月刊「市民科学」
それぞれの号に掲載されている記事・論文の全文は、 2008年11月発行の「市民科学」の第20号 第28回市民科学講座 (2008年8月2日)
◆はじめに 柿原泰 2008年8月2日、市民科学講座「戦時下の科学――ドキュメンタリー『よみがえる京大サイクロトロン』を見て」を開催しました。当日は、標記のドキュメンタリー映画を上映した後、市民科学研究室・低線量被曝研究会の瀬川嘉之さんの解説をはさみ、約50名の参加者の間で活発な議論を交わし、盛況のうちに終了しました。今号では、当日の瀬川さんによる解説をまとめ直した記事を掲載し、このドキュメンタリーの監督であり、市民科学研究室の会員でもある中尾麻伊香さんにも寄稿してもらいました。 『よみがえる京大サイクロトロン』というドキュメンタリー映画は、核のイメージ・表象の歴史を大学院で研究している中尾麻伊香さんが、戦時中に京都帝国大学で建設されていたサイクロトロンという加速器の部品の一部が、現在でも京都大学に残されていたことを知って、林衛さんらと一緒に、どういう経緯でそれが今まで残されてきたのか、関係者の取材を重ねて追究したものです。戦後、米軍占領下に、日本は原子核研究が禁止され、サイクロトロンも破棄されたことはよく知られていたことですが、その部品の一部が残されていたというニュースは注目を集め、このドキュメンタリー映画の京都での初上映を機に、いくつかの新聞などでも報道されました。 【以下、下記「詳細は…」に続く】 ◆サイクロトロンと原子爆弾についての解説 瀬川嘉之 ドキュメンタリー作品を見た後に、討論の前提として以下の4点について解説を加えた。4番目の米軍がサイクロトロンを破壊した理由については、市民科学研究室・低線量勉強会での成果も踏まえて、ポツダム宣言受諾から占領下における日本の科学者たちによる医学、生物学上の原爆調査との関係を問題提起した。 1.サイクロトロンとはどのような装置か。
2008年8月2日の第28回市民科学講座では、「戦時下の科学―『よみがえる京大サイクロトロン』を見て」が行われた。著者は2007年から2008年にかけてドキュメンタリー『よみがえる京大サイクロトロン』を制作し、これまでさまざまな場所で上映会を行ってきた。ここではドキュメンタリー制作者として、内容についての紹介を中心にまとめてみたい。 【以下、下記「詳細は…」に続く】 |
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