイスをしたり、苗木を無料配布して冷房用電力を抑えてもらったり、省電力の電気製品に補助金を出したりしている。この電力会社は補助金を出しても電力消費を削減した方が、電力会社は発電所の建設費を節約できてコスト削減になり、企業や市民は省電力で負担が減り、しかも地球温暖化や大気汚染の防止など環境保全にもなり、皆が得をする選択だと説
明している。

*省エネラベル
家庭のエネルギー消費の大きな部分(日本では4割程度)は電力であり、その消費量は使用の仕方の工夫以上に、どのような製品を購入するかで決まる。日本の例では冷蔵庫、エアコン、テレビの3種類で家庭の電力の5?6割を消費している。これらでも店頭に並ぶ商品の効率は2?3倍も異なり(地球環境パートナーシップオフィスなどの調査)、いかに効率のよい機器を消費者が選択するか、行政や企業がそれをどう支援するかにかかっている。

ドイツではエネルギー消費量を表すラベルが製品に掲げられ、消費者や企業が電気製品を購入する際に、どの製品が省エネに優れており、どの商品はエネルギーを浪費するかが一目でわかるようになっている。消費者が省エネ機器を選択するため、家庭の省エネが進むだけでなく、製造業も省エネ商品の開発をさらに進めるというよい効果をもたらしている。
日本では家電製品にはラベルがないこともあって、効率は重視されていないと言われている。自動車の購入の際には重視されているが、最近は車体の軽量化にも関わらず、各種機器の追加により、ここ数年、新車の平均燃費はかえって悪化してきている。

*紙パルプ業界のパルプ廃液使用
かつて、日本の紙パルプ産業は、海のヘドロの原因となるパルプ廃液を流す公害企業として、また石油多消費産業として問題視されてきた。しかし、公害対策とエネルギー対策を兼ねてパルプ廃液(黒液)を燃料に利用することで、公害防止を図ると同時に、燃料コスト削減との同時達成を果たした。今日でも紙パルプ産業はエネルギー多消費だが、その4分の1程度をパルプ廃液の燃焼で賄っている。

*川崎市の共同輸送
日本では運輸部門はエネルギー、CO2排出の20%程度を占め、その90%が自動車である。トラック輸送はその約半分を占める。トラックの積載効率は短距離輸送ではよくなく、特に都市内短距離輸送の多い自家用トラックでは積載率が3割程度しかないとのデータもある。製造業ではカンバン方式(工場に在庫を持たずに時刻指定で下請け企業等に搬入させる方式で、トラック走行量は増加する)、流通ではコンビニエンスストア(倉庫があっても小さいため、1日に何度も搬入するため、トラック走行量は増加する)の増加により、小口輸送が増加し、積載効率は低下している。

大気汚染公害に悩む川崎市は、トラックの交通量を減らすため、個々のトラックが少ない積載量で別々に走るのではなく、共同輸送で効率化する実験を行い、トラックの走行量を3分の1に減らし、二酸化炭素排出量を半減、窒素酸化物排出量を7?8割カットすることに成功した。

このシステムは福岡市の中心部・天神地区では既に実施されて効果をあげている他、全国各地で検討され、運輸のうち貨物輸送の対策として注目されている。

●自然エネルギーの可能性

化石燃料や原子力にかわり、太陽光発電、風力発電などの自然エネルギーによる電力、太陽熱利用、バイオガス、温度差利用などの熱利用が注目されている。これらのエネルギー源は量的にはそれなりに確保され、また技術的にも確立しているものの、現状ではコスト高なので普及はなかなか進んでいない。普及のためにはそれを支援する制度が必要である。日本でも太陽光発電を中心に補助政策や技術開発がなされているが、自然エネルギーは現在一次エネルギー供給の1%未満しか供給できていない。以下に先進例として2つを取り上げ、日本の今後の可能性を探りたい。

*デンマークの例:エネルギー政策に温暖化防止・自然エネルギー普及を取り込んだ例
北欧のデンマークは人口500万人、EU内では酪農国として知られる。この国は風力発電を1970年代から政策的に普及し、今や国内電力供給の8%を占めるだけでなく、今後も急成長が期待される風力発電機の国際市場を席巻し、大輸出産業にする発展をとげている。

この国のエネルギー政策は、地球温暖化防止を中心に据えていることで知られている。原子力発電のないこの国は、2010年までに1990年比で温室効果ガス排出量を1990年比で20%削減するEU内の割当を達成するため、省エネと共に、風力をはじめとする自然エネルギーの大規模な導入に取り組んでいる。2030年までにバイオマス、風力など、自然エネルギーの割合を3分の1にすることを掲げる大胆な目標を出している。
なお、デンマークはノルウェー、スウェーデンと電力の相互協定を行っており、ここ数年ノルウェーとスウェーデンの降雨が少ないため水力発電の発電量が少ないため、デンマークの火力発電所を稼働して電力供給をしている・このためにデンマークのCO2排出量は90年比で10%も増え、他の分野の努力にも関わらず成績はあまりよくない。
*ドイツのアーヘン市の例:太陽光電力を電気料金の10倍で買い取り
ドイツは連邦政府も太陽光や風力への支援を行っているが、自治体の中に独自に普及策を実施しているところがある。支援には大きく分けて設置の時の補助制度、設置後に発電した電力を高く買い取る制度の2つがある。このうち、日本にない電力買い取り制度に取り組む自治体を紹介する。

ケルンから西へ60km、ルール地方をかかえるノルトライン・ウェストファーレン州の中でもベルギー・オランダ国境に近い工業都市アーヘン市は、太陽光発電からの電力を通常の電力料金の10倍で、風力は1.2倍で買い取ることを条例化し、太陽光や風力発電を導入した企業や市民が確実にもとがとれるようにした。この分のコストは電気料金を値上げし、広く負担することにしている。この制度は「アーヘンモデル」として普及のためのモデルとなっている。

アーヘン市の例は決して特殊な例ではなく、ドイツでは他にも自治体が独自に自然エネルギー普及策を行っている。その一つ、スイスのバーゼルから北へ60km、ドイツ南西部に位置するバーデン・ビュルテンベルク州の中でもフランス・スイス国境に近い大学都市フライブルク市は、電力需要の多い昼間と、夜間との電力買い取り価格に差を付け、昼間に発電量の多い太陽光発電を支援している。

★まとめ――日本国内のエネルギー対策

日本は、地球温暖化防止のため、京都議定書で2010年までに温室効果ガス排出量を1990年レベルより6%削減することを義務づけられている。しかし、1996年の排出量は1990年比で9.8%も増えてしまい、1990年以降「地球温暖化防止行動計画」に取り組んでいるはずが、成果はまだ出ていない(環境NGOは、「地球温暖化防止行動計画関連施策」の8割は道路建設で、効果のある施策は少なく新しい施策もないので削減できていないのは当たり前だと批判(市民フォーラム2001地球温暖化研究会)している)。

地球温暖化防止や資源制約等の科学の要請から、化石燃料消費は今後も大幅に削減されなければならない。国際条約で決まってから、EUなど欧米諸国で厳しい基準が決まってから、あるいは中東等の新しい政治危機で石油の値段か上がってからばたばたと対応するのでなく、将来を先取りした各種対応が期待される。その際には企業や市民が個々に良心に従って対応するというよりは、政策的に、そうした選択が得になるように、あるいはどういう選択が地球温暖化防止・大気汚染防止・資源節約になるかがわかるように、支援していくことが必要であろうし、そうした政策手法は先進事例として経験が積まれているのも心強い。

地球温暖化は「良性の危機」と言われ、軍事的対応などと全く異なり、やりすぎても環境保全とエネルギーコストの削減が図られて「後悔」しなくてすむ。その意味でも今後の効果的な対策が期待される。

環境・エネルギー問題について

西尾信一
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1. はじめに

環境・エネルギー問題に関心を持ってから、もうかれこれ十年以上になる。きっかけは、反原発がマスコミでブームになったことと、原子力・放射線が自分の専門である物理教育に直接関係していたからであった。以後、自分の生活の中でも、また日々携わっている教育活動の中でも、なるべくこれらを意識するようにしてきた。

原発問題、オゾン層破壊、地球温暖化、電磁波、ダイオキシン、環境ホルモン、…。様々な環境・エネルギー問題がマスコミではクローズアップされる。そのこと自体は悪いことではないと思うのだが、そのときに集中して報道され、センセーショナルな「危ない!」報道が溢れ、少し経つとその問題が全くと言ってよいほど扱われなくなる、ということも多い。マスコミの宿命といってしまえばそれまでだが、本来ならこれらの人類的課題は様々な問題を漏れなく継続して多面的に情報提供すべきであろう。少なくとも年に1回くらいはどこかのTV局がその問題の特集番組を作る、というのが望ましい姿であると思う。しかし、現実はそうではない。たとえば、授業の中で地球環境問題の総論を紹介しようとしても、適当な新しい特集番組は最近放映されていない。1990年頃のビデオライブラリーから選ばざるを得ないのである。

当然、一般の市民の意識は高まらない。環境・エネルギー問題を根本から改善するには、社会のシステムや経済の仕組みそのものを変えていかなくてはならないのに、そういう動きは本当に遅々として進んでいないように見える。10年、20年そして100年先の市民の利益を考慮してくれるような政治システム、その地域ではなく国全体の市民、さらに地球上に住むすべての人々の生命や福祉を守るような政治システムがない。これは、教育と十分な情報が不足していることに原因があるのではないだろうか。教育ある人々が冷静に環境・エネルギー問題を考えれば、自国のことだけ、今のことだけを考えた行動や政策がどれだけ愚かなことかはすぐに判断できることであるように思えるのだが。

2. 環境・エネルギーを考えた生活実践

私がこれまでに行ってきた環境・エネルギーに対する配慮をご紹介したい。

★住まい

まず、4年ほど前に新築した自宅(1995年8月に入居)に関する事例を述べる。これは、中古住宅を購入し、既存の住宅を取り壊し、大手ハウスメーカーの軽量鉄骨プレハブ住宅を建設したものである。もちろん、環境・エネルギー問題だけを考えるのなら、最初から更地の土地を探すとか、そのまま中古住宅を利用するという選択肢もあったわけだが、たまたま場所的に都合のよい物件が中古住宅であったことと、スペースの絶対的不足からそのままの中古住宅利用は想定できなかった。そこで、まず考えたのは3R(reduce、reuse、recycle)である。中古住宅に残っていた電化製品のうち、使えそうな照明1つとクーラー2台をそのまま新住宅につけたのである。このうち、クーラーはかなり古い型であったが、もともとあまりクーラーを使うライフスタイルではなく、運転頻度は少ないことが予想されたので、古さによる省エネ性の低さよりもゴミを出さず新しいエアコンを購入せずにすむメリットの方が大きいと判断したのである。この2台のクーラーは、結局予定通り一夏で延べ何十時間も動かすことはなく、故障もせずに未だに健在である。今のところ、このクーラー移設は失敗ではなかったようである。それから、次に冷暖房時のエネルギー損失を抑えるため、建物の断熱化を図った。私の家は埼玉県なので新・省エネルギー基準の?地域であり、本来の標準仕様なら天井がロックウール25K60mm、床がフェノールフォーム40mmであったが、それを?地域(宮城県、山形県など)の天井がロックウール25K150mm、床がフェノールフォーム100mmの仕様にし、玄関ドアも断熱タイプにし、窓もペアガラスにした。現在、悩んでいるのは暖房である。やはり3Rのため、以前に住んでいた住宅で使用していた開放型石油ファンヒーター1台、ガスストーブ1台、小型の反射式電気ストーブ1台を持ち込み、このうち暖房能力と経済性から石油ファンヒーターやガスストーブをキッチンや居間の主暖房に使っていた。新築時にキッチンと居間には冷暖房用のエアコンを設置したのだが、これまでは来客時などの使用に限っていた。以前より我が家では「必要以上の電気は使わない」という方針で生活していたからである。実際、転居前の2階建てテラスハウス(4DK)では、東京電力との契約はブレーカーの電流容量が最低レベルの20Aだったが、それでブレーカーが上がるということはほとんどなかった。現在の家(延べ床面積153.66?の5DK+2S)でも、30Aである。建物の高断熱性・高気密性から、ファンヒーターやガスストーブはどうしても換気の不十分や化学物質汚染が気になってきた。そこで、この冬からはエアコンを主暖房に使うようになった。質のよい電気エネルギーをそのまま熱に変える電気ストーブなどは、発電所の熱効率の低さ(最新鋭火力でも40%)を考えると、エネルギーの無駄遣いである。つまり、石油を発電所で燃やすよりも、家のストーブで燃やした方がエネルギー的には得になる。しかし、ヒートポンプであるエアコンなら、投入した電気エネルギー以上の熱エネルギーを得られるので、それほどエネルギーの無駄にはなるまい。こう考えたからだが、経済的にはもちろん高くつきそうである。

なお、電気ストーブは私の書斎の主暖房だが、書斎は南に面しており、建物の断熱化のおかげか天気の良い日の日中は真冬でもまったく暖房をする必要はない。夜は通常400Wの小出力で使用し、しかもずっとつけっぱなしにしなくても何とかなる。小型・安全・空気汚染なし等のメリットを感じている。
それから、かねてよりクリーン・エネルギーで分散型利用がもっとも相応しい太陽電池による住宅用太陽光発電システムを設置することもでき、一昨年の春(1997年3月)より運用している。これも、できれば建物の新築と同時に設置したかったのだが、新エネルギー財団による補助が抽選であり、初年度はその抽選に漏れてしまったため、叶わなかったのである。設置したものは、シャープのセル変換効率17%という高効率の単結晶モジュールの太陽電池を用いたもので、太陽電池定格出力3.264kW、太陽電池モジュール24枚(設置面積23.1m)である。費用総額は3,584,400円という高額であるが、新エネルギー財団の補助により自己負担は半額強の1,905,500円ですんだ。乗用車を1台購入するという感覚だろうか。設置後の発電実績は、1997年3-12月の月平均発電電力量が258kWh、1998年1-12月が254kWhという値で、これはメーカーのパンフレットに紹介されていた同モデルの年間発電量から計算した値が276kWhであることと比べると今ひとつであるが、これは家が寄せ棟のため太陽電池を南面だけでなく東面にも振り分けざるを得なかったためであろうと考えられる(東面に設置した場合の効率は南面の87%になる)。

1998年1年間の合計発電電力量は3,052kWh、合計消費電力量は3,450kWhなので、今のところ使う電気の9割近くは太陽光発電で賄えていることになる。

★クルマ

よく言われることだが、自家用車の利用は環境・エネルギー的に問題が多い。そこで、私は通勤には電車とバスを利用している。通勤時間としては2倍くらいかかるのだが、これには次のような効用もあり、自分としては無理をしてやっている意識はない。
・必然的に片道2km程度の徒歩が必要になり、健康によい。
・電車の中で本が読める(確実に読書時間を確保できる)。
・交通事故の心配をしなくてよい(過去、物損事故を2回起こしている)。
・酒を飲んでも飲酒運転を心配しなくてよい。

また、荷物を運ぶ都合、出張の都合、風邪をひいたときなど、必要に応じて自家用車も利用している。帰りには、職場で同じ方向に帰る人の車に同乗させてもらうこともある。堅く考えずに、自然体で取り組むのが長く続ける秘訣のようである。

もちろん、究極的にはクルマを持たない、というのがあるべき姿であろう。しかし、いったんクルマの便利さを知ってしまうと、全くなくしてしまうというのは家族の理解も得られない。そこで、まずクルマをなるべく長く使うということを考えた。前のクルマは1985年製造のものを中古で買い、1997年の3月まで使った。本当はもっと使いたかったのだが、十年目くらいに冷却水のパイプが錆びて穴が開くというトラブルがあり、同じトラブルが冷却系のどこで起きもおかしくなく、場合によってはエンジンそのもののオーバーホールが必要になるという状況になってしまったのである。このクルマは2,000c.c.のあまり燃費のよいクルマではなかったこともあって、結局昨春新しい車を買うことにした。

なるべく省エネで環境にやさしいクルマを考えると、まず思い浮かぶのは軽自動車と電気自動車などのエコ・カーである。しかし、軽自動車は居住性と安全性に不安があった。また、軽自動車の規格が近々変更され、質が上がることがわかっていたので、その時点で旧規格の軽自動車を購入するのもためらわれた。また、電気自動車は、調べてみるとまだ官庁などの特殊用途に向けてしか作られておらず、一般のユーザーが購入できるような値段ではなく、またバッテリーの寿命やその交換費用などの不安要素もあることがわかった。唯一現実性があるのは、ハイブリッドカーのプリウスだった。しかし、これは結局「非常に燃費のよいクルマ」であるに過ぎず、ハイブリッドカーの世界初モデルであるという購入リスクと価格の高さを考えるとベストの選択と決めることはできなかった。

熟慮の末出した結論は、「燃費のよい小型車」だった。購入したのは、排気量1,300c.c.のミニワゴンで、少しでも燃費をよくということでマニュアルシフトにした。

★子ども

人類の与える環境負荷は、「人口×一人あたりの環境負荷」で決まる。地球規模の環境問題が顕在化してきたのも、世界人口が増えすぎ、しかも一人あたりの環境負荷が大きくなったためである。これを根本的に解決するには、一つには人口を減らすことであるわけだが、通常これは発展途上国の課題であるとされてしまう。しかし、現在の先進国の人々の一人あたりの環境負荷の大きさを考えると、先進国の人口を一人減らした方が途上国の人口を一人削減するよりもはるかに効果が大きい。とくに狭い国土に1億人を越える人間がひしめき、外国から大量の食料を輸入しないと成り立っていかない日本のような国は、もっと真剣に人口削減を考えた方がよいのではないだろうか。国土で食糧自給ができるということは、環境負荷の小さい循環社会を作る基本だと思う。

しかし、現実の日本では「いかに子どもを増やすか」の議論はあっても、逆はあまり聞くことはない。社会の活力を保ち、高齢化社会を支えるためということなのだろう。しかし、これはやはりあまりに利己的で近視眼的である。長期的には、適正な人口に向けた人口削減の取り組みが必要ではないだろうか。

こう考えて、我が家では一人っ子政策である。実際、ちょっとした省エネや「環境にやさしい暮らしの工夫」の効果は、子どもが一人多ければたちまち吹き飛んでしまう。

私の行っている環境・エネルギー問題への最大の貢献は、この一人っ子政策ではないかと思う。

3. 判断の難しさ

環境・エネルギー問題で、もっとも難しいことは、リスクの程度を見積もることである。往々にして、話題になる環境問題はリスクが必要以上に強調されるからである。たとえば、パソコンのディスプレイからの電磁波のリスクを気にする人が、タバコを吸って、脂肪を多量に摂取し、歩かずに車やエレベーターばかり使う生活をしているなんていう光景は結構あるのではないだろうか。こういった人に限って、根拠のはっきりしない電磁波防護グッズを購入して満足してしまうような気がする。原子力に対する判断も、チェルノブイリ級の大事故の起こるリスクや、放射性廃棄物の管理のリスクを、どの程度と判断するかで決まってくるだろう。

また、環境・エネルギー問題では、個人がどのような行動をとることがトータルの意味で「環境にやさしい」のか、また「省エネルギーになる」のか、実際には判断が難しいことが多い。私が自宅に太陽光発電を導入するときも、実はこれがちょっと心配であった。太陽光発電は間接石油発電であり、エネルギー的になかなか元が取れず、生産から廃棄までの環境負荷もかなりあるという主張もあることを聞いていたからである。

そして、家庭用太陽光発電システムが生産から廃棄までのライフサイクルを考えたとき、通常の発電システムと比べてどれだけ省エネになるのかと、メーカーの営業マンに聞いても、省エネルギーセンターなどの関連団体に尋ねても、通産省に問い合わせても、どこからも明確な回答が得られなかった。この太陽光発電に限らず、何かのシステムや政策が本当の意味で省エネになるのかどうかは、このライフサイクルエネルギーで判断しなければならないはずである。しかし、このライフサイクルエネルギーに関する研究は、実は十分には行われておらず、省エネは運転時の消費エネルギーだけを取り上げて説明されることが多いのである。十年ほど前にエネルギー教育の資料にするため、様々な物品のライフサイクルエネルギーのデータを調べたのだが、データはその時点で十年も前の1979年に公表された科学技術庁資源調査所の「ライフサイクルエネルギーに関する調査研究」しかなかった。しかも、科学技術庁にも保存用の資料1部しかなく、やむなく霞ヶ関の役所までその資料を借り受けに行き、全ページを自分でコピーする羽目になり、これには驚かされたものだった。メーカーにしても、行政にしても、市民団体にしても、このような「判断するのに十分な情報」の提供をもっと考えるべきであろう。

ちなみに、住宅用太陽光発電システムのエネルギー分析では、その後次のような研究結果があることを知った。この件については、どうやら判断は間違っていなかったようである。

「年生産規模10MWの3kW住宅用システムのエネルギー回収期間は2.59年」(内山洋司【電力中央研究所】)
「年生産規模10MWの3.46kW住宅用システムのエネルギー回収期間は2.5年以下」(加藤和彦【電子技術総合研究所】) ■

発明家 藤村靖之さんのアトリエを訪問して

「これからの社会と幸せを発明する」

古田ゆかり
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「きみ、発明家にならない?」

 そう少年に語りかける藤村さんの表情は、おだやかで優しく、誇らしげで幸せそうです。

 「発明家にならないか」と問いかけられた少年は、自分の将来をどんなふうに想い、描くのでしょう。藤村さんは発明家であると同時に、自分の職業をあんなに幸せそうに、ストレートに若い世代に薦めることのできるおとなでもあります。人の役に立つことのすばらしさ、技術を持っていることのすばらしさ。これだけでも、魅力的なのですが、聞く人の心を一気に発明の世界に引き込んでしまいます。

 発明家、藤村靖之さんの葉山のアトリエを訪ねたのは、8月の終わりころでした。わたしにとって新逗子駅を降りたのは、本当に久しぶりのことでした。逗子から横須賀の相模湾側は、海岸まで山の斜面が迫った地形が美しい地域です。海岸から国道134号線をはさんで一気に上り坂に。その急な斜面を少し上るだけでも、高い位置から海が一望できるなんとも気持ちのいい場所です。「ああ、いつかこんな場所に住みたい……」葉山を訪れると必ずこんなふうに思ってきました。逗子海岸からバスに乗り、そのあと、徒歩で細い山道を登り始めたとき、どんなところなのだろう、なにが見られるのだろうと、わくわくしていました。

 茂みに囲まれた藤村さんのアトリエにつくと、庭先では新しい非電化製品の実証実験中。
熱に関するものらしく、日の光を存分に享受できるよう装置の位置を決め、それを慎重に、そしてうれしそうに眺めている藤村さんにお会いしたのが最初です。あいさつもそこそこに、実験中の装置の説明をしてくださいました。
山の傾斜に建ったアトリエの周りでは、それこそ降るようにセミが鳴き、そして涼しいとはいえないのにとても気持ちのいい風が吹いています。

「わたしは、海の見えるところでないとダメなんです」。