市民科学・リビングサイエンス|市民科学研究室

月刊「市民科学」

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2007年5月発行の「市民科学」の第4・5合併号

【巻頭言】失われつつある生活の中の「時間と空間の文化」をどうとらえるか
遊びの科学/お茶の科学

上田昌文

 

最近、「遊びの意義を科学的にとらえることはできるだろうか」という問いを考える機会があった。子供の成長にとって遊びは欠かせないだろうことに異を唱える人はいない。しかしそれが子どもの精神と身体の形成に(あるいは脳の発達や言語の習得に)どうかかわっているのか、必須の遊びとそうでないものとの区別はつけられるのか、大人と遊ぶことと子どもどうしで遊ぶことの根本的な違いは何か、遊びをとおしてでないと社会性が十分に身につけられないように思えるがそれはなぜか、テレビゲームに人がこれほど熱中するのはなぜなのか……といったことに、科学の目があまり向けられてこなかったのではないか、という気がした(私が無知なだけで、すでにそうしたことを扱った研究があるのなら、ぜひ教えてください)。これは脳科学や言語学がまだこうした問題に正面からアプローチできるだけ成熟していないからだろうか。それとも、“遊び”を研究対象とすることが何か見劣りのすることと思われてきたためだろうか。もちろんピアジェをはじめとする児童心理学の著名な研究者たちの蓄積はある。しかし、それらの研究から、たとえば「なぜ子どもには遊び場(遊ぶための自由空間)が必要なのか」は十分には見えてこないように思う。

 私がなぜこのことを問題にするかというと、生活の中でそれと気づかないままに失われていくものを、科学的にとらえ返してその意義を評価することが、生活者のための科学(=リビングサイエンス)の重要な仕事だと思い至ったからだ。高度経済成長期にクルマが大いに普及して道路の至る所に進入してくるようになり、また宅地の開発が進み、子どもが自由に遊べる道路、原っぱ、空き地は姿を消した。子どもは家の中で遊ぶか、大人に郊外に連れ出してもらって遊園地などで遊ぶしかなくなった(幼稚園や学校の“遊び場”としての位置づけはここでは措いておく)。子どもだけが自由に集い自由に遊ぶ空間がなくなり、いわば大人の管理のもとでしか遊べないという制約は、子どもの成長に大きく影響しているのではないかと思われる。遊びを「失敗をとおして自己を認識する」「創意工夫を自由にこらす」「人間関係の複雑な調整の能力を養う」といったことの実験場とみなせるとするなら、「大人が介入しない」ということの大切さが見えてくる。今の50代以上の日本人は、たとえ都会育ちであっても、おそらくこの自由空間を享受した経験を持っていると思われる。しかしその経験を、郷愁感を持って思い返しはしても、子どもの成長のために社会が守るべき条件としてとらえた人は少ないのではないか。今の子どもたちの姿と自分の経験を重ねてみて「自由空間は大切だ」と直観しても、その直観を社会的な合意を前提とする地域コミュニティや国の施策にまでつなげるには、何らかの科学的な裏付けが求められるだろう。

 先日参加した「スローフードフェア2007」(4月28日・29日、パシフィコ横浜にて)で日本茶の世界の奥深さの一端を伝えてくれる講座に参加したが、その中で、ペットボトルの緑茶の普及で、日本茶全体の消費量は下降線をたどらずにすんでいるものの、一般家庭における日本茶の茶葉消費量は、年々減少傾向にあり、消費者への受けと大量生産に適した品種だけが栄えるという、日本茶のモノカルチャー化が進んでいるとの指摘があった。日本茶は、それこそ何百年もかけて、地域の特性や栽培家の嗜好などを生かして多種多様な品種が育成され、それに応じた微細なお茶の入れ方や味わい分けの世界が築かれてきた。それは何も貴族や特権階級の独占物ではなく、庶民の間にも「お茶を知り、お茶を入れ、お茶を味わう」という習慣が根付いてきた長い歴史がある。この“お茶を飲みながらゆるやかな時間を過ごす”という習慣は、たとえば健康を維持する上で思いのほか大きな役割を担ってきたのかもしれない。利便性と引き換えに失われつつある「お茶の時間」の意義をとらえ返す必要がありはしまいか――そう、工業的加工と大量生産のために投入される科学知とはまた別の次元の「生活の中に埋め込まれてきた知」を可視化しなければならないのだろう。その方法論を私たちはまだ持っていないが、失われつつあるものを危機感をもって見据えることで、その探索に着手することはできるだろう。■

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