市民科学・リビングサイエンス|市民科学研究室

「生活者の視点に立った科学知の編集と実践的活用」

平成16年度JST助成研究
この研究の基本的視点−「生活者」の位置づけを変える

近年、科学技術に関するリテラシー(読み解き能力)やコミュニケーションが話題にされる機会が多くなっています。それは、もはや科学技術なしでは生活が成り立たないという認識(生活の必要としての科学技術)と、科学技術の発達に伴って健康や環境への脅威が増大しているという懸念(生活への脅威としての科学技術)とのジレンマを抱えた状況で、何をどう判断し、選択し、制御していくべきなのかが見極めにくくなっているからでしょう。科学技術が多様化・高度化・複雑化すればすれほど、その見極めには特別な工夫が必要になりますが、だからこそ科学技術研究の専門家も科学技術行政の担当者も、どのようなリテラシーやコミュニケーションが先のジレンマを解消し得るかを何とか見出そうとし始めているのです。

もっとも従来も、科学技術について的確に解説した情報を市民に提供すること、そして市民はそれを正しく読み解くリテラシーを高めることが重要だ、としばしば指摘され、その観点から学校教育やNPO活動などを通じて様々な取り組みがなされてきました。しかし、生活者と科学技術の関わりの全体を系統立てて把握する試みはなされたことはなく、ほとんどの場合、生活者は、技術の「受容者」「消費者」「ユーザー」、理科教育の「教えを受ける者」、科学メディアが出す情報の「読者」「視聴者」といった形で一面的に位置づけられてきたように思われます。いま求められているのは、こうした「生活者=受け手」という図式から脱却し、生活者の能動的・積極的な役割をしっかりと受けとめることであるはずです。本研究は、科学技術リテラシーとコミュニケーションにおける「生活者」の位置づけを変えることがカギになる、と考えます。

従来型研究の限界−家政学や生活科学が取りこぼす問い

一方で、生活そのものを対象にする学問がないわけではなく、衣食住を中心に生活の中に入っている科学技術に着目する「家政学」や「生活科学」があります。その柱の一つである栄養学を見てみましょう。栄養学は食品や食事に焦点をあて、生化学や生理学をもとに科学的知見を再編していますが、問題は、栄養学が生化学や生理学で解ける要素しか扱わず、生活者が実際に抱えるさまざまな問題を解決する方向で“問い”を立てない点にあります。たとえば戦後、日本人の食事は急激に西洋化しましたが、それがガンや糖尿病や肥満の増加に関係を持つと推測されます。では栄養学は、「日本人にとっての洋食化の意味」をどうとらえるのでしょうか。栄養学はいまだに、パンも肉も牛乳もなしに強壮な身体を作りえた過去の日本の食生活をとらえ損ねているように思えます。

家政学や生活科学のアプローチでは、現代社会が抱える次のような典型的な問題を、学問的に問題として設定していくことは難しいのではないでしょうか。

例(1) 携帯電話の爆発的普及:非常に多くの人々が、携帯電話端末から出る比較的強いレベルのマイクロ波を頻繁に被曝しているが、それは人類にとって未曾有の経験であり、長期的影響が懸念される。

例(2) 高齢出産の増加と不妊治療の拡大:少子高齢化社会において、不妊治療や出生前診断技術の進展によって「産まれなければ治療して産む」「産む以上は“障害を持たない”子を産む」という選択が社会的に増加し、「生めないこと」や「障害とともに生きること」を否定的に見る傾向が強まる恐れがある。

例(3) 子どものアレルギー疾患の激増:原因は、食や環境汚染や生活習慣などがからまった複雑なものと思われるが、それに対処するための総合的な科学的アプローチが確立されていない。

いずれも、科学および技術に関する知のあり方を生活者の立場から見直し、科学技術リテラシーやコミュニケーションにおいて「生活者」の位置づけを再検討することの必要性を感じさせる、深刻な問題なのです。このページのトップに戻る

「リビングサイエンス」というとらえ方

こうした問いを明確化し、それに取り組むべく、家政学や生活科学とは違うやり方で科学研究や技術開発を見直すこと、そして、その取り組みを可能にするリテラシーやコミュニケーションを探求していくこと。これが本研究のねらいであり、そのアプローチを「リビングサイエンス」という言葉で表しています。リビングサイエンスが目指す方向や方法は、次のように整理できると考えます。

1. 〈生活者による科学知識のカスタマイズ〉
生活を正しく維持、さらには向上させるために、個々の生活者が科学知識を再編集(カスタマイズ)できる方法論をさぐる。
2. 〈生活者の視点から科学・技術のあり方への提言〉
生活を正しく維持、さらには向上させるために、現在の科学・技術のあり方を問いなおす。
3. 〈生活世界全体に対する領域横断型アプローチ〉
生活世界全体をとらえるために、領域横断型アプローチとして構想する。
4. 〈人的ネットワークの構築〉
 科学・技術を生み出す立場(専門家)と、利用する立場(非専門家)のネットワークを確立し、問題意識・情報を共有する。
5. 〈学ぶ楽しさを大切にする〉
持続可能でよりよい生活のため、そして知的好奇心を満たすためのツールとして、サイエンスの楽しい学びのあり方をさぐる。

「生活者」の専門知への関わりの3つの局面

リビングサイエンスの最も重要な作業は、生活者が専門知に関わる局面をうまく類型化し、関わり方の実像をとらえていくことにあるでしょう。本研究では仮説として次のような3つの局面を想定し、課題を設定します。それぞれの局面に応じたコミュニケーションのとらえ方ができるでしょうし、また、それぞれの局面での活動をより円滑かつ有効にするための制度設計や支援方法、工夫があり得るとも考えています。

phase1:
「知る/理解する/対話する(関係を作る)/問題を発見する」
…… 専門情報・知識へのアクセス、専門家との対話の場
phase2:
「自らの意見を形成する/主体として判断・評価・選択する」
……生活にかかわる科学知識や技術に対する主体的な評価・選択、欠落の意識化
phase3:
「調査・研究する/解決の方法を構想する/行動を起こす/生活を変える」
……問題解決のための専門知の主体的活用、科学技術政策への意思の反映

海外で注目されている「サイエンス・カフェ」の試みは、phase1に関わる専門家との対話の場にあたりますし、環境・安全への配慮や使い勝手などを比較検討する“商品テスト”はphase2にあたるでしょう。「コンセンサス会議」もphase1を組み込んだphase2のための工夫と言えるかもしれません。phase3では、生活クラブ生協が実施した松葉によるダイオキシン汚染分布調査や、地域住民が地元の自然を保護するために開発計画の見直しを求めて行う調査研究、海外でみられるサイエンスショップの活動などが挙げられるでしょう。もちろん、市民科学研究室の各プロジェクトチームの調査研究も、これに属すると考えられます。このページのトップに戻る

具体的な今後の研究課題

以上のような基本視点と各局面に応じた課題をふまえ、本研究では次のような取り組みを行っていきます。

リビングサイエンスの概念整備:全体の基盤として

* “生活と科学”の多様で複雑な局面に関わる事例を収集し、整理分類
* 科学史/科学哲学/科学社会学の視点を導入した分析
* 国内外のNPOなどを含む多種多様なアクターの実践的な試みをマッピング

phase1に主に関わる研究:科学コミュニケーションを有効にする条件、手法の探索

リビングサイエンスの観点から、科学コミュニケーションを有効にする条件を明確化します。

* コミュニケーション論、メディア論、教育工学からの専門的検討
* 科学館を活用した新たな“生活と科学の学び”のためのプログラム開発
* 主に子どもを対象にした新たな生活科学実験教室(専門NPOとの連携)
* 教育の現場での“生活と科学”を主眼にしたワークショップ(教育機関との連携)
* 科学技術コミュニケーションを有効になすためのIT技術の新たな活用方法の検討

phase2に主に関わる研究:生活者による科学技術評価のための「技術評価シート」の製品化

従来の「商品テスト」の枠にとどまらず、生活者が評価の主体になり、開発側との双方向性を埋め込んだ個別科学技術の総合的評価の実践をねらいます。

【基礎作業】

* 判断のための情報の多様なアクセス網の整備・再構築
* 評価のための多角的でバランスの取れた評価軸の確立
* 開発側とのコミュニケーションを促進する手段の開発、シートへの埋め込み  
* 生活に内在する“(伝統の)知恵や技や工夫”の活かし方の検討と導入

【評価シート作成】
=試作版の実施による検証と製品化をめざす

phase3
に主に関わる研究:生活者主体の調査研究活動が有効に機能するための支援施策の提言

リビングサイエンスの主体的実践の一形態として、科学技術のリスクや(地域の)環境問題などの解決を志向した調査研究活動に着目し、それが必要となる場面や、成立し成功する条件、行政や大学が行う調査研究との補完関係のあり方、政策形成へのインパクトなどを分析します。

* 海外の科学技術関連NPO、サイエンスショップ、CBR(Community Based Research)などの事例収集と分析
* 国内の関連事例の収集と分析
* 政策における位置づけを考察し、有効に機能するための具体的支援策を提案

現在の社会にあっては、専門性の壁はますます高くなり、素人である生活者が科学技術の単なる“受容者”に押し込められる傾向が強いのは事実です。しかし一方で、科学研究が決して専門家の研究室の中だけで行われるものではないことを示す営みが、萌芽的に現れています。生活者が専門知を能動的に取り込みながら、生活者自身の視点から研究のテーマを選び、方法を編み出し、成果を社会に還元していくという一連の営みが、何らかの条件のもとで確かに成立し得るということでしょう。本研究は、その条件を明らかにし、かつ実際に成立するための後押しをすべく進めていくものなのです。■ このページのトップに戻る

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